パラサイトマン
男の色気ね……
ある意味、1泊2日にしておいてよかった。アクの強いおじいちゃんには参ったが、無事に結婚の許可ももらったし、とりあえず目的を達成できて俺たちは帰りの飛行機に乗った。
「グリーンカードの目的が、見合いを避けることだったとは思わなかったな」
「おじいちゃんがあんな調子だから、もう28になる前に見合いしろってうるさくて。30前に嫁がせたかったみたいでね。だから24歳から出し始めたの。小川君、愛想悪くて可能性低そうだったし」
悪かったな、愛想悪くて。でも安西にも言われたもんな。
「だからあのアンケートか。しかしパラサイトシングルはひどかったな」
「ごめんね。でも苦肉の策だったんだから。だって小川君にしか頼めないような内容にしないといけなかったんだもん」
「まあな、あんまり自宅から通勤っていないだろうしな」
「それに付き合うためには、まずは連絡先からって思ったの。でもグリーンカードを出したって思わなかったから、驚いたわ」
グリーンカード。アメリカに移住して人生変えようと思ったが、移住しなくても人生が大きく変わったな。
「式とかどうする?」
「あんまり派手にはやりたくないけど、社内恋愛だし、主任にはお世話になったからちゃんとしないとだめだろうな」
「ちゃんとしないと、またおじいちゃんが……」
ああ、あのおじいちゃんも来るに決まってる、身内なんだから。
「おじいちゃんのこと、なんで言わなかったんだよ」
「だって、たとえおじいちゃんが反対しても結婚できるじゃない。私の親が許すのはわかってたしね」
「そうだけど、誰にも反対されたくないだろ」
「でも結局は賛成してくれたじゃない。相当おじいちゃんに気に入られたみたいよ」
光栄かどうかちょっと微妙だった。
*****
いつも焼き鳥屋は金曜だが、今週は月曜だった。みんな北海道の話を聞きたがっていたからだ。
「良かったな。無事に認められて」安西が笑っていた。
「あのおじいちゃん、ほんとに怖かった」また1人ウーロン茶だが、ウーロンサワーより、ウーロン茶の方がうまい。
「私の写真のおかげだったんでしょ?」
山本は恩を売りたいようだった。
「そうだけど、今すぐ削除しろよ、あの写真」
「良いじゃない、同期初の宴会のいい思い出なんだし」
「良くないよ!」
「見せてよ、写真全部」青木が言った。
実は青木にはあの2枚は見せてなかったんだが、山本は全部見せた。
「何、この2枚……」ちょっと青木の声が怖いかも。
「これが私の感じる小川君の『色気』よ」
「見せて、小川の色気」
広瀬と安西が覗き込んだときは、もう遅かった。青木が山本の許可を得ずに、削除した!
「あ! 何するのよ!?」
「他は良いけど、これはだめ」
「喉仏とまつ毛フェチなのに!」山本が意外にも本気でがっかりしてた。
「なんで、そんなもんに色気を感じんだよ?」やっぱり山本はわからない。
「智子にとっての小川君の色気って何?」前川が余計なことを聞いた。
「さりげなく見える逞しさかな」
「わかる、それ!」山本も前川も同意した。
「そうそう、作業着を腕まくりした時に見える腕に、ちょっとドキドキしちゃったの」青木は笑顔で言った。
「見たことないくせに。イメージだろ、それ」
もし見たことがあったとしても、遠目とかであってそばではないはず。
「やっぱり覚えてない!」
「え?」
「新人研修が終わったあと、部署に配属されてすぐに、私が段ボール運ぶのを手伝ってくれたでしょ?」
そんなことあったっけ?
