パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

もう1人で寝られない

 目が覚めたら青木はまだ横で寝ていた。起こさないようにそっと起きて下へ降りた。母さんはもう起きて朝食の支度をしていた。

「おはよう、智子さんはまだ寝てるの?」

「うん」

 冷蔵庫からオレンジジュースを出して、コップにあけて飲んだ。

「俺って父さんに似てるんだな」

「そうそう、最初の海外転勤が決まって、いつプロポーズしてくれるか楽しみにしてたのに、全然言わないの。頭に来たから引っ叩いてやったわ」

「それで?」

「それでも言わないから、こっちからプロポーズしたわよ。『一緒にいくから』ってね」

 母さんが父さんの話を笑顔でするのって、父さんの死後、初めてかもしれない。再婚もせずに1人で2人育てたんだもんな。そんな余裕なかったのかもしれない。

「すみません! 遅くなりました」

 青木が謝りながら降りてきた。

「休みなんだから、ゆっくり起きていいよ」

「今ちょうど、お父さんのプロポーズの話をしてたのよ」

「ぜひ教えてください」青木がそう言ったが、確かに俺も気になる。馴れ初めなんて聞いたことなかった。

「私が『一緒にいくから』って言ったら、うなずいたんだけど、そのまま黙ってるの」

 父さんのことは鮮明には覚えてないが、そんなにおとなしい人だったっけ?

「また頭に来て『次は婚約指輪でしょ!』って言ったら、ちょっとびっくりした顔されたけど、宝石店へ連れて行ったの」

「母さんも社内恋愛だったのか?」

「ううん、幼馴染よ」

「そうだったんだ?」

「小中高、あ、幼稚園も一緒だったの」

 知らなかった! 

「もうあの婚約した日の2人の会話を聞いてると、おかしくなってきてね。幸雄の方がちゃんと言うべきことは言ってるけど、いまいち奥手なのはやっぱり親子なのね」

 母さん、うれしそう……。

「さらにすごかったのが、ドイツに赴任して、家が決まるまで2週間はホテル暮らしの予定でね」

 母さんは話しながら、パンが焼けて皿に乗せて、次を焼いていた。

「空港に迎えが来てくれて、お父さんが助手席に座って同じ部署になる予定の人と車内で話してたんだけど、後部座席に座ってたもう一人の人が私に『会社の経費で2週間も申し訳ないということで、ご希望通りシングル2部屋にしましたが、ツインの方が安いんですけど、いいんでしょうか? 新婚旅行返上で来られたんですよね?』だって」

 シングル2つ……! それはすごいかもしれない……。

「その人が、『なんならスイートでも良いんですよ、経費も余ってるし、新婚さんなんですから』って言ったから、『スイートでお願いします!』って言ったの」

 母さんって結構大胆だったんだな。

「打ち合わせが終わって、部屋に来たお父さんの顔! 『なんでスイートなの?』だって。好意に甘えて変更したことを言ったら、怒り出しちゃって。『会社の経費なんだぞ』って。最初の夫婦喧嘩よ」

「ええ、そうだったんですか!」

 父さんの奥手さにも驚くが、そういう人は母さんみたいな奥さんをもらうんだな。

「もう昨日、幸雄が『智子さんは客間で』って言ったとき、ほんとにお父さんが乗り移ってるかと思ったわ」

 そう言った母さんの目に、涙が光ったのは俺は見逃さなかった。

「……青木を送ってくるよ」

 そう言って母さんを一人にした。きっと父さんの仏壇前で泣きたいだろう。

***** 

「お義母さん、泣いてたわね」

「ああ、そうだな」

 母さんも女性だったんだと思った。そりゃそうだよな。母である前に女性だもんな。

「お父さん、いくつで亡くなったの?」

「41かな」

「若い!」

「ああ、若いよな……」

 俺が27だから、14年後!? 俺は青木を見て言った。

「お前、先に死ぬなよ」

「そっちこそ!」

***** 

 青木のマンションは、俺の最寄り駅から8つほど行ったところだった。

「あ! ない!」

「ないって何が?」

 駅前は自転車でごった返しているが?

「私の自転車! 放置自転車扱いで取られちゃった!」

「よく見ろよ、あるんじゃないのか?」

「これ見て」

 張り紙には、今朝に放置自転車を撤去したとある。

「昨日の朝に警告があったのに、泊まったから24時間経過しちゃったのね」

「ああ、ごめん……」

「いいのよ、私も泊まりたかったし。明日半休して取りに行くわ」

「返してくれるのか?」

「うん、でも7,000円かかるけどね」

「7,000円!」

「しょうがないわ。バスだと時間かかるんだもん」

 どうやら駅から遠いらしい。バスの本数は少なくはなかったが、バスで6駅だったが、降りてからはすぐだった。

 割とちゃんとしたマンションだが、高そうだな。

「ここ、女性専用マンションなの」

「ああ、そうなんだ」

 オートロックやらで、確かにしっかりしてそうだった。青木の部屋は5階だった。風がもう冬だった。11月だもんな。

「散らかってるけど、どうぞ」

 ワンルームだった。散らかってはいなかったが、物が多いのか、部屋が狭いのか。

「もう8年住んでるからね。断捨離しないと」

「ここ、いくら?」

「8万5千円」

「高いな!」

「こんなもんよ、東京は」

「どうぞ」

 お茶を淹れてくれた。何度も誘われたが、来たのは初めてだった。香水かなんだかわからないが、いい匂いがする。ユキオくんがベッドの枕元にいたが、他にぬいぐるみはなかった。

