パラサイトマン
ケビンの恋ととばっちり
今日の夕食当番は母さんだった。
「母さん! 智子に余計なこと言うなよ」
「あ、もうバレちゃったのね」
「他に何かあったら教えてください」
「『何か』って何だよ!?」
「さぁ?」
とぼけやがって!
「帯広でアルバム見せてもらうからな。恥ずかしいのも全部」
「隆に手を回しておかないと」
「卑怯だぞ! 俺ばっかり過去をバラされてさ」
「私は特にないから」
「じゃあ隆君に隠してもらうことないだろ?」
「パンチラとか、変な顔なのを隠してもらうの!」
何だよ、それ?
「子供の頃なんだから、そんなのどうでも良いだろ?」
「恥ずかしいから嫌なの!」
「それが女心なんだから、幸雄も理解しないとね」
「何が、女心だよ! そのくせ今日から一緒に風呂に入るとか言うし」
「あら、その間は2階にいるわね」
なんだよ、これ? しめし合わせたみたいな返事だし! 2人は俺の想像以上に仲が良いのか?
智子が俺ににっこりした。勝利宣言か! 全く……!
*****
月曜日。今日、智子が退職届を出す予定。智子の退職日は空欄にしてある。俺の出向の日程次第だからだ。いくらグリーンカードがあるからといって、すぐだと困るんだけどな。
俺の携帯が鳴った。芹沢部長からだった。俺は急いで廊下にでた。
「はい、小川です」
「おはよう、芹沢だけど。嫁さん、退職届、出したよな?」
「今日出すはずですけど……やっぱり行かないといけないんですよね?」
「まさか、『今更行けない』なんて言わないよな?」
「あ、ちょっと嫁が嫌がったので……、一応納得させて、退職届は書きましたけど」
「それはお前が勝手にグリーンカードを申請したからだろう」
う、そうだけど……
「J&Auto Berth社から連絡があって、3-4か月後になった。それまでは海外事業部だから」
「え? どうしてですか?」
「当たり前だろう。お前の研修だ。あちらはすぐ来て欲しそうだったが、向こうにも都合があるようでな。中村課長とも相談するが、おそらく来週からこっちに来てもらうから」
「わかりました……」
ああ、やっぱり海外事業部か。諦めて行くか……
「今出したから」
智子からのラインだった。内示も今週だな。
*****
結局、内示は木曜だった。社内メールと一部張り出しだったから、朝出社していきなり2課連中に囲まれた。
「アメリカに出向なんて!」なぜか神崎さんが一番ショックを受けてるようだった。
「実は俺、グリーンカードを持ってるんですよ」
「え? イギリスで育ったんじゃなかったの?」松村さんだった。
「あ、そうですけど、グリーンカードは抽選で当たったんです」
「あ、だから渡米がどうのこうのって、サポートで入ってもらったときに中村課長が言ってたのか」
「小野さん、よく覚えてますね」
「あれって当たる人いるんだ?」徳永さんだった。
「ふざけて出したら当たったんですよ。俺も驚きでした」
「私も出そうかな?」
「大牟田さん!?」
「だってもう30過ぎても浮いた話もないしさ。ワーホリもないなら、出すくらいは出しても、ね?」
「それで、ケビンに言ったの?」
「まだです、早く言わないと。せっかく来てくれたのに、また俺が引っ越しなんて……」
ケビン絡みがあるから神崎さんが驚いたのか。頼まれても協力しないんだけど。
「で、いつ渡米なの?」松村さんだった。
「3-4か月後ですけど、それまで海外事業部ですよ」
「やっぱりね……。小川君の送別会をしないとね」
してくれるんだ、してくれないかと思った!
「ケビンも呼びましょうか?」俺は松村さんの反応が見たくて提案したが、
「そうね! 特別ゲストととしてね」
神崎さんはうれしそうだったが、
「それはやめておきましょう、小川君が主役なんだから。その代わり、奥様も一緒に来ていただきましょう」
松村さん、ケビンのことを避けてるわけじゃないよな?
