パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

ケビンの恋ととばっちり

 今日の夕食当番は母さんだった。

「母さん! 智子に余計なこと言うなよ」

「あ、もうバレちゃったのね」

「他に何かあったら教えてください」

「『何か』って何だよ!?」

「さぁ?」

 とぼけやがって!

「帯広でアルバム見せてもらうからな。恥ずかしいのも全部」

「隆に手を回しておかないと」

「卑怯だぞ! 俺ばっかり過去をバラされてさ」

「私は特にないから」

「じゃあ隆君に隠してもらうことないだろ?」

「パンチラとか、変な顔なのを隠してもらうの!」

 何だよ、それ?

「子供の頃なんだから、そんなのどうでも良いだろ?」

「恥ずかしいから嫌なの!」

「それが女心なんだから、幸雄も理解しないとね」

「何が、女心だよ! そのくせ今日から一緒に風呂に入るとか言うし」

「あら、その間は2階にいるわね」

 なんだよ、これ? しめし合わせたみたいな返事だし! 2人は俺の想像以上に仲が良いのか? 

 智子が俺ににっこりした。勝利宣言か! 全く……!

***** 

 月曜日。今日、智子が退職届を出す予定。智子の退職日は空欄にしてある。俺の出向の日程次第だからだ。いくらグリーンカードがあるからといって、すぐだと困るんだけどな。

 俺の携帯が鳴った。芹沢部長からだった。俺は急いで廊下にでた。

「はい、小川です」

「おはよう、芹沢だけど。嫁さん、退職届、出したよな?」

「今日出すはずですけど……やっぱり行かないといけないんですよね?」

「まさか、『今更行けない』なんて言わないよな?」

「あ、ちょっと嫁が嫌がったので……、一応納得させて、退職届は書きましたけど」

「それはお前が勝手にグリーンカードを申請したからだろう」

 う、そうだけど……

「J&Auto Berth社から連絡があって、3-4か月後になった。それまでは海外事業部だから」

「え? どうしてですか?」

「当たり前だろう。お前の研修だ。あちらはすぐ来て欲しそうだったが、向こうにも都合があるようでな。中村課長とも相談するが、おそらく来週からこっちに来てもらうから」

「わかりました……」

 ああ、やっぱり海外事業部か。諦めて行くか……

「今出したから」

 智子からのラインだった。内示も今週だな。

***** 

 結局、内示は木曜だった。社内メールと一部張り出しだったから、朝出社していきなり2課連中に囲まれた。

「アメリカに出向なんて!」なぜか神崎さんが一番ショックを受けてるようだった。

「実は俺、グリーンカードを持ってるんですよ」

「え? イギリスで育ったんじゃなかったの?」松村さんだった。

「あ、そうですけど、グリーンカードは抽選で当たったんです」

「あ、だから渡米がどうのこうのって、サポートで入ってもらったときに中村課長が言ってたのか」

「小野さん、よく覚えてますね」

「あれって当たる人いるんだ?」徳永さんだった。

「ふざけて出したら当たったんですよ。俺も驚きでした」

「私も出そうかな?」

「大牟田さん!?」

「だってもう30過ぎても浮いた話もないしさ。ワーホリもないなら、出すくらいは出しても、ね?」

「それで、ケビンに言ったの?」

「まだです、早く言わないと。せっかく来てくれたのに、また俺が引っ越しなんて……」

 ケビン絡みがあるから神崎さんが驚いたのか。頼まれても協力しないんだけど。

「で、いつ渡米なの?」松村さんだった。

「3-4か月後ですけど、それまで海外事業部ですよ」

「やっぱりね……。小川君の送別会をしないとね」

 してくれるんだ、してくれないかと思った!

「ケビンも呼びましょうか?」俺は松村さんの反応が見たくて提案したが、

「そうね! 特別ゲストととしてね」

 神崎さんはうれしそうだったが、

「それはやめておきましょう、小川君が主役なんだから。その代わり、奥様も一緒に来ていただきましょう」

 松村さん、ケビンのことを避けてるわけじゃないよな?

 結局、海外事業部へは再来週からになった。やっかみとかあるかもな。3-4か月なら我慢できるか?

