野良猫は、溺愛する

つきおか晶

Act 6:野良猫は傷口を舐める(4)

「私も今からなんだよね。今日はチャーハンと、冷凍ものだけど餃子にしようと思ってて」

「えっ」

「ご飯一緒に食べたいから、出来上がるまで待っててもらってもいい?」

里見君は眉尻を下げ、足に縋りつく子猫のような表情をする。
……なにそれ、かわいすぎでしょ。

「俺もそれ食べたい……って言ったら怒る?」

私は思わず笑ってしまった。

「怒らないよ。でも、里見君が買ってきたものは?」

「唐揚げ弁当だけど……あ、この弁当のご飯をチャーハンに使ってさ、唐揚げはふたりで食べようよ」

「それはいい考え」

……よかった。
些細な違和感は、湯気のようにすっとどこかへ消えていった気がする。
私は炊飯器の中のご飯と、里見君が買ってきたお弁当のご飯でチャーハンを作り、もう一方のコンロで餃子を焼いた。

「わー、いい匂い! うまそう。スゲー腹減ったー」

ソファーに座っていて、と言ったのに、里見君はずっとキッチンで料理が出来上がるのを待っている。市販のもとを使った簡単なチャーハンと冷凍の焼き餃子を、こんなにワクワクして待っていてくれると作り甲斐もあるというものだ。
最後に唐揚げを電子レンジで温め、ふたりでリビングにお皿を運んだ。

「じゃ、いただきまーす」

本当にお腹が減っていたらしく、手を合わせると里見君はチャーハンにがっついている。

「めちゃくちゃパラパラで、んま!」

「よかった。ちょうどネットの動画で簡単にご飯をパラパラにできる方法を知ったばかりだったから、試してみたかったの」

里見君は満面の笑みをこちらに向けた。

「我儘言ってよかった」

こんな幸せを、私は本当に手放せるの……?
このままではいけないと思っているのに、あまりに幸せすぎて立ち止まってしまう。
もうこの状態を、私は何度繰り返しているのだろう。いつか里見君から離れていってしまうことを考えたら、自分から踏み出したほうが幾分傷が浅いとわかっているのに。

「……どうしたの?」

私の手が不自然に止まっていたから、気になったのだろう。

「あ、ううん。なんかスープもつければよかったかなと思って」

「ペリエがあるから、スープがなくても大丈夫だよ。在庫がなくなっちゃったから、今度来る時にまたペリエ買ってくるね」

「……うん」

“また”という言葉に、やっぱりほっとしてしまう。
私はどうすればもっと、強くなれるのだろうか。


里見君のあとでシャワーを浴び、私がリビングに戻ると、もう『恋コロ』が始まる十分前だった。生乾きでもいいやとざっとドライヤーをかけ、慌てて里見君の横に座る。

「そっか。今日は里見君と一緒に観られるんだ、ドラマ」

「そう言われると、なんか急に恥ずかしくなってきた……」

照れている横顔がかわいくて、思わず見つめてしまう。里見君はからかわれたと思ったのか、口を尖らせて私の鼻を人差し指で押してから「ははっ」と笑った。

第二話はミツジとひよりが急接近すると、先週の次回予告で観ていた。これはドラマだと頭では理解していても、山岸蘭とのラブシーンを観てしまったら嫉妬してしまいそうだ。私は里見君の隣で、冷静でいられるのだろうか……。

そんな心配もいざドラマが始まってしまうと、物語に集中してどうでもよくなってくる。
中盤、ひよりの部屋でミツジとひよりが口論になる。

『私のことなんて放っておいてくださいよ!』

『放っとけるかよ!』

『なんでよ、私は、あんたがイライラするタイプなんでしょ!?』

『なんで俺がイライラしてるか、少しは察しろよ……!』

目の前で展開される、キスシーン。
ダメージを食らうかと思いきや、意外にも「許可もなしに、ひよりにキスしちゃダメでしょ」と、昨今の『相手を尊重する』という流れに反しているミツジのほうが気になってしまった。

とはいえ、隣を見ればミツジと同じ顔をしている人がいる。さすがに今、里見君の顔を見ることはできないかもしれない。

「……強引にキスしちゃ、だめだよな」

里見君の声に、思わず彼のほうを向いてしまった。里見君はこちらを向いて、複雑な笑みを浮かべている。
照れくさいのか、困っているのか、居心地が悪いのか。感情を読み取ろうとしていると、こちらに手が伸びてきた。

「……っ」

まだ物語の世界から抜けていない私は、彼からのキスに混乱する。

「これは……強引、じゃないの?」

「なっちゃんには、強引にしたい」

「なに、そ……」

触れるだけの軽いものだと思っていた口づけは、すぐに深くなった。

「ね……ドラマ……観ない、の?」

「……録画、してるでしょ」

「してる、けど……」

里見君からのキスの嵐は、当面やみそうにない。
抵抗しないのも、このまま行き着くところまで流されるのも、いつものことだ。
それもこれも、里見君を好きだという気持ちがそうさせている。気が狂いそうなほど、もう好きで、好きすぎる。

やっぱり、手放すことなんてできない。
私は、里見君の背中に回した手に力を込めた。
この気持ちを悟られてもいい――でも、離れたくない。
里見君は、私をゆっくりソファーに押し倒した。

「今日、泊まってもいい……?」

「……うん」

テレビから聞こえてくる“ミツジ”里見君の声を聞きながら、という奇妙な状況で、私は里見君とゆっくり深みに落ちていった……。


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