 治安も悪くなさそうだったが駅からも遠いし、毎日駅まで自転車、8駅乗って通勤か。

「もう引っ越して来いよ」

「え? いいの?」

 当初の予定は結婚式の前に引っ越しを済ませ、一緒に暮らし始めるのは新婚旅行後のはずだった。退去は2か月前に言わないといけなかったのが理由だったが、それに振り回される必要はなかった。

「式の前に一緒に暮らし始めたって問題ないだろ。会社まで結構時間かかってるみたいだし」

「うん、片道1時間くらいかな」

「往復約2時間か」

「行きは混んでるけど、帰りは座って帰れるから読書したりしてるけどね」

 通勤時間をうまく使う手もあるんだろうけど、徒歩10分の通勤なんて、俺ってほんと恵まれてたんだな。

「会社の人で家電とか家具とか欲しい人いるなら、あげてもいいしな」

「じゃあ断捨離して、何を持っていくか選別するわ」

「そうだな、台所用品もうちにあるし、ここから持ってくものって服とか化粧品とかだけか?」

「たぶん……。でもそれが1番難しいのよね。さすがに短大の時の服は着ないかな」

「あのさ……」俺は昨日、気になったことをどうしても確認したかった。

「なあに?」

「お前……、昨日が始めてだったのか?」

「……どうしてわかったの?」青木がうつむいて答えた。

 あ、やっぱり! 俺が初めての男だったわけだ。

「だって、震えてたから……」

「震えてた? ほんと?」

 実はほかにもあったが、言うと恥ずかしがるだろうから言わなかった。

「だって、短大進学で上京したけど、女子短大だったし、就職して小川君に出会って……」

 気が付いたら、俺は青木を抱きしめていた。めっちゃうれしい。そしてそのまま押し倒してしまった。青木がびっくりしていたが、静かに目を閉じた。

 俺は欲望に任せて、青木を抱いた。

*****

「……ごめん」

「なんで謝るの? うれしかったから大丈夫よ」

 シングルベッドに2人はやっぱり狭かったが、寒い秋で良かった。青木の肌が暖かい。

「そのブラウス、可愛かったのに」

 俺はブラウスのボタンをはずすのに、イライラして引きちぎってしまった、反省。でも本当に魅力的だったら、欲しいという気持ちを抑えられないってことか。この魅力に気が付くのに6年かかったわけだ。

 青木はブラウスを見て言った。

「たぶん、大丈夫。ボタンが見つかればつければいいし、見つからなかったら全部付け替えればいいのよ」

 青木の言葉に返事もせず、俺は考えていた。もし最初に誘われたときにここにきてたら、間違いなく関係を持っただろう、それも特別な感情を持たぬまま。それでもグリーンカードや怪我がなくても婚約しただろうか? そのままダラダラ関係を続けて、結婚を急かされたときに俺が決めれなくて別れたのか、それとも他の男に取られたくないほど、惚れて結婚したのか。でも伊豆の後だったら、安西に取られたくなくて、結婚しただろうな。え? まさか安西、だからあんなことを言ったのか? 

「どうしたの?」

 青木が俺の顔を覗き込んだ。

「いっそもう入籍するか?」

「え?」青木がびっくりしてる。俺がこんなこと言うなんてってか? 実はもう一人では寝られない。

「俺も明日半休でリハビリだから、会社行く前に待ち合わせるか」

 青木は急にスマホで何か確認し始めた。

「何やってるんだよ?」

「明日って入籍にいい日か確認してるの」

「どうやってそんなの調べるんだよ?」

「仏滅とか嫌じゃない」

 ああ、式の日取りを決めるときもなんか言ってたな。

「大安だわ! そうしましょう!」

「入籍前に一緒に暮らし始めたって言ったら、おじいちゃんが怒りそうだしな」

「そんなにおじいちゃんが、怖かった?」

「想定外だったからな。あっさりお父さんが許してくれて、気の緩んだところにあれはきつかった」

「明日何時からリハビリなの?」

「10時から。村野総合病院だよ」

「じゃあ今日泊まらない? 明日一緒に家を出て、先に入籍でも、リハビリの後でも良いじゃない」

「ああ、そうだな。そうするか」

 楽しかった婚約期間を自分で短くしちゃったけど、結婚生活の方がきっと楽しいだろう。

「じゃあ夕食作るわね。何がいい?」

「なんでもいいけど、好物はハンバーグ」

「チーズハンバーグにする?」

「いいね!」 チーズハンバーグは俺の大好物だ。

「じゃあ作り始めるから、ちょっと向こう向いてて」

「なんで?」

「恥ずかしいからよ」そう言って青木がベッドから起き上がった。

 言われた通りにしたが、俺が素直に聞くわけがなかった。そっと見ると

「見ないでって言ったでしょ!」

 あっさりバレた……。あきらめて壁の方をみた。ま、一緒に暮らし始めたら、いくらでも見れるだろ。

 チーズハンバーグ激うま。デミグラスソースの代わりにトマトソースって新鮮だった。

「これって北海道風ハンバーグなのか?」

「さあ、あんまり考えたことなかったけど、うちはこういうハンバーグよ」

「うまい、超うまい」この調子だとほかの料理も期待できる。母さんの料理もうまいが、青木もかなりいける。

「そんなに美味しそうに食べてくれると、作り甲斐があるわ」青木は嬉しそうだった。お世辞じゃなくてほんとにうまい。



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