パラサイトマン
タバコ
月曜日。
新婚旅行を年末年始に行くため、4日間だけ出社する羽目になった。でもそのおかげでケビンとトーマスとも遊べる。青木には悪いが、月曜日にもかかわらず夜会う予定だ。
「おはようございます、土曜日はありがとうございました」
営業2課の部屋に入って、お礼の挨拶。ちょっと気恥ずかしい。
「意外な一面をたくさん見せてもらえて、楽しかったよ」小林さんだ。これを機に少しでも距離が縮むと良いけど。
「見苦しいところを見せてしまって……」ああ、さらに恥ずかしい。
始業ベルは鳴ったあとだったが、整備部にも挨拶に行った。
「いいねぇ、新婚さん。俺も早く結婚したいよ」広瀬だった。
「主任は?」
「いると思うよ」ノックして主任室に入った。
「おはようございます。土曜はありがとうございました」
「ああ、おはよう。いやあ、盛り上がったね、2次会」
しばらく言われそう……。
その足で青木のいる資材部事務へも挨拶して、営業2課に戻った。
*****
昼休み。席で弁当を食ってると、営業女性陣に声をかけられた。
「一緒に食べましょうよ」大牟田さんだった。
「ああ、じゃあお言葉に甘えて……」
整備だとキリのいいところで食べることが多くてよく一人で食べてたから、別に1人で席で食べることに抵抗はなかったが、怪我でサポートに入ってる間は誰も声をかけてくれてなかった。
*****
智子は休憩室でいつものメンバーで、弁当を食べていた。
「ハワイ10日間か、いいなあ。智子は愛されてるのね」めぐみの言葉に、
「そうだといいけど、アマンダの件とかほんと驚いたわ。実はまだあるんじゃないかと思っちゃう」
「これからもあるかもよ……」エリカがいじめた。
「やめてよ! 一緒の営業所のままで良かったわ。不倫の話、たまに聞くものね……」
ノックの音が聞こえた。
「ごめん、青木、ちょっと良い?」安西だった。
「あ、うん」ちょうど食べ終わった智子は、急いで弁当箱を片付けた。
「どうしたの?」
廊下で2人は話し始めた。
「小川、タバコ吸ってないよね?」
「え? 吸うの?」
「いや、わかんないけど、土曜の夜に透から……」
安西は詳細を話した。
「今は吸ってないと思う。匂ったことないもの」
「ケビンと出かけたらまた勧められると思うんだよね。お父さんのこともあるし、絶対吸わせないで」
「わかった、ありがとう。今日ケビンと出かけるし、釘さしとくわ」
智子はその足で営業2課に向かった。
*****
俺は自分の椅子を持って行って、仲間に入れてもらった。
「土曜はありがとうございました。あの後、ケビンたちと飲みに行ったんですか?」
「そう、近所のバーに行ったんだけど、ケビン、素敵ね」松村さんが言った。
「そうですね、ガキの頃からカッコよかったけど、あんなにイケメンになるとは驚きでした」
「それ、愛妻弁当? 良いわね……」
「あ、はい……」と答えたが、母さんの弁当。つまり青木も母さんの弁当を食べてるわけだ。籍を入れたときに、母さんが俺の扶養に入ったから、戸籍上はパラサイトしてないけど、現実はやっぱりパラサイトカップルになってしまった。帰ったら洗濯も全部済んでるし。ため息。
「新婚旅行に行く前にケビンたちに会うんでしょ?」
「会いますよ。今日も明日も」
「ケビン……土曜にたぶん、女の子を持ち帰っちゃったみたいで」松村さんの言葉がすぐに理解できなかった。
え?
「誰を持ち帰ったんですか!?」
「いや、会社の人じゃないけど、バーで会った子」大牟田さんが答えた。
「信じられない! 人の国で何やってんだよ!」
思わず大声で言ってしまった!
*****
智子は幸雄の声が廊下まで聞こえてきて、何事かと思った。営業2課を覗くと女性陣と一緒に弁当を食べているのを見て、嫉妬が芽生えてきたのを隠さなかった。
*****
日本来て2日目でそれかよ、ケビン……。ある意味トッドそっくりだった。
「ケビン、たぶん、すごい兄貴の影響受けてるんですよ。あいつの兄貴、超かっこいいですけど、いっつも違う女とヤッてたんですよね」
あ、しまった。ここは会社で、それも昼休み……!
