パラサイトマン
トッド会効果?
金曜日。いつもの焼き鳥屋。
「ここのところ、5人で焼き鳥が多いよね」めぐみが言った。
「そうね……」智子は家にいても寂しいから参加していたが、いつもそばにいる人がいないとやっぱり寂しかった。
「それで小川は元気なのか? ラインしたけど、もうホームシックだったみたいだけど」安西だった。
「すごく忙しいみたい」
「でも本社異動じゃないんでしょ?」エリカが聞いた。
「だとしたら超特例だな。普通はそうなんだけど」安西が言った。
「それで、トッド会はどうだったの?」めぐみがついに切り出した。
「収穫あったね」安西が言った。
「聞きたかったなあ!」めぐみの発言に
「だめだめ、こっちの手の内は見せないから」広瀬が言った。
「あ、小川から電話だ」安西がライン電話を取った。
みんなが驚いた。
「サンディエゴは今、深夜だと思うけど?」智子が言った。
「もしもし、どうしたんだよ?」
「芹沢部長ってやり手?」
「そうだよ、そうじゃなきゃ海外事業部の部長なんて務まらないし、次期局長っていう噂だしな」
「手段を選ばないとか?」
「さあ、そこまで知らないけど、どうしたんだよ?」
「もしかして、すごい切れ者とか?」
「ああ、それはよく聞くけど、あ、切れた。どうしたんだ、いったい」
*****
こっちは深夜2時。安西に聞きたいことがあって、電話した。今日は焼き鳥のはずだから本当ならみんなの顔を見たかったけど、芹沢部長が気になった。ほんとに切れ者だったら、俺がアメリカで仕事が見つかったら、この会社をやめようと思ってることにも気づいたかも。まずい。せっかく海外事業部へ異動じゃなかったのに、辞めさせないために異動かも。取り越し苦労だと良いけど……
*****
「小川からの電話って、それだけ?」広瀬が聞いた。
「ああ、芹沢部長のことを聞かれた。ミスでもしたのかな?」
「でもミスったなら、絶対転勤しないから、むしろ俺はうれしいけど」
「小川には悪いけど、そうだな」安西も同意した。
「幸雄さんも転勤したくないって言ってるしね」
「怪我でいきなり営業に替わって、今度は海外出張だものね……」エリカだった。
「それでトッド会。効果はあった?」めぐみが再度聞いた。
「めぐみちゃん、試させてくれるんだ?」
「もちろんよ」
「やった! 早く小川に報告したいな。いつ帰国?」
「何を報告するんだよ? デートの約束をしたことをか?」安西がからかった。
「事後報告で良いんじゃないの?」めぐみが言った。
「じゃあ、明日とか?」
「いいわよ」
「ええ? めぐみ!?」エリカは、めぐみがそんなに楽しみにしてると思ってなかった。
「安西君はどうなの?」めぐみがさらに聞いた。
「そうだな……」思わせぶりな態度でエリカを見た。安西は練習した目力を使ってみた。少しエリカが赤面したように見えた。
「明日のプランはもう考えたのかよ?」安西はエリカを無視して広瀬に聞いた。
「今から考える」
「来週に延期する方が良いんじゃないのか?」
「いや、大丈夫」
「しくじるなよ」
「大丈夫」広瀬は上目遣いでめぐみを見た。めぐみは少しドキドキした。あんな目で広瀬から見つめられたことがなかったからだ。
「どうやらいろいろ習ってきたみたいね」めぐみが言った。
「どうしてわかるの?」智子が聞いた。
「智子にはわからないわよね。小川君にやってもらいなさい」
「何を?」
エリカは、安西があそこで自分を無視するとは思わなかった。てっきり自分も誘われると思ったのに。結局、安西は何も言ってこなかった。
*****
日曜日。
映画館の前で広瀬はめぐみを待っていた。
「お待たせ」めぐみは広瀬を見て少し驚いた。いつもならGパンなのに。カジュアルではあるが、意外にセンスのいい服を着ていた。
「今日、いつもと違う感じね」
「もう27だしな。それに『大人の男性が好き』なめぐみと会うなら、そういう服装の方が良いと思って」
「なんで呼び捨てしてるのよ?」
「大人の女性として呼ばないとね。でも会社では名字で呼ぶから大丈夫」
「じゃあ今も名字で良いんじゃないの?」
「今まで『めぐみちゃん』って呼んでたんだから、真ん中を取ってみた。オフなんだし、良いだろう?」
「……良いけど」
映画はラブロマンスだった。めぐみはてっきりアクションものだと思ったから、それも驚きだった。
「ねえ、無理しなくてもいいけど」
「無理?」
「ラブロマンスなんて興味なかったでしょ?」
