パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

俺はいつからセクシーになったんだろ?

 金曜日。今日こそ俺は焼き鳥に行きたい!
「見たわよ、昨日」
 エレベーターホールでエレベーターを待ってると、朝から小出が挑戦的だった。
「何をだよ?」
「昨日、女性とお茶してたでしょ?」
 ああ、朝からうっとうしいな!
「俺の親友の彼女。智子もよく知ってる人だよ、同じ営業所なんだから」
「じゃあ私ともお茶に行っても良いわよね? 奥様、良いって言ったんだから」
「用もないのに行かないよ。昨日だって相談されてたんだからな」
「用があったら行ってくれるの?」
 ああ、ここだと青山さんも草野さんもいない。
「行かないよ。だいたい用なんてないだろ?」
 俺はまだ何か言ってる小出を無視して、エレベーターに乗った。エレベーター内でもまだ俺に話しかけてる。
「私も悩んでるんだけどなぁ」
「他の人に相談しろよ、俺にしても無駄だから」
「無駄かどうか聞いてみないとわからないでしょ?」
「おいおい、朝からなんだよ?」
「大友さん!」
 初めてしゃべったが、同じチームの人だ! 席が1番離れてるせいもあって、挨拶しかしたことがなかった。小出が黙った。
 一緒にエレベーターを降りて、廊下を歩き始めた。年は俺よりちょっと上の人で、おとなしそうな感じだった。
「助かりました、ありがとうございます」
「ほんと、モテてるんだね」
「そういうわけじゃないと思うんですけどね。思い通りいかないからだと思います」
「誘っても乗らないし?」
「だってもうすぐ出向なのに、歓迎会とかしてもらってもしょうがないですよ。名前覚える前に渡米ですよ」
「まあね、でもだからこそなんとか一緒に過ごしたいんだろうね」
「気持ちはわからないことはないですけど、そんな時間があったら営業所の同期と過ごします」
「ま、小出にしてみたら、こっちの同期も大事にしてほしいんだろうね」
 そうかもしれないが……、ま、ほっとこう。
***** 
 忙しくなくても定時に帰れることがないのが、海外事業部のようだった。明日からGW、帯広か。今日は焼き鳥に行けそうだから智子にラインした。
「小川、ちょっと」
 また部長だ。俺は部長室に入った。
「悪いけど、GW中も会社のメールを毎日確認して、必要だったら返事をしてほしい」
「え? GWなのに?」
「アメリカは違うだろう」
 ……そうだった。
「わかりました」
 携帯から見れるけど、エクセルとか見づらいしな。ノートPC買うべき? 渡米の荷物を増やしたくないな。
***** 
 いつもの焼き鳥屋
「今日、幸雄さん来れるって」
「良かった! 今日は青木も来れたしな。聞きたいことがあるんだよな」
「何、広瀬君?」
「あ、でも安西を待とう。あいつも知りたいことだから」
 そう聞いて、智子はピンときた。
「じゃあ、幸雄さんが来てからね」
***** 
 6時過ぎに会社を出た。7時前につけるな。
「小川君」
 げ、小出だ。
「ちょっとお茶して帰らない?」
「予定あるから」
「え? ちょっとだけ!」
「無理」
 俺は駅までダッシュした。革靴で走りにくかったが、逃げ切った! しかし、ほんとにしつこいな。でもこれも渡米したら懐かしく思うんだろうか?
***** 
「おお、小川! 久々の参加だな!」
 同期の笑顔。良かった、今日来れて。
「俺も今来たんだよ」
「安西も忙しいんだな」
「まあな」
「さ、小川が来たし、始めるか」
「え? 何を?」
 もう飲んでたんじゃないのか?
「青木に確認させてもらうから」
 あ、トッド会のか。
「小川がちゃんと伝授したか確認したいんだけど」
「聞いたわよ、納得しなかったんでしょ?」
「で、どうなんだよ? そのとろけまくったテクって……」
 広瀬の殺気だった聞き方に、智子もちょっとひるんでいた。
「……幸雄さんはほんとに何も言わないっていうか、髪を5cm切っても気が付かないし」
「気が付いてたよ! 言わなかっただけだよ!」
「あ、ほらね、気が付いても言わない人なの。そういう人がベッドで『愛してるよ』とか言ってくれるととろけまくっちゃうってこと」
 見ろ! 俺の言った通りだったろうが!
「……じゃあ小川はちゃんと伝授したってことか」
「だろ?!」
 俺は得意げだった。
「やっぱりサブリミナル効果ってことか?」
 安西が枝豆を食べながらつぶやいた。
「サブリミナル効果?」
「あ、知らない方が良かったよな、ごめん」
 広瀬が智子が謝った。
「良いのよ、幸雄さんがテッドテクを私に試す分は全然OKよ」
「じゃあ、愛の言葉は乱発しない方が良いってことか……」
 そう言うわけじゃないと思うけど、広瀬の『ベイビー』はないな。
「それにね、ベッドでは幸雄さんはとってもセクシーでね……」
 俺がセクシー!? 思わず飲んでたウーロン茶を吹き出してしまった! あまりの恥ずかしさに俺は机に伏せて顔を隠した。耳まで真っ赤だったに違いない。智子はほんとに時々とはいえ、恥ずかしいことを平気で口にするからな。
「え? セクシーってどんな感じ!?」
 前川、突っ込むなよ!