結局、海外事業部へは再来週からになった。やっかみとかあるかもな。3-4か月なら我慢できるか?
俺は昼休みにケビンにラインした。今日、顔見て言うつもりだ。
*****
再来週から海外事業部へ行く俺に残業などなかった。定時であがってケビンのマンションに行った。
「Hey」
「What's up?」
ケビンのマンションに入るのは今日で2回目だが、いつ来ても片付いてるな。食事に行く前に話したかった。
*****
「You're always surprising me!」
ケビン、半分怒ってる……
「I know…… sorry」
「……Well, then, I'll teach Tomoko English」
「What?」
確かに俺が教える時間がないが……でもなんで?
「…… and Yumiko together」
え? 松村さん? 本音はそこか。
「Listen, Yukio……」
ケビンの話によると、デートに誘っても断られてるらしい。でも彼氏はいないらしい。それって単にケビンが好みじゃないだけじゃないのか? でもそれならなんでラインを交換したんだろ? まさか酔った勢いとか?
「I'll ask her」
「Thanks!」
俺が『聞く』の意味は、松村さんに英語を習いたいかではなく、ケビンをどう思ってるか、なんだが、勝手に誤解してるならそれでいいや。
2人で居酒屋へ行った。結構、和食食えるんだな。この後、延々と俺の渡米前になんとか松村さんと仲良くなりたいことと、どれだけ真剣に思ってるかを語ってくれた。俺はどうなんだよ? 俺とまた離れて寂しくないのかよ? 男の友情って意外に薄いんだな。でもまあ俺もそうか。智子と2人だけで暮らしたいから、グリーンカードも業者を使ってまで本申請したし、出向の話も受けたしな。俺たちはやっぱり似たもの同士だから、距離も関係なく仲が良いんだろうな。
*****
「お前さ、ケビンから英語習いたい?」
帰宅して俺は智子に聞いた。
「え? ケビンから?」
「ケビンはお前をダシにして、松村さんのお近づきになりたいらしいぞ」
「どういうこと?」
俺はケビンの作戦を話した。
「私は良いけど、松村さんはどうなのかしらね? ケビンに好意がないなら英語も断ると思うけど」
「まあな。でもラインも交換したのにな。今度松村さんとお茶でもして帰るか」
「私も行く」
まさか、また嫉妬じゃないだろうな? でも神崎さんに怪しまれなくて済むか。
「じゃあ、3人で行くか」
*****
月曜日。俺は社内メールで松村さんを恩田洋菓子店に誘った。名目は『フルーツタルト絶品』だった。もちろん智子にはCCで送っておいた。余計なことは書かなかったが、ケビンの件だと察しはついたはず。早速今日の帰りに恩田洋菓子店で待ち合わせになった。
「ケビンは呼ばないのね」
恩田洋菓子店へ向かう途中で智子に聞かれた。
「そんなことしたら、ケビン死ぬよ」
「そんなにシャイなの!?」
「まああれだけ断られてたらな。どうしていいかわからないみたいだし」
「そんなに誘ったのね」
「そう、でも全滅だって」
「それ、諦める方が良いと思うけど。脈なしよ」
「それが嫌だから俺に頼んでるんだよ」
恩田洋菓子店につくと、松村さんはまだ来てなかった。
「先に飲み物だけ注文するか」
「お待たせ」
どうやらうしろからついて来てたらしい。
「ここのフルーツタルト、絶品なのでぜひどうぞ」
「知ってるわよ、雑誌に載ってるものね」
「そうなんですか?」
「ミルフィーユも美味しいわよ」
そう言われて、俺も智子もミルフィーユにしてみたが、松村さんはフルーツタルトだった。
「2人とも仲良しよね。社内評判のラブラブカップルだものね」
「はい♡」
よくそんな笑顔で肯定できるな。俺が恥ずかしい。
「今日はケビンのことなんでしょ?」
「……バレてますよね」
「まあね」
「で、ぶっちゃけ、ケビンのことを……」
「迷惑かな」
俺も智子も驚いた! そんなにはっきり言わなくても!
