パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

やっぱり女は理解不能だ

 木曜日。

 営業2課に変わってから残業が多くなった。残業しても家まで10分だから問題はないが、久々に定時であがった。

 会社を出ると山本がいた。

「ちょっと良い?」

「……なんだよ?」

「話があるんだけど」

「……じゃあ恩田洋菓子店に行くか」

 何の話だろう? まさか、伊豆でのデートの約束を、婚約したにもかかわらず果たせとかいうんじゃないだろうな。真面目な山本ってあんまり見たことないから、なんだか嫌な予感がする。

 木曜日でもいつもほぼ満員の恩田洋菓子だ。満席だったらいっそ帰れるんだが、いつも一か所だけ空いてるんだよな。

「なんだよ、話って」

 フルーツタルトとコーヒーを注文してから、俺は聞いた。

「なんで智子を選んだの?」

「どういう意味だよ?」

「智子はいい子だし、幸せになってもらいたいって思ってるけど、なんで私じゃなかったのかなって……」

「何言ってるんだよ、付き合ってもなかったのに。まるで俺が二股かけてたみたいだろ」

「でも智子とも付き合ってなかったんでしょ?」

「何をもって付き合ってるっていうかにもよるけど、出かけたりはしてたよ」

「デートってこと?」

「デートというほどものじゃないけど」

 俺にとってのデートは、やっぱりカップルらしいことをしたことを指す。それは手をつなぐことも含まれる。だから俺にとっては、あの映画で肩を抱いたのが初のデートということだ。浅草の腕組みや手つなぎは俺の了承なしだから、含まれない。

