雷霆の英雄と聖王子 〜謀略により追放された口下手な雷は、家族思いで不器用な王子を影から助ける〜

たけのこ

20.和解


「……」

 前方の空間ごと消し飛ばし、青空さえ見える中で俺は右腕から煙を吹き出させながら強烈な痛みを痩せ我慢する。
 死体すら残らなかったが、確実に殺したという実感はあった……いつもの様に、魔族の命を奪った右手がそれを養分として光合成を始めているのが感覚で分かるからだ。
 まぁ、つまりはウーゴは死んだと見て良いだろう。
 アイツは分霊である為、本体の百椀巨人ヘカトンケイルは無事だろうが。

「ア、レン……」

 背後を振り返れば言葉を失ったように立ち尽くす元パーティーメンバー達が居た。
 何と声を掛ければ良いのか分からない。俺は彼らを騙していた。ずっとだ。
 ずっと戦えない振りをしてパーティーのお荷物だった。夜闇に乗じて襲い来る魔族とその眷属達の相手で朝も弱かった。迷惑を掛け続けた。
 そして、何よりも……リオンがずっと探し求めていた遺失物をずっと傍で隠し持っていたのだ。

「……っ! ま、待て! 何処に行く!」

 今さら何を話せば良いのかも分からない――いや、違うな……少し怖い。
 リオンに断罪されるだけなら甘んじて受け入れれる……けれど、否定されたら、もうお前など友人ではないと宣言されてしまうのが怖いのだ。
 だから何も言わずにこの場を去り、また陰から彼らが安全な元へと辿り着くのをサポートしようと――

「――今度こそちゃんと話したい!」

「……」

 悲痛とも言える、リオンのその叫びに思わず足が止まる。

「今度は! 今度はお前の話をちゃんと聞くから!」

 ふと、幼少の頃を思い出す……そういえば以前にも、コイツと喧嘩の様な事をした時もこんな風に後ろから大声で呼び止められた気がする。
 あれは、なんだったか……確かミーア殿下に対して配慮が足らないとか指摘された時の返事の仕方が原因だっただろうか。

「リオン……あぁ、俺もお前と話がしたい」

「そうですね、私もです」

 ヴィルヘルムが一瞬だけ視線を下げ、それから真っ直ぐに俺を見据える。
 コーデリアが意思の強い瞳で、唇を噛み締めながら俺を見詰める。

「……………………なんだ」

 こうまでされてしまっては勝手に立ち去れない。
 彼らが話したいと言うのだ……だったら俺はそれに応えねばなるまい。

「まずは謝らせてくれ……俺が、俺達が間違っていた」

「気にしていない」

 俺の方にも問題はあった様だからな……一連の報告をしたらミレーユ様にも頭を抱えられた。
 ミーア殿下にも『アレン様は相変わらずですね』と、どうしようもない子どもを見るような目で励まされた。

「そう、か……気にしてないか」

「あぁ」

「ウーゴの言い分を鵜呑みにした事もか」

「気にしていない」

 ウーゴの正体が原初の魔族だったのだ……世界の敵である魔族の、魔王の分霊とも言える原初の魔族であるならば写像魔術を偽る事が出来たとしても不思議ではない。
 彼らに世界の道理は通用しないのだから、世間の記憶を改竄して伝える事も出来たのだろう。
 特にアイツは半分は同族であった俺ですらその正体を見抜けなかったのだから、リオン達にその責を問うのも筋違いだ。だから気にしていない。

「その、助けてくれてありがとう」

「あぁ」

「お陰で助かった」

「気にするな」

 そもそも俺の主人であるミレーユ様や、ミーア殿下からの頼みでもある……お前が友人だと言う事を差し引いても助けるのは当たり前だ。

「俺を、責めないのか?」

「……何故だ?」

「お前を追放したのは俺の判断、俺の責任だ……口下手なお前から上手く事情を聞き出す事もせず、一方的に断罪したんだ」

「そうか」

 そんな事を気にしていたのか……コイツは本当に真面目で律儀な奴だな。
 それを言ったら俺の方こそ謝罪しなければならない事がある。

「俺の方こそ、すまない」

「? なんの事だ?」

「これだ」

 怪訝な顔をするリオンに向けて、未だに煙を吐き出す右手を掲げて見せると納得した様な表情を見せる。

「……いつからだ?」

「最初からだ」

 そう、お前と始めて出会った時からずっとだ。

「母上は知っているのか?」

「あぁ」

「なんと?」

「貴方に必要な物だと」

 死にかけの俺を、いずれ自分の子ども達の良き友になってくれるからという、そんな理由で属国の王家が継承して来た宝具を譲ってくれた。
 現在では属国としての立場も弱く、聖王国建国時から付き従っている王家と言えども聖王家に見付かればただでは済まないというのに。
 唯一遺失物となっていない宝具を密かに隠し持っていたなど、今度こそ謀反を疑われても仕方がない。
 それでも半魔の俺を助けてくれた恩を俺は忘れはしない。絶対に。

