パラサイトマン
くそ兄貴め!
月曜日。広瀬はご機嫌だった。ムードのあるバーでめぐみと過ごし、上手く次につなげたからだ。小川から聞いた『女心に寄り添え』というトッドのポイントは大いに役に立った。今まで自分が呼びたいようにめぐみを呼んでいたし、自分基準に考えると子供っぽく見えるなら、めぐみに合わせれば良いという発想が今までなかったからだ。来週をどうしようか考えると楽しい。今週小川が帰国するから、報告するのを楽しみにしていた。
*****
「デート、どうだったの?」エリカがめぐみに聞いた。
「トッド効絶大だったわ」
「え? じゃあ寝たの?」
「違うって! そうじゃないけど、大人の男の雰囲気を醸し出してたの!」
「そうなの!?」智子も驚いた。
「『やればできるじゃない!』って感じね」
「じゃあ付き合うの?」エリカが聞いた。
「ずっとこういう感じだったらね」
智子は幸雄に今すぐ報告したかったが、あの疲れた顔を見るとためらった。帰国してからにするつもりだった。
「結局、安西君とは会わなかったのね?」めぐみが聞いた。
「うん、連絡もなかったの」
「そうなの?」
「でも透さんとは連絡取れて、今週末デートになったんだけど……」
「良かったわね!」 智子が言った。
「まあね、小川君が邪魔しなきゃ良いけど」
「しないわよ、大丈夫」
「智子が言うなら、大丈夫かな……」
*****
いよいよ明日帰国だ! 最後に2社目と昼食、1社目と夕食で最後の確認を兼ねた懇親会だった。今度は高そうな和食レストラン! 俺はうれしいが、良いんだろうか?
芹沢部長も最後に担当の確か、ジョンソンさんだったけ? 大勢会ったからあとで名刺をみないとわからないが、結局ずっと仕事の話をしてる。一番契約したいところだから、力が入るのはわかるが……、今度来た際の話までしてる。俺も同行か。
「大役だったな、お疲れ様」
ホテルへ帰る車の中だった。
「部長こそ、お疲れ様でした」
「契約が本決まりになれば後は法務の仕事で、その後またこっちに戻ってくるから、頼んだぞ」
「わかりました」
*****
帰りの機内、機内食で起こされるまで爆睡だった。
「そんなに機内で寝たら、時差ボケ治らないぞ」
「そうかもしれませんけど、無事に終わったらドッと疲れが……」
「まあ、そうだろうな」
あと3時間で成田だ。早く智子に会いたい。
*****
着いた! 日本だ!
スーツケースをピックアップして、出口へ。
「おかえりなさい」智子がすぐ俺を見つけてくれた。
「ただいま」
「いいねぇ、新婚は」
俺の顔はにやけてたに違いないが、そんなことかまうか!
「初めまして。資材部事務の小川智子です」智子が挨拶した。
「芹沢です。旦那さんを2週間お借りしました」
部長は俺の方を向いて言った。
「明日は1日代休として休んでいいぞ。中村にはもう言っておいたから」
「ありがとうございます!」
「俺はここからこっちだから。じゃあ、会社で」
「はい、お疲れ様でした」
成田で部長と別れた。
「確かに鋭そうな感じね」
「そう、もうすごく疲れたな」グリーンカードのことは明日でいいや。
「あのね、ブライアンからラインがあって……」
ブライアン? 疲れていてもこの名前に俺は反応する。
「飲みに行ったのか!?」
なんで俺がいないことを知ってたんだろ?
「まさか、ケビンが大門英会話の面接受けたって。ケビンから聞いてない?」
「あ、いや、まだ……」
また露骨に嫉妬してしまった!