「でもラインも交換したし、それなら着信拒否にすれば良いんじゃないですか?」
「それはちょっとかわいそうかなと……」
「ケビンのどこが問題なんですか?」
いいぞ、智子! どんどん聞け! 俺はケビンが振られたのを初めて見たが、ある意味ショックだった。
「軽いんだもん」
やっぱりな。
「でも見た目ほど軽くないみたいですよ?」
「じゃああのディープキスは何なの?」
あ、2次会のあとのバーでか……。智子も困ってる。
「……ディープキスに見えたけど、ほんとはしてなかったかもしれないですよ?」
俺は無駄かもしれないが、かばってみた。
「あの場にいた全員が見間違えることはないと思うけど」
「……そうですよね」
「もし成り行きだったとしても、そういう人は浮気するから信用できないの」
ケビンの自業自得か。でも俺にはキスのことは言ってなかったし、好きな女としかやりたくないって言ってたけど、それはキスは例外なのか? どうも腑に落ちないな。
「でもまあ、彼女いないんだし、可愛い子がいてキスしたくなっただけだと思いますよ。深い意味はなかったと思います」
「じゃあ幸雄さんは好みの人がいたら、初対面でもキスするって言うの!?」
智子が反応してどうする? ケビンの話をしに来たんだぞ?
「俺はしないけど! ケビンなんてモテモテなんだから、たまにはしたくなるんだろ」
「そう言うのが嫌なのよ。彼氏とか旦那がイケメンって嫌なの。ずっと心配しないといけないんだもん」
確かにそうかもな。トッドもモテてたから、トッドの彼女も嫉妬してただろうな。
「奥様だって、心配だから昼休みもチェックに来てたんでしょ?」
「は、はい……」智子が恥ずかしそうに答えた。
「小川君、さわやかハンサムだもんね、心配するわよね」
また、おだてても無駄だけど、ケビンとはなんとか1回はデートしてもらいたいな。
「松村さん、お上手ですね」
「あら、本当よ。小川君がサポートに入ることになって、喜んだのは女性陣なんだから」
「そうだったんですか!? すごい距離感感じてましたけど?」
「そうよ、TシャツとGパンで入ってきたときに、みんな『誰?』って感じで、後で営業女子ロッカーで話題になったんだから」
「嫌われてると思ってました……」
「まさか! 小野さんとのやり取りを聞きたくて、個室のドア前で聞き耳立ててたんだから」
知らなかった!
「整備士時代は接点なかったから知らなかったけど、その後怪我が良くなるまでサポートに入るってきいて喜んだのに、婚約してるんだもん。だからみんな遠目で見てたのよ。小林さんなんて半分妬んでたものね、英語はネイティブでモテてるってね」
だから小林さんが冷たかったのか? あ、智子が固まってる!
「それに小川君はケビンと違って軽いところないし、奥様一筋でますます人気者だったのに、出向だなんて」
「……俺の話はともかくとして、ケビンとデートくらいしても良いんじゃないですか? そんなに軽い奴じゃないですし、きっとキスも理由があったはずですよ」
「『ともかく』じゃないわよ」
智子!?
「まさか、『不倫でも良いから幸雄さんと』って言う女性社員なんていないですよね?」
「おい、今日はケビンのことなんだぞ!?」
なんでこんな話になったのか……?
「いるかもね。だって私は今年34になるんだけど、『良いな』と思った男性ってみんな結婚してるか、彼女がいるのよね。それなら『不倫でも』っていう人がいるから、世の中不倫があるわけでしょ?」
「松村さん!?」
「2課にはいないから、心配しなくても大丈夫よ。みんなケビンに向いてるから」
「2課以外だったら、いるってことですか?」
突っ込むなよ!
「……まあ小川君のファンはいるわよね。特に1課の小椋さんには気を付けてね。前は2課にいたんだけど、中村課長のお怒りを買ってね。1課に異動したけど、1課でも社内恋愛でもめたりしたから、今は割とおとなしいみたいだけどね。でももうすぐ出向だし、気にすることないと思うけど」
「そうなんですか? 他にはいそうですか?」
「まあ営業の女子ロッカーで小川君の話をしてる人はいるわね。でも、ネクタイがどうのとか、今日の髪がはねてるとか、そんなレベルだけどね」
そんな細かいところを見られてるなんて……! あ、智子の顔がさらに厳しくなった。まずい! この調子だと、安西に1課の女性陣のことを根掘り葉掘り聞きそうだ!