「あるよ、だって愛の形はたくさんあるんだから。どれも参考になるよ」
「そうなの?」
「ああ、それにアクションとかバトル系はゲームで十分」
「じゃあ、この映画で良いのね?」
「いいよ、もちろん」
めぐみはこれがトッド会の効果なのか、よくわからなかったが、良い意味で広瀬に対して違和感を感じていた。弟がいるめぐみにとっては、男性の幼い部分を見るとどうしても弟とだぶってしまうからだ。
*****
エリカは安西が誘ってこなかったことを気にしていた。それこそ人口の半分は女性なんだから、気のない女性を追っかける必要なんて安西にはないと思った。伊豆以降はクールでない部分も見せられたが、知的な好青年であることには間違いない。本気を出せば、彼女なんてきっとすぐ見つかるだろうと思った。でも透のことも気になっているのは事実だったし、社内じゃない分ポイントは高かったが、小川の兄であることはネックでもあった。でも気にしてるとまた誰かに取られてしまう。
「こんにちは」エリカは透にラインした。すぐに返事が来るのに、今日は来ない。ため息をついたが、来ないものは来ない。食材を買いに行くことにした。
*****
「実は涙もろくて。あそこで彼が死ぬなって、すごいショック!」
映画を見終わって、広瀬とめぐみはまだ映画館のロビーにいた。
「俺もちょっと泣いちゃったよ。やっぱり愛する人を残して死ぬのはな……」
「そうよね! 残す方も残される方もつらいわよね」
「食事でも行こうか。照明が暗い店にする? まだ泣き顔っぽい顔してるから、明るい店は恥ずかしくない?」
「あ、そんな気遣いしてくれるの?」
「この辺で何軒か良さそうな店をチェックしたときに、1軒がムードがある店を見つけたけど、いきなりそういう感じってめぐみが嫌がるかと思ったんだよな。でも明るい店の方が良いならそうするし、どっちがいい?」
「……じゃあそのムードのある方の店にしてみたいな」
「ここから結構近いから」
めぐみは広瀬の子供っぽいところがなければ、と常々思っていたが、実際にないと悪くないと思った、むしろ良いと思った。
「ここなんだけど、地下にあって、隠れ家的な感じだな」
「ほんとね、でもバーっぽい」
「そう、バーだな。でも料理も美味しいって書いてあったから、食事もいけると思うよ」
「まあお互い、そこそこ飲めるんだから良いんじゃない?」
「そうだな」
*****
順調に2社目、3社目をこなした。やっと最後の4社目が明日だ、土日返上で勤務してるもんな。あと4日で帰国。早く帰りたい。今晩は久々に部長と2人だけの夕食だった。
「和食で良いよな?」
「あ、はい。俺も和食が恋しいです」
部長が選んだ店は、居酒屋風の店だった。芸能人も来てるのか、サインとか写真が飾ってあった。
「サンディエゴに来たら、必ずここに寄ってるよ」
「何度もここに出張されてるんですか?」
「そうだな、年に1回以上は」
そうなんだ? 海外事業部だから当たり前か。
「2社目も3社目も好評だったし、お前を連れてきて大正解だったな」
「ありがとうございます」
「全く6年も隠れてたなんて、人事め……」
「隠れてたわけじゃないですよ!」
「そうだけど、あの怪我がなければまだ整備部だっただろう」
「そうですね……」
「それで? まだアメリカで仕事を探してるのか?」
来た……、予想通りだ。
「いえ、もう探してません」
「じゃあグリーンカードを無効にするのか? 鈴木から聞いたぞ。当選したときには探してたって」
鈴木主任……!
「確かにあの時は探していましたが、無理なのがよくわかりましたので」
「どうして無理だと思うんだよ?」
「大卒じゃなかったのが、ダメだった理由だと思います」
「だからオンラインで進学したわけか」
ああ、バレてる……
「でも2年以内には卒業できません」
「じゃあなんでハワイで本カードを申請したんだよ?」
ああ、なんとかににらまれたカエルって俺のことだ。5年以内に移住すればいいと勘違いしてたことなんて言いたくない。
「単に記念です」
「記念? 業者を使ってまでもか?」
まずい、もう何でもいいから、異動にならない方法を考えないと。
「やっぱり、俺って本社に転勤ですか?」
「まだわからん」
「わからない?」
「そう、俺の一存では決められないから」
どういう意味だ? 芹沢部長が希望すれば異動じゃないのか? それともそんなに中村課長ががんばってくれてるのか?
