世界一白いインコ

ぢろ吉郎

世界一白くありたい後編

「キュウちゃん。最近、餌やりサボっちゃってごめんね。ほらほら、ゴハンだよ」

 ぼくは久しぶりに餌袋を引っ張りだし、キュウちゃんの目の前に広げました。

 こういうのを、ご機嫌取りっていうらしいです。

 お父さんが言っていました。相手のお話を引き出すためには、大切なことなのだそうです。

 しかし、キュウちゃんは見向きもしませんでした。やっぱりご機嫌斜めなんでしょうか……と思いましたが、そうではなかったようです。

 これは後からお母さんに聞いたことなのですが、キュウちゃんはこの時間帯、餌を食べないそうです。

 食習慣、というやつですね。 

 お母さんがお世話をしてくれた結果、キュウちゃんのゴハン時間は、一定に落ち着いていったようです。それ以外の時間には、目の前に餌袋をぶらさげられようが、「美味しいよ」と誘惑されようが、決してクチバシを前には出さない――そんな食習慣が、キュウちゃんの中で出来上がっていたのです。

 がっくりと肩を落としました。

 餌を食べてもらえないのは、かなりショックです……。

 それから約二時間、キュウちゃんに喋ってもらうため、ぼくは四苦八苦しました。

 丁寧にお願いしたり。
 逆に怒ってみたり。
 「あなたはどんな鳥ですかー?」と聞いてみたりしましたが、キュウちゃんはさっぱり喋りません。

 残念です。

 キュウちゃん……これじゃ、『世界一白いインコ』になってしまいます。

 でも、そもそもお父さんたちは、このことを知っているのでしょうか?キュウちゃんが世界一白いインコだと、分かっていたのでしょうか?

 キュウちゃんをくれたお父さんに相談できれば良いのですが、生憎、お父さんは出張に行っています。約一週間は、家に帰ってこないみたいです。

 なら、お母さんに聞くしかありませんね!

 そんな決心をした、ちょうど良いタイミングで、

「ユキト! 晩ご飯の準備できたわよー!」

 と、階下から声が響いてきました。

 お母さんです。

「いま行くー!」

 ぼくはもう一度キュウちゃんに向き直り、「また後でね!」と声をかけ、自室を出ました。階段を下り、ダイニングへと足を向けます。

「ユキト、今日は鶏肉の唐揚げよ。ほら、美味しそうでしょ?」
「あ……うん。そうだね」

 唐揚げ。

 それを聞いて、一瞬、お父さんの顔が思い浮かびました。

 レモンは勝手にかけちゃ駄目、です。

「今日もユキが食べづらそうにしていたら、手伝ってあげてね」
「うん」

 ダイニングテーブルには、すでに妹のユキが座っていました。三歳になったばかりのユキは、夕食の準備ができるまでの間、子供向けアニメを見ながら楽しそうに待っています。

 ちなみに、これも鳥たちが主役のアニメ。

 ユキも鳥が大好きなのです。

 ぼくもアニメが気になりますが、お母さんに相談をしなくちゃいけません。

 キュウちゃんのことを。

 世界一白いインコのことを――

「わたしは、世界一白いインコだ!」
「え!」

 ええ?

 振り返ります。思いっきり!

 危うくお皿を落としそうになりましたが、振り返らずにはいられませんでした――その、聞き覚えのある台詞に。

 声は、妹からでした。よっぽど気に入っているのか、「世界一白いインコ! 世界一白いインコ!」と、何度も叫んでいます。

 そんな……あれ? どうしてその台詞せりふが?

「……ねえ、お母さん」
「ん? どうしたのー?」
「ユキが叫んでいるあの台詞って、なに?」
「え? ああ……あれね。最近、保育園で流行っているらしいのよ、『世界一白いインコ』っていうアニメ。あれは、主人公の台詞みたいね」
「へ、へぇ」

 声が震えます。
 まさか。
 まさかまさかまさか。

「もしかしてお母さん、キュウちゃんを一階に降ろした?」
「ええ。ここ最近は、いつも一階に降ろしているわよ」
「ど、どうして?」
「餌をあげるついでに、ね。キュウちゃんが傍にいると、ユキが喜ぶのよ。毎日、一生懸命話しかけているみたいね。……もしかして、嫌だった? ユキトが帰ってくる頃には部屋に戻しているから、いいでしょう?」
「……」

 そっか。

 キュウちゃん、ユキの言葉を覚えてしまっていたんですね。

 少し期待していたのに……本当に、世界一白いインコかもしれないって。

「あら? ユキト? どうかしたの?」
「……じゃあ、キュウちゃんは普通のインコなんだね……」
「え? 何言ってるのよ。当たり前じゃない」 

 ぼくは応えません。

 さっぱり、応えませんでした。

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