 俺は昼休みにケビンにラインした。今日、顔見て言うつもりだ。

***** 

 再来週から海外事業部へ行く俺に残業などなかった。定時であがってケビンのマンションに行った。

「Hey」

「What's up?」

 ケビンのマンションに入るのは今日で2回目だが、いつ来ても片付いてるな。食事に行く前に話したかった。

***** 

「You're always surprising me!」

 ケビン、半分怒ってる……

「I know…… sorry」

「……Well, then, I'll teach Tomoko English」

「What?」

 確かに俺が教える時間がないが……でもなんで?

「…… and Yumiko together」

 え? 松村さん? 本音はそこか。

「Listen, Yukio……」

 ケビンの話によると、デートに誘っても断られてるらしい。でも彼氏はいないらしい。それって単にケビンが好みじゃないだけじゃないのか? でもそれならなんでラインを交換したんだろ? まさか酔った勢いとか?

「I'll ask her」

「Thanks!」

 俺が『聞く』の意味は、松村さんに英語を習いたいかではなく、ケビンをどう思ってるか、なんだが、勝手に誤解してるならそれでいいや。

 2人で居酒屋へ行った。結構、和食食えるんだな。この後、延々と俺の渡米前になんとか松村さんと仲良くなりたいことと、どれだけ真剣に思ってるかを語ってくれた。俺はどうなんだよ? 俺とまた離れて寂しくないのかよ? 男の友情って意外に薄いんだな。でもまあ俺もそうか。智子と2人だけで暮らしたいから、グリーンカードも業者を使ってまで本申請したし、出向の話も受けたしな。俺たちはやっぱり似たもの同士だから、距離も関係なく仲が良いんだろうな。

***** 

「お前さ、ケビンから英語習いたい?」

 帰宅して俺は智子に聞いた。

「え? ケビンから?」

「ケビンはお前をダシにして、松村さんのお近づきになりたいらしいぞ」

「どういうこと?」

 俺はケビンの作戦を話した。

「私は良いけど、松村さんはどうなのかしらね? ケビンに好意がないなら英語も断ると思うけど」

「まあな。でもラインも交換したのにな。今度松村さんとお茶でもして帰るか」

「私も行く」

 まさか、また嫉妬じゃないだろうな? でも神崎さんに怪しまれなくて済むか。

「じゃあ、3人で行くか」

***** 

 月曜日。俺は社内メールで松村さんを恩田洋菓子店に誘った。名目は『フルーツタルト絶品』だった。もちろん智子にはCCで送っておいた。余計なことは書かなかったが、ケビンの件だと察しはついたはず。早速今日の帰りに恩田洋菓子店で待ち合わせになった。

「ケビンは呼ばないのね」

 恩田洋菓子店へ向かう途中で智子に聞かれた。

「そんなことしたら、ケビン死ぬよ」

「そんなにシャイなの!?」

「まああれだけ断られてたらな。どうしていいかわからないみたいだし」

「そんなに誘ったのね」

「そう、でも全滅だって」

「それ、諦める方が良いと思うけど。脈なしよ」

「それが嫌だから俺に頼んでるんだよ」

 恩田洋菓子店につくと、松村さんはまだ来てなかった。

「先に飲み物だけ注文するか」

「お待たせ」

 どうやらうしろからついて来てたらしい。

「ここのフルーツタルト、絶品なのでぜひどうぞ」

「知ってるわよ、雑誌に載ってるものね」

「そうなんですか?」

「ミルフィーユも美味しいわよ」

 そう言われて、俺も智子もミルフィーユにしてみたが、松村さんはフルーツタルトだった。

「2人とも仲良しよね。社内評判のラブラブカップルだものね」

「はい♡」

 よくそんな笑顔で肯定できるな。俺が恥ずかしい。

「今日はケビンのことなんでしょ?」

「……バレてますよね」

「まあね」

「で、ぶっちゃけ、ケビンのことを……」

「迷惑かな」

 俺も智子も驚いた! そんなにはっきり言わなくても!

