雷霆の英雄と聖王子 〜謀略により追放された口下手な雷は、家族思いで不器用な王子を影から助ける〜
5.猫の様な方
「――お兄様は元気にしていましたか?」
私の目の前に立つ、くせっ毛の目立つ黒髪と眠たげな猫を思わせる金色の目を持ったアレン様へとそう問い掛けます。
問われた方のアレン様はと言うと、中空を見詰め、固まったままです……あれは真面目に答えようと頭の中で整理しているようですね。
ですが、私の傍に控える者たち……特に最近になって登用された、アレン様を知らない者たちからしたら話を聞かずに呆けている様にしか見えない様で、幾人かが前のめりになったのを手を上げる事で抑えます。
……にしても、こうして見ると本当に猫の様な方ですね。
「……あぁ、元気だった」
そしてその当のアレン様はやっと喋ったかと思うと、それだけで言葉が終わってしまいます……この方は初めて会った時から本当に変わりませんね
幼い頃にお母様が突然お兄様と同い歳のアレン様を連れて来た時は驚きましたが、その当時からアレン様は人付き合いが苦手な様で、放っておくと何日も一言も話さずに過ごしてしまうという筋金入りでした。
「コホン! ……アレン、それだけじゃ伝わらん」
「……アリサか」
さて、どうやってアレン様から知りたい事を引き出そうかと思案していると、私の筆頭護衛騎士にしてアレン様の同僚でもあるアリサが口を開きました。
美しい金髪に、物珍しい紫色の瞳を持つ可憐な乙女にしか見えませんが、敵対した相手は必ず殴殺する実力者で、人柄も良く、アレン様と同じく幼い頃から一緒で数少ない私が心の底から信頼できる部下の一人です。
「リオン殿下の怪我や病気の有無は」
「ない」
「調子は良さそうだったか?」
「あぁ」
「直近の身の危険はあるか?」
「……今のところはない」
にしても、やはりアレン様と一番多く仕事を一緒にこなした実績もあるだけはあり、彼から聞きたい情報を聞き出すのはお手の物ですね。
「……そ、それで……お前は、どう、……なんだ?」
まぁ、好意を寄せている相手ときちんと会話したいという、健気な努力の賜物かも知れませんね。
「? 問題ない」
「そ、そうか……ならいいんだ」
……もっとも、それが上手くいっているかどうかは別問題ですが。
「アレン様もお身体の調子は良いようですね」
「あぁ、問題ない」
なぜ自分の状態まで聞かれるのか分からない……そんな、親しい間柄でないと微妙に分かりづらい表情の変化を見せながら首を傾げるアレン様についつい笑いが漏れてしまいます。
暫く会っていませんでしたが、本当にお変わりないようで良かったです……まぁ、こんな方だからこそ昔からお兄様によく勘違いされてしまうのですけれどね。
「これからはお一人でお兄様のサポートを影ながら行うのでしょう? 絶対に人手が必要になるでしょうから、アリサを連れて行って下さい」
「み、ミーア様?!」
私の突然の申し出にアリサが驚いて私の方を振り向きますが、当のアレン様は特に気にした様子もなく、相変わらず何を考えているのか分からない顔で佇んでいます。
何と言いますか、温度差が見ていて楽しい二人ですね。
「アレン様お一人では心配ですし、アリサが付いてくれるなら私も安心できます。……ダメですか?」
「だ、ダメではない、ですが……」
本心ではアレン様について行きたいのでしょうに、真面目な彼女の事ですから私の護衛という職務との板挟みになっているのでしょう。
仕方ありませんね、ここはアレン様本人に尋ねてみましょうか。
「アレン様はどう思いますか?」
「アリサが欲しい」
「……っ?!」
……いえ、分かっているのですよ? アレン様には特に含むところはないと、ちゃんと理解できています……私も彼ならば素直な気持ちをそのまま口にするだろうと、それを狙って聞きましたから。
ですが、その……あまりにも選ばれたお言葉が直球過ぎてアリサが頭から湯気が出そうな程に赤面しておりますし、周囲の側近達も思わず目を剥いてしまっています。
かくいう私も熱烈なプロポーズにしか聞こえないそれに少しばかり頬が赤くなっている自覚があります……こういうところも、色々と誤解されてしまうのでしょうね。
「……アレン様はアナタが欲しいようですよ」
「っあ、うっ……はぃ……」
あらあら、なんて可愛らしい反応をするのかしらこの子は……この場で一番年齢が低いのは私である筈ですのに、何だか微笑ましい気持ちになってしまいますね。
さぁ、この可愛らしい部下であり友人の恋を応援するべく背中を押してあげましょう。
「さぁ、本人もこう言ってる事ですし、私の身辺警護の事ならまだカレン達が居ますから気にせずアレン様を助けて下さい」
「……かしこまりました」
まぁ、なにも友人の恋を応援したいという理由だけでなく、アリサも居ればお兄様の周囲の安全度が上がるだろうという打算もあるのですけれどね。
「またよろしく頼む」
「お、おう……!」
ですけれど、やはり微笑ましいという気持ちは抑えられませんね。
「……よろしかったのですか?」
急いで準備を終え、すぐにまたお兄様の後を追うというアレン様とアリサが部屋を出て行ってすぐに筆頭側仕えのミモザが声を掛けて来ます。
「えぇ、あの二人なら大抵の敵はどうにかなるでしょう」
「アリサはともかく、あのアレンという人物は聖神の加護を授かっていないと聞いています」
一番新参の護衛騎士が『なぜ姫様がその様な人物を信頼するのかが分からない』と疑問を呈して来ますが……まぁ、確かにそう思うのも無理はありません。
この世界に産まれ落ちた時点で人はすべからく聖神の加護を授かります。
どんな能力であれ、役に立つ立たないに限らず必ず、です……しかしアレン様はその加護を一切持たずに生まれた聖王国の長い歴史でも類を見ない珍しい方です。
「えぇ、彼はは一切の加護を持ちません」
「ではなぜ……」
「加護など持たずとも、あの方はそれ以上の力を持っていますよ」
「そう、ですか……」
納得のいっていない表情で引き下がる彼女には悪いのですけれど、新参であるが故にアレン様の実力を知らず、また新参であるが故にアレン様の秘密をまだ教える事が出来ないのです。
と、言ってもこの私自身も偶然知っただけであって、本当ならお母様と現聖王であるお父様くらいしか知らないのですけれどね。
他に知っている者と言えば偶然知ってしまった私とアリサくらいですか……お兄様も知らないでしょう。
「まぁ、心配せずとも大丈夫ですよ――」
――あの方なら魔族だって斃してくれますから。
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