パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

キスの続き

 2ヶ月後。やっとギブスも取れた。

「どうですか? 痛みとかありますか?」

 久々に手を握ったり開いたりしてみた。

「ないと思いますけど、変な感じがします」

「一応明日から、リハビリで」

「え? リハビリ?」

「3か月も動かしてないので、少しずつ戻していかないと」

 また病院通いか……。

「どれだけ続けるかは、リハビリ技師の指示に従ってください。たぶんそんなにかからないと思いますよ」

「わかりました」

「リハビリが必要だという書類をいただけますか?」

 実は俺は、移住をあきらめていなかった。主任の言う通り、正当な理由があれば移住期間を延ばすことができる。この書類をアメリカ大使館に出すつもりだったが、青木にも言わずに秘密で進めていた。

 出社してから、この書類をコピーして鈴木主任にも提出した。

「リハビリもあるのか。やっぱり重傷だったな」

「はい、でももう少しだと思います」

「移住はやめたということだけど、整備に戻るか、2課に行くか、どうする?」

「2課に残ろうと思います。中村課長からも強く誘われてますし、結婚後も転勤しないで済むように動いてくれてるので」

「そうか、残念だが会社を辞めるわけでなし。何かあったらいつでも相談乗るよ。式のこともあるしな」

「ありがとうございます」

 本来ならば中村課長に仲人をお願いするべきなんだろうが、鈴木主任にお願いしていた。

***** 

 移住をあきらめていない理由は、結婚後は青木が俺の家に引っ越してくるからだ。つまり親と同居だ。今日も仕事後青木がうちに来て、詳細の相談だ。つまりパラサイトシングルからパラサイトカップルになるというわけだ。

「確かにお義母さんにお世話になることが多いと思うけど、パラサイトではないと思う」

「でもそのまま正社員で働くなら、そんなに家事もできないだろ」

「そうだけど、この近辺高いし、こんなに通勤に便利な立地条件に家があるのよ。もったいなくない?」

 父さんが死んだときに、家のローンも完済扱いになってるから、確かに家賃もかからない。ケビンのアイデアどおり、オンラインで大卒になって移住を目指す。もし移住できなかったとしても大卒になっておいて損はないはず。オンラインとはいえ、あまり学費は安くなかったが、他の同期に比べれば貯金もあるし、青木には悪いがその半分を学費に費やすつもりだったが、まだ話していない。新婚旅行も奮発してハワイ10日間。ハワイ島とマウイ島も行く予定。なぜ10日も行くかというと、滞在中に本物のグリーンカードを受け取りたかったからだ。移住サポートには高い金を払って手伝ってもらっている。彼らからの入れ知恵は、仮のグリーンカードで入国して、ハワイの住所をサポートのにして本物のグリーンカードを申請する。申請後1週間ほどで本物が届くそうだ。もし届かなければ日本まで送ってくれるそうだが、受取時にばれたくなかったから、受け取ってから帰国したいからだ。年末年始の休みを使うから有給は2日しか取らないけど、中村課長が良い顔をしなかった。オンラインで大卒を目指す前に充電したいと言ったら、MBAを目指せとまで言われてしまった。MBAだと会社が補助金を出してくれるらしいが、まずは大卒だ。本物のグリーンカードさえ手に入れれば、5年以内に移住すればいい。5年あれば、卒業できるはず。

