箱庭の魔王様は最強無敵でバトル好きだけど配下の力で破滅の勇者を倒したい!
63・霧の中の戦法
ムサシ視線で今回は語られる。
「ほほう、まさかの目眩ましとは洒落ているではないか」
余裕を微笑ますムサシは霧の中で周囲を見回した。
視界は1メートルほどしか見えない。
瞳も僅かに痛い。
眼前が白く染まっている。
嗅覚は酸の臭いで麻痺していた。
それ以上に鼻の粘膜が痛いくらいだ。
音は静寂である。
気配は微塵も感じられない。
魔力も同様だ。
キングは静かに潜んでいるのだろう。
この霧は普通じゃない。
様々な情報を微妙に遮断している。
「口から吐いた霧だが、その正体は胃酸なのじゃな。しかも特殊効果付きのようじゃのぉ」
面白い──。
今まで胃酸を吐いて霧を作り出すモンスターなんぞ見たこともない。
普通のコボルトが出来る芸当とも思えなかった。
魔王軍のコボルトとは特別なのかと思う。
これは忍術の類いに近いだろう。
さて、それよりも今は戦いを楽しもうぞ。
視力と嗅覚は妨げられた。
ならば頼るのは聴覚だ。
耳をすまして物音を逃がさない。
おそらく、あのワン公は霧に潜んで攻めてくるだろう。
ならばならばで向かい打つのみじゃ。
さあ、何処から来る。
右か左か?
前か後ろか?
それとも真上かのぉ?
まさかキリマルのように地の中からは攻めて来ないじゃろうて。
予測は万全じゃ。
集中力も研ぎ澄ました。
儂の耳は鋭いぞ。
闇夜の中でも敵を見つけ出せる。
故に死角なし。
その儂をどれだけ困惑出来るか楽しみじゃわい。
さあ、来い。
どこからでも掛かって参れ。
すると風切り音が聞こえてきた。
「来る……」
妖刀ムラサメの刃先を前に突き出したムサシが身構える。
研ぎ澄まされた聴覚で四方八方を警戒した。
「この風切り音は……、上かっ!」
咄嗟に真上を見たムサシの視界に光るシミターが降ってくる。
正解。
上空からの奇襲だ、
「きっ!」
ムサシは身を横に飛ばしてシミターを躱す。
すると光るシミターだけが地面に突き刺さった。
持ち主のキングが見当たらない。
「武器の投擲は囮かぇ!?」
刹那、ムサシの背後からキングの両腕が延びてきた。
その両腕はムサシの腰を抱き抱えるように静かに包むと臍の前でクラッチを組む。
「なに、掴まれたッ!?」
途端、背後から抱え上げられる。
「なんのッ!!」
キングは抱え上げられながらも片手のムラサメを回すように逆手に持ち変えると背後に突き刺そうと振りかぶった。
だが、刀身で背後を刺すよりも早くジャーマンスープレックスで後方に投げられた。
「反り投げかぇ!?」
投げっぱなしのジャーマンスープレックスだった。
宙を舞ったムサシが後頭部から地面に叩き付けられる。
ドンっと視界が揺れた。
「ぬうう!」
そして、一回転するとスチャリと立ち上がる。
そのまま隙を作らず妖刀ムラサメを身構えた。
少し視界が歪んで見えるが、これは一時のダメージだ。
すぐに治まる。
「まさかの近接攻撃を仕掛けてくるとはのぉ……」
投げられたムサシが前を見ると、反り投げを放ったはずのキングの姿は見当たらなかった。
しかも、地に刺さったはずの光るシミターもない。
投擲した武器を回収されたようだ。
「また、霧に紛れたか」
面白い。
ムサシは人間だった前世でも騙し討ちが誰よりも得意だった。
誇れる特技ではないが、ムサシは恥ずかしいと思ったこともない。
それは戦いに負けるよりはましだからだ。
ムサシの前世での名前は沢田四郎。
死んでリザードマンに転生したのは四十歳の夏であった。
畑で農作業中に雷で撃たれたのだ。
その時のトラウマで、今でも雷系魔法が嫌いである。
そして、沢田四郎は農家であったが、代々伝わる古武術の道場も営んでいた。
だが、門下生は居なかった。
居た時期もあったが、皆辞めて行った。
理由はいつも同じような理由だった。
『この道場の教えは卑怯です。こんなの武術ではありません!』
そのように門下生だった者たちに言われるのであった。
沢田四郎が親から学んだ武術は、とにかく卑怯である。
空手や剣道のような技を教えていたが、その性質は全然異なる。
それは、今までの戦いを見ていれば説明は無用だろう。
だが、そこまで何故に卑怯なのか?
