雷霆の英雄と聖王子 〜謀略により追放された口下手な雷は、家族思いで不器用な王子を影から助ける〜

たけのこ

3.王女


「……それで? なぜ貴方がここに居るのです?」

 聖王都にある後宮の一室、属国の姫君に与えられるその部屋で俺はその部屋の主に跪いていた。

「結論から述べます。リオン殿下に解雇されました」

「何がどうしてそうなったの……」

「それは――」

 物心ついた時から仕えているミレーユ様に対しては、流石に長文での会話を頑張らなければならないだろう。
 未だに慣れない丁寧な言葉遣いに気を付けながら、途中でつっかえながらも事の顛末を説明していく。
 影から目立たない様に護衛していたが、徹し過ぎてパーティー内での立ち位置の確保に失敗した事や、その隙を突かれて貶められた事など……また、魔術師のウーゴが要警戒だという事も。
 また、その後の足取りとして魔術師ウーゴに勧められた人攫いの調査という依頼をギルド経由で引き受けた事も付け加える。

「そう、でしたか……コチラから頼んでおいて、申し訳ない事をしましたね」

「あぁ、わかっ――いえ、問題ございません」

 ……この方に対しては丁寧な言葉遣いに徹しようと気を付けてはいるが、どうにも生まれた時からこういう対人関係が苦手だ。

「あの子も焦っているのです……私達は微妙な立場に立たされていますからね」

「いえ、分かっております」

 それを何とかする為に王位を、王位を得る為に遺失物を殿下は求めている。
 古の魔王を打ち倒し、その遺骸の上に聖王国を建国した初代聖王と属国の初代王達が振るったとされる人智を超えた神器……王権の象徴でもあり、全部で108もあったそれは気の遠くなる様な時間と共に失われ、現在では王宮の地下深くに存在する〝地縛の錠〟のみとされている……故に遺失物。
 そのどれか一つでも持ち帰る事が出来たなら、殿下の王位継承も確実となり、それに伴い我が主君達の身辺も絶対なものとなるだろう。

「最近は凶悪な事件も、この聖王のお膝元である聖王都でも多く確認されています」

「そのようです」

「特に子どもを中心に狙った人攫いが横行していて……」

 子どもを中心に狙った人攫い、か……彼女・・が聞いたら既に知っていたとしても、その度に怒り狂いそうな内容だ。

「王位や私達の立場などはどうでも良いのです……ただ、私にとってたった一人の息子、ミーアにとってたった一人の兄が無事で居られる様に、今度は本当の意味で影から助けてあげて欲しいのです」

 そう言い、ミレーユ様は心底疲れ果てた様な顔を見せる……親しい者以外にはあまり自身の弱みを見せないお人の珍しい表情だ。
 家族の為に安全圏から飛び出し、果てなき難行に飛び込むリオン殿下も、そんなリオン殿下の身を案じ、自分達の立場など意に介さず純粋に心配するミレーユ様とミーア殿下……お互いがお互いを想い合う良い家族だと思う。
 そして同時に、そんな彼ら彼女らを幼い頃からずっと見続けて来たからこそ、俺は思うのだ――

「――身命を賭して」

 ――この家族の力に成りたい、と……俺に、家族と呼べる様な存在は居なかったから。





「それで、やはり王子は……」

「そうね、恐らくまだ帰る事は出来ないでしょうね」

「そう、ですか……」

 やはりそうか……厄介者扱いされている王子が遺失物を探すというのだから、それに対して彼の兄達は厳しい条件を付けた。
 その一つが遺失物をどれか一つでも見付け出すまで王城への帰還を禁ずる事だ。
 国からの支援も一切行われず、ただ守りの少ない中で、自分達が関知しない場所で野垂れ死にする事を望んでいる。

「帰れたら、アナタの誤解も解けるのですけれどね」

「いえ、それはいいのです」

 確かにミレーユ様やミーア殿下ご本人の口からウーゴのそれを否定して貰えれば楽だろうが、俺はそんな事よりもこのお互いを思い合っている家族が離ればなれになっているという現状に思うところがある。
 恐らくは家族との交流も遮断する事でお二人による個人的な支援を難しくする事と、仮にリオン殿下が本当に遺失物を見付けた時に容易く人質にして言う事を聞かせる為の措置だろう。
 心の中では見付かるはずがない、見付けたとしても持ち帰れないと思っているのにもしもの場合を考えて手は抜かない……やはり、影響力の大きい上位国の後ろ盾がある王子達は老獪だな。

「それにしても、ウーゴがね……」

「……はい」

 確か、リオン殿下はウーゴの事を『叔父上』から紹介されたと言っていた……恐らく味方だと思っているその方が、自分に味方したとして政敵に攻撃されない様に名前を伏せたのだろうが、この時ばかりはそれが仇となった。
 その叔父上とやらは初めからリオン殿下の味方などではなく、またリオン殿下の叔父上にあたる方はそれなりの人数が居るためどれかに絞れない。
 そして勿論だが、全員が王族、もしくはそれに連なる一族のために身辺を調べる事も容易ではないだろう。

「私の方でも探ってみるけれど、アナタも十分注意しておいてね」

「勿論です」

 もしもリオン殿下が定期的にミレーユ様達と顔を合わせる事が出来たなら、彼は自分の母親にはその叔父上の正体を教えただろう。
 やはり分断がどの様な状況に於いても効果的な事が分かるのと同時に、俺がリオン殿下から信用を得られなかった事が悔やまれる。

「さて、では改めて命じます」

 背筋を伸ばして真剣な雰囲気を出すミレーユ様に合わせて、こちらも改めて佇まいを直す。

「ミレーユ直属第三情報処理班のアレンよ、我が息子の命を護りなさい」

「拝命いたしました」

 自身の表向きの所属を久しぶりに聞いたな、などと思いながら神妙に頭を垂れる。

「あ、そうだ。ちょうどいい機会だからミーアにこれを届けてね」

「……了解しました」

 急にフランクに戻ったミレーユ様に目を泳がせながらも、先ほどから書いていた手紙を渡され、それを受け取る。

「それでは」

「えぇ、気を付けるのよ」

 まぁ、ともかくここからミーア殿下の部屋までそう離れている訳でもない……久しぶりに顔を合わせるのも良いだろう。

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