雷霆の英雄と聖王子 〜謀略により追放された口下手な雷は、家族思いで不器用な王子を影から助ける〜

たけのこ

7.隻眼の鍛冶屋


「きょ、う……は……?」

 酷く小さな声でそう問い掛けて来るのはアビゲイルと名乗るアレンが行きつけの鍛冶屋の店主だが……完全に私達よりも歳下でひ弱そうな女の子にしか見えない。
 青みがかった黒髪をシニヨンに纏め、深い青の瞳で片側に眼帯をしている以外は特に特筆すべき特徴のない外見だ。
 顔は整っているとは思うが、如何せん自信がないのか俯きがちで、鍛冶仕事のせいか全体的に薄汚れているのがそれを目立たなくさせている。

「多く頼む」

「ちょう、きな……んで……す、ね……」

「あぁ」

「どのく、ら……い……増やし、ま……すか……?」

「任せる」

 ……にしてもだな――

「じ、じゃあ――」

「――だぁっ! お前ら焦れったいんだよ!」

 とうとう我慢できずに叫んでしまうが、仕方がないだろう? 終始こんな感じで、アビゲイルのコミュ障とアレンの天然が合わさって全く話が進まねぇ!
 アビゲイルは最初から最後までずっと吃ってはつっかえて、簡単な言葉を言うのにも時間がかかるし、アレンはアレンでそんな彼女相手にも簡単な言葉しか出て来ないから、また彼女がそれに対して細かく質問をしようとしてと……キリがない!

「ひっ……!」

「……急にどうした?」

「急にどうしたじゃねぇ! お前らいつもこんな感じで会話してんのか?!」

 前からアレンの準備に時間が掛かるな、とは思っていたがまさかこんな理由だったとは思わなかった……コイツらやべぇ。

「もういい、オレが指示するからその通りに作れ」

「えっ、……あっ……で、で……も……」

「いいから! アレンがどんな物を求めてるのかは分かるから!」

 何度も一緒に任務を遂行して来た仲だからな、こういう時にアレンがどんな物をどれだけ必要するかは分かってるんだ。

「ほら、まずはこのタイプの短剣が十五本で――」

「あ、あぅ……は、はひ……」

 必要となる物をメモ帳に書き込み、簡易的な仕様書を作成しながら先回りであれこれと指示を出していく。
 ていうか最初から仕様書を作っておけば、こういう変な会話で時間ロスする事もないんだよ。

「すまない、助かる」

「……気にすんな」

 全く、本当にこれだからコイツは――……オレが居ないとダメなんだから!

「? どうした? 急に変な顔をして……」

「に、によ……に、よ……してま、す……ね?」

「うるせぇ! ……ったく」

 不覚にもだらしなく緩み、赤くなった頬を叩いて気合いを入れ直す……今回はリオン殿下の命と、ミーア殿下の心の安寧が掛かってるんだからしっかりしないとな。
 それにアレンは十六歳で、聞くところによるとアビゲイルは十五歳らしい……十七歳でこの中で一番年長者であるオレが引っ張ってやらねぇと――





「終、わり……ま……し、た……」

 アレンと一緒に今後の動きについて話し合っていると、まだそんなに時間が経っていないのにコチラが注文した分は全て出来たとアビゲイルが声を掛けてくる。

「思ったよりも早かったな……鍛冶に関する加護でも持ってるのか」

 そしてこれくらいのスピードで出来るっていうのにあの会話のせいでいつも遅かったのか……いや、まぁ、オレもまさか武器を一から作成して貰ってるとは思わなかったから遅く感じたというのもあるけど、それにしてもあの会話はやべぇ。
 せめて誰かが間に挟まらねぇと、アイツらだけで会話させると凄くシュールな光景になる。

「えっ、と……は、い……そうで、す――」

 ――ぐうぅ〜

「「「……」」」

 ……今アビゲイルの方から盛大に音が鳴った気がするんだが、これはスルーしてやった方が良いんだろうか?

「……ちゃんと飯は食ってるのか?」

 性分からか、思わずと言った様子で声を掛けてしまう……なんだか段々とこの少女がオレの中で子どもカテゴリーに分類されて来ている気がする。

「あ、えっ……と……そ、の……五日、前を最後……に、食べ、て……ませ、ん……」

「――」

 たどたどしい口調で告げられるその衝撃の事実に愕然としてしまう。
 五日前を最後に何も食べていない? その状態で仕事をしていたのか?

「なぜ何も食べていないんだ?」

 鍛冶に関する加護によって通常よりも楽に済むとはいっても、五日間も空腹状態でいればそれ以前に何も出来ない人の方が多いだろう。
 机の上に広げられた完成品を見るに、聖王都でもトップクラスに入る腕前だと分かる……なぜそんな素晴らしい技術を持った職人が空腹に喘いでいるんだ。

「そ、の……人、と話……すの、が苦手、で……あ、アレ、ン君……が来な、いと仕事……が、無くて……」

 そのあんまりにもあんまりな理由を聞いたオレの身体は勝手に動き、無意識の内にこの健気な少女を抱き締めていた――

「――もうお姉ちゃんが居るから心配しなくていい!」

「あっ、う……? えっ……?」

 ダメだ、この少女が、アビゲイルが孤児院に居るガキ共と重なってしまって他人事だとは到底思えねぇ……ちょっとオレの中の母性がこれを放っておく事は出来ないと叫んでいる。
 自分より歳下の少女がお腹を空かせているという状況が我慢ならないし、そんな自分の危機的な状況にも関わらず、それを一切表に出さずにまず依頼された仕事を優先するその健気で真面目な姿勢もオレの涙を誘う。

「おいアレン! コイツを雇うぞ! お前の顔見知りでもあるんだろ!」

 お前は何を今知ったとばかりに驚いた表情で「そうだったのか」とか呟いてんだこのバカ!

「補充する度に王子の監視から外れる訳にもいかないし、すぐ近くに居て整備とかもして貰った方が良いだろう?」

「……そうだな」

「女の子を一人で治安の悪いスラムに置いておく事もねぇ……現地協力者として雇おう! な!」

 能力もあるし、人柄も短い間だが悪人のそれではないと分かる。
 話せない機密情報なんかは当然あるが、アビゲイルのコミュ障っぷりを見るに無理に聞き出そうともしないだろう。

「アビーなら構わない」

「本当か?!」

「あぁ、彼女なら口も堅い」

 アレンのそのズレた感想に『そもそもマトモに話す事も出来なさそうだな』などと少し失礼な事を考えつつも、今回の任務のリーダー――といってもメンバーは二人しか居なかったが――である彼の許可が降りた事で笑顔でアビゲイルに向き直る。

「これから私とコイツでお前を養って――雇ってやるからな!」

「あ、うっ……あ、あり、ありがっ……とう……こざ、いま……す……」

「いっぱい……いっぱい美味しい物を食べような……」

 目を白黒とさせながらも照れながらお礼を言うアビゲイルに思わず目頭が熱くなる……オレがこの子を守護らねば――

「あ、あの……」

「気にするな、アリサのあれはいつもの事だ……」

「な、る……ほど……?」

 何か言われてる気がするが、子どもをまた一人救う事が出来たならオレはそれで良いんだ――

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