「なんでそんなこと知ってるの?」松村さんが突っ込んできた。
「そうよ、部屋でお茶してたかもしれないでしょ?」大牟田さんもだ。
「まあ、お茶じゃないですね、酒だったと思いますが……」
「そうよ、どうしてそんなこと知ってるの?」振り向いたら青木がいた!
「お前、何やってんだよ? ここで」
「用があるから来たけど、何の話をしてるの?」あ、ちょっと怒ってるかも?
「ケビンが土曜に女の子持ち帰りしたらしい」
「え? 誰を?」同じこと言うなよ。
「バーで知り合った子。ケビンが途中でトイレに行って、戻って来ないな、と思ったらもうその子と盛り上がってたの」松村さんが答えた。
ナンパってやつか。
「日本人だったんですか?」
「……たぶん、見た目は少なくともそうだったわ」
「今日、ちょっと締め上げます。人の国で変なことするなと言っておきます!」
「旅の恥はかき捨てって言うしね……」大牟田さんが言った。
「それで許されるんですか!?」
ケビンの兄貴、いろんな意味ですごかったもんな。父さんも母さんもすごく嫌ってたのを覚えてる……
「お前、それで用ってなんだよ?」俺は我に返って青木に聞いた。
「ちょっと」と言うから、廊下で立ち話をすることにした。
「なんで女性陣と一緒にお弁当食べてるの?」
「なんでって、誘ってくれたし。まさかチェックに来たのかよ!?」
顔が怒ってる……意外に嫉妬深い?
「違うわよ! たまたま見ちゃったから確認しただけよ!」
「で、用って?」
「今日、タバコ吸わないでね」
なんで知ってるんだよ!?
「……母さんに聞いたのか!?」
「違う、安西君経由、透さん」
……兄貴め! また余計なことを……
「あれから1本も吸ってないよ」
「あれからって小5でしょ!?」
「そうだよ、でもチャンスは何度もあったよ、広瀬も吸うし」
「ケビンに勧められても、絶対吸わないでね」
そう言って青木は、兄貴が安西に言ったことを教えてくれた。
「そこまで心配かけてるとは思ってなかったな……」
「幸雄さんもいずれは父親になるんだし、そのうちお義父さんの気持ちがわかると思う」
父親!? 俺が?
「そんなに露骨にびっくりした顔しないでよ」
「だって来年の今頃、ガキがいたらすごいびっくりだろ」
「それはそうだけど、やることやってるんだからあり得るでしょ?」
「まさか、妊娠してる?」
「しててもおかしくないでしょ」
えええええ?
「もう一人の身体じゃないんだから、私と子供のためにも絶対タバコ吸わないでね!」
「……吸わないよ」
営業の部屋に戻ったが、ほんとに妊娠してる?
「奥様、何の用だったの?」大牟田さんが聞いた。
「あ、今日タバコ吸うなって」
「トーマスは吸ってなかったけど、ケビンは確かに吸ってたものね。かっこよかったわよ」松村さんが言った。まあ、それにあこがれて吸ったんだけど。
「俺、イギリスいるとき、タバコ吸ってたんですよ。ケビンに今日誘われても吸うなって」
「小学生だったんじゃないの!?」2人とも驚いている。
「そうですよ。ケビンの兄貴に教えてもらいました」
松村さんも大牟田さんも唖然としている。普通に聞いたら驚くよな。
タバコの話より、妊娠の方が気になった。新婚旅行、ちょっとハードスケジュールかも……
*****
今日は定時であがって、六本木の2人のホテルで落ち合う予定。まずはケビンに確認しないとな……
*****
2人が泊ってるホテルは、六本木駅を降りてすぐのオシャレな感じのデザイナーズホテルだった。その名のとおり、シンプルだったが、カッコよかった。ロビーで待ち合わせるかと思ったが、部屋で会った。ツインだった。ということはお持ち帰りしてなさそうだけど……。
「What!? No, I don’t like one-night stand」
あ、やっぱり。良かった……。あっさりこの件は片付いた。仮にもちゃんと建築家としてやってるんだから、常識はあるよな。ただ、その子の友人と4人でその子らの始発が来るまで飲んでたことは認めた。
*****
今日はエスケープルームの『進撃の巨人』を予約していた。ヒストリアが出なくても超楽しみ。ケビンもそのために見たそうだが、彼にはいまいちだったようだ。可愛い女の子はたくさん出てくるけど、みんな怖い顔して戦ってるもんな。
*****
無事コンプ。リヴァイがかっこよかったのもあって、トーマスは大満足だったと思ったが、
「Yukio, I really want to do……」
*****
……UFOキャッチャーかよ?