「とにかく、帰国後はそのまま営業2課だから」
「……わかりました。でも後でってあり得るってことですか?」
「あり得るよ」
ああ、やっぱり……。一発逆転でいきなりアメリカで仕事が見つかればいいけど、ないよな……。
「そんなに海外事業部が嫌か?」
「いえ、海外事業部が嫌なんじゃなくて、俺、目立ちたくないんですよ」
帰国した時もそう。日本語できなくて目立ったし、中学入れば英語できるからって目立ったし。高校だってそうだった。
「まあ、隠れてた分、目立ってしまったな。普通に新卒で海外事業部だったら、そんなことなかっただろうけど」
「今回も特例で、海外出張だったし……。これで海外事業部行ったら、しばらくなんか言われそうというか」
2課もそうだった。2次会以降、みんな親切になったけど、最初にサポートに入ったときなんて、なんか一目置かれちゃって……。中村課長のお気に入りという目で見られるのもいやだった。
「まあ、本社はどうしてもやっかみとかひがみとかあるからな。俺も同期で最初に部長になったから、いろいろあったし、気持ちはわかるよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ、失敗を社長に匿名で密告されたりとかな」
「え? そんなことまであったんですか?」
「そうだよ。未だに誰だかわからない。敵は必要以上に作る必要はないからな。でも小川の英語力、及びメカの知識はみんなが認めてるから、大丈夫だけどね」
そうなんだ。そう考えると、俺はやっぱり機械相手の仕事の方が良いな。
「ところで、この店、うまいだろ?」
「あ、はい」
確かにうまい。久々の和食。焼き鳥も食いたい。智子のチーズハンバーグも食いたい。
「4社目も同様にプレゼンをしてもらう予定だが、1社目、2社目が最有力候補で、現在両社ともからオファーが来てる」
「そうですか!」それは良かった。
「両方前向きに検討すると思うが、本社に確認中だ」
「じゃあ帰国前に両社に会うんですね?」
「その予定だが、返事はまだしない。最終決定は帰国後になるだろうからね」
「わかりました」
「契約することになったら、もう1回出張だから」
「俺もですか?」
「当たり前だ」
え? 新婚旅行はともかくとして、短期間に3回海外はさすがにしんどいな。
*****
夕食も終わり、ホテルの部屋へ戻って、智子にライン電話をした。
「どうしたの、この間の金曜の電話。安西君も驚いてたけど」
「ああ、もう何から話していいかわからないな」
「そうなの!?」
「そうだよ。芹沢部長、怖い」
「ミスしたの?」
「違う、逆。だから怖い」
「転勤ってこと?」
「まだわからないらしい」
「わからない? 変ね」
「もし、異動だったら海外事業部だと思うけど、帰国後は2課のままみたいだな」
ライン電話ではグリーンカードのことは言いたくなかった。言うときは智子のカードを目の前にして話したい。
「あと4日で帰国だ……。たぶんもう1回、サンディエゴみたいだし」
「そうなの!?」
「そうだよ。土日も勤務してるから、代休取りたいよ」
「午後半休にして、成田に迎えに行こうと思ってるんだけど」
いつもの俺なら、部長もいるし恥ずかしいところだったが、早く会いたかった。
「迎えに来て」
「よっぽど疲れてるのね……」
俺が弱ってるのがよくわかったようだった。気疲れもあるな。グリーンカードのことはバレるし、図星なことをたくさん言われたし。昼間の会社視察の後も、ホテルに戻ってパワポ訂正して、プレゼンの準備して、だもんな。
*****
最後のプレゼンも無事終了。相手は違うとはいえ、4回同じことをプレゼンすると、内容も覚えてるし、4社目はある意味楽だった。
またもや、相手先の社長や重役と昼食。パターン同じだよな。でも芹沢部長は疲れを見せてないところがすごい。俺とか最近、目の下にクマあって、トッドみたくなってきた。中村課長が許可してくれたら、代休取りたいな。もし取れたら智子も休ませよう。2週間離れていた分、一緒に過ごしたい。
「ここのところ、5人で焼き鳥が多いよね」めぐみが言った。
「そうね……」智子は家にいても寂しいから参加していたが、いつもそばにいる人がいないとやっぱり寂しかった。