「水泳で鍛えた逞しい肩と首のラインがね……」
 ああ、もうやめてくれ! 恥ずかしくて死ぬ! でも智子をちらっと見ると、すごいうれしそうな明るい顔。あんな顔って久しぶりだな。出向に流産と悲しいことが続いてたもんな。恥ずかしいが、智子が明るくなるなら……顔をあげた。
「俺がセクシーだって言うんだったら……」
 みんなが一斉に俺を見た。俺はトッドがケビン宅のリビングで、ナンパした女にやってたことを真似してみることにした。
 ネクタイを少し大げさに緩め、智子の顎に指を置いて、顔を俺の方に向けた。目力を使って『お前が欲しい』を最大限やってみた。最初は智子も驚いた表情だったが、艶っぽい目になった!
「私を好きにして……♡」
「お前、そんなセリフを軽々しく言うなと何度も言ってるだろ!」
 思わず俺は智子の両肩を揺らすようにつかんで、怒鳴ってしまった!
「あーあ、せっかくセクシーだったのに、いつもの小川君に戻っちゃった!」
 山本!?
「何度も言わせてるのか? すごいな!」
 安西も広瀬も感心してる。いや、そういうわけではないけど……
「広瀬君! 私にもあれやってよ!」
 え? 前川!?
「い、いや、自信ないな……、あ、俺にやってよ、小川。どんな感じか体験してみないとな」
 は? やや毛深い広瀬は、8時過ぎるともうひげが生えてきてるのに? 今度は智子が俺の太ももに手を置いた! 俺は驚いてテーブルをひざで突きあげてしまった! 安西が俺のウーロン茶がこぼれないように、押さえてくれた。
「どうしたんだよ?」
 安西に聞かれたが、
「な、何でもない!」
 俺は急いで智子の手を振り払ったが、また触るし! おまけに肩にもたれてきてるし! 俺は急いでウーロン茶を飲んだ。落ち着け、俺!
「すごい効果だな、それ」
 安西がまた言った。
「トッドがナンパして帰ってくると、まずは俺たちと一緒にテレビを見るんだよ。それで少ししてからこれをやるわけ。ほんとはディープキスもするんだけど、100%落ちてた。女がトッドの肩にしなだれかかって、ベッドへ一直線だったもんな」
「ついてきたものの、気が変わる女性もいたはずなのに、すごいわね」
 山本が感心してるが……
「智子もやられてるわよ」
 見るとまだ俺の肩にもたれて、目をつぶっていた。
「そうそう、妄想中。ディープキスもしてくれて、それで……♡」
 妄想!? 何のだよ? まさか俺に抱かれてる妄想か?
「そんなことしなくても、今晩この後すれば良いじゃない」
 前川、そんなにはっきり言わなくても。
「だめだよ、智子は病み上がりだから」
「まだ調子悪いの!?」
 どうやら山本にも前川にも、処置のことは言わなかったようだ。
「そう、まだね、だから我慢」
 お互い気分が高まってるのにできないってつらいな。でもしょうがない。
「小川、俺にあれやってくれよ。GW中にマスターしたいからさ」
 え? 広瀬? でもこれで2人のマンネリが解消するなら……。俺はネクタイを締め直した。
「目力はやらないから」
「なんでだよ? それが知りたいのに!」
「『なんで』って、男に『お前が欲しい』なんてするわけないだろ」
「わかってるけど、そこが女が落ちるポイントじゃん」
「確かにこれをふざけて誰かにやったらだめよ。本気で落ちる女性が出ると思う」
 山本!? トッドの真似をしただけなんだが、そんなに効果あるか、これ?
「だめよ、私だけになんだから!」
 智子が正気に戻った、良かった……!
「とにかく、目力なしだからな」
 諦めて俺は広瀬にやったが……顎に触れたが、ひげが……。俺の目は『なんでこんなことを?』になってたに違いない。
「目力はともかくとして、まあだいたい分かったかな」
「じゃあ、できそう!?」
 前川のあの期待……!
「がんばる!」
 広瀬……なんか気の毒な気がしてきた。
「俺にもやってよ」
 安西!? 
「将来のためにさ」
 ……しょうがない、俺はまたネクタイを締め直した。安西の方が毛深くないから少しマシな気がしたが……なんで2回も男相手に?
「なるほど」
 何が『なるほど』だ? 何がわかったんだよ?
「しかし、小川は無意識にトッドの影響を受けてるってことだよな」
 広瀬!?
