パラサイトマン
兄貴登場
金曜日。今日は兄貴が帰ってくる。もちろん青木に会いに来るんだが、結局盆休みには帰ってこなかったから、正月以来。今年の正月には彼女もいなかったし、同期で遊んでもいなかったのに、婚約したなんて。兄貴が電話ですごいびっくりしてたもんな。俺もびっくりだ。
「今日、焼き鳥行くだろ?」朝のロッカーで広瀬に聞かれた。
「あ、今日、兄貴が帰ってくるんだよな……」
「じゃあ兄貴も呼べよ。安西と知り合いなんだろ」
ああ、その手もあるか。
「兄貴が良いって言ったらな」そう言って俺は兄貴にラインした。
*****
「幸雄の同期と焼き鳥ね。安西って覚えてないな」兄貴はどうやらもう家についてたようだ。
「卒業アルバム見ろよ。中学時代の復習しておけ」
「兄貴、来るって?」広瀬は2課までついてきた。
「たぶんな。お前、忙しくないのかよ?」
「忙しいけど、お前来ないなら焼き鳥もキャンセルかも。フィットネスもお前が来れないから今はないしな。焼き鳥もなくなったら、安西と行くけど、さみしいじゃん」
え? そうだったのか。
ラインが鳴った。
「あ、兄貴来るって」
「良かった! じゃあ仕事戻るわ」
*****
「小川君のお兄さんも来るの?!」
焼き鳥屋に向かう途中、女性陣は色めき立った。
「そう、今日焼き鳥やめようかと思ったけど、安西と面識もあるからな。呼んだら来るってさ。安西にもラインしておいたから、仕事終わったらすぐ来るって」
焼き鳥屋の入ったビルの前に行くと、もう兄貴がいた。
「よう、お帰り。いつ東京に着いたんだよ?」
「昼過ぎには着いたけど、父さんの墓参りに行ってから帰宅したよ」
「俺の兄貴」俺は簡単に兄貴を紹介した。
「初めまして。幸雄がお世話になってます」
「お兄さん、小川君に似てますね」山本が言った。
「よく言われますよ」でも兄貴の方が背も高いし、眼鏡もかけてるけどな。
「いつまで東京にいらっしゃるんですか?」前川が聞いた。
「日曜の午後には京都に戻らないとね。月曜日から仕事だし」
「私も京都です」
「そうなんだ? どの辺?」
2人がすでに盛り上がり始めた。
「とりあえずお店に入りましょうか?」前川が促した。
いつもの座敷。兄貴はあたりを見回している。
「初めて入ったな、ここ。いつ出来たんだろうね」
「私たちが入社した時はもうありましたよ」前川が答えた。
「そうなんだ。知らなかっただけか」
「幸雄、智子さんを紹介してよ。そのために帰ってきたのに、同期会にまで入れてもらって悪いね」
俺は黙って、俺の隣に座ってる青木を指した。
「それだけ? もっと何か言うことあるだろう?」
「初めまして。青木智子です」
「智子さん、こんなのの、どこが良かったの?」兄貴の声のトーンは真剣だった。
「兄貴! 『こんなの』はないだろ」
「だって、『紹介して』って言って指さすだけってないだろう?」
「なんて言って欲しかったんだよ? 『婚約者の』とか? もう知ってるだろ」
今更ながら、なんか恥ずかしい。
「そうだけど……。智子さん、どう思う?」
「もう慣れました」青木はにっこり笑った。
「人間出来てるね、こういう人じゃなかったら、幸雄の妻はつとまらないだろうね」
「小川君は同期で一番人気なんですよ」山本が余計なことを言った!
