雷霆の英雄と聖王子 〜謀略により追放された口下手な雷は、家族思いで不器用な王子を影から助ける〜

たけのこ

6.スラム


「――お、おい! ちょっと待てよ!」

 リオン殿下の護衛任務に戻るに辺り、必要な物資の補充をする為に目的の場所まで進んでいるとアリサが焦った様に声を掛けてくる。

「……どうした?」

「どうしたじゃねぇよ、いったい何処に行くつもりだよ? ここスラムだぞ?」

 アリサの言う通り、俺は今マトモな店など全く見当たらないスラムを迷いのない足取りでドンドン進んでいる。
 十三の属国を従え、他の追随を許さぬ超大国として大陸に君臨する聖王国と言えども闇はある様で、聖王のお膝元であるここ聖王都の郊外にもスラムが拡がっている。
 浮浪者が道端に寝転がり、素性の分からない怪しい者たちが人目を避ける様に移動するこの場所で買い物をしようなどと言う者は皆無だろう。

「任務に戻る為に準備をするんだろ?」

「あぁ」

「この先に店があるとでも言うつもりか?」

「そうだ」

 聖王都の郊外にあるスラムの、それまた端の端の方に俺の馴染みの鍛冶屋がある。
 そこで普段から使う武器の手入れや補充を行うのだが、アリサは基本的に素手の方が強く、こういった武器は扱わないので今まで同行した事がなかった。
 その為こんな場所に本当にちゃんとした鍛冶屋があるのか疑問なのだろう。

「心配せずとも大丈夫だ」

「本当に大丈夫かよ……」

 そんな心配を口にしながらも、アリサは俺の服の袖を掴んで離さない。

「……手を繋ぎたいのか?」

「ばっ?! ちっげぇし! お前が迷子にならない様にだし!」

「そうか」

「……そうだよ」

 そういう事らしいが、俺はそれほどまでに方向音痴だと思われていたのだろうか。
 これでも大抵の場所には地図無しで行けるんだがな……それに、仮に地理に弱かったとしても何度も訪れている場所で迷ったりはしないだろう。

「……」

 ……にしても、暫く見ないウチに随分と孤児の人数が減っているな。
 この国で子どもを中心に狙った人攫いが増えて来ているとは聞いていたが、それは身代金などが期待できないスラムの孤児も例外ではなかったか。
 私費で孤児院を設立したアリサからしたら許せんだろうな――

「順調か?」

「……………………オレの経営する孤児院の事なら心配ない」

「そうか」

 子ども好きのアリサが自らの資産を投じて身寄りよない子ども達を保護して教育する孤児院を経営している事は知っていたが、それがちゃんと軌道に乗って順調にいっているようなら何よりだ。

「あのさ」

「なんだ」

「オレだから良いけどよ、急に主語のない問い掛けをされても大抵の人間には通じねぇからな?」

「……そうか」

 そうか、また俺の悪い癖が出てしまっていたか……こういう部分がダメで失敗したばかりだというのに、気心知れた仲だからというのは言い訳にもならんな。

「すまない、アリサに甘えていた様だ」

「い、いや……オレは別に、良いんだけどよ……」

 自身の特徴でもあるポニーテールを顔の前に持って来て弄りながらも、アリサはそんな事を言ってくれる。
 確か聞き齧りの知識だが、女性は詰まらない相手と会話する時に自身の髪の毛を弄るらしい……にも関わらず、コチラを気遣う言葉を忘れないアリサの優しさに報いる為にもこれから気を付けねばなるまい。

「そうか、アリサは優しいな」

「も、もう良いから! 気にしてないからさっさと行こう!」

「そうだな」

 本人が気にしてないと言うのだから、その気遣いを無視するのも失礼だろう。
 ここはもう俺も気にせずに目的地へと向かおう――





「……ここか? 本当に隅の方にあるんだな」

「あぁ」

 迷路の様に入り組んだ道を通り、スラムの隅にある目的の鍛冶屋へと辿り着く事ができた。
 相変わらずそうと知らなければ通り過ぎてしまいそうな程に鍛冶屋らしくなく、外観は完全にスラムの何処にでもある普通のボロ小屋といった風情だ。

「開けてくれ」

 ノックをして声を掛けること数十秒……出て来ないな。

「……留守じゃね?」

 一向に誰も出て来ない状況にアリサが片眉を上げながら当然の疑問を口にする……だが、この時間帯なら彼女は確実に中に居る――

「――ど、どちっ……ら、さま……で……す、か……」

 やはり居たか……ほんの少しだけ開いたドアの隙間から、産まれたての子鹿の様に肩を震わせながら包丁を構えた一人の少女が現れる。
 その様子にアリサがビックリしているが、まぁコイツのこれはいつもの事だ。

「アビー、俺だ」

「あっ……ア、レン……君でし……た、か……」

 自信なさげにオドオドとしながら、所々吃ったりつっかえながら彼女――アビゲイルが俺を認識して安堵した様に構えた包丁を降ろす。

「……」

 そのまま無言の手振りで屋内へと招かれるが慣れたもので、勝手知る我が家の如く俺も無言のまま続く。
 しかしながら急に包丁を向けられたかと思えば、そのまま室内へと招かれるという事態に付いて来れないのか、アリサがポカンとした表情で固まっている。

「何をしている?」

「あっ、え? あ、入って良いのか……」

「あぁ」

「そ、そうか……お邪魔します……?」

 仕方がないのでアリサへと声を掛け、未だに混乱している様子の彼女を伴って今度こそアビゲイルの後を追っていく。

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