ボクっ娘の後輩は砂糖と秘密で出来ている

瀬野 或

#4 目五色に迷うⅣ


 賑々しい商店街のやや中央よりに、颯汰郎たちが目指すカラオケ店『ルンルン』はある。『カラオケボックス』と呼ばれていた時代から続く老舗店で、昭和臭い店名はその名残だ。

 ワンオーダー制で、持ち込み可。水曜日のレディースデーは、女性のみ一時間無料のサービスが受けられる。言わずもがなだがメンズデーはない。メンズデーがない代わりに、月に一度だけ、アプリ会員限定で同等のサービスが提供されている。

 基本料金は、平日三〇分二五〇円、十七時以降は三五〇円。週末料金はそれに一五〇円が加算される。フリータイムプランはないけれど、三時間、六時間、一〇時間の三つのプランが用意されている。

 これらのパックは飲み放題(アルコール類は別途料金が加算)もセットになっているので、お得にルンルンを利用するなら活用すべきだろう。

 颯汰郎たちが通された部屋は、エレベーターで三階に上がった先。エレベーター出入口の隣にはトイレがあり、そこから反時計回りで部屋番号が割り振られている。

「部屋の番号はなんだっけ」
「三〇八です」
「あ、隣じゃん」

 颯汰郎が先導して防音ドアを開けると、そこは四畳半ほどの部屋だった。モニターにアーティストの最新情報が煌々と映し出されている。

 コンセントに差し込むタイプのルームフレグランスが設置されているようで、ドアを開けた瞬間にまろやかな匂いがした。
  
 ドアの横にある証明スイッチを入れる。東雲色しののめいろの壁は燻んだ色をしていて、あまり触れたくない印象だ。

 中央にある黒のローテーブルの下に、メニュー表などが置いてある。テーブルから見て左側に、三人詰めれば座れるであろう緋色のフラットタイプソファーのみが鎮座していた。

 三〇八号室のような部屋にはソファーの他にも椅子が用意されていたりするのだが、全体を見たところ、ソファーの他に椅子らしい椅子はなかった。

 ──ということは、必然的に綾瀬川さんと隣同士で座れるってことだよな?

 胸中でガッツポーズを決める颯汰郎とは対照的に、薫はとことことソファーに移動。

「座らないんですか?」みたいな視線を投げかけられた颯汰郎は、緊張しながらも拳三つ分ほどの距離を開けて座った。

「持ち込み可って嬉しいですよね」

 薫は弾むような声音で言いながら、コンビニで購入した品々をテーブルの上にセッティングしていく。

 二つあるうちの一つ、『生クリームたっぷりぷりんプリン』が颯汰郎の前に置かれた。偏差値が園児レベルにまで下がったようなネームングセンスだな──と、会計時にひっそり思った颯汰郎である。

「いいの?」
「せっかくですし、食べないと痛みますから」
「じゃあ遠慮なく、いただきます」

 黙々とプリンを食べながら、颯汰郎は思う。

 ──なんのためのカラオケだ!?

 プリンを食べるだけであれば、近場にある公園でもこと足りる。それなのにわざわざ個室を選んだってことは、これはもうデートという他にあるまいか!? そんな日に限ってこの服装はないだろう、と。

「綾瀬川さんってカラオケにはよく来るの?」
「そうですね。いつもヒトカラですけど」

 プリンを食べている薫を見ていると、なんだか頭を撫でたくなる衝動に駆られる。

 同年代なのに『颯太郎先輩』と呼ばれる他に、身長差も加え、薫の和みある雰囲気が合わさり、後輩感を助長させるようだ。

 颯太郎は歳下がタイプということもなければ、ロリコン趣味ということもない。

 仕事中に見た薫の笑顔に一目惚れしてしまったのだ。以降、ずっと片想いを継続中だった。

「一人でカラオケか。──それもよさそうだな」
「楽しいし、便利です」

「便利?」おうむ返しする。──なにが便利なのだろうか。

 歌いたい曲を誰に邪魔されることなく熱唱できるという理由ならば、『楽しい』と表現するはず。しかし、薫は『便利』だという。『ぷりんプリン』の名称くらい、違和感を覚えた。

 ──もしかして、綾瀬川さんはクラスでいじめを受けていて、避難所としてカラオケを利用しているんじゃないか? それとも両親から家庭内暴力を受けていたり……だとすれば、便利という言い回しにも合点がいく。

 隣に座る薫は、そんな苦労を少しも顔に出さず、幸せそうにプリンを食べていた。悔しさと不甲斐なさで、プラスチックスプーンを握る手に力が入る。

 どうにかしてあげたい。いたいげな少女の笑顔を守らなければ。それは自分にしかできないことだ──などと、ヒーローのように誓う颯汰郎だが、実際はそんな話ではなかった。

 薫はクラスでいじめられたりしていないし、両親とも円満である。では、どうして『便利』という単語を用いたのかというと、趣味であるアコースィックギターの練習に、カラオケルンルンを利用しているからだ。

 カラオケルンルンの料金プランは、三時間、六時間、一〇時間パックの他に『学習プラン』が用意されている。

 学習プランとはその名のとおり、勉強や楽器の練習にどうぞと用意されたプランで、カラオケ器材が使えない代わりに三つの料金プランを半額で利用できる。

 3DKのアパートに住む薫は、この学習プランを使ってギターの練習をしていただけなのだが、颯汰郎は、努力、友情、勝利を掲げる少年漫画誌の主人公が如く、熱血に、一人で盛り上がっていた。


 

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