「とにかく、ケビンと1度デートを! それか智子と一緒に英語を習うとか」
俺は巻きに入った。早く話をつけて帰ろう。
「……まあ、この年になってくると、好きになった人が既婚者だった、とか、遊び人だったとか、酔った勢いでキスしちゃう人だったとか、恋愛も一筋縄ではいかなくなってくるのよね」
え? 何だ、今のは? じゃあ、松村さんは実はケビンに気があるかもしれないってことか?
「ラインも交換したんですよね?」
「……キスの前だけどね」
「でも智子が作った弁当の写真を送りましたよね?」
「何それ?」
心なしか、智子の声のトーンが怖い……
「お前のハートの鮭弁だよ。2課の女性陣と弁当食ってるのをお前が嫉妬したときの……」
松村さんが写真を智子に見せた。
「あ、これですね。これはほんとにイライラしながら作りました」
そうだったのかよ? どうりで味もちょっと濃いというか、いつもと違うと思ったんだよな。
「私がこれをケビンに送ったのは、まさにそんな感じよ」
え? じゃあ、やっぱりケビンのこと……? 松村さんは俺の表情から読み取ったようだ。
「……一目ぼれのあと、ディープキスを見せつけられたのよ?」
松村さんが恥ずかしそうに言った!
「ケビンはこの海苔の『バカ』はわからなかったと思いますよ」
Google翻訳が優秀でも、さすがにこれは訳せないだろ。
「じゃあ、ケビンにキスの真相を聞きましょう! それで決めれば良いと思います!」
「『決める』って何を?」
「付き合うかどうかです」
俺は松村さんに、ケビンが居酒屋で俺に話したことを言った。そう、ケビンは真剣だった。
「……わかったわ」
「同席する方が良ければしますが……」
「……ちょっと考えさせて。たぶん来てもらうと思うわ」
「わかりました」
やった! 可能性が見えてきた! 俺は智子を見た。あ、こっちはやばいかも。深刻な顔してる……
「松村さん、ラインの交換したいんですけどいいですか?」
え? それで誰が俺の話をしてるか聞くつもりじゃないだろうな?
「良いけど、心配しなくても大丈夫よ。もう出向だものね」
「でも『最後に』とかあるかもしれないですよ?」
そんな心配そうな顔をしなくても……
「言われても丁重に断るから、心配するなよ」
「ほらね、『据え膳食わぬは男の恥』がないところが人気なのよ」
え? でもそれって兄貴のことか。色気仕掛けに引っかかってるもんな。そうこうしているうちに、2人はラインの交換をした。まあ、良いけど……
松村さんと駅で別れた。俺はこの足でケビンのマンションに行きたかったが……
「海外事業部も心配だし、アメリカも心配! 私のこと、採用してもらうにはもっと英語頑張らないとだめよね?」
え? こんなに俺が智子のことを想ってるのに、まだわからないのか?
「俺のことは心配しなくても、大丈夫だから」
「周りが大丈夫じゃないかもよ?」
どうしたら、わかってもらえるんだろうか? 松村さんだって、俺が智子一筋だって言ってたのに、なんで当の本人はこうなんだ? それこそ、ペアウォッチに盗聴機能とかついてたら信じるのか? それとも子供携帯じゃないけど、俺の携帯のGPSを智子の携帯でわかるようにしておくべき? 俺はケビンの話をしてるときに、トッドに言われたことを思い出していた。恥ずかしいがまずは今できることから試してみるか。
「俺はお前にぞっこんだから、心配するなって」
智子は俺を黙って見つめていた。お願い、何か言って。恥ずかしいんだけど。
「ほんとね?」
「当たり前だろ? だから結婚したんだから」
智子が腕を組んできた。会社の人に見られたら恥ずかしい気もするが、まあいいさ。これでわかってくれただろう。
「母さん! 智子に余計なこと言うなよ」
「あ、もうバレちゃったのね」
「他に何かあったら教えてください」
「『何か』って何だよ!?」
「さぁ?」
とぼけやがって!