「そ、それで、採用されそうって?」
「さあ、そこまでは書いてなかったけど、大門さんは気に入ったみたいよ。『女性の生徒を集められる』って」
「まさかケビン、大門英会話の専属タレントも兼ねるとか?」
「さあね、でもケビンならできるでしょ?」
「でもなんでそれをお前にラインするんだよ? 普通は俺だろ」
「ケビンから聞くと思ったんじゃない?」
いまいち気に入らない。ケビンがお世話になってるとはいえ……
「ケビンからは連絡ないな」
「出張中って知ってるからじゃない?」
「ああ、フォートナイトができないって言ってあるからな」
「あと、広瀬君とめぐみも良い感じだしね」
「そうか、それは良かった。安西と山本は?」
「エリカは透さんと今週末デートだって」
え? 安西、何やってるんだよ……
「透さんとエリカの仲、邪魔しないよね?」
「……しないよ」
「エリカが気にしてたから」
「2人がそれで良いなら、俺は何も言わないけど」
「そうよね」
*****
家に着いた。風呂入って久々の和食。旨い! 本当は智子のチーズハンバーグが良かったが、明日してもらう。でももうだめ。一気に気が抜けた。智子を待てず、寝てしまった。
*****
時差ボケもなかったようで、夜中に1度も起きなかった。朝起きると、10時過ぎだった。智子は出社していなかった。
俺の書斎の机の引き出しを開けた。智子のグリーンカード。どうやって話そう? このままばれないようであれば、言いたくないんだけどな。もう少し様子を見ることにした。この調子では移住はなさそうだし、ほんとに記念になりそうだ。無効になってからバレても文句は言われないだろう。
「おかえり。おかげさまでめぐみちゃんと復活できそう」
広瀬からのラインだった。
「よかったな」
安西が気になった。兄貴とデートって知ってるんだろうか? 山本は俺が兄貴との仲を『邪魔する』と思っているようだが。安西も奥手なのか、社内だからやりづらいのか。でも俺からデートのことを安西にばらすのはな……
「土曜にまたデートだけど、焦りは禁物だよな」
「そうだな。そうそう、部屋に連れて行く前に、いびき治しとけ」
「そうだった! 忘れてた! どうやったら治るんだろうな?」
「ネットで検索してみたら?」
「治ったかどうかの確認に、たまに俺んとこに泊まりに来て欲しいんだけど」
え? 気が進まない。
「いびきチェックアプリでもセットして寝ろよ」
「冷たいなあ!」
「それで治ってなかったら、俺が寝不足になるだろ」
12時前か。広瀬は、整備のキリの良いところで早めに昼を取ったのか。
「あ、仕事戻るわ」
「ああ、じゃあまたな」
どうやら、サボってたらしい。
ライン電話が鳴った。安西からだった。
「おかえり」
「ただいま、やっと帰ってきたよ」
「やっぱり転勤か?」
「いや、とりあえずしばらくは2課のままだけど、どうにも腑に落ちないことがたくさんあったから、どっかには行くと思うな」
「そうか……」
それが理由で電話してきたんじゃないだろ、絶対。
「山本のことなんだけど……」
やっぱり! 安西から切り出してきた。
「思わせぶりだけして、先週末は誘わなかったんだけど……」
それ、結局逆効果だったんだけど。
「兄貴と今週デートだって」結局俺がバラした。ライバルいる方が安西が動くかと思ったんだが。
「……俺の場合はライバルがいるからな、広瀬みたいにすぐにうまくいきそうもないな」
やっぱり知らなかったようだな。
「実際どうなんだよ? 頑張りたいって思ってるんだろ?」
「思ってるけどさ……。どうすればいいか、わからないんだよ」
困ったな。山本は俺の好みではないけど、人間的には良い奴だと思ってるから、兄貴が選んだとしてももちろん大賛成だ。でも安西の気持ちを考えると……。
「混浴時に『俺とデートを』って聞いても答えなかったし」
「でもそれって『ノー』っていう返事とは限らないだろ」
「でも『イエス』ならそう言うだろう?」
まあな。智子に聞かれて俺が答えないときはまだ悩んでるときだったから、山本もそうだと良いけど……。
「お前を使って悪いけど、透とのデート、どうだったか後で教えて欲しいんだけど」
……スパイか、俺は。でもまあしょうがないか。
「わかった。でも智子は使わないから、俺が兄貴に聞いたことだけだからな」
「もちろん、サンキュ」
電話が切れた。大人の方が恋愛に憶病かもな。そう考えると、智子が積極的で別の意味で俺が憶病だったが、とんとん拍子に決まった方なんだろうな。
*****
「ただいま」
智子が定時で帰ってきた。
「おかえり」
「幸雄さんに出迎えてもらうのって変な感じね」
「まあな」
本来なら焼き鳥だったが、俺と智子が行かないことにしたから、ないらしい。
「良く休めた?」
「さすがにな」
「今日はチーズハンバーグにするのよね?」母さんが聞いた。
「はい、着替えたら作ります」
やった! チーズハンバーグの後は今日こそ1戦交えるし、やっぱり家が一番だな。でも正直に言うと、ここで一緒に風呂に入るとかしたかったな。部屋以外ではいちゃつけないのも、実は不満。それとも聞くだけ聞いてみるか? 狭い風呂だけど、一緒に入りたい。
*****
あっさり却下だった。理由はやっぱり母さんが気になるって。まあな、2階に風呂場があれば話は別だけど。しょうがないか……
*****
土曜日。今週は同期でのフィットネスじゃないから、俺は1人で泳ぎに行くことにしていた。出張中の食事もくどかったし、少し運動したかった。俺の水泳が終わるころに智子が合流して、軽くスカッシュの予定。軽く運動するとすっきりする。
俺は大学の課題を、智子は母さんと買い物したりで、やっと日常生活が戻ってきた気がする。
*****
インターホンが鳴った。時計を見ると夜9時か。回覧か?