「そうなんだ? みなさん物好きだね」
「久しぶりって覚えてないよな?」安西がやっと来た。
「覚えてなかったけど、卒業アルバムで復習してきたよ、安西だよね?」
安西は兄貴の隣に座った。
「でも小川は中学でもモテてたじゃん、覚えてない?」
「ああ、何回かラブレターを預かったけど、『弟は日本語あんまり読めないから、英語で書き直して』って返してたよ」
「そんなことあったんだ? 知らなかった」兄貴、教えて欲しかった。そしたら日本語頑張る理由になったのに。
「俺ももらったことあったけど、当時は手書きって読みにくかったからな。今は問題なく読めるけど」
「わかる、黒板になんて書いてあるか、わからなかったもんな」
「『俺が訳すのもおかしいから』って言って突き返すと、誰も英語で書き直してこなかったな」兄貴がそう言って笑った。まあ今となってはいい思い出か。
「兄弟でラブレターもらってるなんて、俺にはあり得ないなあ」広瀬が言った。
「じゃあ『ハリポタくん』は?」前川が聞いた。また余計なことを……!
「ああ、懐かしいな。そうそう、そう呼ばれてたね」
「この話、もう良いから!」俺は話題を変えたかった。
「ところで来年、結婚するんだってな」安西が兄貴に言ったが、兄貴の顔色が変わった。
「あ、別れたんだよ……」
「え? なんで!?」俺も初耳だった。
「まあ、要するに振られたってこと」
「あ、ごめん……知らなかったとはいえ、ごめん」安西が謝った。
「いいよ。でもだからこそ幸雄がうらやましいよ」
「人口の半分は女性ですよ!」山本が言った。まさかもう酔ってる?
「そうだね、ありがとう」酔っぱらいの言葉にお礼なんて、兄貴は大人だ。
「ところで、父さんの墓前に婚約の報告はしたのか?」
「まだだけど、両親の顔合わせが終わったら、青木と一緒に行くよ」
「まだ名字で呼んでるのか、ああ、同期だからか」同期の前で青木のことを名前で呼べるか!
「幸雄って幼いだろう、クソガキがそのまま大人になったからな。結婚してやっていけるのか心配だよ」
「クソガキって何だよ!?」
「大人気ないという方が適切な言葉かな。だいたい言葉遣いも悪いし、営業でやっていけてるのか?」
「……いけてるよ」
「なんでそんなに口が悪くなったんだろうね?」
「……知らないよ」今日、誘わなければ良かった……。
「小川は営業2課でピカイチだよ」安西が言った。
「ほんとに? 信じられないな」
「一番花形の営業2課で、TOEICスコアなしで入ってそのままぶっちぎりだもんな。聞いたよ、985だったんだって」
「985? 俺が今920だからやっぱり幸雄の方ができるよな」
「俺を社内結婚なのに営業2課に残らせるためには、書類がいろいろいるって中村課長に言われて、過去問だったけどこの間受けたんだよ。1問間違いだった。あの部署で900点台はいないらしい」でもこれがTOEFLだとどうなんだろう? TOEFLでも高得点出せると良いけど……
「すごいよなあ。聞いたけど、顧客に怒鳴ることもあるらしいが、なめられなくて良いって高評価だもんな。絶対折れない営業マンだって」
安西がほめちぎりながら、ビールをうまそうに飲んだ。
「怒鳴ってなんかいないよ。変にごねるからこっちもちょっと声が大きくなるだけだよ」
「まあ、ちゃんとやれてるなら良いけど」兄貴はビールを飲み干した。あれ? 兄貴は酒飲めたっけ?