「帯広でアルバム見せてもらうからな。恥ずかしいのも全部」
「隆に手を回しておかないと」
「卑怯だぞ! 俺ばっかり過去をバラされてさ」
「私は特にないから」
「じゃあ隆君に隠してもらうことないだろ?」
「パンチラとか、変な顔なのを隠してもらうの!」
何だよ、それ?
「子供の頃なんだから、そんなのどうでも良いだろ?」
「恥ずかしいから嫌なの!」
「それが女心なんだから、幸雄も理解しないとね」
「何が、女心だよ! そのくせ今日から一緒に風呂に入るとか言うし」
「あら、その間は2階にいるわね」
なんだよ、これ? しめし合わせたみたいな返事だし! 2人は俺の想像以上に仲が良いのか?
智子が俺ににっこりした。勝利宣言か! 全く……!
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月曜日。今日、智子が退職届を出す予定。智子の退職日は空欄にしてある。俺の出向の日程次第だからだ。いくらグリーンカードがあるからといって、すぐだと困るんだけどな。
俺の携帯が鳴った。芹沢部長からだった。俺は急いで廊下にでた。
「はい、小川です」
「おはよう、芹沢だけど。嫁さん、退職届、出したよな?」
「今日出すはずですけど……やっぱり行かないといけないんですよね?」
「まさか、『今更行けない』なんて言わないよな?」
「あ、ちょっと嫁が嫌がったので……、一応納得させて、退職届は書きましたけど」
「それはお前が勝手にグリーンカードを申請したからだろう」
う、そうだけど……
「J&Auto Berth社から連絡があって、3-4か月後になった。それまでは海外事業部だから」
「え? どうしてですか?」
「当たり前だろう。お前の研修だ。あちらはすぐ来て欲しそうだったが、向こうにも都合があるようでな。中村課長とも相談するが、おそらく来週からこっちに来てもらうから」
「わかりました……」
ああ、やっぱり海外事業部か。諦めて行くか……
「今出したから」
智子からのラインだった。内示も今週だな。
*****
結局、内示は木曜だった。社内メールと一部張り出しだったから、朝出社していきなり2課連中に囲まれた。
「アメリカに出向なんて!」なぜか神崎さんが一番ショックを受けてるようだった。
「実は俺、グリーンカードを持ってるんですよ」
「え? イギリスで育ったんじゃなかったの?」松村さんだった。
「あ、そうですけど、グリーンカードは抽選で当たったんです」
「あ、だから渡米がどうのこうのって、サポートで入ってもらったときに中村課長が言ってたのか」
「小野さん、よく覚えてますね」
「あれって当たる人いるんだ?」徳永さんだった。
「ふざけて出したら当たったんですよ。俺も驚きでした」
「私も出そうかな?」
「大牟田さん!?」
「だってもう30過ぎても浮いた話もないしさ。ワーホリもないなら、出すくらいは出しても、ね?」
「それで、ケビンに言ったの?」
「まだです、早く言わないと。せっかく来てくれたのに、また俺が引っ越しなんて……」
ケビン絡みがあるから神崎さんが驚いたのか。頼まれても協力しないんだけど。
「で、いつ渡米なの?」松村さんだった。
「3-4か月後ですけど、それまで海外事業部ですよ」
「やっぱりね……。小川君の送別会をしないとね」
してくれるんだ、してくれないかと思った!
「ケビンも呼びましょうか?」俺は松村さんの反応が見たくて提案したが、
「そうね! 特別ゲストととしてね」
神崎さんはうれしそうだったが、
「それはやめておきましょう、小川君が主役なんだから。その代わり、奥様も一緒に来ていただきましょう」
松村さん、ケビンのことを避けてるわけじゃないよな?
結局、海外事業部へは再来週からになった。やっかみとかあるかもな。3-4か月なら我慢できるか?