こんな、損するようにしかできてないゲームなんて遊んだことないけど、周りをみると結構遊んでる人がいた。人気らしいし、景品は確かに魅力的なものもあった。見ると2人はワイワイ言いながら頑張ってる。悪いが見本は見せてあげれないが、2人が楽しいならいいか。
女子高生らしき人がケビンの写真を撮っていた。今日の服も派手というか、そういうのを来ていける会社ってすごいと思うくらい、オシャレだったもんな。芸能人と間違われたようだった。
かなり使ったと思うけど、景品も取れて満足気だった。その様子もビデオ撮影とかしてるし、海外でUFOキャッチャーって人気なのか?
「OK, it’s my turn……」次はケビンの行きたいところに行くか。
*****
……パチンコかよ?
こんなうるさくてタバコ臭いところなんて、誰が行くかと思ったけど、まさか自分の親友が日本に来て行きたいって言うとは思わなかった。どうやって遊ぶのかわからなかったが、意外にも二人の方がよく知っていた!
ケビンが咥え煙草でパチンコをやり始めた。トーマスも当たりが出て玉が出てくると大喜びで携帯で撮影している。二人が喜んでるなら俺はOK。ここでも数人が振り返ってケビンを見てた。イケメンも大変だな。
タバコはかっこいいから吸ってみただけであって、美味しいなんて一度も思ったことがなかった。父さんに白状してからも実は数本吸ったが、帰国が決まって吸えなくなっても何とも思わなかった。今はむしろにおいが嫌いだから、青木に今日言われなくても吸わなかったと思う。
「OK! Next!」
次はカラオケだった。案の定、喫煙の部屋を借りて、夕飯を食いながら二人が歌い始めた。心配しなくても俺にマイクは回ってこない。よかった。
「You smoke?」
トーマスも吸い始めた! まさかあれからずっと吸ってるんじゃないだろうな?
「Yeah, sometimes, want some?」
トーマスにタバコを勧められたが、断った。断っても何も言われなかったが、明らかに17年間の溝じゃないけど、何か違うものが俺たちの間にあった。今後も親友だと思うけど、俺たちは違う人生を歩んでるんだよな。
*****
「智子さん、先に休んだら? もう11時半だし、明日も会社でしょ?」
「そうですけど、起きて待ってます。タバコのことも気になるし……」
「そうね、タバコの件はほんとにショックでね……。トーマスもケビンも良い子なんだけど……」
*****
とりあえず日本滞在を楽しんでるようでよかった。明日はどこに行くか知らないが、またホテルで待ち合わせることにして、俺は帰路についた。
*****
家の前に着くと、まだ電気がついてる。先に寝ててもよかったのに。
「ただいま」
「お帰り、あ、タバコ臭い!」青木が露骨に嫌な顔をした。
言われると思った。喫煙者と個室にいたら、臭いは俺にもつく。
「吸ってないよ」
「ほんと!?」
「だって二人とも吸うから、カラオケも喫煙ルームだったし、パチンコも行ったし……」
「パチンコ!?」
「そう、それにUFOキャッチャーも」
リビングの食卓テーブルで水を飲んだ。12時前か。風呂入って臭いを消したいな。青木が俺の周りで、まだクンクンにおっている。
「ほんとに吸ってない?」
母さんの前だがしょうがない。俺は青木の手を取って、俺の方に引き寄せてから10秒ほどディープキスをした。最初、青木もびっくりしていたが、目を閉じた。
「な、タバコの味、しないだろ?」
「……確かに」
「そ、だからこのにおいは服や髪についてるだけだから」
「お義父さんの仏壇の前で、吸わなかったって言える?」
「もちろん」
仏壇に手を合わせて俺は心の中で言った。『父さん、知らなかったとはいえ、心配かけてごめんなさい。今日は吸わなかったし、これからも吸いません』
横で青木が見ていたが、祈り終わると
「ほんとにちゃんと言った?」
「言ったよ! 風呂入ってくる。自分が臭い」なんだか、いまいち信用されてないんだよな。