「じゃあ、私は1階の和室に移動するから、幸雄の部屋を夫婦の部屋にすれば?」

 和室は今、客間になっているが、さほど客も来ない。

「兄貴の部屋、もらうから」

「どうするの?」

「俺の書斎。別名ゲームルーム」

「えー、ゲームルーム?」青木は反対みたいだ。

「フォートナイト、教えてやるよ。お前もパソコンおけばいいじゃん」

「パソコン持ってないんだけど」

 あ、そうなんだ。

「それにTOEICの勉強もしないと」

「3か月おきに受けるんでしょう?」

「そう、来週公式なのがあるよ。あんまり自信ないけど」

「過去問で985なら大丈夫でしょ?」

「たぶんな。でも油断できないしな」

 そう答えたが、実はTOEFLと大学の勉強用だった。

「智子さん、夕飯食べて帰るでしょ?」

「あ、はい、ありがとうございます! 手伝います!」

 母さんと2人で台所に立つ姿を見るのは悪くないが、俺としては新婚くらいはどこか借りて住みたかった。兄貴の帰省のたびに気も遣うし。早く兄貴に彼女ができれば少しはましだろうけど……

***** 

 食事が終わっても、つい話し込んでしまった。

「そろそろ失礼します」

 青木がそう言ったときに時間を見たら10時半だった。

「ああ、駅まで送るよ」

「あら、智子さん、泊まっていけば? もう遅いし危ないでしょ」

 母さん、何言ってんだよ? 

「え? でも……」

「服なら貸してあげるし、明日土曜日だから良いでしょ」

「じゃあ、お前は客間で……」

「良いでしょ、幸雄の部屋で」

「母さん!?」

 母親の言うことなのか、これって?

「もう幸雄を見てると、お父さんそっくりで」母さんは笑っていた。

 え? 父さん?

「奥手ってもう死語なのかしらね? 大事に思いすぎて何もしないのは、むしろ逆効果だと思うけどね」

 青木も黙って母さんを見ていた。なんて言えばいいんだ?

「あまりにもじれったいから、平手打ちしたこともあるくらいよ」

「あ、私もあります」

 そんなこと言わなくていい。

「今日は私は、1階の客間で休むから」

 そう言って母は奥へ引っ込んだ。

「じゃあ、泊めてもらうことにする」

「ああ、そうだな……」

 母さんが着替えと新しい歯ブラシを持って戻ってきた。

「そうそう、これ、良かったら使ってね。お風呂も沸いてるから。化粧品は私のをよかったら使って。洗面所に置いておくから。じゃあおやすみなさい」

 急な展開にちょっと驚いたが、これって母さんが俺をもう一人前の大人と見てるんだろうな。

「風呂場こっちだから、先にどうぞ」

「良いの?」

「良いよ、その間にダッシュで片づけるから」

 俺は部屋の窓を開けて、空気を入れ替え、ごみ捨てに掃除機をかけてとできる限り綺麗にした。うれしい反面、俺の心の準備ができてなかった! どうしよう。

「お先でした」

 青木が風呂から上がってきた。母さんの服を着てるとはいえ、風呂上りは色っぽい。

「俺も入ってくるから。あ、フォートナイト、やってていいよ」

 思わず照れ隠しに言った。

「え? どうやってやるの?」

「あ、じゃあチームランブル見せてやるよ」

 俺は1ゲームだけチームランブルをやったが、右手が事故前のように動かなくてやられまくったように見えたが、実際は俺はすごい緊張していた。初めてじゃないけど、急に青木が俺の部屋に泊まるなんて。でもやっとあのキスの続きができる。

「このゲームモードは何回も復活できるから、初心者にはお勧め」

 そう言って俺は風呂へ行ったが、実はめちゃくちゃ動揺していた。

***** 

 残された智子はフォートナイトの画面を眺めていた。

「英語でやってるし。わかるかな」

 画面に『Accept』が出た。智子はよくわからないまま、その『Accept』をクリックした。チャットボックスの「ThomasNinja」から「Yo」とメッセージが出た。「Kevinin1992」も「Yo」と打った。智子も「Yo」とタイプした。

 すると「VC?」と返事が来た。

 VC? 智子は意味がわからなかった。「What’s VC?」とタイプしたら、「Voice chat」と返事が来た。ヘッドセットがデスクトップパソコンにつながっていた。