*****
6年前、5月。
資材部事務に配属された智子とエリカだったが、GW明けにエリカは体調を崩して休んでいた。前年度の書類を地下の倉庫に運ぶのは、新人の仕事だった。
「青木さん、今日じゃなくても良いからね」1年先輩に言われたが、
「でも今日、そんなにすることないんです」
そう言って智子は1個ずつ、エレベーターホールへ運び始めた。
「そんなに重くないので、往復すればできます」
そうは言ったものの、3つ目を過ぎてさすがに重く感じてきた。エレベーターホールに置きっぱなしにすることもできないため、最後の5個目を運んでいた。
「手伝いますよ、どこへ持っていけばいいんですか?」
たまたまそばを通った小川が声をかけた。
「小川君!」
小川は「誰?」という顔をした。
「同期の青木智子なんだけど、覚えてない?」
入社1週間は、営業所配属後に会社や営業所についての一般研修があって、6人で一緒に受けたが、小川は同期の顔すら覚えていなかった。
「ああ、そういえばいたね」
「同期6人しかいないんだから、覚えててよ!」
「ごめん、ごめん。それでどこに持ってくんだ?」
「地下の倉庫」
「女1人にさせるなんて、ひどい部署だな」
「違うの。ほんとは同期のエリカと一緒にするはずだったんだけど、今日病欠なの。今日、あんまりすることないから運び始めたけど、やっぱり重いわね」
「じゃあ、俺が3個もつから、お前1個持てる?」
小川は軽そうに3個、持ち上げた。
「すごい、力あるのね」
「そんなに重くないけど、4個はさすがに無理だな」
2人でエレベーターに乗ってB1を押した。
智子はまじまじと小川を見ていた。新人研修では小川の向かいに座っていたが、配布された紙を見るために少し伏し目がちになると、まつげが長いのがわかったが、そばで見ても長かった。そんなに筋肉質に見えなかったが、まくり上げた袖から見えてる腕は逞しかった。
エレベーターを降りて、右側の倉庫だった。智子は箱を置いてから、鍵を開けた。
「この部屋で、えっと……」
置くべき棚を探していた。
「ここに置いてくれる?」
小川は自分が持っていた3個置いて、1個を智子から受け取った。
「あと1つか。持ってこれるだろうけど、ここに置ける?」
智子の目線ほどの高さの棚だった。
「うーん、自信ないかも」
「じゃあやってやるよ」
そう言って2人は資材部事務のある2階まで戻った。
「ありがとう、でも忙しいんじゃないの?」
「暇じゃないけど、問題ないよ」
小川に手伝ってもらって、早く終わって助かったが、智子はこれを機にきっかけができてうれしかった。
「ありがとう、助かったわ」
「どういたしまして。またな」
*****
「ああ、あれ、お前だったのか」
「やっぱり覚えてなかったのね……」青木はちょっとムッとしていた。
「あの後、自販で会っても無視されるし、彼女いるんだと思ってた」
「また無視してた? ごめん」
「ほらな、同期に会っても無視してたんだから……」
また安西に言われてしまった。
「その時、彼女いたの?」山本が聞いた。
「いや、いなかったけど、あんまり彼女欲しいとも思ってなかったし、むしろいらなかったな」
「なんで? 俺なんて『いらない』なんて思ったこと、一度もないな」広瀬が驚いていた。
「……痛い目に遭ったというか、入社時は前の彼女と別れて1年弱くらい経ってたけど、もう女とかうっとうしかったしな」
「痛い目って何!?」
女性陣が反応した。
「高校の卒業式に『学ランの第2ボタンが欲しい』って言われて付き合い出したけど、もうめんどくさいというか」
「そんなこと、俺も言ってみたいよ」広瀬が言ったが俺は無視した。
「だって、朝起きたら『おはよう』のライン、昼もなんかのラインで、夜は『おやすみなさい』のラインなんて、バカらしくてやってられないよ」
「それはちょっと多いかもな」安西が同意した。
「おまけに俺の服が気に入らないのか、『服選んであげる』とかってブランド物とか勧めるし、冗談じゃないよ」
「自分好みの男にしたかったのね!」山本が言った。
「そうかもな。極めつけは専門学校で2年になってから、実技が多くなって手が汚れてることが多くなったんだけど、それが気に入らなかったのか、文句言われて」
「なんだよ、それ?」広瀬がムッとして言った。
「だろ? 手が汚いのは整備士の勲章だよ。そう言って別れた」
「彼女、びっくりしたんじゃない?」青木が言った。
「泣きながら追いかけてきたけど、無視。ラインも無視、電話も無視、待ち伏せされたけど、それも無視」
