パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

ついに壊れた俺。

「母さん、別に孫の顔、見なくても良いよな?」

 リビングで家計簿をつけてる母さんに聞いた。

「……何よ、唐突に?」母さんが顔をあげたが、すぐにまた家計簿をつけ始めた。

「いや、もし俺たちに子供できなかったら、って話」

「できるでしょ?」

 智子は黙っていた。

「だからもし……」

「できなかったなら、しょうがないけど、それで2人が良いなら良いけど。あなたたちがどうしたいか、よね」

 家計簿をやりながら答えてるんだから、大した問題じゃないんだよ。

「ほらな、小川家断絶とか、どうでもいいから」

「何の話をしてるの?」

 母さんがついに手を止めて俺を見た。

「もし、兄貴が養子に行って、俺たちに子供ができなかったら、ってこと」

「透が養子に行きたいってこと?」

 あ、まずい。しゃべりすぎた。

「例えばの話だよ! 俺だって智子のおじいちゃんに養子のこと、聞かれたし」

「そうだったの?」

 母さんは俺の想像以上に驚いた!

「あ、すぐ下の弟が家を継ぐので、幸雄さんに養子に入ってもらう必要はないんです、大丈夫です」

「それなら良いけど、いったいどうしてそんな話をしてるの?」

「あ、いや、些細な話から、もし子供できなかったらって話をしてたんだけど」

「結婚して2年以内にできなかったら不妊、ってよく聞くけど、まだ1年も経ってないんだし、気にしなくても良いと思うけど?」

 あ、2年以内なんだ。

「むしろ気にし過ぎるとできないって聞くから、あんまり考えない方が良いわよ。 2人ともまだ若いんだし」

「そう、そうだよな」

 俺は智子の腕をつかんで、部屋へ戻った。

「ほらな。問題なかっただろ?」

「『問題なかった』と言えるかどうか……」

「2年以内にはできるだろうし、できなかったらその時考えれば良いだろ」

「でも幸雄さんは子供欲しいでしょ?」

「まあな。でも今はそれより、もっと2人だけの時間が欲しいな」

「お義母さんとの同居が嫌ってこと?」

「そういうわけじゃないけど、年明けてから出張やら何やらで忙しかったし」

「エリカも来たしね」

「それで今度は兄貴の件だろ? ひろみさんと4人で話すのに、これでこっちが京都に行くことになったら……」

「有休取れそうだったら、ちょっと長くいても良いんじゃない?」

「まあそうだけどさ。そのうち、もう1回サンディエゴ出張とか入ったりとかしそうだし」

「……それともラブホでってこと?」

 ラブホ!?

「お前、よくそんなはっきりと言えるな」

「でも行ったことないから、行ってみたい気もするのよね」

 ええええ? まあ、俺もちょっと興味あるけど……。

「まあ、まだ2人でいいから」

「そういえば、この辺ってラブホってあるのかしら?」

 智子が携帯で確認し始めた!

「え? お前、マジかよ?」

「半分ね。幸雄さんはどう?」

「入るところを見られるとな……」

「相手が妻なら問題ないでしょ」

「ないけどさ……」

「この駅の周りにもあるのね。平日行ったら、会社の不倫組に会ったりして」

「……それ、すごい気まずくないか?」

「気まずいでしょうね」

「だろ?」

「じゃあ、週末に行けば良いんじゃない?」

 どうやら、本気で行ってみたいらしい。

「……じゃあ、行ってみるか?」

***** 

 好奇心以外何ものでもないラブホ。まあいいか。駅まで2人で歩き始めた。

「そうそう、ここがケビンのマンション」

「高そうなところよね」

「実際高い。でも稼いでるみたいだから良いよ」

「Hey, Yukio」

「ケビン!」

 あ、神崎さんと一緒か。松村さんとはどうしたんだろ?