新婚旅行を年末年始に行くため、4日間だけ出社する羽目になった。でもそのおかげでケビンとトーマスとも遊べる。青木には悪いが、月曜日にもかかわらず夜会う予定だ。
「おはようございます、土曜日はありがとうございました」
営業2課の部屋に入って、お礼の挨拶。ちょっと気恥ずかしい。
「意外な一面をたくさん見せてもらえて、楽しかったよ」小林さんだ。これを機に少しでも距離が縮むと良いけど。
「見苦しいところを見せてしまって……」ああ、さらに恥ずかしい。
始業ベルは鳴ったあとだったが、整備部にも挨拶に行った。
「いいねぇ、新婚さん。俺も早く結婚したいよ」広瀬だった。
「主任は?」
「いると思うよ」ノックして主任室に入った。
「おはようございます。土曜はありがとうございました」
「ああ、おはよう。いやあ、盛り上がったね、2次会」
しばらく言われそう……。
その足で青木のいる資材部事務へも挨拶して、営業2課に戻った。
*****
昼休み。席で弁当を食ってると、営業女性陣に声をかけられた。
「一緒に食べましょうよ」大牟田さんだった。
「ああ、じゃあお言葉に甘えて……」
整備だとキリのいいところで食べることが多くてよく一人で食べてたから、別に1人で席で食べることに抵抗はなかったが、怪我でサポートに入ってる間は誰も声をかけてくれてなかった。
*****
智子は休憩室でいつものメンバーで、弁当を食べていた。
「ハワイ10日間か、いいなあ。智子は愛されてるのね」めぐみの言葉に、
「そうだといいけど、アマンダの件とかほんと驚いたわ。実はまだあるんじゃないかと思っちゃう」
「これからもあるかもよ……」エリカがいじめた。
「やめてよ! 一緒の営業所のままで良かったわ。不倫の話、たまに聞くものね……」
ノックの音が聞こえた。
「ごめん、青木、ちょっと良い?」安西だった。
「あ、うん」ちょうど食べ終わった智子は、急いで弁当箱を片付けた。
「どうしたの?」
廊下で2人は話し始めた。
「小川、タバコ吸ってないよね?」
「え? 吸うの?」
「いや、わかんないけど、土曜の夜に透から……」
安西は詳細を話した。
「今は吸ってないと思う。匂ったことないもの」
「ケビンと出かけたらまた勧められると思うんだよね。お父さんのこともあるし、絶対吸わせないで」
「わかった、ありがとう。今日ケビンと出かけるし、釘さしとくわ」
智子はその足で営業2課に向かった。
*****
俺は自分の椅子を持って行って、仲間に入れてもらった。
「土曜はありがとうございました。あの後、ケビンたちと飲みに行ったんですか?」
「そう、近所のバーに行ったんだけど、ケビン、素敵ね」松村さんが言った。
「そうですね、ガキの頃からカッコよかったけど、あんなにイケメンになるとは驚きでした」
「それ、愛妻弁当? 良いわね……」
「あ、はい……」と答えたが、母さんの弁当。つまり青木も母さんの弁当を食べてるわけだ。籍を入れたときに、母さんが俺の扶養に入ったから、戸籍上はパラサイトしてないけど、現実はやっぱりパラサイトカップルになってしまった。帰ったら洗濯も全部済んでるし。ため息。
「新婚旅行に行く前にケビンたちに会うんでしょ?」
「会いますよ。今日も明日も」
「ケビン……土曜にたぶん、女の子を持ち帰っちゃったみたいで」松村さんの言葉がすぐに理解できなかった。
え?
「誰を持ち帰ったんですか!?」
「いや、会社の人じゃないけど、バーで会った子」大牟田さんが答えた。
「信じられない! 人の国で何やってんだよ!」
思わず大声で言ってしまった!
*****
智子は幸雄の声が廊下まで聞こえてきて、何事かと思った。営業2課を覗くと女性陣と一緒に弁当を食べているのを見て、嫉妬が芽生えてきたのを隠さなかった。
*****
日本来て2日目でそれかよ、ケビン……。ある意味トッドそっくりだった。
「ケビン、たぶん、すごい兄貴の影響受けてるんですよ。あいつの兄貴、超かっこいいですけど、いっつも違う女とヤッてたんですよね」
あ、しまった。ここは会社で、それも昼休み……!
