パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

だから兄貴は甘いんだよ!

 楽しかった新婚旅行もついに終わった。無事に成田着。携帯のスイッチを入れると、兄貴からラインが来てた。

「おかえり。早速で悪いけど、今週末引っ越しだから。手伝いよろしく」

「兄貴が引っ越し日程を繰り上げて、今週末だって」

「え? どうしたのかしらね?」

「さあ? まあ引っ越し時に聞いてみるけど、そんなに京都にいるのがつらいのか?」

 明日から出社か。しょうがない。時差ボケもあったが、さすがに二人とも爆睡だった。

*****  

「あけましておめでとうございます。2日間余分にお休みいただいて、ありがとうございました」

 部署で3日遅れの新年のあいさつをしてから、

「すみません、土産、どうすればいいかわからなくて。マカデミアナッツ6個セットと、有名ブランド口紅6本セット、コーヒー6種類セット、パンケーキの素3箱入りがありますので、好きなのをお取りください。1人1つ以上あります」

 打ち合わせ用のテーブルの端に置いた。

「こういうのも良いね、ありがとう」そう言ってみんなが好きなものを取っていった。結局全部はけた、良かった。

「ハワイ良かった?」大牟田さんだった。

「はい、帰りたくありませんでした」

「そうよね、わかるわ」

「小川、ちょっと」中村課長だった。

 さっそく呼び出しか。課長には好きだと聞いていたブランデーを土産として渡した。

「2日長い冬休みをありがとうございました。これ、土産です」

「ああ、ありがとう。重かっただろう?」

「いえ、大したことなかったです」

「ところで、大学は始まったのか?」

「はい、今月から」

「在学証明書とか履修証明書とかあるよな?」

「はい、あります」

「俺にそれを添付で送って欲しい」

「……わかりました。でもどうしてですか?」

 補助金対象でもないのに?

「本社の人事部に言われてな」

「わかりました。今日帰宅したら送ります」

「いや、今すぐ欲しい。席のパソコンから個人のメアドにつないでいいから、この俺の会社のメアドに送ってくれ」

 そう言って課長は名刺をくれた。

「わかりました」

 特例ってめんどくさいんだな。言われたとおり、すぐに添付して送った。

***** 

 昼休み。智子は弁当を持って、ほんとに来た。

「すみません、良いんですか? 入れてもらっても」

「もちろんよ、どうぞ」

 松村さんも大牟田さんも良い人だ。

「新婚だし、一緒にいたいよね」

「はい」青木が笑顔で答えた。恥ずかしいだろ。

「新婚旅行のお土産ありがとう」

「いえいえ。もう、幸雄さんが悩んで悩んで……」

 そう、1時間以上店でうろうろしていた。その点、安西は慣れてたな。伊豆でサクッと買ってたもんな。

「今後は全員にマカデミアナッツチョコ2箱とかで良いからね」

「それで良いんですか?」

 俺は大牟田さんの言葉に驚いた。それって、1人マカデミアナッツチョコ3つとかだけど?

「良いわよ、当たり前じゃない」

「そうなんですね。でも俺は出張とかないから、次は北海道に帰省したときだと思います」

「奥様の実家が北海道なのね?」松村さんが言った。

「はい、帯広です」

「六花亭のチョコがいいな!」大牟田さんは良く知ってるようだった。

「はい、でもほんとはチョコ以外の生菓子か美味しいんですけど、店舗にしか売ってないんですよね……」

「帯広空港にもないの?」

「ないんです、残念ながら」

 ああ、挨拶に行った時も言ってて、確かにうまかったな。女同士、北海道ネタで盛り上がってる。良かった。話すより聞いてる方が楽だしな。

 ***** 

 金曜のいつも焼き鳥屋。まだ時差ボケもあるから帰りたかったが、しょうがない。

「お土産ありがとう! このマカデミアナッツパンケーキ、ほんとに美味しかったわ!」

 安西と広瀬も同じ土産。智子に意見を求められたが、悪いが何が良いかわからなかった。もう全員一緒にするのが無難だったから、そうした。

「帰国してから透と話したのか?」

「ああ、明日引っ越しだって。手伝いに行くけど、なんで3週も繰り上げたんだろ?」

 安西と広瀬が顔を見合わせた。

「理由を知ってるのか?」

「ハワイはどうだった?」山本が聞いてきた。

「ああ、良かったよ。帰りたくなかったな」

「どこが1番良かったの?」前川だった。

 ハワイの話で盛り上がったが、安西も広瀬も理由を知ってそうだったな。まあ、いいか。本人に聞くさ。

***** 

 土曜日。昼1時過ぎに、荷物を乗せたトラックが新居に着くらしい。

「なんで引っ越し早めたのか、理由知ってる?」

 母さんに聞いた。

「特に理由はないみたいよ。本社でやる気満々なんでしょ」

「なんか安西と広瀬が知ってそうだったんだけどな」

「私も手伝いに行く方が良いよね?」智子が聞いた。

「いや、俺だけでいいよ。そんな広いところに住むわけでないし、荷物もそんなにないだろ」

***** 

 1時に行くと、兄貴は新居の掃除をしていた。

「これ、土産」マカデミアナッツだった。

「ありがとう。楽しかった……に決まってるよな」

「まあな。でも大学も始まったし、気を引き締めて頑張らないと」

「教養から全部英語って、お前大丈夫か?」

「何とかするよ」

 業者が来て、荷物の運び込みが始まった。確かに大して荷物はなかった。俺は箱を開けて、兄貴の指示通り片づけて行った。

「ところでなんで引っ越し早めたんだよ? ひろみさんの気を引くためか?」

「まさか! でももう京都にいたくなったのは確かだけど」

「そんな理由で会社は許可したんだ?」

「母さんが入院したことにした」

 は? そういう理由、嘘でも嫌いなんだけど。

「3週も我慢できないくらい、いやだったのか?」

「いや、俺もトッド伝授会に出るから」

 え???? 俺は耳を疑った。兄貴、今なんて?