俺は昼休みにケビンにラインした。今日、顔見て言うつもりだ。
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再来週から海外事業部へ行く俺に残業などなかった。定時であがってケビンのマンションに行った。
「Hey」
「What's up?」
ケビンのマンションに入るのは今日で2回目だが、いつ来ても片付いてるな。食事に行く前に話したかった。
*****
「You're always surprising me!」
ケビン、半分怒ってる……
「I know…… sorry」
「……Well, then, I'll teach Tomoko English」
「What?」
確かに俺が教える時間がないが……でもなんで?
「…… and Yumiko together」
え? 松村さん? 本音はそこか。
「Listen, Yukio……」
ケビンの話によると、デートに誘っても断られてるらしい。でも彼氏はいないらしい。それって単にケビンが好みじゃないだけじゃないのか? でもそれならなんでラインを交換したんだろ? まさか酔った勢いとか?
「I'll ask her」
「Thanks!」
俺が『聞く』の意味は、松村さんに英語を習いたいかではなく、ケビンをどう思ってるか、なんだが、勝手に誤解してるならそれでいいや。
2人で居酒屋へ行った。結構、和食食えるんだな。この後、延々と俺の渡米前になんとか松村さんと仲良くなりたいことと、どれだけ真剣に思ってるかを語ってくれた。俺はどうなんだよ? 俺とまた離れて寂しくないのかよ? 男の友情って意外に薄いんだな。でもまあ俺もそうか。智子と2人だけで暮らしたいから、グリーンカードも業者を使ってまで本申請したし、出向の話も受けたしな。俺たちはやっぱり似たもの同士だから、距離も関係なく仲が良いんだろうな。
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「お前さ、ケビンから英語習いたい?」
帰宅して俺は智子に聞いた。
「え? ケビンから?」
「ケビンはお前をダシにして、松村さんのお近づきになりたいらしいぞ」
「どういうこと?」
俺はケビンの作戦を話した。
「私は良いけど、松村さんはどうなのかしらね? ケビンに好意がないなら英語も断ると思うけど」
「まあな。でもラインも交換したのにな。今度松村さんとお茶でもして帰るか」
「私も行く」
まさか、また嫉妬じゃないだろうな? でも神崎さんに怪しまれなくて済むか。
「じゃあ、3人で行くか」
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月曜日。俺は社内メールで松村さんを恩田洋菓子店に誘った。名目は『フルーツタルト絶品』だった。もちろん智子にはCCで送っておいた。余計なことは書かなかったが、ケビンの件だと察しはついたはず。早速今日の帰りに恩田洋菓子店で待ち合わせになった。
「ケビンは呼ばないのね」
恩田洋菓子店へ向かう途中で智子に聞かれた。
「そんなことしたら、ケビン死ぬよ」
「そんなにシャイなの!?」
「まああれだけ断られてたらな。どうしていいかわからないみたいだし」
「そんなに誘ったのね」
「そう、でも全滅だって」
「それ、諦める方が良いと思うけど。脈なしよ」
「それが嫌だから俺に頼んでるんだよ」
恩田洋菓子店につくと、松村さんはまだ来てなかった。
「先に飲み物だけ注文するか」
「お待たせ」
どうやらうしろからついて来てたらしい。
「ここのフルーツタルト、絶品なのでぜひどうぞ」
「知ってるわよ、雑誌に載ってるものね」
「そうなんですか?」
「ミルフィーユも美味しいわよ」
そう言われて、俺も智子もミルフィーユにしてみたが、松村さんはフルーツタルトだった。
「2人とも仲良しよね。社内評判のラブラブカップルだものね」
「はい♡」
よくそんな笑顔で肯定できるな。俺が恥ずかしい。
「今日はケビンのことなんでしょ?」
「……バレてますよね」
「まあね」
「で、ぶっちゃけ、ケビンのことを……」
「迷惑かな」
俺も智子も驚いた! そんなにはっきり言わなくても!