「こんにちは」

 そう言って神崎さんが近づいてきた。

「ケビンって絶対部屋に入れてくれないんだけど、理由知ってる?」

 ああ、ほんとに惚れた女しか入れないわけだ。

「さあ? 理由、聞きました?」

「うん、『散らかってるから』って。個人レッスンもカフェだったのよ」

「あ、今日、レッスンですか?」

「そう、今終わったところ」

「Hey, Yukio, what's up?」

 引っ越し後、ケビンのこと放置してたな。忘れてたわけじゃないけど……。

「Not bad, you?」

「So so」

「Want to stop by?」

 ケビンが右手の親指を立てて「うちに来るか?」になっていた。昔からそうだ。学校帰りにこうやって「うちに寄れよ」だったなあ。

「Sure」

 あ、智子のこと忘れてた。

「いいよな、ちょっとケビンの家寄っても?」

「良いわよ」

「私も!」

「No, sorry」

「どうして!?」

「まあ、俺とは20年以上の付き合いですから」

「誰か特定の人がいるってこと?」

「さあ?」

「親友なら聞いてきて」なんで命令されないといけないのか……

「そういう話になったら」

「お願いしたからね!」

 不満そうな顔で神崎さんは帰っていった。俺はケビンを見た。

「What? She is my student」

 そんなこと知ってるよ。神崎さんが知りたいのは、そういうことじゃないんだけど。

*****

「さすが建築家! 素敵ね」

 俺も驚きだった。あの3LDKの物件も良かったけど、こっちは広く見せながらも、無駄のない家具で、内覧で見せてもらった時より数段良い感じになった。日本でもインテリア関係で仕事できそうだな。