「なんでそんなこと知ってるの?」松村さんが突っ込んできた。
「そうよ、部屋でお茶してたかもしれないでしょ?」大牟田さんもだ。
「まあ、お茶じゃないですね、酒だったと思いますが……」
「そうよ、どうしてそんなこと知ってるの?」振り向いたら青木がいた!
「お前、何やってんだよ? ここで」
「用があるから来たけど、何の話をしてるの?」あ、ちょっと怒ってるかも?
「ケビンが土曜に女の子持ち帰りしたらしい」
「え? 誰を?」同じこと言うなよ。
「バーで知り合った子。ケビンが途中でトイレに行って、戻って来ないな、と思ったらもうその子と盛り上がってたの」松村さんが答えた。
ナンパってやつか。
「日本人だったんですか?」
「……たぶん、見た目は少なくともそうだったわ」
「今日、ちょっと締め上げます。人の国で変なことするなと言っておきます!」
「旅の恥はかき捨てって言うしね……」大牟田さんが言った。
「それで許されるんですか!?」
ケビンの兄貴、いろんな意味ですごかったもんな。父さんも母さんもすごく嫌ってたのを覚えてる……
「お前、それで用ってなんだよ?」俺は我に返って青木に聞いた。
「ちょっと」と言うから、廊下で立ち話をすることにした。
「なんで女性陣と一緒にお弁当食べてるの?」
「なんでって、誘ってくれたし。まさかチェックに来たのかよ!?」
顔が怒ってる……意外に嫉妬深い?
「違うわよ! たまたま見ちゃったから確認しただけよ!」
「で、用って?」
「今日、タバコ吸わないでね」
なんで知ってるんだよ!?
「……母さんに聞いたのか!?」
「違う、安西君経由、透さん」
……兄貴め! また余計なことを……
「あれから1本も吸ってないよ」
「あれからって小5でしょ!?」
「そうだよ、でもチャンスは何度もあったよ、広瀬も吸うし」
「ケビンに勧められても、絶対吸わないでね」
そう言って青木は、兄貴が安西に言ったことを教えてくれた。
「そこまで心配かけてるとは思ってなかったな……」
「幸雄さんもいずれは父親になるんだし、そのうちお義父さんの気持ちがわかると思う」
父親!? 俺が?
「そんなに露骨にびっくりした顔しないでよ」
「だって来年の今頃、ガキがいたらすごいびっくりだろ」
「それはそうだけど、やることやってるんだからあり得るでしょ?」
「まさか、妊娠してる?」
「しててもおかしくないでしょ」
えええええ?
「もう一人の身体じゃないんだから、私と子供のためにも絶対タバコ吸わないでね!」
「……吸わないよ」
営業の部屋に戻ったが、ほんとに妊娠してる?
「奥様、何の用だったの?」大牟田さんが聞いた。
「あ、今日タバコ吸うなって」
「トーマスは吸ってなかったけど、ケビンは確かに吸ってたものね。かっこよかったわよ」松村さんが言った。まあ、それにあこがれて吸ったんだけど。
「俺、イギリスいるとき、タバコ吸ってたんですよ。ケビンに今日誘われても吸うなって」
「小学生だったんじゃないの!?」2人とも驚いている。
「そうですよ。ケビンの兄貴に教えてもらいました」
松村さんも大牟田さんも唖然としている。普通に聞いたら驚くよな。
タバコの話より、妊娠の方が気になった。新婚旅行、ちょっとハードスケジュールかも……
*****
今日は定時であがって、六本木の2人のホテルで落ち合う予定。まずはケビンに確認しないとな……
*****
2人が泊ってるホテルは、六本木駅を降りてすぐのオシャレな感じのデザイナーズホテルだった。その名のとおり、シンプルだったが、カッコよかった。ロビーで待ち合わせるかと思ったが、部屋で会った。ツインだった。ということはお持ち帰りしてなさそうだけど……。
「What!? No, I don’t like one-night stand」
あ、やっぱり。良かった……。あっさりこの件は片付いた。仮にもちゃんと建築家としてやってるんだから、常識はあるよな。ただ、その子の友人と4人でその子らの始発が来るまで飲んでたことは認めた。
*****
今日はエスケープルームの『進撃の巨人』を予約していた。ヒストリアが出なくても超楽しみ。ケビンもそのために見たそうだが、彼にはいまいちだったようだ。可愛い女の子はたくさん出てくるけど、みんな怖い顔して戦ってるもんな。
*****
無事コンプ。リヴァイがかっこよかったのもあって、トーマスは大満足だったと思ったが、
「Yukio, I really want to do……」
*****
……UFOキャッチャーかよ?