「でもラインも交換したし、それなら着信拒否にすれば良いんじゃないですか?」

「それはちょっとかわいそうかなと……」

「ケビンのどこが問題なんですか?」

 いいぞ、智子! どんどん聞け! 俺はケビンが振られたのを初めて見たが、ある意味ショックだった。

「軽いんだもん」

 やっぱりな。

「でも見た目ほど軽くないみたいですよ?」

「じゃああのディープキスは何なの?」

 あ、2次会のあとのバーでか……。智子も困ってる。

「……ディープキスに見えたけど、ほんとはしてなかったかもしれないですよ?」

 俺は無駄かもしれないが、かばってみた。

「あの場にいた全員が見間違えることはないと思うけど」

「……そうですよね」

「もし成り行きだったとしても、そういう人は浮気するから信用できないの」

 ケビンの自業自得か。でも俺にはキスのことは言ってなかったし、好きな女としかやりたくないって言ってたけど、それはキスは例外なのか? どうも腑に落ちないな。

「でもまあ、彼女いないんだし、可愛い子がいてキスしたくなっただけだと思いますよ。深い意味はなかったと思います」

「じゃあ幸雄さんは好みの人がいたら、初対面でもキスするって言うの!?」

 智子が反応してどうする? ケビンの話をしに来たんだぞ?

「俺はしないけど! ケビンなんてモテモテなんだから、たまにはしたくなるんだろ」

「そう言うのが嫌なのよ。彼氏とか旦那がイケメンって嫌なの。ずっと心配しないといけないんだもん」

 確かにそうかもな。トッドもモテてたから、トッドの彼女も嫉妬してただろうな。

「奥様だって、心配だから昼休みもチェックに来てたんでしょ?」

「は、はい……」智子が恥ずかしそうに答えた。

「小川君、さわやかハンサムだもんね、心配するわよね」

 また、おだてても無駄だけど、ケビンとはなんとか1回はデートしてもらいたいな。

「松村さん、お上手ですね」

「あら、本当よ。小川君がサポートに入ることになって、喜んだのは女性陣なんだから」

「そうだったんですか!? すごい距離感感じてましたけど?」

「そうよ、TシャツとGパンで入ってきたときに、みんな『誰?』って感じで、後で営業女子ロッカーで話題になったんだから」

「嫌われてると思ってました……」

「まさか! 小野さんとのやり取りを聞きたくて、個室のドア前で聞き耳立ててたんだから」

 知らなかった!

「整備士時代は接点なかったから知らなかったけど、その後怪我が良くなるまでサポートに入るってきいて喜んだのに、婚約してるんだもん。だからみんな遠目で見てたのよ。小林さんなんて半分妬んでたものね、英語はネイティブでモテてるってね」

 だから小林さんが冷たかったのか? あ、智子が固まってる!

「それに小川君はケビンと違って軽いところないし、奥様一筋でますます人気者だったのに、出向だなんて」

「……俺の話はともかくとして、ケビンとデートくらいしても良いんじゃないですか? そんなに軽い奴じゃないですし、きっとキスも理由があったはずですよ」

「『ともかく』じゃないわよ」

 智子!?

「まさか、『不倫でも良いから幸雄さんと』って言う女性社員なんていないですよね?」

「おい、今日はケビンのことなんだぞ!?」

 なんでこんな話になったのか……?

「いるかもね。だって私は今年34になるんだけど、『良いな』と思った男性ってみんな結婚してるか、彼女がいるのよね。それなら『不倫でも』っていう人がいるから、世の中不倫があるわけでしょ?」

「松村さん!?」

「2課にはいないから、心配しなくても大丈夫よ。みんなケビンに向いてるから」

「2課以外だったら、いるってことですか?」

 突っ込むなよ!

「……まあ小川君のファンはいるわよね。特に1課の小椋さんには気を付けてね。前は2課にいたんだけど、中村課長のお怒りを買ってね。1課に異動したけど、1課でも社内恋愛でもめたりしたから、今は割とおとなしいみたいだけどね。でももうすぐ出向だし、気にすることないと思うけど」

「そうなんですか? 他にはいそうですか?」

「まあ営業の女子ロッカーで小川君の話をしてる人はいるわね。でも、ネクタイがどうのとか、今日の髪がはねてるとか、そんなレベルだけどね」

 そんな細かいところを見られてるなんて……! あ、智子の顔がさらに厳しくなった。まずい! この調子だと、安西に1課の女性陣のことを根掘り葉掘り聞きそうだ!

