雷霆の英雄と聖王子 〜謀略により追放された口下手な雷は、家族思いで不器用な王子を影から助ける〜

たけのこ

17.裏切り


「はぁ、はぁ……」

 息を荒げ、無様にも膝を付きそうになる……何がどうして、どこで俺は間違えた?
 なぜ俺はここで、この何処かも分からない地下空間で仲間だった魔術師に殺されかけている?

「いい加減に諦めて下さりませんかねぇ……」

 間違えたと言えばアレンを、あのいつも何を考えているのか分からない昔馴染みを追い出した事だろうか。
 アイツはいつも配慮が足らず、また人の配慮をたった一言で無下にするような奴だった。
 怠惰で、臆病で……本当は俺よりも頭が良いはずなのに勉強で手を抜き、剣術を教えてやろうと言っても即座に断るような、そんな付き合いの悪い友人だった。
 ただ、そんな奴でも妹が懐いていたのはよく覚えている。
 アイツが来る前まではよくお兄様お兄様とオレの後を付いてきていたのに、母上にアイツが連れられて来てからはアレン様アレン様と……それが気に入らなくて、妹に対しても全く喋らず配慮が足らない所も気に入らなくて……その事で怒鳴った時も『……そうか』の一言しかくれなくて……大嫌いだった。

「……なぁ、一つだけ聞かせてくれ」

「はぁ、この期に及んで……で、なんですか?」

「……アレンは、本当にお前が言う様な奴だったのか?」

「何かと思えばそんな事ですか」

 ただ、まぁ……なんだ……死にかけて頭に昇った血が身体から流れて行ったお陰だろうか。
 少しだけ冷えた頭でこう思うんだ――アイツは妹を蔑ろにする奴だったか? と……確かに配慮は足らなかったが、本当に酷い奴ならあの妹が懐くハズがないだろうって思えて来たんだ。
 いや、別に今さらアイツを追い出した事を後悔する気はない……アイツが戦闘に参加せず、寝起きも悪くてパーティーの行動に支障が出ていたのも事実だしな。
 でもな、追い出した理由はそれじゃないんだ……アイツが家族を侮辱したからと思ったから追放したのであって、アイツの普段の行動は良くも悪くも慣れていたからそこまで問題じゃなかった。
 ただ、無実だったなら……もしも不名誉な冤罪だったなら後悔してしまうかも知れない。
 そんな、俺の考えが分かったのだろう――元仲間だったハズのウーゴがいやらしい笑みを浮かべて事実を暴露する。

「えぇ、もちろん違いますよ。アナタは愚かにも、不名誉な冤罪を被せて仲間を追放した間抜けですよ……そもそもあの男があれだけの長文を喋れるハズがないでしょう」

「……ハッ! 確かにな」

「……何を笑っているのですか」

「いやなに、俺の方がアイツとの付き合いが長いハズなのになって思ってな……本当に何も知らないんだ」

 奴からしたら最後の最後で己の愚行を悔い、失意に泣き叫ぶ表情が見たかったとか……そんな悪役らしい事を期待していたのかも知れない。
 でも俺はと言えば『確かにそうだ、アレンがあれだけの長文を喋れるハズがない』という妙な納得感を得て笑いが込み上げて来た。
 なんだろうな、ここ最近ずっと抱えていたモヤモヤが晴れた気分だ。
 あー、言われてみれば確かに……どうして気付かなかったんだろうという気持ち。

「詰まらない反応ですね」

「それはすまないな」

「まぁ、いいです……それで? 私達に協力する気になりましたか?」

 二度目の誘い、か……どうやらコイツはどうしても俺の身に流れる聖王の血が欲しいらしい。

「理由を聞いてもいいか?」

「話したら協力してくれますか?」

「それは理由次第だろう」

 僅かな時間を稼ぎつつ、コーデリアが俺とヴィルヘルムを癒すのを待つ。
 ウーゴも時間稼ぎには気付いているだろうが、まるでゴミでも見るような目で一連の行動を見逃している。
 まぁ、不意を突いたとはいえ、俺達三人を圧倒したという自信があるからだろうか。

「なに、簡単な事ですよ――我々は父を復活させたいのです」

「父?」

 ウーゴにも家族が居るのはその通りなのだろうが、その復活とは? 病に臥せっている父親を王族である俺を人質にとる事で治療を受けさせようと?
 復活いや違うな。彼は俺の叔父上と、王宮に伝手がある男だ……そんな理由ではないだろう。
 だとしたら、なんだ――

「えぇ、そうです! 我らが父! 魔王陛下の復活です!」

「……正気か?」

 魔王とは我らが始祖様、初代聖王が仲間達と打ち倒し、その亡骸の上に聖王都を築いたという建国神話に出てくる名だ。
 遺失物と同じく実在したのかも最早分からないが、禁書庫にある記録にはいずれも世界に災厄を振りまく魔族達の頂点と書かれている。
 具体的な脅威のほどは分からないが、それを復活させるなど正気の沙汰とは思えない。

「聖王国で生まれ育った人間ならば魔王を復活させようとは思わないはずだ」

「はい? ……あぁ、そういえばまだ仮の姿のままでしたね」

 そう言ったウーゴは、そのまま流れる様な動きで何でもないかの様に自らの指を全て噛みちぎり――溢れ出す血が大地に落ちる前に忌み言葉タブーワードとなり、彼の周囲に滞空する。

「なん、だ……?」

「下がれリオン!」

「リオン様! 様子がおかしいです!」

 あまりにも異質で、全身に羽虫が纏わりついたかの様な不快感を与える力の波動。
 息さえ苦しくなる様な圧迫感に呼吸を阻害され、発汗機能が馬鹿になる。
 もはや反撃の為に静かに用意していた陣形も構えも捨て去り、ヴィルヘルムとコーデリアが俺を背後に庇う。

「お前、まさか――」

 疑問はあった……どうして世界の記憶を写す写像魔術を偽る事が出来たのか、不意を突かれたとはいえ、どうして俺達の攻撃を受けても涼しい顔をしていたのか。
 ヴィルヘルムはこの国の最強候補の一角で、コーデリアは最年少司教を務めるこの国で最も将来有望で優秀な聖術師だ。
 いくらウーゴの魔術が優れていたとはいえ、無傷は有り得ない。

「――魔族なのかッ!!」

 溢れ出た血液から生み出された、この世のあらゆるものを否定し貶める魔術師にとって禁忌の呪言によってウーゴの姿形が変化していく。
 その身は子どもの様に小さく、額に第三の目が開かれ、肌の色は漆黒に……そしてその背後には百本もの巨大な腕――

「えぇ、そうです。私の正体は原初の魔族の一人――百椀巨人ヘカトンケイル……その分霊です」

 ――古に、島国を握り潰したと言われる災厄がそこに居た。

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