「でも同期で一番しっかりしてるのは安西君だけど、次が小川君ですよ」前川が言った。
「俺が一番幼いってこと?」広瀬が不満そうだった。
「そうね、広瀬君が一番、幼いわよね……」
まずい! だから広瀬に色気がないってことか! 青木から聞いたが、広瀬はもう振られたそうだし……。カラオケは使えない。どうしよう。
「でもだいたいは女性の方が精神年齢高いから、同期だったらそう思うのはあると思うよ。だって安西は俺と同じで2つ上だからしっかりして見えるだろうね」
確かにそういう話は聞いたことあるな。
「同い年のちょっと子供っぽい男性を『かわいい』と思うか、『頼りない』と思うかだよね」兄貴が冷静に語った。
「小川君はかわいいけど、頼りがいもあるんですよ、でも広瀬君は……」
「前川!」俺は思わず怒鳴ってしまった。
「……何よ」前川も驚いていたが、他の連中もだった。
「……広瀬はお前がクラゲに刺された時も適切に処置したし、俺が怪我したときもそうだったんだよ! 日ごろは確かにちょっと頼りないかもしれないけど、実はしっかりしてるんだよ!」
「確かにくらげのときはお世話になったけど」前川が認めた。
「広瀬は俺たちの恩人だろ」
「そうだけど、やっぱり幼いというか……」
このことで広瀬が悩んでることを知らない前川だったが、ここでこういう話になるなんて。
「でも恩人は止血した鈴木主任なんじゃないの?」山本が余計なことを言った。
「だから2人とも恩人なんだよ!」話題を変えなくては。
「めぐみちゃんは大人の男性が好きだもんな」広瀬が気のせいか悲しそうに言った。
「そうね、やっぱり頼りがいのある人が好みかな」
「広瀬は頼りがいあるよ。仕事も俺よりできるし……」
「もういいよ、小川」広瀬が言った。
「でも……」
「人口の半分は女性なんだから」心なしか寂し気に広瀬が言った。
「そうだけど……」俺は納得が行かなかった。
「きっと俺は年下の方が良いのかも。同期で見つけようと思うと難しいかもな」
「そうだよ、同期というか社内恋愛はやめておく方が良いよ」兄貴が言った。あれ? 社内恋愛じゃなかったと思ったけどな……
「社内恋愛だったんですか?」山本が聞いた。
「そう、それも同期」
「そうだったっけ?」俺はすっかり勘違いしてたようだ。
「社内で同期だったし、結婚するつもりだったから母さんにも『一生京都で暮らしたい』って言ったけど振られたし、東京に戻るつもりだよ」
「そうなんだ?」俺は驚いた。関西をすごく気に入ってたのは彼女がいたからか。
「転勤で戻ってくるってことですか?」前川が聞いた。
「そう、2月に戻れる予定。内示はまだだけど」
「どこに住むんだよ?」
「会社の近くで探すよ。家賃も半額負担してくれるしね」
「母さんに言ったのか?」
「今日言ったよ」
「彼女と別れたことも?」
「ああ言ったよ。ちょっとがっかりされたけど、しょうがない」兄貴がビールを注文した。父さんの体質に似たのは俺だけだったのか。
「小川君のクソガキ時代の話、教えてください」
青木! 何言ってるんだよ!? でも話題が変わって兄貴はうれしそうだった。
「もう小学校では物は壊すわ、女の子泣かすわで母さんが困ってたよ」
「壊したのはわざとじゃないよ。ふざけてて花瓶を割ったとか……」
「コナンの服部にあこがれて、剣道ごっこで窓を3枚割ったとかな。なんで教室でやったんだよ」
この焼き鳥屋での集まりは呪われてるのか。今度は兄貴から過去をばらされている。
「1番ひどかったのは、スカートめくりで女の子を泣かしちゃってね。その子の親が激怒して親を呼び出せになったけど、母さんはそこまで英語できないし、父さんが来るまでずっと学校で待たされて。母さんも学校に来てたから俺まで一緒に残されたよ」
アマンダ事件か……あれは確かにめちゃくちゃ怒られた。
「どうしてですか?」前川が聞いた。
「俺はまだ小6だったから、保護者なしで家で1人で過ごせなかったし、急にベビーシッターなんて見つからなかったしね。そういう日に限って友達も用事があって俺を預かってもらえなかったんだ」
「あれは、ケビンもトーマスもやったのに、俺がめくった子だけ泣き出したから問題になったんだよ」
アマンダが泣いたのは別の理由だったんだが、兄貴も母さんも知らないはず。
「でも帰国してすっかり大人しくなったもんな。それはそれで母さんが心配してたよ」
「手のかかる子供だったってことか。兄貴は優等生だったからな」