それは、武道の質と目的が、普通の武道と異なるからだ。
沢田四郎の先祖は、戦国時代から忍者の家系なのである。
忍者と言っても、アメリカ人が喜びそうな派手な忍者ではない。
現実的で地味な忍者である。
要するに【草】と呼ばれる忍者だったのだ。
草とはスパイである。
戦国時代、敵国に農民などとして潜り込み、農作業に励みながら敵国の情報を集めて本国に情報を知らせるのが主な仕事なのだ。
それを草と呼ぶ。
故に忍者の武器は、農作業用の農具を改造して作られた物が多い。
その代表的な忍具が鎖鎌などである。
農民が太刀や槍を持っていれば怪しまれる。
だが、農具なら怪しまれない。
そう言った武器を使うのが忍者なのだ。
そう言った者が草なのだ。
沢田四郎の家は、戦後に先祖が残してくれた忍術の技術を生かして古武道の道場を開いたのである。
そして、沢田四郎は死後にリザードマンとしてこの地に転生してから純粋無垢な同族たちに武術を伝授することで尊敬の念を集めて長老にまでのし上がったのだ。
それから五十年近くだろうか?
月日を勘定仕切れなかったので、大体の年月だが、沢田四郎はムサシと名乗ってリザードマンとして生きてきた。
幸いなことに、リザードマンに転生したムサシは美的センスもリザードマン化してしまい、難なくリザードマンたちとの生活に馴染み、ガラシャと名付けた娘まで儲けたのだ。
更にリザードマンの寿命は百五十歳程度と長寿だ。
現在のムサシは八十歳程度なので、まだまだ半ばくらいである。
長い顎髭は付け毛だ。
馬の尻尾を付けている。
そもそもが爬虫類だから髭なんぞ生えないのだ。
ただの威厳作りの見せ掛けである。
そんな感じでムサシはリザードマンライフを結構エンジョイしていたのだ。
「さてさて、いつまで隠れんぼを楽しむ積もりかぇ?」
霧の中でムサシは周囲を見回しながら言った。
「次に姿を見せたのならば、切り捨てるぞぃ!」
ムサシは深く腰を落とすとムラサメを両手で確りと握り締めながら八相の構えを築いた。
眼差しが本気である。
そして、しばしの沈黙。
ムサシが気配に耳をすます。
すると物影が動いた。
三時の方向。
黒い影が跳躍してから迫ってきた。
影の手にはシミターの光が目印のように揺らいでいる。
折角放った目眩ましの霧が台無しの光であった。
この胃酸の霧の最大の誤算だろう。
「愚か、大胆に飛んで来るか!」
ムサシはムラサメを横に倒して胴切りを狙っていた。
「切るッ!」
そして飛び迫る影に向かって振るわれる横一文字の斬撃。
太刀筋は迷うことなくキングの腹部を狙っていた。
このまま振るわれれば胴体から真っ二つである。
だが、武蔵の一太刀が瞬時に止まる。
「なぬっ!!??」
ムサシは必死に振るった刀を引いて飛んできた物体を切り裂くのを中断した。
それはキングではなく、同族のリザードマンだったからだ。
「危なっ!?」
ムサシが刀を引くと飛んできたリザードマンの体が足元に崩れ落ちる。
リザードマンは気絶していた。
そのリザードマンの腕にはキングの光るシミターが布で縛られていたのだ。
「変わり身の術だと!?」
「隙あり!」
刹那、背後からキングが拾っただろう刀で切り掛かってきた。
その刀もリザードマンの物だろう。
完璧たる不意打ちである。
「なんのっ!」
しかし、ムサシはキングの奇襲を寸前で回避する。
サクリ!