「それで小川は元気なのか? ラインしたけど、もうホームシックだったみたいだけど」安西だった。
「すごく忙しいみたい」
「でも本社異動じゃないんでしょ?」エリカが聞いた。
「だとしたら超特例だな。普通はそうなんだけど」安西が言った。
「それで、トッド会はどうだったの?」めぐみがついに切り出した。
「収穫あったね」安西が言った。
「聞きたかったなあ!」めぐみの発言に
「だめだめ、こっちの手の内は見せないから」広瀬が言った。
「あ、小川から電話だ」安西がライン電話を取った。
みんなが驚いた。
「サンディエゴは今、深夜だと思うけど?」智子が言った。
「もしもし、どうしたんだよ?」
「芹沢部長ってやり手?」
「そうだよ、そうじゃなきゃ海外事業部の部長なんて務まらないし、次期局長っていう噂だしな」
「手段を選ばないとか?」
「さあ、そこまで知らないけど、どうしたんだよ?」
「もしかして、すごい切れ者とか?」
「ああ、それはよく聞くけど、あ、切れた。どうしたんだ、いったい」
*****
こっちは深夜2時。安西に聞きたいことがあって、電話した。今日は焼き鳥のはずだから本当ならみんなの顔を見たかったけど、芹沢部長が気になった。ほんとに切れ者だったら、俺がアメリカで仕事が見つかったら、この会社をやめようと思ってることにも気づいたかも。まずい。せっかく海外事業部へ異動じゃなかったのに、辞めさせないために異動かも。取り越し苦労だと良いけど……
*****
「小川からの電話って、それだけ?」広瀬が聞いた。
「ああ、芹沢部長のことを聞かれた。ミスでもしたのかな?」
「でもミスったなら、絶対転勤しないから、むしろ俺はうれしいけど」
「小川には悪いけど、そうだな」安西も同意した。
「幸雄さんも転勤したくないって言ってるしね」
「怪我でいきなり営業に替わって、今度は海外出張だものね……」エリカだった。
「それでトッド会。効果はあった?」めぐみが再度聞いた。
「めぐみちゃん、試させてくれるんだ?」
「もちろんよ」
「やった! 早く小川に報告したいな。いつ帰国?」
「何を報告するんだよ? デートの約束をしたことをか?」安西がからかった。
「事後報告で良いんじゃないの?」めぐみが言った。
「じゃあ、明日とか?」
「いいわよ」
「ええ? めぐみ!?」エリカは、めぐみがそんなに楽しみにしてると思ってなかった。
「安西君はどうなの?」めぐみがさらに聞いた。
「そうだな……」思わせぶりな態度でエリカを見た。安西は練習した目力を使ってみた。少しエリカが赤面したように見えた。
「明日のプランはもう考えたのかよ?」安西はエリカを無視して広瀬に聞いた。
「今から考える」
「来週に延期する方が良いんじゃないのか?」
「いや、大丈夫」
「しくじるなよ」
「大丈夫」広瀬は上目遣いでめぐみを見た。めぐみは少しドキドキした。あんな目で広瀬から見つめられたことがなかったからだ。
「どうやらいろいろ習ってきたみたいね」めぐみが言った。
「どうしてわかるの?」智子が聞いた。
「智子にはわからないわよね。小川君にやってもらいなさい」
「何を?」
エリカは、安西があそこで自分を無視するとは思わなかった。てっきり自分も誘われると思ったのに。結局、安西は何も言ってこなかった。
*****
日曜日。
映画館の前で広瀬はめぐみを待っていた。
「お待たせ」めぐみは広瀬を見て少し驚いた。いつもならGパンなのに。カジュアルではあるが、意外にセンスのいい服を着ていた。
「今日、いつもと違う感じね」
「もう27だしな。それに『大人の男性が好き』なめぐみと会うなら、そういう服装の方が良いと思って」
「なんで呼び捨てしてるのよ?」
「大人の女性として呼ばないとね。でも会社では名字で呼ぶから大丈夫」
「じゃあ今も名字で良いんじゃないの?」
「今まで『めぐみちゃん』って呼んでたんだから、真ん中を取ってみた。オフなんだし、良いだろう?」
「……良いけど」
映画はラブロマンスだった。めぐみはてっきりアクションものだと思ったから、それも驚きだった。
「ねえ、無理しなくてもいいけど」
「無理?」
「ラブロマンスなんて興味なかったでしょ?」
「あるよ、だって愛の形はたくさんあるんだから。どれも参考になるよ」
「そうなの?」
「ああ、それにアクションとかバトル系はゲームで十分」
