パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

男と女の温度差

 2次会は部長の行きつけのバーで、チーム以外は男であれ部長が参加させなかった。
「渡米前には耳に入れるつもりだったから、ちょうど良かったよ」
 部長はボトルキープしているウィスキーの水割りを一口飲んだ。照明のせいかもしれないが、他のチームメンバーの表情が暗いような気がするが……
「梶山も帰国子女でな。英語はネイティブだが、神経質な面があってね。生真面目にやってくれるのは良いが、細かいところも気にするから俺もやりづらいところもあったし、契約を破棄してきた会社、Wings Runというんだが、そこの担当のデヴォンもよくそのことで俺にメールをよこしてたんだよ」
 俺は黙って聞きながら今日何杯目だろう、ウーロン茶を飲んだ。智子もウーロン茶を飲んでいた。
「仕事はよくできるが、デヴォンも不満もあったんだろう、Wings Runは梶山のビザスポンサーには結局ならなかったんだよ。それで現地時間勤務になって在宅になったんだが、今度は赤ちゃんが生まれてな」
 部長はピスタチオを一口食べた。
「夜泣きしたら、会議中じゃなかったら別に赤ちゃんをあやしたって良いんだよ、誰もサボってるなんて思わないのにな。何度も言ったんだが、『勤務中ですから』ってな。昼間は梶山は寝てるし、嫁さんもつらかったんだろうな。おそらく夫婦ゲンカが絶えなくなったと思うんだが、ミスが増え始めてな」
 ミス? 怖いな。
「俺は梶山と同期だし、奥さんも知ってるから何度も言ったんだけどね。頑固な奴だから」
 青山さんがため息交じりに言った。
「早く言ってくれればなんとかなったと思うんだが、致命的なミスをしてな」
 会社規模の致命的なミスって?
「会社は大損害を被ることになったんだ」
 会社規模で『大』がつくって、幾ら損したんだろ?
「奥さんは離婚届を残して子供と実家に帰るわ、ミスでWings Runともめたで、実は梶山は今、鬱で休職扱いなんだ」
 確かにこの話はチーム外、特に違う部署の人には知られたくないよな。人事でも上しか知らないはず。
「できるだけ早く新しい担当をつけたかったが、このチームはみんな手一杯だったし、他からも引っ張れなかったしな。もう中途採用するしかないと思ってたが、それでは時間がかかる。結局契約は破棄されたよ。裁判沙汰にならなかっただけましだと思うことにしたけど、俺はクビか左遷、梶山もクビになる予定だった」
「そうだったんですか?」
「そうだよ、そんな矢先にお前が現れたんだ」
 そうだったのか。
「社長に直談判して、なんとかもう1度だけチャンスをもらったよ。損害を挽回できれば、梶山はクビにはならない約束もしてもらってる。窓際にはなるが、家族との時間は取れるだろう」
 だからみんなもし俺が会社を辞めたら、梶山さんがクビになるからって心配してたんだ。
「でも今だから言うが、怪我と結婚も控えてたのはわかってたけど、年内に動いてもらえなかったのは痛かったよ」
「すみません」
「いや、お前のせいじゃないけど、中村がごねてな……」
 ああ、中村課長……
「うちの部署でTOEIC満点はいるが、2回連続はいなかったし、もう無理やりこっちに引っ張るつもりで中村に何度も何度も頭を下げて、お前を海外出張に連れていけるようお願いしたよ」
「確かに2課に残ったのは、結婚後も営業所に入れるからだったので……」
「それもあって中村がごね続けたのか?」
「そうだと思います……」
 部長は軽くため息をついた。
「お前が無事に出向して契約を軌道に乗せてくれたら、俺は海外事業部を外れると思う」
「え? 部長なしで俺、無理です!」
「部長はこのまま残れると思いますよ。小川のおかげで利益も倍近くにできるんだし」
 草野さんだった。利益倍? 俺、大丈夫か? すごいプレッシャーなんだが……。
「そうだと良いけどな。俺はもう出世もないし、できるなら海外事業部で骨を埋めたいね。お前がグリーンカードを本申請してるとは思いもよらなかったし、おかげで予想以上にうまく行ったよ」
 部長は水割りの飲み干した。
「梶山の時も嫁さんが渡米を嫌がってな。だから智子さんの気持ちはわかるよ。だから今日の歓迎会にも来てもらったんだよ。家族の件で優秀な部下を失いたくないからな」
 そうだったのか。
「俺たちで小出と前島は見張っておくから」
 草野さん、やっぱり良い人だ!
