雷霆の英雄と聖王子 〜謀略により追放された口下手な雷は、家族思いで不器用な王子を影から助ける〜
8.拗ねる王子
「……本当にアレンさんを追い出して良かったんですか?」
「……コーデリア」
胸に大きな穴が空いてしまったかの様な、原因不明の喪失感を持て余しながら宿のラウンジで物思いに耽っていると、自身が信頼する聖術師にそう声を掛けられる。
彼女が言っている事は数日前に俺が感情に任せて追い出してしまった昔馴染みの事だろう。
だが今さらその事を持ち出されても、俺の言う事は変わらない――
「……アイツが謝ってくるまで許してやらない」
「ふふっ、許すつもりはあるんですね」
自分でもビックリするくらい、子どもが拗ねた様な声が出てしまったと驚いていると間髪入れずにコーデリアから予想外の指摘をされて動揺してしまう。
「あんな役に立たない、最低な男なんか放っておけば良いだろう」
と、自身の内心の動揺を押し隠しながらどうコーデリアに返事をしようかと悩んでいると対面に座るヴィルヘルムがそんな事を言う。
その発言に対して確かにその通りだ、俺の命よりも大事な家族を侮辱したアイツなんか放っておけと言う俺と、お前にアイツの何が分かるとムッとする俺が居て……なんだ、なぜ俺はヴィルヘルムにイラッとしたんだ。
「ダメですよ、人と人の縁はそう簡単に切れるものでありません……特にお二人は幼い頃からの仲なのでしょう?」
……そうだ、アイツとは物心ついた時からの仲だ……突然母上が連れて来た正体不明の同い歳という事もあって、警戒しつつも好奇心を抑えきれずに何度も自分から話し掛けにいったっけ。
まぁ、長い時間を共に過ごしておきながらアイツの事は何も分からなかったし、なんか好きにはなれなかったが……俺よりも聡明な妹が懐いているっぽいのも気に入らなかった気がする。
「ふん、素質があるのに鍛えずにサボる奴の事なんか知るか」
「……なんだ、ヴィルヘルムはそんな事を考えていたのか」
てっきりアレンの事は弱くて臆病だと思ってるから嫌っているんだとばかり思っていたが……
「……アイツは目が良いんだ」
「目、ですか?」
「あぁ、戦闘中にサボっている様に見えてしっかりと俺らの動きを追ってやがるんだよアイツは」
一回ムキになって自分が出せる最高速度で動いてもしっかりと目は追っていたと、そう明かすヴィルヘルムに俺の方が驚く……以前になんか様子がおかしいなと思う事があったが、それだったのか。
「ふとした拍子の歩き方なんかも隙がないと感じる時があるくらいだ」
「……ですが、アレン様は特に戦闘には参加してませんでしたよね?」
「あぁ、本人は苦手だと言っていたな」
そうか、この聖王国で最強の称号である聖騎士候補であるヴィルヘルムをしてそう言わしめる程の才能がアイツにはあったのか。
「だからな、お前には素質があるから俺が鍛えてやるって言ったんだが――〝必要ない〟の一言でそれっきりよ」
「……なんと言いますか、アレン様らしい断り文句ですね」
そうか、一度ヴィルヘルムの方から歩み寄ろうとはしていたのか……それを断り、その後もずっと戦闘中は後方で見ているだけという状態なら彼が嫌うのも仕方がない。
アイツは昔からそうだ……連れて来られたばかりでアイツも不安だろうと、まだ幼い俺がおやつを分けてやろうとした時も『要らん』の一言だけ残してどっか行きやがって。
「くっ、俺もアイツの一言シリーズを思い出してしまった……!!」
幼い頃からの付き合いは伊達じゃなく、様々な思い出が脳裏を巡る。
「……その、アレン様は口数が少ないですからね」
「コーデリア、無理に擁護しようとしなくていいぞ」
「……」
そこでヴィルヘルムの突っ込みにコーデリアが黙って目を逸らしてしまう辺り深刻だ。
「とにかく! アイツが自分から罪を認めて泣きながら謝罪し、これから心を入れ替えて誠心誠意働くと自らの言葉できちんと説明するまで許してやらん!」
「じ、条件が厳しくなってる……」
コーデリアが引いてる気がするが知らん!
精々普段は行わない長文会話に苦悶するがいい……出来たとしても、俺の家族を侮辱した事は生涯に渡ってネチネチといびってやる。
「――皆さま、あんな奴の事はさっさと忘れてしまいしょう」
「……ウーゴか」
突然上から降ってきた会話に割り込む声に振り向けば、このパーティー唯一の魔術師の男が嫌そうな顔をして立っていた。
叔父上からの推薦でパーティーに入れたこの男は時折何を考えているのか分からないし、急に何処かに消える事もあって説明できない薄気味悪さを感じるが、様々な交渉事を一手に引き受けたり、司法裁判にも証拠として使われる事もある写像魔術を使える事もあって重宝している。
よく分からない苦手意識を抜きにすれば、全く何を考えてるのか分からないアレンと違って信用はできる男だ。
「そんな事よりも依頼を持って来ましたよ」
「依頼だぁ?」
「えぇ、あの男がパーティーの軍資金を横領しましたからね、それを補填する為に割の良い依頼を選んでおきました」
「……あぁ、そうだったな」
多分、俺もヴィルヘルムと同じく嫌そうな顔をしているだろう……何を考えているのか最後まで分からない奴だったが、アレンがそんな事をするとはどうしても思えなかった。
本当に勘というか、理屈じゃない部分でそう感じるだけだから何も言わないが。
「内容はなんですか?」
「それはですね――」
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