否、回避しきれていなかった。
キングの一太刀がムサシの尻尾を斬り落としたのだ。
サクリと地飛沫が舞い、蜥蜴の尻尾が切断された。
「尻尾が!」
ムサシが跳ねとんで逃げると、先程まで居た場所に己の尻尾がピチピチと跳ねていた。
まるで陸に上げられたばかりの魚のように尻尾が暴れている。
「ちっ、尻尾だけか」
「己、儂の自慢の尻尾を!」
キングが両手で日本刀を構える。
今度はキングがムサシを真似て八相の構えを築く。
そのままムサシと向かい合いキングは霧の中に逃げ込まなかった。
「次は尻尾だけでは済まさないぞ!」
「カッカッカッ、それはどうかのぉ」
ムサシが余裕を笑いに乗せていた。
また何かを企んでいるのかとキングが警戒する。
その直後だった。
ズブリ!
「えっ……?」
キングの腹からムラサキ色にオーラを揺らめかせる刀身が突き出ていた。
背後から刺されたのだ。
「な、なんだ……」
途端、キングの喉を上がって生臭いものが口の中に広がった。
「ぐはっ!」
キングの吐血。
後ろから刺された。
誰に?
「なに者だ……」
キングが振り返ると、そこにはムサシが立っていた。
しかし、前を見ればもう一人のムサシが居る。
「ムサシ殿が二人……?」
そして、前に居るムサシを見てキングが気付く。
「腰のもう一本が、無い……」
手に持った抜き身のムラサメ。
更にもう一太刀、腰にもう一太刀あったはず。
そのあったはずの一太刀が鞘を残して太刀が消えている。
「腰の一太刀は、後ろの儂が持っているからのぉ。カッカッカッ」
「ムサシ殿が、二人だ、と……」
背中から差されていた一太刀をムサシが抜くと、キングが腹の傷口を押さえながら膝から崩れ落ちる。
地に着いた両膝がガンっと音を鳴らす。
キングの瞳が力ない。
一方のムサシは愉快そうに笑っていた。
「カッカッカッ。分身の術だ。惜しかったのぉ、若いの」
尻尾の無いムサシが笑っていた。
膝から崩れたキングは立ち上がれそうにない。
致命傷だろう。
「ほほう、まさかの目眩ましとは洒落ているではないか」
余裕を微笑ますムサシは霧の中で周囲を見回した。
視界は1メートルほどしか見えない。
瞳も僅かに痛い。
眼前が白く染まっている。
嗅覚は酸の臭いで麻痺していた。
それ以上に鼻の粘膜が痛いくらいだ。
音は静寂である。
気配は微塵も感じられない。
魔力も同様だ。
キングは静かに潜んでいるのだろう。
この霧は普通じゃない。
様々な情報を微妙に遮断している。
「口から吐いた霧だが、その正体は胃酸なのじゃな。しかも特殊効果付きのようじゃのぉ」
面白い──。
今まで胃酸を吐いて霧を作り出すモンスターなんぞ見たこともない。
普通のコボルトが出来る芸当とも思えなかった。
魔王軍のコボルトとは特別なのかと思う。
これは忍術の類いに近いだろう。
さて、それよりも今は戦いを楽しもうぞ。
視力と嗅覚は妨げられた。
ならば頼るのは聴覚だ。
耳をすまして物音を逃がさない。
おそらく、あのワン公は霧に潜んで攻めてくるだろう。
ならばならばで向かい打つのみじゃ。
さあ、何処から来る。
右か左か?
前か後ろか?
それとも真上かのぉ?