「ディズニーシーでしょ?」

「ああ、その後も一緒に遊んだりしてたよ」

「ディズニーシー後って……4月か5月よね? じゃあ伊豆の時はすでに3か月くらい2人で会ってたってこと?」

「そうだよ。誘ってくれてたし、俺も悪い気してなかったし」

 あまり詳しいことを言う気はないが、山本の気が済まないならそれなりに言わないといけないか。

「どれくらいデートしたの?」

「だから、デートじゃないけど、まあフィットネスの時以外はほとんど」

「え? じゃあ何、月に4-5回は会ってたってこと?」

「ああ、そうなるのか、日曜に会ってるときもあったしな」

「信じられない」

「何がだよ。そんなに意外か」

「だってもし、段ボール箱を運んでもらったのが私だったら、違ってたかもよ」

 そうか? 俺は別にそれがきっかけで、青木と婚約したわけではないが。

「100%否定はしないけど、なかったと思うな……」

「どうして?」

「悪いけど、山本は俺の好みじゃなかったな」

「じゃあ、智子は好みだったってこと? 具体的にはどこが良かったの?」

「どこがって……」改めて、それも具体的にって聞かれると答えに詰まった。

「『進撃の巨人』見たけど、智子とヒストリアの共通点なんて見つけられなかったけど」

「でも、面白いだろ? トーマスが夢中で見てるよ」

「ああ、この間の電話の人?」

「あれはケビンだけど、どっちも親友」

「リヴァイみたいな人がいればなあ」

 いや、いないだろう。そんなこと言ってる間は彼氏できないと思うけど。

「トーマスがリヴァイのファンだよ。俺も好きだけど」

「それでどこが決め手だったの?」 話が戻ったか、しょうがない。

「ひたむきさ……かな」

「ひたむきさ?」

「ああ、『進撃の巨人』だってそうだろ? 自由を求めてひたむきに頑張る姿にファンがいるわけで、ヒストリアも仲間や自由のために頑張っていただろ。そこかな、たぶん」

「智子がひたむきだったってこと?」

「そう、俺に対してね」

***** 

 めぐみと智子はお茶をして帰ろうと恩田洋菓子店に向かっていた。

「エリカはもう帰っちゃってたのね」めぐみが聞いた。

「そう、今日はベルと同時に帰ったかも」

「あ」めぐみの目が小川とエリカを見つけてしまった。

「何? え? どういうこと?」智子は複雑な気分だった。

「なんでもないと思うけど。小川君、浮気するような人じゃないでしょ」

「でもエリカは小川君狙ってたし……」智子は店に入って2人に声をかけるか、考えていた。

***** 

「ねえ、約束果たしてよ。結婚前に1回だけ私と……」

「だめ」

「なんでよ?!」

「今日のケーキはおごってやるけど、だめ。お願いは聞かないから。それに安西に悪いし」

「安西君は関係ないでしょ」

「あるよ」

「……いい人だけど……でもまた、社内だからって躊躇してるのよね」

「でも同期だから親しくなれたのもあるだろ。社外で出会いがあるなら話は別だけど」

「……ない」

「じゃあ、良いだろ。幸せにしてくれるって」

 俺はそう言って、伝票を持って立ち上がったが、山本が伝票を奪い取った。

「私が払うわ」

「ああ、ごちそうさま」

***** 

「あ、もう出るみたい! どうする?」

「隠れようか?」

 めぐみと智子はいそいで店の陰に隠れた。

***** 

 店を出て、別れようと思ったが、

「最後に教えてよ」

「答えられる質問だったらな」

「智子のこと、愛してるんでしょ?」

 そ、そんな質問……。でもそれが山本が一番聞きたいことなんだろう。

「ああ、愛してるよ。だから結婚するんだよ」

 自分で言ってちょっと恥ずかしい。青木にも言ったことないのに。

「うらやましい。私もいい男探すわ」

「軽いノリの思わせぶりはやめとけよ。真剣なら真剣に言わないと伝わらないよ」

「……智子は真剣だったんだ」

「そう、あのひたむきさに負けたよ」

「だってさ、真剣に言って断られたらショックじゃない。だから軽いノリで様子を見てるっていうか」

「駆け引きか」

「まあ、そんなとこかな」

「期待されたら困るけど、山本は十分魅力的だから真剣になったらすぐ彼氏できるよ。安西もいるし」

「また安西君のことを言う」

「でも、お前のこと好きな男性社員、安西以外でもきっといるよ。別に社内恋愛じゃなくてもいいけど」

「素敵な人いたら、誰か紹介して」

「紹介できそうな奴とかいないけど、まずは自分が素敵になれよ」

「頑張ってるつもりなんだけど」

「引き続きがんばれよ。じゃあまた明日」

「そうね、ありがと」

***** 

「なんて言ってたか聞こえなかったね」めぐみが言った。

「そうね……」

「もし小川君が、エリカと会ったことを言わなかったら、怪しいかもね」

「え?」

「だって後ろめたいところがないなら、言うはずでしょ」

「そうね……」

「でも大丈夫よ。小川君は智子にぞっこんだと思う」

「そうだと良いけど……」智子は少し不安だった。誘うのもいつも智子からだったし、一度も好きだとはっきり言われたことがなかったからだ。

「でもさ、社内の不倫、知ってるでしょ?」智子が言った。

「あ、うん」

「特に営業に変わってから、心配なのよね……」

「残業も多いものね」

「それに営業の女性って私服じゃない。たまにセクシーな服の人っているでしょ?」

「ああ、金曜とかね。でもそれは彼氏に会うからじゃないの? 2課の女性陣では見たことないけど」

「でもその彼氏が社内だったら?」

「あり得ない話じゃないけど、もしそうなら、今だったら婚約破棄できるじゃない。しないんだから大丈夫よ」

「でもさ、エリカ、かわいいじゃない。スタイルもいいしさ」

「そうだけど、でも小川君、エリカのことは苦手そうじゃない?」

「まあね……」悩んでも仕方がなかったが、智子は気になってしょうがなかった。

「どうする? お茶する? 今度にする?」

「今度でいい?」

「良いけど、あまり悩まないの! ラブラブなんだから。うらやましいんだからね」

「……うん……」

***** 

 智子は結局ケーキを買わずに帰宅し、家にあるもので適当に作って食べたが、何度も携帯を確認していた。

「まだライン来ない……。フォートナイトも出来ないし、仕事探しも必要なくなったんだから、ラインくれてもいいはずなのに……」

***** 

 夕食を食べて部屋へ戻ると、青木からラインが来てた。

「今日、残業だったの?」

「いや、久々に定時に帰ったよ」なんでこんなラインが……。これが安西の言う束縛か? 

 返事なし。ラインで山本のことを言うのもなんだしな、今度会った時で良いと思ってるんだけど。

「まっすぐ帰宅したの?」

 どうやら見られたか。しょうがない。

「山本とお茶して帰ったよ」

「なんで?」やっぱり理由を聞いてきたか。今言わないとだめか。でもこれも社内恋愛だから、ある意味筒抜けなんだろうな。

「『なんでお前を選んだのか』って聞かれたよ」

 速攻電話がかかってきた。

「なによ、それ!?」

 隠す気はないが、詳細は言わなかった。青木と山本との友情を崩したくなかった。

「お前のひたむきさに負けたって答えたよ」

「……真剣だって言ったじゃない」

「そう、その真剣さに負けたってこと」

「『負けた』とかいうとなんか妥協したみたいじゃない?」

「妥協? どういう意味だよ?」

「なんか根負けしたみたいって言うか」

 女ってどうしてこうややこしいんだ!

「山本が、『お前のことを愛してるか』って聞いたから、『愛してるよ』って答えたよ!」

 なんでここで沈黙するんだよ? 人がせっかく頑張って言ったのに。

「……初めてね、そういう言葉言ってくれたのって」

「そうだな。今日、山本にそう答えたとき、気が付いたよ」

「もう1回言ってくれる?」

「言わない」

「なんで!?」

「何回も言うと言葉の価値が下がる」

「下がらないわよ! せっかく録音しようと思ったのに」

「録音!? 何のために?」

 まさか証拠とか? って何の?

「目覚ましに使おうと思って。『愛してるよ』で起きたら1日ハッピーじゃない?」

 バカか? 何を言ってんだ? しょうがない、付き合ってやるか。

「じゃあ、もう1回だけ言ってやるから」

「ちょっと待って! 準備するから」

「何回も言わないからな。失敗するなよ」

「OK。いいわよ」

 改めて言うとなると緊張するな。

「智子、愛してるよ。起きろよ」

 ああ、恥ずかしい。

「うまくできたか?」

「ああ、失敗しちゃった!」

「なんだよ!」

「私の名前の頭がかけちゃったの。もう1回!」

「だめ!」

「がっかり」

「結婚したら毎朝言ってやるから」

「ほんと?」

「俺が先に起きたらな」

「絶対先に起きてもらうから」

「たぶん無理だけど」

 婚約中って結構楽しいかも。あと2か月で夫婦になるけど、それも悪くない。

*****

 智子は小川とのライン電話のあと、すぐにめぐみにラインした。

「え? エリカ、大胆ね!」めぐみはその話を聞いて驚いていた。

「そうよね、私もすごいびっくりしちゃった」

「でも大丈夫だったでしょ?」

「そうだけど、こっちが突っ込んで聞いたらやっと言ったのよね……」

「まあ、もうちょっと信じてあげたら?」

「信じてるけど……」

「ああ、うらやましいわ!」

「広瀬君とあのフレンチレストランに行ったんでしょ?」

「行ったけど、そのあとゲーセンよ? もうがっかり」

「そうだったのね?」

「もう腹が立って、途中で帰ったんだけど、やっぱり広瀬君は子供っぽくて私にはだめだわ」

「振っちゃったのね」

「うん……」



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