「そうか、詳しい事情は母上から直接聞こう」

「あぁ、それが良い。ミーア殿下も喜ぶ」

 俺も知らない事情があるかも知れんし、それが良いだろう。
 それにたまには家族に顔を見せるべきだ。ミーア殿下も心配されていた。

「ふっ」

「? ……なんだ?」

 そう思い、同意した俺に対してリオンは思わずといった様子で笑い出す。

「いや、悪い。ここに来て初めて二言以上話したなと」

「そうか」

「あぁ、そうだ」

 言われてみればそうかも知れないな。
 この前アリサにも『「あぁ」とか「そうか」ばかりではいけない』といった事を言われたのだったか……何だか難しいな。

「なぁ、アレン……追放した手前今さら戻って来いとは言えない、言ってはならない……俺たちとお前では実力差もある」

 一頻り笑ったあと、リオンは何かを決意した様な表情で語り出す。
 そのミーア殿下と全く同じ銀色の瞳は澄んでいて、真っ直ぐ俺に向けられていた。
 そんな様子の友を、俺は黙って見つめる。

「――だが、俺はここで足踏みするつもりはない」

 決然と、覚悟を決めた顔でリオンはそう切り出した。

「失敗を反省し、心と身体を鍛え直す」

 その、どこまでも実直で真面目な……リオンらしい言葉に思わず口角が上がる。

「もしも俺が強くなった時は――また、肩を並べてくれるか?」

「あぁ、問題ない」

 問題など、あろう筈もない。
 友から求められれば俺は何時でも駆け付けよう。
 もう、隠すべきやましい事も何もないしな。

「俺はこれからも遺失物を探し続ける……多分、近くで見てるんだろうが、また会った時はよろしく頼む」

「あぁ」

 伸ばされたリオンの手を掴み、握る。
 こうしてコイツと握手をするなど、何年振りだろうか。

「……口を挟む余裕もなかったな」

「いいではありませんか、少ししたら仲直りの仲介をしようと思っておりましたが……こうしてまた二人が話せる様になって私は嬉しいですよ」

 コーデリアはそんな事を考えていたのか。

「コーデリアはそんな事を考えていたのか」

 ……リオンと思考が被ったが、まぁいい。

「二人もすまなかったな」

 とりあえずこれ機に、二人にも謝罪しておこう……俺がパーティーのお荷物だった事は事実なのだから。

「お前にも事情があったんだろう。俺にも事情があった……それだけだ。気にするな」

「助かる」

 ヴィルヘルムは二十七歳だったか……流石にこの中で一番の歳上なだけあってあっさりしている。

「いいえ、良いんです……ただ夜はちゃんと眠って、朝はきちんと起きるんですよ」

「……善処する」

 まぁ、あれだ、今はアリサも居るので時間帯による分担も出来る……朝が起きられる様になる日も遠くはない。

「……もっと早く、きちんとお話すれば良かったですね」

「……そうだな」

 これからの睡眠時間について考えていると、目を瞬かせながらコーデリアがしみじみと言葉を漏らし、それに対してヴィルヘルムが同意する。

「一言だけでも、アレン様の人柄が善いものだと分かるものですね」

「まぁ、朝は起きて来ねぇし、昼間は依頼や探索に集中、夜は何処かにフラッと出掛けるんだ……話す機会そのものが無かったんだよ」

「……すまない」

 そう言われると耳が痛いな……今回の失敗は人間関係を疎かにしてしまった事、それに尽きる。

「ふっ、じゃあな。次会った時は模擬戦でもしよう」

「あぁ」

「早起きするアレン様を楽しみにしていますね」

「あぁ」

 模擬戦と、早起きだな……よし、覚えておこう。

「じゃあ、アレン」

「あぁ」

「母上とミーアによろしく伝えておいてくれ」

「任せろ」

 どのみちこの後すぐに報告に向かうんだ、なんて事はない。

「じゃあな、また会おう」

「あぁ」

 改めてもう一度、友であるリオンと握手を交わす――また、胸を張って顔を合わせるその時まで暫しの別れだ。

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