「はい?」智子が出た。
「……山本です……」
「エリカ? どうしたの?」
え? 山本?
「今日は確か、透さんとデートだと思ってたんだけど」
そう言いながら、智子が玄関を開けた。
山本が泣いている! まさか兄貴が……?
「どうしたんだよ?」
「とにかくあがって」
和室へ通した。母さんはまだ布団をひいていなかった。
「……ごめんなさい」
いつも元気な山本が泣いてるなんて……!
「どうしたの?」
「……今日、透さんと映画に行って、食事して、とっても楽しかったんだけど……」
まさか、兄貴……。俺はマジでキレそうだったが、まずは話を聞かないと。
「駅で別れたら、女の人に話しかけられて……彼女だって」
「ひろみさん?」
「幸雄さん、知ってるの?」
智子も山本も俺を見た。
「引っ越しの日に、兄貴の携帯に電話してきて俺が話したんだけど……」
まさかヨリを戻した? だとしたら最悪のパターン。山本をもてあそびやがって!
「『ヨリを戻したから』って……。昨日も透さんのマンションに泊まったって」
「でも今日会って、透さんは何も言ってなかったんでしょ?」智子が聞いた。
「そうだけど、そのひろみさん、『昨日は透さんに何度も求められて、まだ自分は愛されてるって実感した』とかいうし……」
なにぃ! くそ兄貴め!
「山本は今日、うちに泊まれ。智子は山本と和室で寝ろ。母さんは悪いが俺の書斎で寝てもらう」
そう言って俺は立ち上がった。
「兄貴に会いに行ってくるから」
智子が何か言いたそうにしてたが、無視だ。急いで着替えて、兄貴のマンションに向かった。もしまだあの女がいたら、どうしてやろうか?
*****
「デート、どうだったの?」エリカがめぐみに聞いた。
「トッド効絶大だったわ」
「え? じゃあ寝たの?」
「違うって! そうじゃないけど、大人の男の雰囲気を醸し出してたの!」
「そうなの!?」智子も驚いた。
「『やればできるじゃない!』って感じね」
「じゃあ付き合うの?」エリカが聞いた。
「ずっとこういう感じだったらね」
智子は幸雄に今すぐ報告したかったが、あの疲れた顔を見るとためらった。帰国してからにするつもりだった。
「結局、安西君とは会わなかったのね?」めぐみが聞いた。
「うん、連絡もなかったの」
「そうなの?」
「でも透さんとは連絡取れて、今週末デートになったんだけど……」
「良かったわね!」 智子が言った。
「まあね、小川君が邪魔しなきゃ良いけど」
「しないわよ、大丈夫」
「智子が言うなら、大丈夫かな……」
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いよいよ明日帰国だ! 最後に2社目と昼食、1社目と夕食で最後の確認を兼ねた懇親会だった。今度は高そうな和食レストラン! 俺はうれしいが、良いんだろうか?
芹沢部長も最後に担当の確か、ジョンソンさんだったけ? 大勢会ったからあとで名刺をみないとわからないが、結局ずっと仕事の話をしてる。一番契約したいところだから、力が入るのはわかるが……、今度来た際の話までしてる。俺も同行か。
「大役だったな、お疲れ様」
ホテルへ帰る車の中だった。
「部長こそ、お疲れ様でした」
「契約が本決まりになれば後は法務の仕事で、その後またこっちに戻ってくるから、頼んだぞ」
「わかりました」
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帰りの機内、機内食で起こされるまで爆睡だった。
「そんなに機内で寝たら、時差ボケ治らないぞ」
「そうかもしれませんけど、無事に終わったらドッと疲れが……」
「まあ、そうだろうな」
あと3時間で成田だ。早く智子に会いたい。
*****
着いた! 日本だ!