「でもラインも交換したし、それなら着信拒否にすれば良いんじゃないですか?」
「それはちょっとかわいそうかなと……」
「ケビンのどこが問題なんですか?」
いいぞ、智子! どんどん聞け! 俺はケビンが振られたのを初めて見たが、ある意味ショックだった。
「軽いんだもん」
やっぱりな。
「でも見た目ほど軽くないみたいですよ?」
「じゃああのディープキスは何なの?」
あ、2次会のあとのバーでか……。智子も困ってる。
「……ディープキスに見えたけど、ほんとはしてなかったかもしれないですよ?」
俺は無駄かもしれないが、かばってみた。
「あの場にいた全員が見間違えることはないと思うけど」
「……そうですよね」
「もし成り行きだったとしても、そういう人は浮気するから信用できないの」
ケビンの自業自得か。でも俺にはキスのことは言ってなかったし、好きな女としかやりたくないって言ってたけど、それはキスは例外なのか? どうも腑に落ちないな。
「でもまあ、彼女いないんだし、可愛い子がいてキスしたくなっただけだと思いますよ。深い意味はなかったと思います」
「じゃあ幸雄さんは好みの人がいたら、初対面でもキスするって言うの!?」
智子が反応してどうする? ケビンの話をしに来たんだぞ?
「俺はしないけど! ケビンなんてモテモテなんだから、たまにはしたくなるんだろ」
「そう言うのが嫌なのよ。彼氏とか旦那がイケメンって嫌なの。ずっと心配しないといけないんだもん」
確かにそうかもな。トッドもモテてたから、トッドの彼女も嫉妬してただろうな。
「奥様だって、心配だから昼休みもチェックに来てたんでしょ?」
「は、はい……」智子が恥ずかしそうに答えた。
「小川君、さわやかハンサムだもんね、心配するわよね」
また、おだてても無駄だけど、ケビンとはなんとか1回はデートしてもらいたいな。
「松村さん、お上手ですね」
「あら、本当よ。小川君がサポートに入ることになって、喜んだのは女性陣なんだから」
「そうだったんですか!? すごい距離感感じてましたけど?」
「そうよ、TシャツとGパンで入ってきたときに、みんな『誰?』って感じで、後で営業女子ロッカーで話題になったんだから」
「嫌われてると思ってました……」
「まさか! 小野さんとのやり取りを聞きたくて、個室のドア前で聞き耳立ててたんだから」
知らなかった!
「整備士時代は接点なかったから知らなかったけど、その後怪我が良くなるまでサポートに入るってきいて喜んだのに、婚約してるんだもん。だからみんな遠目で見てたのよ。小林さんなんて半分妬んでたものね、英語はネイティブでモテてるってね」
だから小林さんが冷たかったのか? あ、智子が固まってる!
「それに小川君はケビンと違って軽いところないし、奥様一筋でますます人気者だったのに、出向だなんて」
「……俺の話はともかくとして、ケビンとデートくらいしても良いんじゃないですか? そんなに軽い奴じゃないですし、きっとキスも理由があったはずですよ」
「『ともかく』じゃないわよ」
智子!?
「まさか、『不倫でも良いから幸雄さんと』って言う女性社員なんていないですよね?」
「おい、今日はケビンのことなんだぞ!?」
なんでこんな話になったのか……?
「いるかもね。だって私は今年34になるんだけど、『良いな』と思った男性ってみんな結婚してるか、彼女がいるのよね。それなら『不倫でも』っていう人がいるから、世の中不倫があるわけでしょ?」
「松村さん!?」
「2課にはいないから、心配しなくても大丈夫よ。みんなケビンに向いてるから」
「2課以外だったら、いるってことですか?」
突っ込むなよ!
「……まあ小川君のファンはいるわよね。特に1課の小椋さんには気を付けてね。前は2課にいたんだけど、中村課長のお怒りを買ってね。1課に異動したけど、1課でも社内恋愛でもめたりしたから、今は割とおとなしいみたいだけどね。でももうすぐ出向だし、気にすることないと思うけど」
「そうなんですか? 他にはいそうですか?」
「まあ営業の女子ロッカーで小川君の話をしてる人はいるわね。でも、ネクタイがどうのとか、今日の髪がはねてるとか、そんなレベルだけどね」
そんな細かいところを見られてるなんて……! あ、智子の顔がさらに厳しくなった。まずい! この調子だと、安西に1課の女性陣のことを根掘り葉掘り聞きそうだ!