「でも今心配されてるよ。幸雄はもう片付いたしな。これからは智子さんに世話してもらえ。こんな弟だけど、よろしくね、智子さん」
「はい」青木が笑顔で答えた。
「9時半か、お開きにするか。透の帰京目的をちゃんと果たさせてあげないとな」
安西が言った。
「明日来るだろ?」青木に聞いた。
「あ、うん。何時くらい?」
「何時でも良いよ」
「母さんが、あの高い和食の店のランチを予約してたぞ」
「あ、そうなんだ。じゃあ10時くらいな」
やっと終わった……。俺ってずっといじられキャラかも。
「今日、焼き鳥行くだろ?」朝のロッカーで広瀬に聞かれた。
「あ、今日、兄貴が帰ってくるんだよな……」
「じゃあ兄貴も呼べよ。安西と知り合いなんだろ」
ああ、その手もあるか。
「兄貴が良いって言ったらな」そう言って俺は兄貴にラインした。
*****
「幸雄の同期と焼き鳥ね。安西って覚えてないな」兄貴はどうやらもう家についてたようだ。
「卒業アルバム見ろよ。中学時代の復習しておけ」
「兄貴、来るって?」広瀬は2課までついてきた。
「たぶんな。お前、忙しくないのかよ?」
「忙しいけど、お前来ないなら焼き鳥もキャンセルかも。フィットネスもお前が来れないから今はないしな。焼き鳥もなくなったら、安西と行くけど、さみしいじゃん」
え? そうだったのか。
ラインが鳴った。
「あ、兄貴来るって」
「良かった! じゃあ仕事戻るわ」
*****
「小川君のお兄さんも来るの?!」
焼き鳥屋に向かう途中、女性陣は色めき立った。
「そう、今日焼き鳥やめようかと思ったけど、安西と面識もあるからな。呼んだら来るってさ。安西にもラインしておいたから、仕事終わったらすぐ来るって」
焼き鳥屋の入ったビルの前に行くと、もう兄貴がいた。
「よう、お帰り。いつ東京に着いたんだよ?」
「昼過ぎには着いたけど、父さんの墓参りに行ってから帰宅したよ」
「俺の兄貴」俺は簡単に兄貴を紹介した。
「初めまして。幸雄がお世話になってます」
「お兄さん、小川君に似てますね」山本が言った。
「よく言われますよ」でも兄貴の方が背も高いし、眼鏡もかけてるけどな。
「いつまで東京にいらっしゃるんですか?」前川が聞いた。
「日曜の午後には京都に戻らないとね。月曜日から仕事だし」
「私も京都です」
「そうなんだ? どの辺?」
2人がすでに盛り上がり始めた。
「とりあえずお店に入りましょうか?」前川が促した。
いつもの座敷。兄貴はあたりを見回している。
「初めて入ったな、ここ。いつ出来たんだろうね」
「私たちが入社した時はもうありましたよ」前川が答えた。
「そうなんだ。知らなかっただけか」
「幸雄、智子さんを紹介してよ。そのために帰ってきたのに、同期会にまで入れてもらって悪いね」
俺は黙って、俺の隣に座ってる青木を指した。
「それだけ? もっと何か言うことあるだろう?」
「初めまして。青木智子です」
「智子さん、こんなのの、どこが良かったの?」兄貴の声のトーンは真剣だった。
「兄貴! 『こんなの』はないだろ」
「だって、『紹介して』って言って指さすだけってないだろう?」
「なんて言って欲しかったんだよ? 『婚約者の』とか? もう知ってるだろ」
今更ながら、なんか恥ずかしい。
「そうだけど……。智子さん、どう思う?」
「もう慣れました」青木はにっこり笑った。
「人間出来てるね、こういう人じゃなかったら、幸雄の妻はつとまらないだろうね」
「小川君は同期で一番人気なんですよ」山本が余計なことを言った!
「そうなんだ? みなさん物好きだね」
「久しぶりって覚えてないよな?」安西がやっと来た。
「覚えてなかったけど、卒業アルバムで復習してきたよ、安西だよね?」
安西は兄貴の隣に座った。
「でも小川は中学でもモテてたじゃん、覚えてない?」
「ああ、何回かラブレターを預かったけど、『弟は日本語あんまり読めないから、英語で書き直して』って返してたよ」
「そんなことあったんだ? 知らなかった」兄貴、教えて欲しかった。そしたら日本語頑張る理由になったのに。
「俺ももらったことあったけど、当時は手書きって読みにくかったからな。今は問題なく読めるけど」
「わかる、黒板になんて書いてあるか、わからなかったもんな」
「『俺が訳すのもおかしいから』って言って突き返すと、誰も英語で書き直してこなかったな」兄貴がそう言って笑った。まあ今となってはいい思い出か。
「兄弟でラブレターもらってるなんて、俺にはあり得ないなあ」広瀬が言った。
「じゃあ『ハリポタくん』は?」前川が聞いた。また余計なことを……!