こんな、損するようにしかできてないゲームなんて遊んだことないけど、周りをみると結構遊んでる人がいた。人気らしいし、景品は確かに魅力的なものもあった。見ると2人はワイワイ言いながら頑張ってる。悪いが見本は見せてあげれないが、2人が楽しいならいいか。
女子高生らしき人がケビンの写真を撮っていた。今日の服も派手というか、そういうのを来ていける会社ってすごいと思うくらい、オシャレだったもんな。芸能人と間違われたようだった。
かなり使ったと思うけど、景品も取れて満足気だった。その様子もビデオ撮影とかしてるし、海外でUFOキャッチャーって人気なのか?
「OK, it’s my turn……」次はケビンの行きたいところに行くか。
*****
……パチンコかよ?
こんなうるさくてタバコ臭いところなんて、誰が行くかと思ったけど、まさか自分の親友が日本に来て行きたいって言うとは思わなかった。どうやって遊ぶのかわからなかったが、意外にも二人の方がよく知っていた!
ケビンが咥え煙草でパチンコをやり始めた。トーマスも当たりが出て玉が出てくると大喜びで携帯で撮影している。二人が喜んでるなら俺はOK。ここでも数人が振り返ってケビンを見てた。イケメンも大変だな。
タバコはかっこいいから吸ってみただけであって、美味しいなんて一度も思ったことがなかった。父さんに白状してからも実は数本吸ったが、帰国が決まって吸えなくなっても何とも思わなかった。今はむしろにおいが嫌いだから、青木に今日言われなくても吸わなかったと思う。
「OK! Next!」
次はカラオケだった。案の定、喫煙の部屋を借りて、夕飯を食いながら二人が歌い始めた。心配しなくても俺にマイクは回ってこない。よかった。
「You smoke?」
トーマスも吸い始めた! まさかあれからずっと吸ってるんじゃないだろうな?
「Yeah, sometimes, want some?」
トーマスにタバコを勧められたが、断った。断っても何も言われなかったが、明らかに17年間の溝じゃないけど、何か違うものが俺たちの間にあった。今後も親友だと思うけど、俺たちは違う人生を歩んでるんだよな。
*****
「智子さん、先に休んだら? もう11時半だし、明日も会社でしょ?」
「そうですけど、起きて待ってます。タバコのことも気になるし……」
「そうね、タバコの件はほんとにショックでね……。トーマスもケビンも良い子なんだけど……」
*****
とりあえず日本滞在を楽しんでるようでよかった。明日はどこに行くか知らないが、またホテルで待ち合わせることにして、俺は帰路についた。
*****
家の前に着くと、まだ電気がついてる。先に寝ててもよかったのに。
「ただいま」
「お帰り、あ、タバコ臭い!」青木が露骨に嫌な顔をした。
言われると思った。喫煙者と個室にいたら、臭いは俺にもつく。
「吸ってないよ」
「ほんと!?」
「だって二人とも吸うから、カラオケも喫煙ルームだったし、パチンコも行ったし……」
「パチンコ!?」
「そう、それにUFOキャッチャーも」
リビングの食卓テーブルで水を飲んだ。12時前か。風呂入って臭いを消したいな。青木が俺の周りで、まだクンクンにおっている。
「ほんとに吸ってない?」
母さんの前だがしょうがない。俺は青木の手を取って、俺の方に引き寄せてから10秒ほどディープキスをした。最初、青木もびっくりしていたが、目を閉じた。
「な、タバコの味、しないだろ?」
「……確かに」
「そ、だからこのにおいは服や髪についてるだけだから」
「お義父さんの仏壇の前で、吸わなかったって言える?」
「もちろん」
仏壇に手を合わせて俺は心の中で言った。『父さん、知らなかったとはいえ、心配かけてごめんなさい。今日は吸わなかったし、これからも吸いません』
横で青木が見ていたが、祈り終わると
「ほんとにちゃんと言った?」
「言ったよ! 風呂入ってくる。自分が臭い」なんだか、いまいち信用されてないんだよな。
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