「じゃあ、この映画で良いのね?」
「いいよ、もちろん」
めぐみはこれがトッド会の効果なのか、よくわからなかったが、良い意味で広瀬に対して違和感を感じていた。弟がいるめぐみにとっては、男性の幼い部分を見るとどうしても弟とだぶってしまうからだ。
*****
エリカは安西が誘ってこなかったことを気にしていた。それこそ人口の半分は女性なんだから、気のない女性を追っかける必要なんて安西にはないと思った。伊豆以降はクールでない部分も見せられたが、知的な好青年であることには間違いない。本気を出せば、彼女なんてきっとすぐ見つかるだろうと思った。でも透のことも気になっているのは事実だったし、社内じゃない分ポイントは高かったが、小川の兄であることはネックでもあった。でも気にしてるとまた誰かに取られてしまう。
「こんにちは」エリカは透にラインした。すぐに返事が来るのに、今日は来ない。ため息をついたが、来ないものは来ない。食材を買いに行くことにした。
*****
「実は涙もろくて。あそこで彼が死ぬなって、すごいショック!」
映画を見終わって、広瀬とめぐみはまだ映画館のロビーにいた。
「俺もちょっと泣いちゃったよ。やっぱり愛する人を残して死ぬのはな……」
「そうよね! 残す方も残される方もつらいわよね」
「食事でも行こうか。照明が暗い店にする? まだ泣き顔っぽい顔してるから、明るい店は恥ずかしくない?」
「あ、そんな気遣いしてくれるの?」
「この辺で何軒か良さそうな店をチェックしたときに、1軒がムードがある店を見つけたけど、いきなりそういう感じってめぐみが嫌がるかと思ったんだよな。でも明るい店の方が良いならそうするし、どっちがいい?」
「……じゃあそのムードのある方の店にしてみたいな」
「ここから結構近いから」
めぐみは広瀬の子供っぽいところがなければ、と常々思っていたが、実際にないと悪くないと思った、むしろ良いと思った。
「ここなんだけど、地下にあって、隠れ家的な感じだな」
「ほんとね、でもバーっぽい」
「そう、バーだな。でも料理も美味しいって書いてあったから、食事もいけると思うよ」
「まあお互い、そこそこ飲めるんだから良いんじゃない?」
「そうだな」
*****
順調に2社目、3社目をこなした。やっと最後の4社目が明日だ、土日返上で勤務してるもんな。あと4日で帰国。早く帰りたい。今晩は久々に部長と2人だけの夕食だった。
「和食で良いよな?」
「あ、はい。俺も和食が恋しいです」
部長が選んだ店は、居酒屋風の店だった。芸能人も来てるのか、サインとか写真が飾ってあった。
「サンディエゴに来たら、必ずここに寄ってるよ」
「何度もここに出張されてるんですか?」
「そうだな、年に1回以上は」
そうなんだ? 海外事業部だから当たり前か。
「2社目も3社目も好評だったし、お前を連れてきて大正解だったな」
「ありがとうございます」
「全く6年も隠れてたなんて、人事め……」
「隠れてたわけじゃないですよ!」
「そうだけど、あの怪我がなければまだ整備部だっただろう」
「そうですね……」
「それで? まだアメリカで仕事を探してるのか?」
来た……、予想通りだ。
「いえ、もう探してません」
「じゃあグリーンカードを無効にするのか? 鈴木から聞いたぞ。当選したときには探してたって」
鈴木主任……!
「確かにあの時は探していましたが、無理なのがよくわかりましたので」
「どうして無理だと思うんだよ?」
「大卒じゃなかったのが、ダメだった理由だと思います」
「だからオンラインで進学したわけか」
ああ、バレてる……
「でも2年以内には卒業できません」
「じゃあなんでハワイで本カードを申請したんだよ?」
ああ、なんとかににらまれたカエルって俺のことだ。5年以内に移住すればいいと勘違いしてたことなんて言いたくない。
「単に記念です」
「記念? 業者を使ってまでもか?」
まずい、もう何でもいいから、異動にならない方法を考えないと。
「やっぱり、俺って本社に転勤ですか?」
「まだわからん」
「わからない?」
「そう、俺の一存では決められないから」
どういう意味だ? 芹沢部長が希望すれば異動じゃないのか? それともそんなに中村課長ががんばってくれてるのか?
