Fog HOTEL

二重丸 大牙

第六章 過去と真実 ~1~






 歩夢は、時々うなされた声をだしながら、部屋のベッドに寝かされていた。
歩夢をここへ連れて来た青空は傍を離れる事をせずに心配げにそんな歩夢を見守っていた。



歩夢は混沌とする意識の中で自分に襲いかかってくる渇きと、ある願いとの狭間で闘っていたのだった。



「や、やめて!零ちゃん!やめて!!!!!!!」



突如、歩夢が大声で叫び飛び起きたのだ。その様子に青空は驚き、歩夢の身体を優しくさすりながら



「歩夢、大丈夫か?無理したらアカンで・・・・」



青空の言葉を聞きながら歩夢は頭を軽く抑え首を左右に振り自分の意思を伝えた。



「俺はどうなってもいいから・・・あの子を無傷で帰してあげたい・・・」



歩夢の言葉に青空は一瞬だけ顔色を変えた。
それは、仲間への裏切り行為になる発言だからだ。
だが、優は一カ月後にゲストの生末を決めると言っていた。

ゲストを逃がす行為は裏切りの他ならない。
これを他の誰かが聞いたら、歩夢まで処罰されるだろ・・・
これ以上、仲間が苦しむ姿を見たくはない・・・
そんな事、耐えられるはずがない・・・

そんな葛藤が青空の心の中でうねりとなっていた。



そんな青空の心を知らない歩夢は、フラフラの身体で立ち上がろうとする



「歩夢、アカンて!まだ寝てないと!」



心配して歩夢を寝かそうとし差し出した青空の手を歩夢は力強く握ると



「もう、俺の為に誰も犠牲になって欲しくないんだ・・・
あんな気持ち、二度と味わいたくないって我儘かな・・・・」



歩夢の表情は悲しさに満ちていた。
その顔を見た青空の心は更に大きくざわめいた。



「歩夢、お前・・・・」



青空には分かっていた。歩夢の言っている意味が。
目の前で大好きな女に庇われて、一人孤独な時間を歩んで来た苦しみを理解できた。
もしかしたら、自分が思っているよりも歩夢は苦しんでいたのかもしれない・・・
そう思うと、青空はどうして良いか分からず唇を噛みしめた。




「彼女を迎えに行かないと・・・・
俺は迎えに行くと約束したのだから・・・・」



歩夢はそう言いながら、何度も倒れながらも立ち上がり部屋の外へと出ようとしていた。
その姿を見て青空は覚悟を決めると、歩夢を支えて一緒に歩き出した。

歩夢の気持ちが分かるからそれが罪になるなら一緒に処罰されようと青空は思い微笑んだ時だった、一所懸命に歩いていた歩夢の動きがピタッと止まったのだ。
その事に青空も歩夢の目線を追うと、優がゲストを連れて目の前にやって来たのだった。



「な、なんで・・・・」



優とともに歩夢のもとへ向かった私は目の前の歩夢に愕然としていた。
歩夢もまたきつねにつままれたような表情だった。
服は所々破けて汚れていた。そして、吸血鬼なのに首に噛まれた傷が止まっておらずに血を流し続けていたのだ。その様子から戦慄を感じ私は竦んだ。



歩夢が危ないのは誰の目にも分かった。



私は、優の顔を一度見て目線を交わすと覚悟したように頷いた。
それに答えるように優が頷くのを合図に歩夢にゆっくりと歩み寄って行った。



近づいて来る私を見て、歩夢は信じられないという顔をしていた。
だから、私は震えている身体を必死で抑えながら笑顔を作った。



「優さんに教えてもらったの・・・・・」



目の前の私に歩夢はどうして良いのか分からに様子だった。



「な・・・なにを?」



そんな歩夢を助けたい・・・私はそう強く願っていた。



「私なら吸血鬼にならないって・・・
神の力が助けてくれるから・・・
だから、ここから血を吸って・・・・」



そう言うと、私は自分の腕の袖をまくり上げ歩夢に差し出したが、歩夢は大きく首を左右に振って答えた。
すると、私たちのやりとりを見ていた優が声を掛けて来た。



「俺の考えが正しかったら、彼女は大丈夫や・・・・俺を信じろ」



その言葉にも歩夢は拒否するように頭を左右に振り続け



「そうだとしても、俺は彼女に牙を突き立てる事は出来ない・・・
この身が滅びるとしても・・・そんな残酷な事は出来ないよ・・・」



その言葉に優は冷たい表情になると



「その女に関わりすぎたな・・・・」



そう言うと呆れたように大きな溜息をもらしたのだ。
しかし、歩夢は微笑み



「それは違うよ、彼女は僕たちの望みなんだよ・・・
だから、彼女には無傷でこのホテルから去ってもらいたいんだよ・・・」




歩夢はそう言うと、力の出ない腕をやっとのことで動かし
この状況をどうする事も出来ずに悲しんでいる私の頬を優しく撫でたのだ。



優は目を伏せながら考えていた。
このままでは、本当に歩夢は消滅してしまうだろ・・・
しかし、あれ程までに言っている歩夢に無理やり飲ませる事は出来ない
優は頭を痛めていたのだった。



私の頬を撫でる歩夢の弱々しさを感じていた、それは鬼気迫るものだと私にも理解できたのだ。



「お願い・・・私なら大丈夫だから・・・お願い・・・救わせて・・・」



懇願する私を見ても歩夢の意思は変わらず、どこにそれ程の力と思いがあるのか強い口調で



「・・・それは出来ない!」



そう言った時だった、歩夢の身体が大きく揺らいだかと思うと大きな音を立てて
廊下に倒れこんだのだった。



「歩夢!!!!!!!」



傍で歩夢の事を心配していた青空が叫ぶ。



「・・・・・・・」



歩夢の瞳は既に焦点が合わず、天井を見つめていた。
倒れた歩夢の頭の中には忘れ去っていた記憶が流れ込み始めていた。






『昔・・・俺は血に飢えて女に牙を剥いたが頬を引っ叩かれた・・・
こんな俺たちを恨まず・・・蔑むこともせず・・・
闇に落ちた事を憐みの涙を流してくれた・・・
それから、俺に神の道を教えてくれた・・・俺達でも救われると・・・
そして、彼女は俺を救おうとして・・・・
彼女って・・・?
この涙を流している女は?
あの時の女は・・・誰なんだ・・・?』




「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



突然、歩夢が頭を抑えながら床を転げ回り始めた。
その様子に青空も唖然としていたが



「もう・・・限界やな・・・・」



優は冷静な口調で告げると、私の方に目線を送って来たのだ。
そう、私は優に告げられていた。
歩夢が拒否を続けた場合の事を・・・
以前、私の血を飲んだ歩夢の副作用の事も・・・・
優は予測していたのだ。
だから、私は優に教えられた最後の手段に出る事にしたのだ。
それが、歩夢を救う道なのだと願いながら、私は優に力強く頷いたのだった。





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