ボクっ娘の後輩は砂糖と秘密で出来ている

瀬野 或

#8 目五色に迷うⅧ


 カラオケ店の横にある裏路地を駆け抜けて行く途中、薫は中腹辺りでふと立ち止まり、右足を軸にして、くるん、と振り返る。

「連絡! 待ってますからね!」

 そう言って右手をめいいっぱい高く上げると、無邪気な子どもが帰り際にするように、また明日会おうと誓うように、朗らかな微笑みを湛えてぶんぶんと左右に大きく振った。

「絶対ですよー!」

 颯汰郎は何も言わずに浅く手を振り返すのみだった。人前で大声を出すのは憚りたいというのは建前で、大声で手を振り返すのが恥ずかしかったのだ。

 年頃の男子とは周囲の反応に敏感なもので、そこに観衆がおらずとも、どこで誰かが見てるかもしれないとクールぶる習性がある。

 浮かれた自分を第三者に見せたくないのだ。ましてやそれが片想い中の相手ならば尚更だろう。

 薫が角に消えたのを見届けた颯汰郎は、ほと安堵の溜息を吐いた。

 顔がにやけてしまいそうになるのを我慢するのもほとほと限界で、安心して気が抜けたのか、だらしない表情がおもてに出ていた。

 ──あの可愛さは反則だろ。なんだあれ、天使なのか? それとも小悪魔? どっちにしたって可愛いんだから困ったもんだ。いや待てよ? 可愛くて困るとか贅沢な悩みだよな。綾瀬川さんマジ天魔。

 颯汰郎は薫が歌っていた『LAMP ON BLUES』の楽曲のサビ部分だけを口ずさみなら商店街を歩く。

 メロディはうろ覚えで、おまけに調子外れだが、一度聴いただけで曲の特徴を掴む辺り、普段から洋楽を親しでいるだけはあるようだ。

 昼をちょっと過ぎた時間にもなると、歩行人の数が増していた。

 美味いと評判の食事処や、手軽なファストフード店には行列ができている。『スタド』の略称で呼ばれるカフェチェーン店の窓際席に、パソコンの画面と睨めっこする意識高そうな男たちが横一列に並ぶ。

 なんというか、妙に胡散臭い。ネットビジネスやってそう──と、颯汰郎は彼らにあらぬ疑いをかけていた。

 商店街を暫く歩いていると、腕を組んで歩くカップルの姿を多々目撃した。

 見ているだけで暑苦しいから離れろ。
 お一人様の気持ちを考えたことがあるのか。
 どうせ夏休みが終われば自然消滅するんだろ。
 あっちの店のほうが安かった、云々。

 まるでクレーマーのような感想と恨み言を密かに唱えていた。というか、最後の文句は正真正銘のクレーマーである。

 牛丼屋で働いていた頃もよく言われた。『安い店に値段を合わせろ』と──無茶にも程がある。

 そういった『しょうもない文句』を言ってくる客の大半は、いい歳した年配客が多い。

 若者は年長者を敬えと言うのならば、手本になるよう行動を改めるべきなのでは? と、颯汰郎は常々思っている。でも、お手本にできる大人はごく僅かである。

 大人の品格が問われる時代に突入した!

 商店街も終わりに差し掛かった。

 颯汰郎が目指す店は、道路に面した場所にある全国チェーンのCD・DVDレンタルショップ。お店の名前は『GAOガオ』。外観の一階部分は白塗りで、二階部分の壁は青で塗られたツートンカラーが特徴的。遠くからでも結構目立つ店だ。

 二〇台分の駐車場には空きがなく、駐輪スペースもバイクと自転車がすし詰めになっている。

 暇を持て余した者たちが集う場所は、大型ゲームセンター、パチンコ屋、レンタルショップと相場が決まっていた。ワンパターンとは言ってやるな──颯汰郎談。

 この店舗の他にも『TURUYAつるや』という別のレンタルショップもあるのだが、とても徒歩で行こうと思える距離ではない。

 自転車を使っても「ちょっと遠いな」と感じる場所で、猛暑日に汗だくで自転車を走らせる真似はしたくない──颯汰郎の正直な感想だった。

 入店すると、これまでの暑さが嘘のようだ。冷房が効いて気持ちがいい。店内BGMのセンスはどうかと思うけれど、居心地の良い空間が広がっていた。

 一階はリサイクルショップになっている。テレビなどの家電は勿論、ホビーや服、アウトドア用具まで取り揃えている。弾けはしないが、楽器コーナーを見るのが颯汰郎は好きだった。

 ドハマりしているグランジロックバンドのボーカルが使うギターの名前が『ジャガー』というのも独自に調べた。

 調べただけで購入には至っていない辺りが実に颯汰郎らしい。Fコードの音が鳴らなくて投げ出すのが、目に見えているからだ。

 右奥にある階段を上がると、二階の、DVD、CD、漫画レンタルスペースになる。

 最近というか、数年前ほど前からお菓子などの小物も販売するようになった。

 お菓子の売れ筋商品は『キャラメルポップコーン 五〇グラム入り 一〇〇円(税抜き)』。

 内容量に不満がある颯汰郎は、この商品を購入したことがない。美味しいとは評判だけど、買う気にはならなかった。

 階段に一歩足を踏み込んだその時、財布を持ってきていないことを思い出した。いつも財布を入れているポケットを確認してしまうのは、習慣というか癖なのだろう。


 

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