「あ、これね」ヘッドセットをつけた。

「Hey, Yukio, why didn’t you know what VC was?」

「Thomas and Kevin?」

「Who the hell are you?」

「I’m Tomoko, his fiancee.」

「Oh yeah, nice to meet you」

「Nice to meet you, too. He is taking a bath now.」

「OK, you want to play?」

「Yes, I’d like to try」

「OK, ready up」

 バトルが始まった。智子はどうしていいかわからぬまま、さっさとやられてしまい、残った2人のプレイを見ていた。

***** 

 風呂は生き返るな。でも青木が待ってると思うと、緊張する。結局婚約まで手を出さずだったが、やっぱり俺も父さんの子か。婚約したのに、まだだなんて、兄貴が聞いたらなんて言うだろう? 

***** 

 いつもより念入りに身体を洗って部屋に戻ると、青木はトーマス、ケビンとプレイしていた! 

「あ、私はさっさとやられちゃって、ケビンも今殺されて、トーマスが1人で頑張ってるの」

「ヘッドセット貸して」

「Hey, guys」

 トーマスがケビンをリブートカードで復活させた。俺のリブートカードは終わってたから見てるしかなかった。

「Hey, invite us to your wedding」

「Can you guys come?」

「Why not?」

 ビクロイは無理だったが、ひょんなことで青木がトーマスとケビンとプレイしたとは!

「トーマスもケビンも結婚式に来たいってさ」

「イギリスから?」

「そう、帰国後1回も会ってないからな。この間Zoomでしゃべったけどお互い変わっただろうな」

「英語習ってて良かったわ……」

「そうだな」

「何をしてる人たちなの?」

「トーマスは確かプログラマーで、ケビンは建築家だよ」

 2人とも大学進学の際に家を出て、1人暮らしだが、ケビンもトーマスも近所に住んでるようだった。俺もイギリスにいたらそんな感じだったんだろうか? 着々とキャリアも積んでいるしな。2人とも彼女は今はいないが、ケビンは何気に日本人と付き合いたいと思ってるようだ。なんせツンデレ系アニメばっかり見てるからな。俺も嫌いじゃないけど、バトル系の方が面白い。

「アルバム見せてやるよ」

 早く抱きたいけど、少し落ち着かないと暴走しそうだった。

「うん、見せて」

「これがイギリスにいる時の写真で……」

 渡米したばかりの写真だから、3歳か。

「かわいい! 小さいころからかわいいのね」

 どういう意味だよ? 今もかわいいってことか? そんなわけないだろ。

「お義父さん似?」

 4人で写った写真を見せると、たいてい俺は父さん似って言われる。

「ああ、よく言われてたな」

「でもお兄さんと双子みたいね」

「小さいときはな。今は兄貴の方が背も高いし、眼鏡かけてるからタイプ的には安西に似てるかも」

 ケビンとトーマスとキャンプに行った写真を見せた。

「ケビンってハンサムね」

「だろ? これがたぶん小3か。すでになんか色気あるよな」

「トーマスって優しそう」

「そうだな、ほんとに優しいけど、仕事には厳しいみたいだな」

 2人が俺の結婚式に来るなんて夢みたいだ。

 俺は青木を抱き寄せた。

「すごく緊張してたけど、おかげですこしほぐれたよ」

 青木が俺を見上げた時に、気が付いた。

「あれ? 眉毛は?」

「……眉毛薄いから、毎朝書いてるの……」

 伊豆では気が付かなかったから、完全にすっぴんじゃなかったんだな。確かに眉毛は薄いようだが、眉毛以外はすっぴんでもあまり普段と差がなく、やっぱり薄化粧だったんだな。俺は眉毛にキスをした。

 ……青木が震えてる? もしかして……と思ってる間に青木が俺の首に腕を回してきた。青木の肌を感じると、俺もスイッチが入った。やっと伊豆の続きだ。

 部屋の電気を消した。シングルベッドに2人は狭かったが、暗い部屋でも青木の肌が白いのがわかる。お互い気が済むまで何度も愛し合った。



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