「そうだな、それがモテてる理由なんだよ。トッドのセクシーイケメンをどこかで醸し出してるから、女がなびくんだよ」
 はぁ? 
「そんなわけないだろ?」
「だって今のだって、結構自然にやってたぞ。初めてじゃないだろう?」
 安西まで?
「あ、ふざけてアマンダにはやってたけど……」
「私だけじゃなかったのね!」
 あ、久々にアマンダネタで智子がキレた……
「まさかキスまでしてたんじゃないでしょうね!?」
 あ、時々してたけど……ディープキスではなかったぞ。
「そんな、小学生だったんだから、セクシーも何もなかったし、気にするなよ……」
 せっかく楽しそうだったのに、怒ってる! でもいつもの智子だ。やっぱりこの焼き鳥だけは、何としても毎週出るようにしなくては。
***** 
 駅でみんなと別れた。智子が腕を組んできた。
「あれ、ほんとにセクシーだったわ」
「頼むから俺がセクシーとか、恥ずかしいこと言うなよ!」
「だってほんとなんだもん!」
 全く……!
「お前の方がセクシーだよ」
「……ほんと?」
「当たり前だろ!」
 そう、俺しか知らない智子のセクシーな姿や表情。兄貴じゃないけど、ベッドで何をすれば見せてくれるかもわかってるのも俺だけだもんな。
 智子がさらに強く、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。う、智子の胸が俺の腕に当たってる……今日できないのに、この刺激は俺にはつらい。今日は書斎で1人で寝よう。
***** 
 今は智子はシャワーしか浴びれないから、ちょうど良かった。一緒に入ってお預けはないからな。
「じゃあ、お休み」
 俺は枕を持って部屋を出ようとした。
「え? 今日書斎で寝るの?」
「……そのつもりだけど?」
「どうして?」
 あ、またそんな目で俺を見る! 哀しそうに甘えた目に弱い俺。
「だって、できないしさ……」
「でも……」
 ああ、しょうがない。もう1回トイレで抜いてくるか……。枕を置いて俺は部屋を出ようとした。
「どこに行くの!?」
「トイレだよ! 先に寝てていいよ」
 寝付きに良い智子だから、先に寝てると良いんだけどな。
***** 
 トイレから戻ると案の上、智子は先に寝てた。俺はホッとしながら、隣で横になった。
***** 
 今日から帯広だ。午後便でよかった。俺が寝付けたのは、たぶん2時か3時だったと思う。ああ、まだ眠い。
 せっかくだから帯広でどこか1泊したいと思ってたのに、あまりに忙しくて旅行サイトも見れなかった。今からじゃ無理か……
「GWの北海道は大人気だから無理よ」
「そうなんだ?」
「そうよ、最後にスキーができるってね」
「え? まだ雪があるのかよ!?」
「そういう年もあるわよ。今年の帯広は無理みたいだけどね」
 だから飛行機も高かったのか。
***** 
 国内は近いよな。もう帯広空港に着いた。今回は隆君が迎えに来てくれた。
「お久しぶりです」
 元気そうに見えたが、
「おじいちゃんが彼女に会ってもくれないんです、幸雄さん、何とかしてください」
 あ、解決してなかったか。晴彦君には英語アプリを教えたが、これも解決してなさそうだな。今回は3泊。大丈夫か、俺?
「どうして会ってもくれないの?」
 今回はセダンだった。俺と智子は後部座席に座った。
「……『結婚を考える女』じゃないって」
 隆君の表情はミラーに写った目しか見えないが、曇っていた。
「どういう意味だよ? それ、彼女に失礼だな」
「なんかおじいちゃんが言いそうな言葉だわ」
「姉ちゃん、わかるだろ?」
「つまり、バツイチ子持ちってことに不満なのよ」
「そ、そんな会わずにそれだけで判断って偏見だろ?」
「それに『財産目当て』だって……」
 え? 狙うほどの財産があるってことは、やっぱり金持ちなんだな。
 智子がため息をついた。
「それがおじいちゃんなのよ。頭が古いというか保守的というか」
「相手の人っていくつだっけ?」
「32です。子供は11歳です」
「11歳か、俺の父さんが死んだときと同じ年だな」
 智子がそっと俺の手に触れた。俺は智子に微笑んだ。
「隆ももう27なんだから、おじいちゃんが反対しても結婚すれば良いんじゃない? 私はそうするつもりだったわよ。でも結局おじいちゃんが幸雄さんを気に入ったけどね」
「俺の場合はそうなると家を継がないことになるから、仕事も探さないといけないし、良平くんは転校することになるから、そんな簡単には行かないんだよ」
 そうか、やっぱり子供がいると身動き取りにくくなるからな。
「そうかもしれないけど、好きなら諦めたらだめよ!」
「わかってるよ、だから姉ちゃんと幸雄さんに何とかしてもらいたいんだよ」
 俺も何とかしてあげたいが……、がんばって何とかなるのか!?

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