パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

ブライアンの暴走

 部長が成田からさっき戻ってきて、今はデヴォンさん共々社長と話してるらしい。その後俺と会うのか。気が重いな。
 俺の携帯が鳴った。
「早めに終わったから、小会議室に今すぐ来い」
***** 
 いつ見ても本社の小会議室はすごいと思う。自社ビルじゃないけど、営業所とは偉い違い。デヴォンさん、部長と同じくらいか少し年下くらいか? 
「Nice to meet you」
 とりあえず笑顔で挨拶。山野がコーヒーを入れてくれた。
 案の定、海外事業部に変わった経緯を聞かれた。当然俺と部長の話は同じだ。でも最後に俺は傷跡を見せた。
「Does it still hurt?」
 みんな同じことを聞く。まだ赤味が残ってるからな。これでデヴォンさんもこの怪我は診断書の日付どおりだと信じたはず。その後はWings Run についての説明だった。今後は整備の方や、日本の中古車市場に乗り込みたいと。だから整備士上がりの俺は担当として、相応しいってことか。
 その後は部長のお気に入りのあの懐石の店での夕食だった。俺と中村課長のときも高そうだったが、今回はおそらく1番高いのだろうな! 最初で最後かもしれない! 大トロの刺身から始まって、品数も多かったが天ぷらだってエビも超でかい! 写真に撮りたいくらいだったが、さすがにそれはやめた。デヴォンさんは部長と盛り上がってるし、俺は心置きなく美味しくいただくことにした。黙って話を聞いてるとかなり個人的な話もしてるんだな。どうやら2人はかなり長い付き合いみたいだし、信頼関係もあるようだった。
***** 
 部長はデヴォンさんをホテルまで送るということだったから、本社ビル前で別れた。こんなときも母さんが智子についててくれるから、安心だな。俺は昼間の青山さんや草野さんに言われたことを真剣に考え始めていた。母さんのグリーンカードも申請すべき? でも俺の自立はどうなる?
*****  
 木曜日。今日は小出がいなかった、良かった。
「小川ちょっと」
 ここ数日は、朝はこの部長のセリフから始まることが多かった。
「はい」
 でも今日の部長は、部長室のドアを閉めなかった。
「昨日、デヴォンとは良い感じだったよ。ホテルのバーで飲んだ際に梶山の話もできたしな」
「そうですか」
「とりあえず、  J&Auto Berth社からはデヴォン来日の件以外はいつも通りこなすように」
「俺、Wings Run へ出向ですか?」
「まだわからんな。うちとは再契約はできないしな。でももし J&Auto Berth社のジョンソンに聞かれてもお前は何も言うな。俺に転送するように」
「わかりました」
***** 
 昨日でデヴォンさんの件は落ち着いたが、それでも定時には帰れなかった。結局松村さんを30分ほど待たせたが、指定されたカフェに行った。会社から駅方向に5分ほどだった。
「すみません、お待たせして」
「いいのよ、ごめんなさいね」
 松村さんはシフォンケーキセットを食べていた。
「どのケーキも美味しいみたいよ、ここ」
 見渡すと恩田洋菓子店みたいに、ケーキ屋にカフェがついてる店だった。人気のようで満席だった。
 俺もシフォンケーキセットを注文した。
「どうしたんですか?」
「ケビンからは何も聞いてないのね?」
「あ、はい……」
「実はね、ケビンがブライアンに仕返しされちゃって……」
 仕返し?
「どういう意味ですか?」
「『大門英会話から以外の収入があるはずだ』って入国管理局に言いつけられちゃったの」
「え?」
「つまり不法就労だって」
「それ、まずいですよね?」
「それでケビンがバイリンガルの弁護士を雇ったの。確かにまだフリーの建築家として仕事はしてるんだけど、今のプロジェクトの前金でもらった分はロンドンにいたときだったし、残額はプロジェクト完了後だったの。だから日本での収入は大門さんからしかなかったから、なんとか事なきを得たんだけどね」
「良かった!」
「でもケビンがまだ建築家としてやってるのは、小川君しか知らないはずだったんだけどね。確かに大門さんのところの給料では、あんなマンションに住めないから、憶測だったようだけど」
「そうかもしれませんが、ブライアンってどこまで嫌な奴なんですか!?」
 松村さんは一息ついて、コーヒーを飲んだ。
「実はブライアンは大門さんから『もう契約を更新しない』って言われて、次のビザスポンサーを見つけるか、日本女性と結婚しない限り帰国になるの」
「そうだったんですか?」
 俺はコーヒーでむせそうになった。
「だから、契約破棄にならないなら、後2か月かな。今のクラスで終わりになるの。でも帰国したくないから、自分に好意がありそうだった生徒に言い寄ってるのよ」
 なにぃ? ビザ目的かよ?