スーツケースをピックアップして、出口へ。
「おかえりなさい」智子がすぐ俺を見つけてくれた。
「ただいま」
「いいねぇ、新婚は」
俺の顔はにやけてたに違いないが、そんなことかまうか!
「初めまして。資材部事務の小川智子です」智子が挨拶した。
「芹沢です。旦那さんを2週間お借りしました」
部長は俺の方を向いて言った。
「明日は1日代休として休んでいいぞ。中村にはもう言っておいたから」
「ありがとうございます!」
「俺はここからこっちだから。じゃあ、会社で」
「はい、お疲れ様でした」
成田で部長と別れた。
「確かに鋭そうな感じね」
「そう、もうすごく疲れたな」グリーンカードのことは明日でいいや。
「あのね、ブライアンからラインがあって……」
ブライアン? 疲れていてもこの名前に俺は反応する。
「飲みに行ったのか!?」
なんで俺がいないことを知ってたんだろ?
「まさか、ケビンが大門英会話の面接受けたって。ケビンから聞いてない?」
「あ、いや、まだ……」
また露骨に嫉妬してしまった!
「そ、それで、採用されそうって?」
「さあ、そこまでは書いてなかったけど、大門さんは気に入ったみたいよ。『女性の生徒を集められる』って」
「まさかケビン、大門英会話の専属タレントも兼ねるとか?」
「さあね、でもケビンならできるでしょ?」
「でもなんでそれをお前にラインするんだよ? 普通は俺だろ」
「ケビンから聞くと思ったんじゃない?」
いまいち気に入らない。ケビンがお世話になってるとはいえ……
「ケビンからは連絡ないな」
「出張中って知ってるからじゃない?」
「ああ、フォートナイトができないって言ってあるからな」
「あと、広瀬君とめぐみも良い感じだしね」
「そうか、それは良かった。安西と山本は?」
「エリカは透さんと今週末デートだって」
え? 安西、何やってるんだよ……
「透さんとエリカの仲、邪魔しないよね?」
「……しないよ」
「エリカが気にしてたから」
「2人がそれで良いなら、俺は何も言わないけど」
「そうよね」
*****
家に着いた。風呂入って久々の和食。旨い! 本当は智子のチーズハンバーグが良かったが、明日してもらう。でももうだめ。一気に気が抜けた。智子を待てず、寝てしまった。
*****
時差ボケもなかったようで、夜中に1度も起きなかった。朝起きると、10時過ぎだった。智子は出社していなかった。
俺の書斎の机の引き出しを開けた。智子のグリーンカード。どうやって話そう? このままばれないようであれば、言いたくないんだけどな。もう少し様子を見ることにした。この調子では移住はなさそうだし、ほんとに記念になりそうだ。無効になってからバレても文句は言われないだろう。
「おかえり。おかげさまでめぐみちゃんと復活できそう」
広瀬からのラインだった。
「よかったな」
安西が気になった。兄貴とデートって知ってるんだろうか? 山本は俺が兄貴との仲を『邪魔する』と思っているようだが。安西も奥手なのか、社内だからやりづらいのか。でも俺からデートのことを安西にばらすのはな……
「土曜にまたデートだけど、焦りは禁物だよな」
「そうだな。そうそう、部屋に連れて行く前に、いびき治しとけ」
「そうだった! 忘れてた! どうやったら治るんだろうな?」
「ネットで検索してみたら?」
「治ったかどうかの確認に、たまに俺んとこに泊まりに来て欲しいんだけど」
え? 気が進まない。
「いびきチェックアプリでもセットして寝ろよ」
「冷たいなあ!」
「それで治ってなかったら、俺が寝不足になるだろ」
12時前か。広瀬は、整備のキリの良いところで早めに昼を取ったのか。
「あ、仕事戻るわ」
「ああ、じゃあまたな」
どうやら、サボってたらしい。
ライン電話が鳴った。安西からだった。
「おかえり」
「ただいま、やっと帰ってきたよ」
「やっぱり転勤か?」
「いや、とりあえずしばらくは2課のままだけど、どうにも腑に落ちないことがたくさんあったから、どっかには行くと思うな」
「そうか……」
それが理由で電話してきたんじゃないだろ、絶対。
「山本のことなんだけど……」
やっぱり! 安西から切り出してきた。
「思わせぶりだけして、先週末は誘わなかったんだけど……」
それ、結局逆効果だったんだけど。
「兄貴と今週デートだって」結局俺がバラした。ライバルいる方が安西が動くかと思ったんだが。