「とにかく、ケビンと1度デートを! それか智子と一緒に英語を習うとか」

 俺は巻きに入った。早く話をつけて帰ろう。

「……まあ、この年になってくると、好きになった人が既婚者だった、とか、遊び人だったとか、酔った勢いでキスしちゃう人だったとか、恋愛も一筋縄ではいかなくなってくるのよね」

 え? 何だ、今のは? じゃあ、松村さんは実はケビンに気があるかもしれないってことか?

「ラインも交換したんですよね?」

「……キスの前だけどね」

「でも智子が作った弁当の写真を送りましたよね?」

「何それ?」

 心なしか、智子の声のトーンが怖い……

「お前のハートの鮭弁だよ。2課の女性陣と弁当食ってるのをお前が嫉妬したときの……」

 松村さんが写真を智子に見せた。

「あ、これですね。これはほんとにイライラしながら作りました」

 そうだったのかよ? どうりで味もちょっと濃いというか、いつもと違うと思ったんだよな。

「私がこれをケビンに送ったのは、まさにそんな感じよ」

 え? じゃあ、やっぱりケビンのこと……? 松村さんは俺の表情から読み取ったようだ。

「……一目ぼれのあと、ディープキスを見せつけられたのよ?」

 松村さんが恥ずかしそうに言った!

「ケビンはこの海苔の『バカ』はわからなかったと思いますよ」

 Google翻訳が優秀でも、さすがにこれは訳せないだろ。

「じゃあ、ケビンにキスの真相を聞きましょう! それで決めれば良いと思います!」

「『決める』って何を?」

「付き合うかどうかです」

 俺は松村さんに、ケビンが居酒屋で俺に話したことを言った。そう、ケビンは真剣だった。

「……わかったわ」

「同席する方が良ければしますが……」

「……ちょっと考えさせて。たぶん来てもらうと思うわ」

「わかりました」

 やった! 可能性が見えてきた! 俺は智子を見た。あ、こっちはやばいかも。深刻な顔してる……

「松村さん、ラインの交換したいんですけどいいですか?」

 え? それで誰が俺の話をしてるか聞くつもりじゃないだろうな?

「良いけど、心配しなくても大丈夫よ。もう出向だものね」

「でも『最後に』とかあるかもしれないですよ?」

 そんな心配そうな顔をしなくても……

「言われても丁重に断るから、心配するなよ」

「ほらね、『据え膳食わぬは男の恥』がないところが人気なのよ」

 え? でもそれって兄貴のことか。色気仕掛けに引っかかってるもんな。そうこうしているうちに、2人はラインの交換をした。まあ、良いけど……

 松村さんと駅で別れた。俺はこの足でケビンのマンションに行きたかったが……

「海外事業部も心配だし、アメリカも心配! 私のこと、採用してもらうにはもっと英語頑張らないとだめよね?」

 え? こんなに俺が智子のことを想ってるのに、まだわからないのか?

「俺のことは心配しなくても、大丈夫だから」

「周りが大丈夫じゃないかもよ?」

 どうしたら、わかってもらえるんだろうか? 松村さんだって、俺が智子一筋だって言ってたのに、なんで当の本人はこうなんだ? それこそ、ペアウォッチに盗聴機能とかついてたら信じるのか? それとも子供携帯じゃないけど、俺の携帯のGPSを智子の携帯でわかるようにしておくべき? 俺はケビンの話をしてるときに、トッドに言われたことを思い出していた。恥ずかしいがまずは今できることから試してみるか。

「俺はお前にぞっこんだから、心配するなって」

 智子は俺を黙って見つめていた。お願い、何か言って。恥ずかしいんだけど。

「ほんとね?」

「当たり前だろ? だから結婚したんだから」

 智子が腕を組んできた。会社の人に見られたら恥ずかしい気もするが、まあいいさ。これでわかってくれただろう。

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