野良猫は、溺愛する
Act 8: 野良猫なんかじゃない(8)
「俺自身が、全然わかってなかった。酔ったふりまでしてなっちゃんのことを探ろうとしたのは、どうしてだったのか」
「え……」
「男物のタオルを見ただけで、嫉妬に狂いそうになるなんて……そんなこと今まで経験なくて戸惑ったし、湧き上がる感情を止められなかった。だから俺は……」
里見君は顔を顰める。
「……今思い返しても、相当強引だったと思う。最低だよね、俺……でも、どうしてもあの夜、なっちゃんが欲しくてたまらなくなった」
苦しそうな声が、耳を揺さぶる。
「なっちゃんに近づいたきっかけもまともじゃないし、最低な始まりだったから、俺のことは好きになってはもらえないと思ってた。なっちゃんは優しいし仕事でのかかわりもあるから、ただ俺を拒絶しないだけなんだ、って」
「……私だって、流されていたわけじゃないよ」
「うん……」
私の手を握る手に力がこもった。
「こんなことなら、もっと早く気持ちを口に出せばよかった……ずっと、拒絶されるのが怖くて言えなかったから」
同じ、だ。
同じ、だった。
彼もまた、思いを口にすることで壊れてしまうと思っていたんだ。
「私も……怖かったよ。里見君は芸能人だし、私なんかのところに来るのは、単に遊びたいだけだと思ってたから」
「そんなわけないでしょ……って、そう思われても仕方ないか……」
里見君は小さく息を吐き出すと、私の目をじっと見つめた。
「好きだよ。大好き。すんごく好き。もうなっちゃんなしでは俺の人生は成り立たない」
「……そんな、大げさ」
いきなりプロポーズのようなことを言われて、さすがに戸惑う。
「大げさなんかじゃないよ。本当にそう思ってる」
にこりと笑う里見君を見たら、私の心にあった小さな傷から、じわじわと黒いものが滲みだしてくるのを感じた。
「なっちゃんは?」
すべてをはっきりさせなければ、この黒いものはいつまでもなくならない。
「……里見君」
「ん?」
「あの撮影の日、ありさちゃんに『五分五分だけど、望みはあるかも』って言ったんだよね……?」
「えっ?」
「ありさちゃんから聞いたの。私と寺嶌さんがつき合っているかそうじゃないか、五分五分だって言われたって。私、それを聞いて……」
また、涙が溢れてくる。
「里見君……どんな気持ちで、それを言ったのかなって……私のことなんか、なんとも思ってないのかなとか……」
「逆! 逆だよ! 彼女を焚きつけてあわよくば寺嶌さんとくっついてくれたら、俺の不安もなくなるなって思って……」
里見君は握っていた手を離すと、がくりと床に手をついた。
「じゃ、なんで五分五分なんて言ったの? つき合ってないみたいだよって言えばよかったじゃない」
「……だってワインの件もあったし、本当につき合ってないっていう確証はなかったから……それに、そう言ったほうが彼女も燃えるでしょ……って、本当にサイテー過ぎて、言ってて自分に引くわ……」
両手で顔を覆って呻いている里見君を見ていたら、なんだかおかしくなってきた。
「……なんで笑ってんの」
「だって……里見君もやっぱり二十二歳なんだなって思って。いつも私より一段高いところで、余裕な顔してたから」
「……余裕なわけないじゃん」
里見君は口を尖らせてそう言ったかと思えば、今度はニヤリと笑った。
「で、なっちゃんはどうなの?」
「……えっ」
「俺のこと。どう思ってんの?」
「え……それは、もう言ったも同然で……」
「俺、まだ子供だから、ちゃんと言ってくれなきゃわからない」
ニヤニヤし始めたのはそういうことか、と理解する。都合のいいところだけ“子供”になるなんてズルい。
急に心臓がドキドキし始めた。小さく、息を吐き出す。
「…………好き」
「聞こえない。ちゃんと言って」
「好き、だよ……廉のこと……」
恐る恐る、名前を呼んでみる。里見君は少し驚きながらも、満足そうに微笑んだ。
「キスしていい?」
「えっ、な、なんで訊くの?」
「今度こそ、ちゃんとなっちゃんを大事にしたいから。もう、間違えたくない」
そう言いながら、なにか企んでいるような笑みを浮かべている。
「……いいよ」
なぜか、触れるだけのキス。
戸惑っていると、里見君はクスリと笑う。
「足りない?」
「えっ」
「いっぱい、していい?」
「……うん」
「素直ななっちゃん、可愛い」
気持ちが通じ合うと、キスだけでこんなに幸せな気持ちになるのかと、私はまるで初めての恋のようなことを思っていた。
それでも――女にだって、欲はある。