「ああ、懐かしいな。そうそう、そう呼ばれてたね」
「この話、もう良いから!」俺は話題を変えたかった。
「ところで来年、結婚するんだってな」安西が兄貴に言ったが、兄貴の顔色が変わった。
「あ、別れたんだよ……」
「え? なんで!?」俺も初耳だった。
「まあ、要するに振られたってこと」
「あ、ごめん……知らなかったとはいえ、ごめん」安西が謝った。
「いいよ。でもだからこそ幸雄がうらやましいよ」
「人口の半分は女性ですよ!」山本が言った。まさかもう酔ってる?
「そうだね、ありがとう」酔っぱらいの言葉にお礼なんて、兄貴は大人だ。
「ところで、父さんの墓前に婚約の報告はしたのか?」
「まだだけど、両親の顔合わせが終わったら、青木と一緒に行くよ」
「まだ名字で呼んでるのか、ああ、同期だからか」同期の前で青木のことを名前で呼べるか!
「幸雄って幼いだろう、クソガキがそのまま大人になったからな。結婚してやっていけるのか心配だよ」
「クソガキって何だよ!?」
「大人気ないという方が適切な言葉かな。だいたい言葉遣いも悪いし、営業でやっていけてるのか?」
「……いけてるよ」
「なんでそんなに口が悪くなったんだろうね?」
「……知らないよ」今日、誘わなければ良かった……。
「小川は営業2課でピカイチだよ」安西が言った。
「ほんとに? 信じられないな」
「一番花形の営業2課で、TOEICスコアなしで入ってそのままぶっちぎりだもんな。聞いたよ、985だったんだって」
「985? 俺が今920だからやっぱり幸雄の方ができるよな」
「俺を社内結婚なのに営業2課に残らせるためには、書類がいろいろいるって中村課長に言われて、過去問だったけどこの間受けたんだよ。1問間違いだった。あの部署で900点台はいないらしい」でもこれがTOEFLだとどうなんだろう? TOEFLでも高得点出せると良いけど……
「すごいよなあ。聞いたけど、顧客に怒鳴ることもあるらしいが、なめられなくて良いって高評価だもんな。絶対折れない営業マンだって」
安西がほめちぎりながら、ビールをうまそうに飲んだ。
「怒鳴ってなんかいないよ。変にごねるからこっちもちょっと声が大きくなるだけだよ」
「まあ、ちゃんとやれてるなら良いけど」兄貴はビールを飲み干した。あれ? 兄貴は酒飲めたっけ?