「な、何の話?」

「ごまかすなよ。トッドから聞いた夜テク指導会だよ」

「誰に聞いたんだよ!? 安西か?」

「エリカちゃん」

 あの野郎……! 伊豆のリベンジか……!

「母さんには言わないから、俺も入れて」

「それが理由かよ!?」

「そうだよ。安西と広瀬君は嫌がってるけどね。俺が参加だとお前が嫌がるって」

「よくわかってるよな、嫌だよ」

「それに広瀬君は、俺の転勤完了まで待てないって言うしさ」

 はぁ!? 智子の『とろけちゃう』発言がこんなことになるとは……!

「あのさ、安西も広瀬も勘違いしてるようだけど、関係ないから」

「関係ないって?」

「だから、智子は6年も俺に片思いしてたから、それが実ったらなんであれ、とろけるだろ。そういうことだから。トッドも関係ないし、俺が上手いとかそういうのも関係ないから」

「すごいな、6年片思いか……」

「だから、もうトッド伝授会なんてやらないから」

「一応聞かせてよ。参考になることもあるだろうから」

「ないと思うけど」

 兄貴の携帯が鳴った。

「あ、ひろみからだ……」

 兄貴が躊躇してる。俺は手を出した。

「俺が出るよ」

「なんて言うんだよ!?」

「『兄貴は席外してます』で良いだろ? 着信拒否にしとけよ、今後は」

 そう言って俺は電話に出た。

「もしもし」

「あ……」

「どちらさまですか?」

「お前、そんな怖い声で言うなよ」兄貴は小さい声で言ったが、俺は無視した。

「村上と言います。透さん、いてはりますか?」

 『いてはりますか?』?

「どういう意味ですか?」

「……『どういう意味ですか』って……?」明らかにビビってる。

「兄に何のようですか?」

 兄貴が電話を俺から奪い取った。

「ごめん、弟が引っ越しの手伝いに来てて」兄貴はそう言いながら、マンションの外に出た。やっぱり兄貴の転勤を聞いて、ひろみさんが動いたか……

 兄貴が電話を切って戻ってきた。

「『いてはりますか?』ってどういう意味だよ?」

「ああ、京都弁で『いらっしゃいますか?』ってことだよ」

 ああ、そうなんだ。方言、いいな。

「それで、ひろみさん何て?」

「『転勤知らなかった』って……」

「それで?」

「『話したい』って言われたけど……」

「それで?」

「……お前に言わないとだめなのか?」

「じゃあトッド伝授会に来るな」

「それとこれは別の話だろ!?」

「それで話すのか?」

「……話すくらい良いかと思ったけど」

 俺は黙って兄貴をにらんだ。

「話してどうするんだよ?」

「……『どうする』って話し次第だろう?」

「よりを戻す気ないなら、聞くべきじゃないと思うけど」

「そうかもしれないけど、仮にも5年も付き合ったんだし」

「トッド会には絶対来るなよ。ただでなくてもやりたくないんだから」俺は片付けの続きを始めた。広瀬のためにやるんだから、兄貴のためじゃない。

「ちょっと待てよ! だってもし俺にそこまで満足させれてたら、俺は寝取られなかったはずだろう?」

 ……兄貴はそう考えたわけだ。確かに前川の『好きでも下手だと……』と発言もあったもんな。気が付かなかった。

「わかった。でも期待してるようなもんじゃないと思うけどな」

「聞いてみないとわからないだろう」

 ああ、気が重い。大学のこともあるのに、なんでこんなことをしないといけないんだよ。

***** 

 引っ越しが完了して、兄貴と一緒に帰宅した。夕飯は家で一緒に食べるからだ。

「無事に終わって良かったわね」

 智子がエプロン姿で迎えてくれた。

「まあな」

「そんなに仏頂面でも愛されてるんだから、お前は果報者だな」

「誰のせいで、俺がこんな顔してると思ってるんだよ?」

「俺のせいかよ?」

「そうだよ!」

「けんかしたの?」智子が驚いている。

「トッド会だよ! 兄貴も参加なんだって」

「え? なんで知ってるの?」智子にとっても寝耳に水だった。

「山本がしゃべった」

「あ……」

「トッドがどうしたの?」母さんだった。

 俺は兄貴をにらんだ。

「あ、なんでもない。ちょっと懐かしい話をしてただけ」兄貴が急いでごまかした。

「今はトッドと付き合いはないんでしょう?」母さんが確認してきた!

「ないよ。ケビンとはあるけど。トッドは今、養育費払わないからって裁判中だって」

「そうなんだ!?」兄貴も母さんも驚いた。

「そうだよ、ケビンがめちゃくちゃ嫌ってたよ」

 気が重いがしょうがない。来週土曜日フィットネスの後、広瀬のマンションでだ。昼間にするような話じゃないし、夜でちょうどいいかも。



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