「……俺の場合はライバルがいるからな、広瀬みたいにすぐにうまくいきそうもないな」
やっぱり知らなかったようだな。
「実際どうなんだよ? 頑張りたいって思ってるんだろ?」
「思ってるけどさ……。どうすればいいか、わからないんだよ」
困ったな。山本は俺の好みではないけど、人間的には良い奴だと思ってるから、兄貴が選んだとしてももちろん大賛成だ。でも安西の気持ちを考えると……。
「混浴時に『俺とデートを』って聞いても答えなかったし」
「でもそれって『ノー』っていう返事とは限らないだろ」
「でも『イエス』ならそう言うだろう?」
まあな。智子に聞かれて俺が答えないときはまだ悩んでるときだったから、山本もそうだと良いけど……。
「お前を使って悪いけど、透とのデート、どうだったか後で教えて欲しいんだけど」
……スパイか、俺は。でもまあしょうがないか。
「わかった。でも智子は使わないから、俺が兄貴に聞いたことだけだからな」
「もちろん、サンキュ」
電話が切れた。大人の方が恋愛に憶病かもな。そう考えると、智子が積極的で別の意味で俺が憶病だったが、とんとん拍子に決まった方なんだろうな。
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「ただいま」
智子が定時で帰ってきた。
「おかえり」
「幸雄さんに出迎えてもらうのって変な感じね」
「まあな」
本来なら焼き鳥だったが、俺と智子が行かないことにしたから、ないらしい。
「良く休めた?」
「さすがにな」
「今日はチーズハンバーグにするのよね?」母さんが聞いた。
「はい、着替えたら作ります」
やった! チーズハンバーグの後は今日こそ1戦交えるし、やっぱり家が一番だな。でも正直に言うと、ここで一緒に風呂に入るとかしたかったな。部屋以外ではいちゃつけないのも、実は不満。それとも聞くだけ聞いてみるか? 狭い風呂だけど、一緒に入りたい。
*****
あっさり却下だった。理由はやっぱり母さんが気になるって。まあな、2階に風呂場があれば話は別だけど。しょうがないか……
*****
土曜日。今週は同期でのフィットネスじゃないから、俺は1人で泳ぎに行くことにしていた。出張中の食事もくどかったし、少し運動したかった。俺の水泳が終わるころに智子が合流して、軽くスカッシュの予定。軽く運動するとすっきりする。
俺は大学の課題を、智子は母さんと買い物したりで、やっと日常生活が戻ってきた気がする。
*****
インターホンが鳴った。時計を見ると夜9時か。回覧か?
「はい?」智子が出た。
「……山本です……」
「エリカ? どうしたの?」
え? 山本?
「今日は確か、透さんとデートだと思ってたんだけど」
そう言いながら、智子が玄関を開けた。
山本が泣いている! まさか兄貴が……?
「どうしたんだよ?」
「とにかくあがって」
和室へ通した。母さんはまだ布団をひいていなかった。
「……ごめんなさい」
いつも元気な山本が泣いてるなんて……!
「どうしたの?」
「……今日、透さんと映画に行って、食事して、とっても楽しかったんだけど……」
まさか、兄貴……。俺はマジでキレそうだったが、まずは話を聞かないと。
「駅で別れたら、女の人に話しかけられて……彼女だって」
「ひろみさん?」
「幸雄さん、知ってるの?」
智子も山本も俺を見た。
「引っ越しの日に、兄貴の携帯に電話してきて俺が話したんだけど……」
まさかヨリを戻した? だとしたら最悪のパターン。山本をもてあそびやがって!
「『ヨリを戻したから』って……。昨日も透さんのマンションに泊まったって」
「でも今日会って、透さんは何も言ってなかったんでしょ?」智子が聞いた。
「そうだけど、そのひろみさん、『昨日は透さんに何度も求められて、まだ自分は愛されてるって実感した』とかいうし……」
なにぃ! くそ兄貴め!
「山本は今日、うちに泊まれ。智子は山本と和室で寝ろ。母さんは悪いが俺の書斎で寝てもらう」
そう言って俺は立ち上がった。
「兄貴に会いに行ってくるから」
智子が何か言いたそうにしてたが、無視だ。急いで着替えて、兄貴のマンションに向かった。もしまだあの女がいたら、どうしてやろうか?
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