ボクっ娘の後輩は砂糖と秘密で出来ている

瀬野 或

#10 目五色に迷うⅩ


 CDを借りられなかった颯汰郎は、GAOより帰宅後、築年数二〇年のベテランアパート『エスペランサ』二〇一号室に直帰した。

 颯汰郎が借りている二〇一号室は、深緑色に塗装されたダイアモンドカットの階段を上がった直ぐの部屋である。

 壁は薄くもなく厚くもないといった感じで、騒音はそこまで気にならない。『ベテラン』の割には住みやすいアパートだと言えよう。

 このアパートに決めた理由は、コンビニや商店街へのライフラインが優秀であることも一つだが、一番は、風呂とトイレが別だったことである。

 両親と不動産屋に赴いた際に、「この条件だけは譲れない」と提示して、三件回った後に案内されたアパートが『エスペランサ』だった。

 エスペランサ以前に見たアパートは、和室だったり、風呂とトイレが一緒だったり、格安の代わりに異様な雰囲気があったりと納得できなかったけれど、エスペランサは築年数の割に小綺麗で、颯汰郎が出した条件にぴったりと当てはまったのだ。

 玄関を開けると、右に二口ガスコンロの台所──キッチンと呼ぶには畏れ多い──がある。左には洗面所兼トイレ。風呂場は洗面所を入った場所に入口がある。

 玄関を抜けてささやかな廊下を通り、すりガラスのドアを開ければ六帖の洋室。ドア付近に家電を集めているのは母親の提案である。

『台所との往復を考えると、遠いよりも近いほうがいいでしょう?』

 そう提案された配置した冷蔵庫や電子レンジなどの器具は、調理の用途で使われたことがない。

 基本的に自炊をしない颯汰郎である。食事はバイト先だった牛丼屋で済ませていたゆえに、冷蔵庫の中身は、飲み物、漬け物、たまご、食パンとマーガリンのみだ。

 炊飯器で炊いたごはんを漬物で頂く──これを料理と呼ぶわけにはいかないだろう。

 冷凍庫のラインナップが充実しているのは言わずもがなで、最近は冷凍そら豆にハマっている。年齢に不相応な渋いチョイスだ。

 動画サイトの動画を観ながらそら豆を食べつつ、氷を沢山入れた炭酸水を飲むのが颯汰郎のマイブームである。やっぱり年齢に不相応だった。

 汗でべとべとになった体をシャワーで洗い流し、洗面所に用意した世界的に有名なイギリスのロックバンドの白シャツと、黒と灰色の迷彩柄の半ズボンを穿く。

 颯汰郎はこの服装を『寝巻き装備』と言っているが、この組み合わせによって著しく攻撃力や防御力が上がるわけではない。

 温まった体をエアコンの冷房が冷やす感覚は、夏にしか味わえない感覚だ。

 しかし、汗を洗い流してもすっきりしない。

 GAOアプリの一件が、魚の小骨のようにしつこく引っかかっていた。

 颯汰郎はそこそこ根に持つタイプだった。

 ──まさか一回もあたらないなんてなぁ……。

 こればかりは自分の運のなさを呪うしかない。

 ──一〇〇ポイント使ってるんだから確定でよくねぇ? GAOアプリ運営ケチすぎワロタ……笑えないんだよなぁ。五〇〇GP返却求むだわ。これ、訴えたら勝てるのでは?

 因みに、訴える際に掛かる費用は五〇〇GPどころでは済まないのだが、そこは突っ込まないであげることも優しさである。

 文字どおりに傷口に塩を塗る行為は泣きっ面に蜂でもあり、トラウマを与えかねないだろう。

 ぶつぶつと文句を垂れながら冷蔵庫を開けて、二リットルの水を取り出した。

 ラッパ飲みすると菌が繁殖すると聞いて以来、颯汰郎は保存するペットボトルに口を付けず飲む習慣がついた。

 ──しかし参ったなぁ。ランブルの曲、聴けねえじゃん……。

 当初の目的はGAOでランブルのCDを借りて、パソコンの音楽プレイヤーで聴きながら『ランブルのCD借りた。今聴いてる』と薫に送る計画だった。

 計画が破綻して、打つ手なしの状況である。

 そんな時、部屋の隅にある机の上に置いたデバイスが、ファンフォン、と間抜けた通知を鳴らした。どうやら動画サイトに登録している動画主が最新の動画をサイトにアップしたようだ。

 悲しいことに、颯汰郎のデバイスを鳴らすのは、この通知が八割を占めている。

 男友だちもいるにはいるが、『男と頻繁に連絡を取り合うなんて気持ち悪い』と変なプライドがあるために連絡を怠っていた結果がこれだ。

 SNSを見ると切ない気分になるので、極力見ないようにしている颯汰郎である。が、つい気になって見てしまい、海にいった写真をアップされていて、自分が誘われていないことに三日間は凹んでいた──まあまあ自業自得ではある。

 友人たちが夏休みをエンジョイしている最中、颯汰郎がしていたことと言えば、やり込んでいるFPSのシーズンを開始早々走ったり、動画サイトで動画を漁ったり、そら豆を炭酸水でやっつけたり、バイトをクビになったりと、思い返せば残念すぎる高校一年の夏を過ごしていた。

 ──この前のゲーム実況の続きじゃん。超気になってたんだよな……そうだ!

 動画サイトにランブルの公式アカウントがあるのではないか? と閃いて、検索バーに『ランプオンブルース』と入力する。すると、検索結果にランブルの公式アカウントがヒットした。

「ビンゴ! 天はオレを見放しはしていなかった!」

 確かに天は颯汰郎を見放しはしていないだろう。だが、見つけてもいなそうである。

 だからこそ、颯汰郎の運は劇的に低いとも言えるのだが、大晦日の初詣は欠かさない颯汰郎がどうしてここまで運なしのか──。

 もしかすると、毎年のように『彼女が欲しい』と私欲全開なお願いをしていることも原因の一つなのかもしれない。多分、知らんけど。


 

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