ボクっ娘の後輩は砂糖と秘密で出来ている

瀬野 或

#3 目五色に迷うⅢ


「あの、颯太郎先輩!」
「うん? ……ああ、それくらいなら奢ってあげるよ」
「あ、いや、その! そうじゃなくて!」
「いいからいいから」

 薫が持っていたカゴを半ば強引に奪い取った。カゴの中には、お菓子、炭酸ジュースのペットボトル、カップ麺が三つ、プリンが二つ入っている。カップ麺は激辛のやつだった。辛い物が苦手というわけではない颯汰郎でも、このカップ麺だけは食べ切れなかった。

 激辛もいけるという意外な一面を垣間見れて、ちょっと嬉しくなる。単純だ。男子高校生なんて案外そんなものなのかもしれない。ちょろい、ともいう。

 ──こ、これくらいへーきへーき。

 などと自分に言い聞かせて、お菓子やらが入ったカゴと一緒に自分の飲み物もサッカー台に置く。やる気がすっぽ抜けてしまっているフリーター風の店員は、その量に一瞬だけ「ちっ」と舌打ちしたそうな顔をした。けれど、直ぐに表情を戻し、他の客と同じく、興味なさそうに値段を読み上げ始めた。あらららっ──と。


 * * *


「ごめんなさい、颯汰郎先輩。ボク、奢ってもらうつもりはなくて」

 薫の一人称は『ボク』で、俗にいう『ボクっ娘』だ。ボクっ娘なんて俗っぽい名称を知っている辺り、颯汰郎のお里が知れる。洋楽第一主義にアニメ好き。小心者で恋愛は超奥手。小物臭全開だ。

 持ち前の瞬発力を活かす趣味、例えばボクシングなどのスポーツをしていればそこそこ活躍できる選手にもなれそうなものだが、サッカーや野球は疎か、四年に一度開催されるスポーツの祭典すら興味がない颯汰郎である。痛いのが大嫌いなのだ──だから恋愛にも奥手になった。

「気にしなくていいよ。お金はあるから」

 お会計の値段を見て戦々恐々としたのに、見栄を張った。これでアプリの中にあった残金はほぼ空である。これから先のことを考えると胃が痛む。冷蔵庫の中になにかあればいいが──と夕飯の心配をしていると、薫が一歩距離を詰めた。それだけで胸がドキドキしてしまうのだから、颯汰郎はちょろ太郎である。ひまわりの種は食べたことがないが、柿の種チョコは大好きで、ヘケッ、と思う颯汰郎だった。

「颯汰郎先輩には、いつも助けてもらってばかりで──あ、そうだ!」

 ビニール袋に通した右手と左手を叩き、妙案でも思いついた顔を向けた。向日葵を擬人化したらこんな感じなんだろうか。またしてもお里が知れるような考えをして、顔がにやけそうになる。我慢した。どうにか堪えた。そのせいで、なにも知らずにブランデー入りのチョコレートを食べてしまったときのような顔を曝していても、薫は特に気に留めなかった。

「颯汰郎先輩!」
「お、おう!」
「このあと用事はありますか!」
「ないです!」

 ない、ではない。颯汰郎は現在無職であり、夏休みが終わる前には新しいバイトを見つけなければならない。が、颯汰郎は目先の幸せを選んだ。それもこれも、片想い中だった相手と再会してしまったのが原因である。

 妙にテンションが高いのは、きっと太陽に当てられたからだ。と、颯汰郎は我に返った。そうでもしなければ、薫が自分のことを好きなのではないか? と勘違いしてしまう──三割くらいは可能性があるのではなかろうか。いやいや、まさかそんなまさかいやいやいや……。

「これからカラオケに行きませんでしょうか!」
「はい! ……え? はい?」

『行きませんでしょうか』とは『行かない』の尊敬語でしょうか。それとも『行きましょう』の丁寧語でしょうか。どちらなのでしょうか。喉が渇いて買ったスポドリのペットボトルから滴る水が、ぽたりと地面に落ちる。

 颯汰郎はあからさまに動揺していた。これはデートに誘われたって解釈してよいものか、どうなのか。右手に握るスポドリが、雫を地面に落とし続けていた。

「この前の件と、奢ってもらったお礼を兼ねて、ボクがカラオケ代を持ちますので!」

 と薫に言われて、颯汰郎の脳内では、スメルスがライクしてティーンスピリットしている。ブリードもしていた。ドラムにダイブしたい気持ちだった。あのバンドのボーカルはドラム担当のドラマーの演奏が気に喰わなくてダイブしていた、と、ネットの掲示板で誰かがコメントをしていた。

 そんなことはどうだっていい。颯汰郎にとってはこの好機を逃さない手はない。この誘いが銃口を口の中に入れる行為だったとしても構わなかった。颯汰郎にとって薫という存在は、遠くで眺めているだけでいい、アイドルのような存在でもあったのだ。

 そんな薫が「一緒にカラオケどうですか」と自分に訊ねている。奢ってもらうのはどうにも情けないが、こんな願ってもないチャンスを逃したら、二度と訪れはしないだろう。

「行きます!」
「やった!」

 無防備に喜ぶ薫を見て、やっぱり綾瀬川さんかわいいと思う颯汰郎ちょろたろうであった。


 

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