まさかキリマルのように地の中からは攻めて来ないじゃろうて。
予測は万全じゃ。
集中力も研ぎ澄ました。
儂の耳は鋭いぞ。
闇夜の中でも敵を見つけ出せる。
故に死角なし。
その儂をどれだけ困惑出来るか楽しみじゃわい。
さあ、来い。
どこからでも掛かって参れ。
すると風切り音が聞こえてきた。
「来る……」
妖刀ムラサメの刃先を前に突き出したムサシが身構える。
研ぎ澄まされた聴覚で四方八方を警戒した。
「この風切り音は……、上かっ!」
咄嗟に真上を見たムサシの視界に光るシミターが降ってくる。
正解。
上空からの奇襲だ、
「きっ!」
ムサシは身を横に飛ばしてシミターを躱す。
すると光るシミターだけが地面に突き刺さった。
持ち主のキングが見当たらない。
「武器の投擲は囮かぇ!?」
刹那、ムサシの背後からキングの両腕が延びてきた。
その両腕はムサシの腰を抱き抱えるように静かに包むと臍の前でクラッチを組む。
「なに、掴まれたッ!?」
途端、背後から抱え上げられる。
「なんのッ!!」
キングは抱え上げられながらも片手のムラサメを回すように逆手に持ち変えると背後に突き刺そうと振りかぶった。
だが、刀身で背後を刺すよりも早くジャーマンスープレックスで後方に投げられた。
「反り投げかぇ!?」
投げっぱなしのジャーマンスープレックスだった。
宙を舞ったムサシが後頭部から地面に叩き付けられる。
ドンっと視界が揺れた。
「ぬうう!」
そして、一回転するとスチャリと立ち上がる。
そのまま隙を作らず妖刀ムラサメを身構えた。
少し視界が歪んで見えるが、これは一時のダメージだ。
すぐに治まる。
「まさかの近接攻撃を仕掛けてくるとはのぉ……」
投げられたムサシが前を見ると、反り投げを放ったはずのキングの姿は見当たらなかった。
しかも、地に刺さったはずの光るシミターもない。
投擲した武器を回収されたようだ。
「また、霧に紛れたか」
面白い。
ムサシは人間だった前世でも騙し討ちが誰よりも得意だった。
誇れる特技ではないが、ムサシは恥ずかしいと思ったこともない。
それは戦いに負けるよりはましだからだ。
ムサシの前世での名前は沢田四郎。
死んでリザードマンに転生したのは四十歳の夏であった。
畑で農作業中に雷で撃たれたのだ。
その時のトラウマで、今でも雷系魔法が嫌いである。
そして、沢田四郎は農家であったが、代々伝わる古武術の道場も営んでいた。
だが、門下生は居なかった。
居た時期もあったが、皆辞めて行った。
理由はいつも同じような理由だった。
『この道場の教えは卑怯です。こんなの武術ではありません!』
そのように門下生だった者たちに言われるのであった。
沢田四郎が親から学んだ武術は、とにかく卑怯である。
空手や剣道のような技を教えていたが、その性質は全然異なる。
それは、今までの戦いを見ていれば説明は無用だろう。
だが、そこまで何故に卑怯なのか?
それは、武道の質と目的が、普通の武道と異なるからだ。
沢田四郎の先祖は、戦国時代から忍者の家系なのである。
忍者と言っても、アメリカ人が喜びそうな派手な忍者ではない。
現実的で地味な忍者である。
要するに【草】と呼ばれる忍者だったのだ。
草とはスパイである。
戦国時代、敵国に農民などとして潜り込み、農作業に励みながら敵国の情報を集めて本国に情報を知らせるのが主な仕事なのだ。
それを草と呼ぶ。
故に忍者の武器は、農作業用の農具を改造して作られた物が多い。
その代表的な忍具が鎖鎌などである。
農民が太刀や槍を持っていれば怪しまれる。
だが、農具なら怪しまれない。
そう言った武器を使うのが忍者なのだ。
そう言った者が草なのだ。
沢田四郎の家は、戦後に先祖が残してくれた忍術の技術を生かして古武道の道場を開いたのである。
そして、沢田四郎は死後にリザードマンとしてこの地に転生してから純粋無垢な同族たちに武術を伝授することで尊敬の念を集めて長老にまでのし上がったのだ。
それから五十年近くだろうか?