「ただ智子さんは別だったと思うけどね。まさか小川君と離婚してまで自分と結婚するとは思ってないでしょうけど、まだあきらめきれてなかったのかもね」
「それこそ、日本女性を利用しようとしてますよね!?」
「まあどう解釈するかは任せるけど、それで数人の生徒が大門さんに言いつけたし、大門さんとしては今すぐ契約を切りたいくらいだったところに、智子さんの件でしょ。ケビンがせっかく大門さんに言わなかったのに、入国管理局から調査が入ったせいで言う羽目になってね。大門さんが『元生徒にまで』って激怒しちゃって」
 確かに今の智子には聞かせたくない話だな……
「もちろん大門さんは智子さんが英語を辞めたのは、ブライアンのせいじゃないのはわかってるけど、実際数人が辞めたのよね」
「ブライアンからのセクハラのせいで?」
「うん……」
 それ、まずいだろ?
「ケビンの弁護士は、今後のためにビザをワーキングホリデーか高度技能ビザに切り替えを薦めててね。ワーキングホリデーだとあと9か月で切れるし、確か1度帰国しないとビザの切り替えができないそうでね」
「そうなんですか? ビザ関係ってややこしいですよね」
「そうね、だから高くても弁護士を雇ったのは正解だったと思うの。それで高度技能ビザに切り替える方向で進めてるの」
「何ですか、それ?」
「要するに専門職用っていうか。建築とかデザインとかそういう系の仕事しかできなくなるの」
「あ、じゃあ……」
「そう、そうなるとケビンは大門さんのところを辞めないといけなくなるのよね。でもそうなるとネイティブはブライアンだけになるから、ブライアンをクビにできなくなるの」
「ああ、だから……」
「でもネットに書かれちゃうと大門さんの教室もまずいしね。『セクハラ教師がいる』はさすがにね……。だから今すぐクビにしたいんだけど……」
「じゃあ、大門さんは今窮地に立たされてるわけですね」
「そうなの。でもだからブライアンは言いつけたのよね。何であれ、ケビンが辞めたらブライアンは契約をもう1年延ばしてもらえると思ったんでしょ。でも今、大門さんは急いで新しい人を探してるんだけど、今のところは見つかってないのよね」
 俺は目の前にあるシフォンケーキのことを忘れていた。旨いけど……こんなことになるなんて。
「ケビンは生徒からも大人気でね。特に子供から好かれてるし、本人もやめたくないんだけどね。でもブライアンはそれも面白くなかったわけよ」
 男の仕事での嫉妬か。部長も社長に密告されたって言ってたしな。怖いよな。
「それでここからが本題なんだけど……」
「あ、そうなんですか?」
「うん、それでケビンにプロポーズしたんだけど……」
 え?
「今、『プロポーズ』って言いましたよね?」
「うん、そしたらケビンもビザの心配が要らなくなるし……」
「そ、それ、ケビン超嫌がったでしょ?」
「でもビザのために結婚したいんじゃないの! 私ももう34だし、ケビンと結婚したいからなんだけど……」
「ケビンが信じてくれないんですか?」
「そんなことないと思うけど、黙り込んじゃって……」
「ああ、ケビンは悩むと黙るんですよ」
「そうみたいね。でもあんなに黙られたことがなかったから、私も困っちゃって」
「ケビンは松村さんとのことは本気だと思いますよ。でもまだ日本に来て3か月ですし、結婚はさすがに……」
「もちろんわかってるけど、子供だって欲しいし、年々妊娠率も下がるし……。私の結婚への焦りに、ケビンのビザを利用したみたいに聞こえちゃったみたいで……」
 ああ、それはまずいかもな……
「でもね、ケビンが子供と過ごしてる姿を見ると、3人くらい産みたいと思うの! この間も小学校の運動会に呼んでもらってね、一緒に行ってきたけど、子供たちがケビンが来たから大喜びで私もそれで嬉しそうな顔をしてるケビンをみて、ほんとに幸せだったの」
 そんなに子供好きだったっけな? でも弟の世話は結構やってたもんな。
「それ、青葉小ですか?」
「そう、あ、小川君の母校?」
「2年しか行ってませんけどね」
 懐かしいな。小学校の運動会、結局小6の1回しか出なかったけど。
「だからケビンの子供を絶対2人以上は産みたいのよ」
 青山さんの話を思い出した。奥さんがどうしても子供欲しいって言ってたもんな。智子もそうなのかもしれないな。
