野良猫は、溺愛する
Act 4:野良猫は住処で待つ(2)
* * *
「――というコンセプトでいきたいと思うのですが」
スタジオから社に戻り、データの整理やライターさんとの電話に追われてようやく金岡編集長と打ち合わせができたのは、午後七時。退社しようとしていた金岡編集長を、寸でのところで捕まえることができた。
「んー……悪くはないが、ちょっと押しが足りないな。アピールポイントをもう少し明確に」
「わかりました」
「引き留めてすみません」と頭を下げると、金岡編集長は「伊吹、ちょっと」と廊下に視線を振る。
私は金岡編集長のあとに続いて、廊下に出た。
「今日はもう上がれそうか?」
「……いえ、まだ少し仕事が」
「そうか。じゃ、明日は?」
「明日はファッション展の取材で……」
「ああ、そうだったな」
こんなふうに金岡編集長に誘われるのは、先日一緒に飲んでからすでに二度目だ。
金岡編集長がどういうつもりで私を誘っているのかはわからないけれど、正直なところちょっと腰が引けてしまう。
私が申し訳なさそうにしていたからか、金岡編集長はふ、と笑みをこぼして頷いた。
「じゃ、また今度。ちょっと話したいこともあるし」
「……わかりました」
「帰れそうな時は、適当なところで帰れよ。今から詰めると締め切り前はとんでもないことになるぞ」
「ははは、そうですね」
私はそのまま金岡編集長をエレベーター前まで見送った。
わかりました、と言ってしまったからには、金岡編集長の誘いを一度は受けなくてはいけない。
ふと、あの夜の里見君の顔が脳裏に浮かんだ。
『俺はなっちゃんを他の誰にも触らせたくないの』
あれから私は、この言葉の意味を考え続けている。
単純に、やきもちを焼いてくれたのか。それとも、自分のおもちゃに他人の手垢をつけさせたくなかっただけなのか。
「……そもそも、付き合っているわけじゃないし」
ここに誰もいないのをいいことに、不満がてら吐き出してみる。口に出したら、余計に虚しくなってしまった。
里見君からは、たとえば「おはよう」とか他愛もない連絡すら来たりすることはないし、私からも当然、仕事以外で連絡できるわけがない。
悲しいけれど、私たちの関係はそんなものだ。
デスクに戻り、私は更新通知から『そんな恋などどこにも転がってない』のインスタグラムを開いた。
旅館のような場所で里見君と山岸蘭、池尻ありさ、他数名のキャストが浴衣で撮った写真がアップされている。その下のハッシュタグには“麗しの浴衣姿”、“現場が賑やかな件”、“オンエアをお楽しみに”と書かれていた。
「楽しそうだな……」
私と会っていない間、里見君は私の知らないところでいろいろな人と話したり、笑いあったりしている。
……当然、池尻ありさとも。
「…………なに考えてるんだろ」
至極当たり前のことを考えている自分が、酷く馬鹿馬鹿しく思えてくる。でもその当たり前のことで私の心はすぐにかき乱され、行き場のない思いや不安が、ぐるぐると黒い渦を巻く。
私がドラマ関連の企画担当をしていなかったら、こんな楽しそうな画像を見なくても済んだかもしれないのに。
自分の立場を恨めしく思いながらも、私は画面の中で笑う里見君をぼんやり見つめていた。
「――というコンセプトでいきたいと思うのですが」
スタジオから社に戻り、データの整理やライターさんとの電話に追われてようやく金岡編集長と打ち合わせができたのは、午後七時。退社しようとしていた金岡編集長を、寸でのところで捕まえることができた。
「んー……悪くはないが、ちょっと押しが足りないな。アピールポイントをもう少し明確に」
「わかりました」
「引き留めてすみません」と頭を下げると、金岡編集長は「伊吹、ちょっと」と廊下に視線を振る。
私は金岡編集長のあとに続いて、廊下に出た。
「今日はもう上がれそうか?」
「……いえ、まだ少し仕事が」
「そうか。じゃ、明日は?」
「明日はファッション展の取材で……」
「ああ、そうだったな」
こんなふうに金岡編集長に誘われるのは、先日一緒に飲んでからすでに二度目だ。
金岡編集長がどういうつもりで私を誘っているのかはわからないけれど、正直なところちょっと腰が引けてしまう。
私が申し訳なさそうにしていたからか、金岡編集長はふ、と笑みをこぼして頷いた。
「じゃ、また今度。ちょっと話したいこともあるし」
「……わかりました」
「帰れそうな時は、適当なところで帰れよ。今から詰めると締め切り前はとんでもないことになるぞ」
「ははは、そうですね」
私はそのまま金岡編集長をエレベーター前まで見送った。
わかりました、と言ってしまったからには、金岡編集長の誘いを一度は受けなくてはいけない。
ふと、あの夜の里見君の顔が脳裏に浮かんだ。
『俺はなっちゃんを他の誰にも触らせたくないの』
あれから私は、この言葉の意味を考え続けている。
単純に、やきもちを焼いてくれたのか。それとも、自分のおもちゃに他人の手垢をつけさせたくなかっただけなのか。
「……そもそも、付き合っているわけじゃないし」
ここに誰もいないのをいいことに、不満がてら吐き出してみる。口に出したら、余計に虚しくなってしまった。
里見君からは、たとえば「おはよう」とか他愛もない連絡すら来たりすることはないし、私からも当然、仕事以外で連絡できるわけがない。
悲しいけれど、私たちの関係はそんなものだ。
デスクに戻り、私は更新通知から『そんな恋などどこにも転がってない』のインスタグラムを開いた。
旅館のような場所で里見君と山岸蘭、池尻ありさ、他数名のキャストが浴衣で撮った写真がアップされている。その下のハッシュタグには“麗しの浴衣姿”、“現場が賑やかな件”、“オンエアをお楽しみに”と書かれていた。
「楽しそうだな……」
私と会っていない間、里見君は私の知らないところでいろいろな人と話したり、笑いあったりしている。
……当然、池尻ありさとも。
「…………なに考えてるんだろ」
至極当たり前のことを考えている自分が、酷く馬鹿馬鹿しく思えてくる。でもその当たり前のことで私の心はすぐにかき乱され、行き場のない思いや不安が、ぐるぐると黒い渦を巻く。
私がドラマ関連の企画担当をしていなかったら、こんな楽しそうな画像を見なくても済んだかもしれないのに。
自分の立場を恨めしく思いながらも、私は画面の中で笑う里見君をぼんやり見つめていた。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
89
-
-
1512
-
-
310
-
-
59
-
-
6
-
-
23252
-
-
24251
-
-
125
-
-
11128
コメント