Fog HOTEL

二重丸 大牙

第二章 正体 ~2~







 私を襲おうとしていた男たちは、胸の痣を知り呆然と立ち尽くしていた。誰も口を開かずどれくらいの時間が過ぎただろうか・・・
しばらくとすると私を悲しそうな瞳で見下ろしながら、歩夢は口を開いた。



「やはり、我々の負けだね・・・・」



仲間に告げると、現実を受け入れるかのように静かに目を閉じ唇を噛みしめた。



「・・・・・・・・」



一人考え込むように冷めたような優の瞳が私の目線と交差する。その様子に男たちが何かを仕掛けてくる気配を感じ私は再び警戒を強めながら



「あ、貴方たちは、いったい何者なの・・・・」



恐怖に支配された心を必死に保ちながら、私は勇気を振り絞り伝えた。
優は私に深紅の瞳を光らせる。その瞳で彼らは私と同じ人間ではないと悟り身体の震えが止まらなかった。そんな私の様子に優はクスッと小さく笑いながら歩み寄り目の前で屈んだ



「我々は・・・そう貴女もご存じかと思うが・・・生きること、その神の教えに背いた生き物の吸血鬼だ・・・」



そう言いながら、優は氷のように冷たい指で私の頬を撫でた。
その冷たさが、現実を拒絶している私に、目の前に起きている事がリアルなのだと体に訴えかけているかのようだった・・・・そして、彼のゆっくりとして丁寧な口調のおかげで不思議な事に心は落ち着きを取り戻していくのであった。



「吸血鬼・・・・?」



そんな言葉は信じられるはずはなかった。現代に吸血鬼がいるなんて、悪い冗談を言われているとしか思えなかった。



「血を食する生き物や・・・・」



苦しみから立ち直った零士が悔しそう顔を向けて私に言った。私は、優から零士に顔を向けると



「あ、貴方たちはここで人の血を吸って生きてるってこと・・・・?」



私の疑問に、誰ともなく全員がそれぞれに頷いた。
私は信じられなかった。物語ではなくこの世に吸血鬼がいる事が、さらにそれが私の目の前で悔しがっている事を、どうして受け入れられるのだろか・・・・




「そうだ・・・何十年前からホテルに来た客をエサにして生き残っていた」



そう言った、優の顔が何故か寂しそうに私の瞳に映ったのだ。
すると、今まで仲間の後ろに隠れていた快が顔をあげると



「でも、貴方は知らない・・・永遠というが、こんな我々でも死と隣り合わせで、人間には信じられないだろうが、闇にしか存在できない儚い生き物だという事を・・・・」



快のその悲しい言葉が私の胸に刺さった。



「闇の生き物・・・・」



私はロザリオのある痣を彼らから隠すように左手で静かに抑えた。



「俺らは、永久に負ける事なんてあるわけない!」



零士は苦々しい顔をして私に怒鳴りつけた激しい感情に彼らの苦悩を見た気がした。



「しかし、人間の世界と共存したい・・・・その希望は捨てていな・・・」



歩夢が辛そうな声で私に訴えかけてくる。光も辛そうに恵吾に支えられながら立ち上がった。




「もしも、貴方たちが血を吸わないとどうなるの?」



彼らの言葉を咀嚼しながら、心の中に小さな変化が生まれ始めていた。
それは、同情というのだろか?目の前の彼らは戦いながら、このホテルに隠れひっそりと暮らしている寂しさが解る気がした。しかし、私の言葉に彼らの顔色が変わり、誰もが顔を伏せた、そう何かを隠すかのように・・・
すると、零士の顔がキッと上がると



「そんな事は、どうでもええ!お前は俺らの獲物や!」



そう強い口調で言うと、私の前に立ちふさがったのだ。



「え、獲物・・・・?」



その言葉に彼らへ芽生え始めた感情が泡のようにはじけると同時に再び現実へと引き戻された。逃げないと・・・心臓が早鐘を打つ。頭の中で爆発した恐怖を無理やり押し込めると、彼らを突き飛ばしてその場から逃げ出したのだ。生き残るために走りだしたのだった。



しかし、彼らは私を追いかけることもせずに静かに見送っていた。




「さてと・・・ここからが狩りの本番だからな、胸の痣には気を付けること」



優の言葉で狩りがスタートすると、優以外の男たちの瞳も深紅に変わると一斉に走り出した。零士は牙を剥くと一番に走り出したのだった。



「血を吸わないとか・・・・」



歩夢は悲しそうな表情で女の言葉を思い出すと苦笑いをした。



「駄目だよ、それは絶対に・・・自分だけでなく、それは・・・」



快は歩夢を説得するように声をかけるが、歩夢は最後まで言葉を聞かずに頷くと



「わかっているよ・・・」



そう悲しそうに微笑みながら言うと、青空が歩夢の背中を軽く叩くと



「俺らの理性がなくなる前に、血を吸わないとね・・・」



そう笑いながら言ったのだ。



「ほら、心配するなって、いつものようにすればええだけや
まぁ、今回は胸の痣だけには気を付けることだけや・・・」



恵吾は、みんなを落ち着かせるように言うと、後から走って来た優がすました顔をしながら



「恵吾の言う通りやと思う、神が我々の所に来たのなら運命に任せるのも良いのと違うかな・・・」



その茶化すともとられる言葉に零士は怒りをあらわにすると



「冗談じゃないわ!ふざけるなって!」




怒っている零士を見て光は小さく笑うと



「まぁ、今は何を考えても悪くなるやろうし、お互いに文句になると思うから先ずは捕まえてから考えたどうや?」



そう言うと、零士の胸を軽く叩いたのだ。皆は光の言葉に頷いた。
獲物を捉えるために、自分たちの未来のために神に勝つために走り続けていたのだった。










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