「とにかく、帰国後はそのまま営業2課だから」
「……わかりました。でも後でってあり得るってことですか?」
「あり得るよ」
ああ、やっぱり……。一発逆転でいきなりアメリカで仕事が見つかればいいけど、ないよな……。
「そんなに海外事業部が嫌か?」
「いえ、海外事業部が嫌なんじゃなくて、俺、目立ちたくないんですよ」
帰国した時もそう。日本語できなくて目立ったし、中学入れば英語できるからって目立ったし。高校だってそうだった。
「まあ、隠れてた分、目立ってしまったな。普通に新卒で海外事業部だったら、そんなことなかっただろうけど」
「今回も特例で、海外出張だったし……。これで海外事業部行ったら、しばらくなんか言われそうというか」
2課もそうだった。2次会以降、みんな親切になったけど、最初にサポートに入ったときなんて、なんか一目置かれちゃって……。中村課長のお気に入りという目で見られるのもいやだった。
「まあ、本社はどうしてもやっかみとかひがみとかあるからな。俺も同期で最初に部長になったから、いろいろあったし、気持ちはわかるよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ、失敗を社長に匿名で密告されたりとかな」
「え? そんなことまであったんですか?」
「そうだよ。未だに誰だかわからない。敵は必要以上に作る必要はないからな。でも小川の英語力、及びメカの知識はみんなが認めてるから、大丈夫だけどね」
そうなんだ。そう考えると、俺はやっぱり機械相手の仕事の方が良いな。
「ところで、この店、うまいだろ?」
「あ、はい」
確かにうまい。久々の和食。焼き鳥も食いたい。智子のチーズハンバーグも食いたい。
「4社目も同様にプレゼンをしてもらう予定だが、1社目、2社目が最有力候補で、現在両社ともからオファーが来てる」
「そうですか!」それは良かった。
「両方前向きに検討すると思うが、本社に確認中だ」
「じゃあ帰国前に両社に会うんですね?」
「その予定だが、返事はまだしない。最終決定は帰国後になるだろうからね」
「わかりました」
「契約することになったら、もう1回出張だから」
「俺もですか?」
「当たり前だ」
え? 新婚旅行はともかくとして、短期間に3回海外はさすがにしんどいな。
*****
夕食も終わり、ホテルの部屋へ戻って、智子にライン電話をした。
「どうしたの、この間の金曜の電話。安西君も驚いてたけど」
「ああ、もう何から話していいかわからないな」
「そうなの!?」
「そうだよ。芹沢部長、怖い」
「ミスしたの?」
「違う、逆。だから怖い」
「転勤ってこと?」
「まだわからないらしい」
「わからない? 変ね」
「もし、異動だったら海外事業部だと思うけど、帰国後は2課のままみたいだな」
ライン電話ではグリーンカードのことは言いたくなかった。言うときは智子のカードを目の前にして話したい。
「あと4日で帰国だ……。たぶんもう1回、サンディエゴみたいだし」
「そうなの!?」
「そうだよ。土日も勤務してるから、代休取りたいよ」
「午後半休にして、成田に迎えに行こうと思ってるんだけど」
いつもの俺なら、部長もいるし恥ずかしいところだったが、早く会いたかった。
「迎えに来て」
「よっぽど疲れてるのね……」
俺が弱ってるのがよくわかったようだった。気疲れもあるな。グリーンカードのことはバレるし、図星なことをたくさん言われたし。昼間の会社視察の後も、ホテルに戻ってパワポ訂正して、プレゼンの準備して、だもんな。
*****
最後のプレゼンも無事終了。相手は違うとはいえ、4回同じことをプレゼンすると、内容も覚えてるし、4社目はある意味楽だった。
またもや、相手先の社長や重役と昼食。パターン同じだよな。でも芹沢部長は疲れを見せてないところがすごい。俺とか最近、目の下にクマあって、トッドみたくなってきた。中村課長が許可してくれたら、代休取りたいな。もし取れたら智子も休ませよう。2週間離れていた分、一緒に過ごしたい。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
1359
-
-
157
-
-
52
-
-
35
-
-
841
-
-
127
-
-
969
-
-
93
-
-
1
コメント