「でも同期で一番しっかりしてるのは安西君だけど、次が小川君ですよ」前川が言った。
「俺が一番幼いってこと?」広瀬が不満そうだった。
「そうね、広瀬君が一番、幼いわよね……」
まずい! だから広瀬に色気がないってことか! 青木から聞いたが、広瀬はもう振られたそうだし……。カラオケは使えない。どうしよう。
「でもだいたいは女性の方が精神年齢高いから、同期だったらそう思うのはあると思うよ。だって安西は俺と同じで2つ上だからしっかりして見えるだろうね」
確かにそういう話は聞いたことあるな。
「同い年のちょっと子供っぽい男性を『かわいい』と思うか、『頼りない』と思うかだよね」兄貴が冷静に語った。
「小川君はかわいいけど、頼りがいもあるんですよ、でも広瀬君は……」
「前川!」俺は思わず怒鳴ってしまった。
「……何よ」前川も驚いていたが、他の連中もだった。
「……広瀬はお前がクラゲに刺された時も適切に処置したし、俺が怪我したときもそうだったんだよ! 日ごろは確かにちょっと頼りないかもしれないけど、実はしっかりしてるんだよ!」
「確かにくらげのときはお世話になったけど」前川が認めた。
「広瀬は俺たちの恩人だろ」
「そうだけど、やっぱり幼いというか……」
このことで広瀬が悩んでることを知らない前川だったが、ここでこういう話になるなんて。
「でも恩人は止血した鈴木主任なんじゃないの?」山本が余計なことを言った。
「だから2人とも恩人なんだよ!」話題を変えなくては。
「めぐみちゃんは大人の男性が好きだもんな」広瀬が気のせいか悲しそうに言った。
「そうね、やっぱり頼りがいのある人が好みかな」
「広瀬は頼りがいあるよ。仕事も俺よりできるし……」
「もういいよ、小川」広瀬が言った。
「でも……」
「人口の半分は女性なんだから」心なしか寂し気に広瀬が言った。
「そうだけど……」俺は納得が行かなかった。
「きっと俺は年下の方が良いのかも。同期で見つけようと思うと難しいかもな」
「そうだよ、同期というか社内恋愛はやめておく方が良いよ」兄貴が言った。あれ? 社内恋愛じゃなかったと思ったけどな……
「社内恋愛だったんですか?」山本が聞いた。
「そう、それも同期」
「そうだったっけ?」俺はすっかり勘違いしてたようだ。
「社内で同期だったし、結婚するつもりだったから母さんにも『一生京都で暮らしたい』って言ったけど振られたし、東京に戻るつもりだよ」
「そうなんだ?」俺は驚いた。関西をすごく気に入ってたのは彼女がいたからか。
「転勤で戻ってくるってことですか?」前川が聞いた。
「そう、2月に戻れる予定。内示はまだだけど」
「どこに住むんだよ?」
「会社の近くで探すよ。家賃も半額負担してくれるしね」
「母さんに言ったのか?」
「今日言ったよ」
「彼女と別れたことも?」
「ああ言ったよ。ちょっとがっかりされたけど、しょうがない」兄貴がビールを注文した。父さんの体質に似たのは俺だけだったのか。
「小川君のクソガキ時代の話、教えてください」
青木! 何言ってるんだよ!? でも話題が変わって兄貴はうれしそうだった。
「もう小学校では物は壊すわ、女の子泣かすわで母さんが困ってたよ」
「壊したのはわざとじゃないよ。ふざけてて花瓶を割ったとか……」
「コナンの服部にあこがれて、剣道ごっこで窓を3枚割ったとかな。なんで教室でやったんだよ」
この焼き鳥屋での集まりは呪われてるのか。今度は兄貴から過去をばらされている。
「1番ひどかったのは、スカートめくりで女の子を泣かしちゃってね。その子の親が激怒して親を呼び出せになったけど、母さんはそこまで英語できないし、父さんが来るまでずっと学校で待たされて。母さんも学校に来てたから俺まで一緒に残されたよ」
アマンダ事件か……あれは確かにめちゃくちゃ怒られた。
「どうしてですか?」前川が聞いた。
「俺はまだ小6だったから、保護者なしで家で1人で過ごせなかったし、急にベビーシッターなんて見つからなかったしね。そういう日に限って友達も用事があって俺を預かってもらえなかったんだ」
「あれは、ケビンもトーマスもやったのに、俺がめくった子だけ泣き出したから問題になったんだよ」
アマンダが泣いたのは別の理由だったんだが、兄貴も母さんも知らないはず。
「でも帰国してすっかり大人しくなったもんな。それはそれで母さんが心配してたよ」
「手のかかる子供だったってことか。兄貴は優等生だったからな」
「でも今心配されてるよ。幸雄はもう片付いたしな。これからは智子さんに世話してもらえ。こんな弟だけど、よろしくね、智子さん」
「はい」青木が笑顔で答えた。
「9時半か、お開きにするか。透の帰京目的をちゃんと果たさせてあげないとな」
安西が言った。
「明日来るだろ?」青木に聞いた。
「あ、うん。何時くらい?」
「何時でも良いよ」
「母さんが、あの高い和食の店のランチを予約してたぞ」
「あ、そうなんだ。じゃあ10時くらいな」
やっと終わった……。俺ってずっといじられキャラかも。
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