「どうすればいい? 小川君!」
 松村さんの必死の表情! でも……俺にもわからない。
「GWは旅行の約束もしていて、キャンセルはしてないんだけど……」
「わ、わかりました! ケビンと話します!」
「ありがとう! もう頼れるのは小川君しかいないの!」
 明らかに松村さんは、俺にそう言って欲しかったようだった。明日の焼き鳥に絶対行きたいから、もう今日会う。俺はケビンにラインした。
「ケビンも予想してたみたいです。今日この後会いますから」
 この店は松村さんのおごりだった。俺は有り難くご馳走してもらって、ケビンと待ち合わせのいつもの居酒屋へ向かった。智子には『ケビンに会うから夕飯は要らない』とラインした。
***** 
 居酒屋は木曜でも結構混んでいた。クーポンでビールジョッキ1杯無料が魅力的らしい。いつもはよくしゃべるケビンが、案の定黙っていた。ここまで黙ってるのって……1回あったな、イギリスにいるときに。トッドがケビンの小遣いを無断で使ったのに、ケビンがトッドをかばって真相を言わなかったんだよな。そのくせ、トッドはまた勝手に使ったし、ケビンの弟のまで盗んだから大騒ぎになった時だったな。ケビンにしてみれば、そこからトッドのことを嫌うようになったというか、信じてたのに裏切られた気分だったんだろうな。え? じゃあ松村さんにも同じように思ってるってことかよ!?
「I know what you want to say」
 ケビンはタバコを吸いたそうにしていたが、この居酒屋は禁煙だった。
「She loves you」
「I know!」
 俺はとりあえず、松村さんの結婚への焦りについては少しは話したが、なんであれ、これは愛情からだと何度も言った。
「I need time」
 わかる、俺もそうだった……。でも、ケビンを見て俺は確信した。ケビンが黙ってるのは、むしろブライアンのことが原因だと思った。ビザが原因で暴走中のブライアン。そうだよな、俺は智子の件があるから、ちょっと敵対視してるが、ケビンにしてみればブライアンのおかげで日本に来れたのに、こんなことになってしまった。それもブライアンに告げ口までされて、裏切られた気分だったんだろうな。
「……  but she is the one I want to marry」
 あ、やっぱり! 良かった!
「Well, I’ll enjoy with Yumiko in Golden Week」
***** 
 俺はケビンと別れて帰宅した。
「ケビン、元気だった?」
 智子が玄関で出迎えてくれた。昨日より顔色も良いし、母さんの言う通り、今日出社させて良かったかもな。
「ああ、元気だったよ」
「お礼、言ってくれた?」
「お礼?」
「そうよ、助けてもらった……」
「あ、ああ、忘れてた」
「え?」
 部屋で着替えてからパソコン席に座ると電話が鳴った。松村さんからだった。俺は急いで部屋からでて、書斎へ行った。
「もしもし?」
「ごめんね、電話までして」
「あ、大丈夫ですよ」
 智子がついてきそうだったから、急いで俺はドアを閉めた。
「どうだった?」
「やっぱりもう少し時間が欲しいそうですよ」
 もちろん、ケビンが松村さんとしか結婚は考えてないことも言った。
「……良かった」
「だからもう少し待ってあげてください」
「わかったわ、ありがとう」
 たぶん、解決。良かった。
「なんで弓子さんから電話がかかってきたの?」
 あ、やっぱり智子に聞かれた。
「実は……」
 下手にごまかすと絶対バレるからな。諦めて俺は真相を話すことにした。
「そ、そんな私のせいでケビンがビザでピンチになって、さらに大門さんが困ってるなんて……」
「お前がそうやって気にするから、松村さんが『お前には内密で』って言ったんだからな」
 ああ、せっかく今日明るい顔だったのに、また暗くなった。
「そうだけど……」
「もう気にしてもしょうがないよ。無事に誰か見つかればいいけどな」
「それにブライアン……日本大好きだから残りたいのね」
「……そうだな」
 ブライアンのことは好きではないが、なんとかうまく行ってくれれば、と思った俺だった。

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