「散らかってないし、家にあげたくないのね」

「惚れた相手としか、しないって言ってたからな」

「でもそれが1番よね。下手に家に入れて、神崎さんが期待しても……ね」

 そうそう、理由は何であれ、年頃の男女が密室に2人だけは良くないと思う。

「I use this room as an office, and this one is my private area」

 流行りの在宅ワークか。かっこいいなあ。

 建築はよくわからんが、パソコンもスペック高そうだし、3Dソフトとか使ってるのか? 聞いてもわからないから、聞かないけど。

 ケビンがコーヒーを入れてくれた。なかなか快適そうに暮らしてるな。

「How is everything?」

「Yeah, I really enjoy myself」

「ブライアンが、やっぱりケビン目当てで生徒増えたってラインで言ってたわ」

 ブライアン……、俺に言えよ。俺の嫉妬の目に全く気付かない智子だった、まあいいけど。

「じゃあ教える方も忙しそうだな」

「I want to show you something」

 そう言ってケビンがiPadを持ってきた。

「This is my portfolio」

 ケビンの建築家としての作品を見たことがなかったが、すごいな。

「大きなプロジェクトにも関わってるのね……」

 メインは都市開発だったが、俺はケビンが関わった仕事物を見て、なんだろう、愛情あふれるというか、人が好きなのが伝わってくる。

「もったいないわね。日本でも建築の仕事ができたらいいのにね」

「できそうだけどな。でもまずは日本の生活に慣れないとな」

「Yukio, can I ask something Tomoko?」

「OK」

「Can you cook for me?」

 智子が俺を見た。

「じゃあ、今日は智子がここで料理して、夕飯一緒に食って帰るか?」

「……良いけど、何がいいかしらね?」

 でもこうやって、また2人だけの時間がなくなるというか……。

「ラブホの方が良ければ、それでもいいけど」

 ちょっと智子が赤面した。

「そっちは今度で良いわよ」

「I want to eat this」

 見せてくれたのは、カツカレーだった。

「材料を買いに行くけど、お鍋とか包丁とかあるのかしらね?」

 ケビンが台所を見せてくれた。一応ある程度は揃ってそうだが……

「じゃあ、買い物に行ってくるから、2人で語りあってたら?」

「ああ、そうだな……」

 智子が行ってしまった。神崎さんに聞かれなくても、ちょっと女性関係を確認しておきたかった。

「What?」俺の視線に気づいたらしい。

「Do you have a crush on someone?」

「Good question」

 そこで、やめるなよ。続きを待ってるんだけど。

「I really like Yumiko」

「Ok, then?」やっぱりな。

「Nothing, so far」

 ……沈黙。セッティングしろとか何か言わない限りは、こっちからは協力しないからな。

「I can handle it」

「Good to know」

***** 

 カツカレー、旨い。ケビンも大喜びだし、良かったが……。

「どうしたの?」俺が何を考えてるのかわかったのか、智子が聞いてきた。

「……そろそろ帰るか」9時過ぎだった。

「Thank you for the dinner」

 ケビン宅を出た。右の方を見るとラブホエリアだった。

「寄ってくか?」

「今から? 明日会社なのに?」

「良いだろ、ちょっとくらい」

 俺は戸惑う智子の腕をつかんで、歩きだした。

「……良いけど、どうしたの?」

 どういうシステムかよくわからないまま、部屋を取って中に入った。思ったほど、ケバくないというか、勝手にピンクだらけだと思ってたが、そんなことなかった。

「意外に普通の部屋なのね」

 返事もせずに俺は智子にキスをして、そのまま押し倒した。俺は自分でもこんなに欲求不満だったとは知らなかった。

***** 

「大丈夫?」

 2戦終わって、智子が聞いてきた。

「『大丈夫』って何が?」俺は天井を見つめたまま言った。ハワイ以降、人に気を遣いながらやるのがストレスになってる自分に、ついに気が付いてしまった。

「……いつもと違ったから……」

 たまにラブホに来るか、いっそ別居するか? ラブホの方が簡単だけど……

「帰るか、明日仕事だもんな」

 ジャグジーとかついてたのに、ほんとにやっただけ。相手が智子なのに、なんか虚しいな。

***** 

 帰り道。お互い何も話さなかった。

「おかえり、遅かったのね。ケビンは元気だったんでしょう? 仕事は上手く行ってるって?」

「ああ、駅前に住んでるから、ばったり会うのは当たり前かもな」

 それだけ母さんに言って、書斎に入った。今更、別居したいなんて言いづらいよな。智子も書斎に来た。俺の方を見てるのは気が付いてたけど、俺が大学のHPを見てるのを見て、部屋から出た。良かった、あまり話したくなかった。

***** 

 智子は幸雄が大学の課題を始めたのを見て、リビングに戻った。

「けんかでもしたの?」

「いえ、そんなことないです。幸雄さん、ちょっと疲れてるみたいで」

「そうね、年が明けてから忙しかったものね。智子さんも、もうお風呂に入って休んだら?」

「はい、そうします」

 脱衣所で智子はため息をついた。『痛い』と言ってるのに、気が付いてなかったようで、ほとんど無理やりでこんなのは初めてだった。初めて幸雄を『怖い』とさえ思った。疲れてるのはわかってるが、これ以上ひどくなる前に何とかしなければ、と思っていた。

***** 

「ねぇ、大丈夫?」

 通勤しながら智子が聞いてきた。

「大丈夫って何が?」

「昨日、ちょっといつもと違ったから……」

「『違った』って、どう違った?」

「どうって……」明らかに答えに困ってる様子だった。

「とろけなかった?」

「そんなことないけど、ちょっとワイルドだったかな」

 『ワイルド?』どういう意味だろ?

「そういうのもたまには良いけど……」

 『良いけど?』なんか、不満気だな。会社に着いた。

「じゃあ、後でね」

「ああ、後でな」

 ひろみさんの件で京都に行くなら、確かにちょっと有休取りたいな。明らかにストレスだらけの俺だった。

***** 

 昼休み。智子が弁当を持って2課に来た。ケビン来日以降、女6人と俺がデフォルトで、そこに小野さん、小林さん、徳永さんがたまに混じるというパターンが定着してきた。

「ケビンに彼女いるか、聞いてくれた?」神崎さんだった。

「いないそうですよ」俺は松村さんをチラッと見た。

「ケビンの部屋、素敵でしたよ。さすが建築家でした」

 そんな、そういう刺激するようなことを言うなよ!

「良いなあ、私も中に入ってみたいけど……」大牟田さんだった。

「あんな兄貴を見て育ったから、そんな簡単に女性は中に入れないそうですよ」

「そうなの? 残念」

「個人レッスンもしばらくはカフェになりそうね」

 神崎さんがため息をついた。

「まあ、しばらく日本にいるみたいですから」

 正直、人の悩みより自分のことで手一杯だった。



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