「とにかく、ケビンと1度デートを! それか智子と一緒に英語を習うとか」
俺は巻きに入った。早く話をつけて帰ろう。
「……まあ、この年になってくると、好きになった人が既婚者だった、とか、遊び人だったとか、酔った勢いでキスしちゃう人だったとか、恋愛も一筋縄ではいかなくなってくるのよね」
え? 何だ、今のは? じゃあ、松村さんは実はケビンに気があるかもしれないってことか?
「ラインも交換したんですよね?」
「……キスの前だけどね」
「でも智子が作った弁当の写真を送りましたよね?」
「何それ?」
心なしか、智子の声のトーンが怖い……
「お前のハートの鮭弁だよ。2課の女性陣と弁当食ってるのをお前が嫉妬したときの……」
松村さんが写真を智子に見せた。
「あ、これですね。これはほんとにイライラしながら作りました」
そうだったのかよ? どうりで味もちょっと濃いというか、いつもと違うと思ったんだよな。
「私がこれをケビンに送ったのは、まさにそんな感じよ」
え? じゃあ、やっぱりケビンのこと……? 松村さんは俺の表情から読み取ったようだ。
「……一目ぼれのあと、ディープキスを見せつけられたのよ?」
松村さんが恥ずかしそうに言った!
「ケビンはこの海苔の『バカ』はわからなかったと思いますよ」
Google翻訳が優秀でも、さすがにこれは訳せないだろ。
「じゃあ、ケビンにキスの真相を聞きましょう! それで決めれば良いと思います!」
「『決める』って何を?」
「付き合うかどうかです」
俺は松村さんに、ケビンが居酒屋で俺に話したことを言った。そう、ケビンは真剣だった。
「……わかったわ」
「同席する方が良ければしますが……」
「……ちょっと考えさせて。たぶん来てもらうと思うわ」
「わかりました」
やった! 可能性が見えてきた! 俺は智子を見た。あ、こっちはやばいかも。深刻な顔してる……
「松村さん、ラインの交換したいんですけどいいですか?」
え? それで誰が俺の話をしてるか聞くつもりじゃないだろうな?
「良いけど、心配しなくても大丈夫よ。もう出向だものね」
「でも『最後に』とかあるかもしれないですよ?」
そんな心配そうな顔をしなくても……
「言われても丁重に断るから、心配するなよ」
「ほらね、『据え膳食わぬは男の恥』がないところが人気なのよ」
え? でもそれって兄貴のことか。色気仕掛けに引っかかってるもんな。そうこうしているうちに、2人はラインの交換をした。まあ、良いけど……
松村さんと駅で別れた。俺はこの足でケビンのマンションに行きたかったが……
「海外事業部も心配だし、アメリカも心配! 私のこと、採用してもらうにはもっと英語頑張らないとだめよね?」
え? こんなに俺が智子のことを想ってるのに、まだわからないのか?
「俺のことは心配しなくても、大丈夫だから」
「周りが大丈夫じゃないかもよ?」
どうしたら、わかってもらえるんだろうか? 松村さんだって、俺が智子一筋だって言ってたのに、なんで当の本人はこうなんだ? それこそ、ペアウォッチに盗聴機能とかついてたら信じるのか? それとも子供携帯じゃないけど、俺の携帯のGPSを智子の携帯でわかるようにしておくべき? 俺はケビンの話をしてるときに、トッドに言われたことを思い出していた。恥ずかしいがまずは今できることから試してみるか。
「俺はお前にぞっこんだから、心配するなって」
智子は俺を黙って見つめていた。お願い、何か言って。恥ずかしいんだけど。
「ほんとね?」
「当たり前だろ? だから結婚したんだから」
智子が腕を組んできた。会社の人に見られたら恥ずかしい気もするが、まあいいさ。これでわかってくれただろう。
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