「ありがとうございます。本人にモテてる自覚がないから、心配で……」
 智子が少しはにかみながら言った。自分の旦那がモテてるって普通言わないだろ?
「確かにこのフロアは異動が少ないし、新しい人が来ると独身女性陣がギラギラするからね」
 青山さん、そういう目で見てたのか。
「ついでに山野さんも見張っておいてください」
「お前、何調子に乗ってるんだよ!?」
「だって若いし、かわいいじゃない!」
「山野は俺が見ておくから」
 青山さんまで!
「ありがとうございます!」
 智子の笑顔。まあいいか、俺もその方が気楽だしな。
***** 
 2次会が終わった。結局10時過ぎだった。
「幸雄さんのことをみんなで見張っててくれるから、安心したわ」
「『見守ってくれてる』って言えよ、人聞き悪いな。俺が悪いみたいだろ」
「そうね」
 智子は笑いながらそう言って、腕を組んできた。
「いきなりあそこで抱きしめられるとは思わなかったわ……」
 今思い出すと恥ずかしい。でもあの時は必死だった。悲しい思いだけはさせたくなかった。
「最初はつらいと思うけど、大丈夫よ。英語習って、友達作って……」
 『つらい』か、それが本音なんだろうな。
「……ごめん」
「良いのよ、子供もバイリンガル環境で育てられるし、良い面を見ることにするから! それに新婚生活のやり直しでしょ?」
「ああ、そうだな」
 俺的には下手にテッドテクを使うより、お互いの気持ちが確認できているこういう時に愛し合う方が、絶対2人ともとろけまくると思う。母さんに聞こえるんじゃないかという心配はいつもあるが、明日は土曜だし気が済むまで愛し合うか。
***** 
 翌朝。俺の予想通り、今までで1番良かったと思った、少なくとも俺はとろけまくりだったし、智子はそんな俺を120%受け止めてくれたが、智子はどうだったろう? 聞いてみるか。寝付きは良いが、寝起きは悪い智子はまだベッドでぼんやりしていた。
「なあなあ、昨日良かったと思わないか?」
「何の話?」
 何、この返事。智子にはそうでもなかったということか?
「……だから、昨日さ……」
「……男の人はいつも気持ち良いんでしょ?」
 な、何、この温度差? 
「そ、それはそうだけど、愛ある方が良いに決まってるし……」
「私はいつもとろけてるけど?」
 聞かなきゃよかった。俺はベッドから起き上がった。
「それは良かった」
「どうしたの?」
 智子が後ろから抱きついてきた。
「……まさか、お前もマンネリとか思ってないよな?」
「思ってるわけないでしょ! 幸雄さんがそう思ってるなら……私を好きにしていいのよ?」
 ど、土曜の朝からそんな発言……!
「お前、そんなことむやみに口にするなよ!」
「どうして? 自分の夫なのに!?」
「だ、だって、そ、そんな発言……」
 智子は時々すごいことを言うからな。俺はまた困ってしまった。
「ほ、ほんとに良いのかよ?」
「当たり前じゃない」
「い、いや、ラブホみたく暴走すると怖いから……」
「ああいうのが好きなの!?」
「違うよ! そ、そういう理性が飛ぶような発言されるとな。それにあれはその、ストレス溜まりすぎて自分より弱い人にああいう形でストレス解消をしたというか……ごめん」
「ストレスを溜めないようにしないとね」
「そうだな」
 渡米したら俺よりも智子の方がストレスだろうからな。これで『1人で日本に帰る』と言われないようにしなくては……
「今度、お前が俺を好きにしていいよ」
「え?」
 そんな顔しなくても。まあベッドで大胆な時は、たいてい酔ってるからな。シラフの時に言われたら焦るか。
「ほんとに良いの?」
「良いよ」
 これは期待できるかも。嫉妬からの大胆なアプローチが無くなって、ちょっと寂しい俺だった。智子が俺の頬を触った。土曜の朝からでも俺は全然OK!