「……ね」
「んー?」
「この先は、しないの……?」
本気で照れた顔をする里見君を、この目に焼きつけてみる。
「……素直すぎて、ドキドキしたじゃん」
私たちの夜は、これからだ。
「え……」
「男物のタオルを見ただけで、嫉妬に狂いそうになるなんて……そんなこと今まで経験なくて戸惑ったし、湧き上がる感情を止められなかった。だから俺は……」
里見君は顔を顰める。
「……今思い返しても、相当強引だったと思う。最低だよね、俺……でも、どうしてもあの夜、なっちゃんが欲しくてたまらなくなった」
苦しそうな声が、耳を揺さぶる。
「なっちゃんに近づいたきっかけもまともじゃないし、最低な始まりだったから、俺のことは好きになってはもらえないと思ってた。なっちゃんは優しいし仕事でのかかわりもあるから、ただ俺を拒絶しないだけなんだ、って」
「……私だって、流されていたわけじゃないよ」
「うん……」
私の手を握る手に力がこもった。
「こんなことなら、もっと早く気持ちを口に出せばよかった……ずっと、拒絶されるのが怖くて言えなかったから」
同じ、だ。
同じ、だった。
彼もまた、思いを口にすることで壊れてしまうと思っていたんだ。
「私も……怖かったよ。里見君は芸能人だし、私なんかのところに来るのは、単に遊びたいだけだと思ってたから」
「そんなわけないでしょ……って、そう思われても仕方ないか……」
里見君は小さく息を吐き出すと、私の目をじっと見つめた。
「好きだよ。大好き。すんごく好き。もうなっちゃんなしでは俺の人生は成り立たない」
「……そんな、大げさ」
いきなりプロポーズのようなことを言われて、さすがに戸惑う。
「大げさなんかじゃないよ。本当にそう思ってる」
にこりと笑う里見君を見たら、私の心にあった小さな傷から、じわじわと黒いものが滲みだしてくるのを感じた。
「なっちゃんは?」
すべてをはっきりさせなければ、この黒いものはいつまでもなくならない。
「……里見君」
「ん?」
「あの撮影の日、ありさちゃんに『五分五分だけど、望みはあるかも』って言ったんだよね……?」
「えっ?」
「ありさちゃんから聞いたの。私と寺嶌さんがつき合っているかそうじゃないか、五分五分だって言われたって。私、それを聞いて……」
また、涙が溢れてくる。
「里見君……どんな気持ちで、それを言ったのかなって……私のことなんか、なんとも思ってないのかなとか……」
「逆! 逆だよ! 彼女を焚きつけてあわよくば寺嶌さんとくっついてくれたら、俺の不安もなくなるなって思って……」
里見君は握っていた手を離すと、がくりと床に手をついた。
「じゃ、なんで五分五分なんて言ったの? つき合ってないみたいだよって言えばよかったじゃない」
「……だってワインの件もあったし、本当につき合ってないっていう確証はなかったから……それに、そう言ったほうが彼女も燃えるでしょ……って、本当にサイテー過ぎて、言ってて自分に引くわ……」
両手で顔を覆って呻いている里見君を見ていたら、なんだかおかしくなってきた。
「……なんで笑ってんの」
「だって……里見君もやっぱり二十二歳なんだなって思って。いつも私より一段高いところで、余裕な顔してたから」
「……余裕なわけないじゃん」
里見君は口を尖らせてそう言ったかと思えば、今度はニヤリと笑った。
「で、なっちゃんはどうなの?」
「……えっ」
「俺のこと。どう思ってんの?」
「え……それは、もう言ったも同然で……」
「俺、まだ子供だから、ちゃんと言ってくれなきゃわからない」
ニヤニヤし始めたのはそういうことか、と理解する。都合のいいところだけ“子供”になるなんてズルい。
急に心臓がドキドキし始めた。小さく、息を吐き出す。
「…………好き」
「聞こえない。ちゃんと言って」
「好き、だよ……廉のこと……」
恐る恐る、名前を呼んでみる。里見君は少し驚きながらも、満足そうに微笑んだ。
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「えっ、な、なんで訊くの?」
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そう言いながら、なにか企んでいるような笑みを浮かべている。
「……いいよ」
なぜか、触れるだけのキス。
戸惑っていると、里見君はクスリと笑う。
「足りない?」
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