月日を勘定仕切れなかったので、大体の年月だが、沢田四郎はムサシと名乗ってリザードマンとして生きてきた。
幸いなことに、リザードマンに転生したムサシは美的センスもリザードマン化してしまい、難なくリザードマンたちとの生活に馴染み、ガラシャと名付けた娘まで儲けたのだ。
更にリザードマンの寿命は百五十歳程度と長寿だ。
現在のムサシは八十歳程度なので、まだまだ半ばくらいである。
長い顎髭は付け毛だ。
馬の尻尾を付けている。
そもそもが爬虫類だから髭なんぞ生えないのだ。
ただの威厳作りの見せ掛けである。
そんな感じでムサシはリザードマンライフを結構エンジョイしていたのだ。
「さてさて、いつまで隠れんぼを楽しむ積もりかぇ?」
霧の中でムサシは周囲を見回しながら言った。
「次に姿を見せたのならば、切り捨てるぞぃ!」
ムサシは深く腰を落とすとムラサメを両手で確りと握り締めながら八相の構えを築いた。
眼差しが本気である。
そして、しばしの沈黙。
ムサシが気配に耳をすます。
すると物影が動いた。
三時の方向。
黒い影が跳躍してから迫ってきた。
影の手にはシミターの光が目印のように揺らいでいる。
折角放った目眩ましの霧が台無しの光であった。
この胃酸の霧の最大の誤算だろう。
「愚か、大胆に飛んで来るか!」
ムサシはムラサメを横に倒して胴切りを狙っていた。
「切るッ!」
そして飛び迫る影に向かって振るわれる横一文字の斬撃。
太刀筋は迷うことなくキングの腹部を狙っていた。
このまま振るわれれば胴体から真っ二つである。
だが、武蔵の一太刀が瞬時に止まる。
「なぬっ!!??」
ムサシは必死に振るった刀を引いて飛んできた物体を切り裂くのを中断した。
それはキングではなく、同族のリザードマンだったからだ。
「危なっ!?」
ムサシが刀を引くと飛んできたリザードマンの体が足元に崩れ落ちる。
リザードマンは気絶していた。
そのリザードマンの腕にはキングの光るシミターが布で縛られていたのだ。
「変わり身の術だと!?」
「隙あり!」
刹那、背後からキングが拾っただろう刀で切り掛かってきた。
その刀もリザードマンの物だろう。
完璧たる不意打ちである。
「なんのっ!」
しかし、ムサシはキングの奇襲を寸前で回避する。
サクリ!
否、回避しきれていなかった。
キングの一太刀がムサシの尻尾を斬り落としたのだ。
サクリと地飛沫が舞い、蜥蜴の尻尾が切断された。
「尻尾が!」
ムサシが跳ねとんで逃げると、先程まで居た場所に己の尻尾がピチピチと跳ねていた。
まるで陸に上げられたばかりの魚のように尻尾が暴れている。
「ちっ、尻尾だけか」
「己、儂の自慢の尻尾を!」
キングが両手で日本刀を構える。
今度はキングがムサシを真似て八相の構えを築く。
そのままムサシと向かい合いキングは霧の中に逃げ込まなかった。
「次は尻尾だけでは済まさないぞ!」
「カッカッカッ、それはどうかのぉ」
ムサシが余裕を笑いに乗せていた。
また何かを企んでいるのかとキングが警戒する。
その直後だった。
ズブリ!
「えっ……?」
キングの腹からムラサキ色にオーラを揺らめかせる刀身が突き出ていた。
背後から刺されたのだ。
「な、なんだ……」
途端、キングの喉を上がって生臭いものが口の中に広がった。
「ぐはっ!」
キングの吐血。
後ろから刺された。
誰に?
「なに者だ……」
キングが振り返ると、そこにはムサシが立っていた。
しかし、前を見ればもう一人のムサシが居る。
「ムサシ殿が二人……?」
そして、前に居るムサシを見てキングが気付く。
「腰のもう一本が、無い……」
手に持った抜き身のムラサメ。
更にもう一太刀、腰にもう一太刀あったはず。
そのあったはずの一太刀が鞘を残して太刀が消えている。
「腰の一太刀は、後ろの儂が持っているからのぉ。カッカッカッ」
「ムサシ殿が、二人だ、と……」
背中から差されていた一太刀をムサシが抜くと、キングが腹の傷口を押さえながら膝から崩れ落ちる。
地に着いた両膝がガンっと音を鳴らす。
キングの瞳が力ない。
一方のムサシは愉快そうに笑っていた。
「カッカッカッ。分身の術だ。惜しかったのぉ、若いの」
尻尾の無いムサシが笑っていた。
膝から崩れたキングは立ち上がれそうにない。
致命傷だろう。
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