「ほんとに良いのね?」
「良いよ、もちろん! いくらでも受けて立つよ」
 もうちょっと色っぽい目で見つめてくれる方が燃えるけど、まあいいや。
「実はお化粧してみたかったの」
 は?
「化粧!? 俺に!?」
「うん、だって肌きれいだし、まつげも長いからビューラーでカールさせたら可愛いと思うのよね」
「違う! セックスの話だ!」
「あ、なんだ」
 何だよ!? 熱く愛し合うより、俺の女装の方が良いって言うのか? 俺が本気で怒ってるのがわかったようだった。
「だって、娘は父親に似るって言うじゃない。娘の顔、見てみたくない?」
 ……取ってつけたような理由。ほんとは化粧したいだけだろ? でも娘の顔か、ちょっと見たい気もするな。
「じゃあ、ちょっとだけやってみるか」
「ほんと! うれしい!」
 何だよ、その顔。まあいいか、それで智子が喜ぶなら。
「ひげ剃ってないけど?」
「良いわよ、ファンデは塗らないし。アイシャドウも塗ってみるわね」
 智子は俺の顔で遊び始めた。朝からこんなことやってるって、女は大変だな。
「そのまつげのやつ、痛いな」
「ごめんね、ちょっと我慢して」
 最後に智子が俺に口紅を塗った。
「可愛い! ほら、見て」
 鏡で見たが……
「おかまにしか見えないけど?」
 智子が少し鏡を俺から離した。
「遠目に見たら、良い感じじゃない?」
 なるほど。ナルシスト的な発言だが、確かに悪くない。
「母さんに見せてみるか」
「え? それはやめた方が……」
 後ろで何か智子が言ってるが、無視して下へ降りた。
「母さん、どう、俺?」
「なかなか降りてこないと思ったら何やってるの!?」
 テレビを見ていた母さんの反応は予想通りだった。
「娘の顔ってこんな感じかと思って。結構可愛いよな」
「そんなに早く子供が欲しいの?」
「そういうわけじゃないけど。ああ、腹減ったな」
「それで食べるの!?」
 お前が化粧したいって言ったんだぞ。
「食べたら顔洗うよ」
 俺は化粧したまま朝飯を食った。智子は気まずそうだった、なんで?
「まあ智子さんの気持ちが、わからないでもないのよね」
 そう言って母さんが何か持ってきた。
「これ、かわいいでしょ?」
 七五三の写真で、女の子だった。
「ほんとですね、親戚のお子さんですか?」
 確かにかわいい。七五三の女の子の着物もかわいいな。
「これ、幸雄」
 え、俺!?
「こっちが5歳の透と一緒に写ってる方」
 ちゃんと男児の着物を着てた。しかし、小さい時って俺と兄貴そっくり。でもなんで俺が女装してんだよ?
「渡英前のなの。七五三のために帰国はしないから写真館で撮ったんだけど、幸雄を女装させたくなってね。写真館でも『前例のないこと』って言われたし、お父さんにも呆れられたけど実際させたらかわいいから、お父さんも『娘欲しい!』って言いだしてね」
「かわいいです!」
「結局できなかったけど、良い記念でしょ?」
 俺も娘が欲しくなったが、思いは複雑だった。確かにかわいいが、息子を女装させて七五三の写真撮るか、普通!?
「妊娠したら私もそっち行くから。孫の世話したいからね」
「よろしくお願いします!」
 早く欲しいが、とりあえず渡米までは妊娠させないようにしないとな。

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