「……徹底したのね」前川がある意味感心していた。
「当たり前だよ。どうせまた何か言われると思ったし、よりを戻す気なんて全くないのに、そんな素ぶりを見せる方が酷だろ」
「それってどれくらい続いたの?」
「さあ、あんまり覚えてないけど、就職活動し始めたときはもうなかったから、たぶん3か月くらいか?」
「かわいそう……」山本が言った。
「そうかもしれないけど、どっちかが我慢してる関係なんて長く続かないよ。もう当時は怒り狂ってて『絶対彼女なんていらない』って思ってたからな」
そう言って俺は自分の手を見た。怪我以降、営業補助だから手はきれいだ。なんだか寂しい。
「整備に戻らないのか?」広瀬が聞いた。
「ああ、戻りたい気持ちはあるけど、わかんないな、まだ。ただ整備に戻れば朝霞に転勤になると思う。社内結婚だしな」
「そうだったな。じゃあ営業で良いじゃん」
「まあな。朝霞にも同期はいるんだろうけど、全然知らないしな」
青木の方を向いて言った。
「だから、意図的に無視はしてなかったと思うけど、愛想は悪かったかもな、ごめん」
青木はにっこりと笑った。
「小川は青木のどこが色っぽいと思う?」
安西、そんなことなんで聞くんだよ? 俺はとっさに赤くなった(と思う)
「でも、この手の質問は、結婚式2次会用に置いとくか」
「2次会!?」安西の言葉に動揺した。2次会なんてしなくていい。
「当たり前じゃん、整備も営業2課も資材部事務も全員結婚式に呼べないんだから」広瀬にそう言われた。
「その通りだけど、2次会なんていじられるだけだろ!」
「まあラブラブをみんなに分けてあげると思えば、大丈夫だろう」
安西がそう言ったが、2次会ってそういうもんだったけ?
「色気か。男の色気とか考えたことなかったな」
そう言った広瀬の言葉を聞いて、俺は焦った。もし広瀬が『俺の色気ってなんだと思う?』と言ったらどうしよう。広瀬と前川の関係は以前よりは進んだが、そこから進まないと広瀬から相談を受けていた。
「今からカラオケ行くか?」
俺の提案に、5人が俺を黙って見つめた。
「小川君がカラオケを提案するときって、何かよろしくないときよね……」山本が言った。
「そ、そんなことないよ、結構好きだって言っただろ」
「この間、初めてだったんでしょ? 歌詞の色が変わって歌うタイミングを見せてるって知らなかったんじゃないの?」
あ、そうなんだ。歌詞は覚えてたし、全く画面を見てなかった。
「ずれまくってたもんな。歌を知らないわけはないから、カラオケをわかってなかったんだろう」
安西に言われて、ますます立場がやばくなってきた。
「そんなに色気ネタが嫌なの?」山本が聞いてきた。
「そうそう、ちょっと恥ずかしいというか」
「2次会、楽しみね」前川が言った。
「みんな酒も入ってるしな」安西がにやりと笑った。
ああ、意図しない方向へ話が進んでいるが、広瀬が傷つかなかったらいいか。
「グリーンカードの目的が、見合いを避けることだったとは思わなかったな」
「おじいちゃんがあんな調子だから、もう28になる前に見合いしろってうるさくて。30前に嫁がせたかったみたいでね。だから24歳から出し始めたの。小川君、愛想悪くて可能性低そうだったし」
悪かったな、愛想悪くて。でも安西にも言われたもんな。
「だからあのアンケートか。しかしパラサイトシングルはひどかったな」
「ごめんね。でも苦肉の策だったんだから。だって小川君にしか頼めないような内容にしないといけなかったんだもん」
「まあな、あんまり自宅から通勤っていないだろうしな」
「それに付き合うためには、まずは連絡先からって思ったの。でもグリーンカードを出したって思わなかったから、驚いたわ」
グリーンカード。アメリカに移住して人生変えようと思ったが、移住しなくても人生が大きく変わったな。
「式とかどうする?」
「あんまり派手にはやりたくないけど、社内恋愛だし、主任にはお世話になったからちゃんとしないとだめだろうな」
「ちゃんとしないと、またおじいちゃんが……」
ああ、あのおじいちゃんも来るに決まってる、身内なんだから。
「おじいちゃんのこと、なんで言わなかったんだよ」
「だって、たとえおじいちゃんが反対しても結婚できるじゃない。私の親が許すのはわかってたしね」
「そうだけど、誰にも反対されたくないだろ」
「でも結局は賛成してくれたじゃない。相当おじいちゃんに気に入られたみたいよ」
光栄かどうかちょっと微妙だった。
*****
いつも焼き鳥屋は金曜だが、今週は月曜だった。みんな北海道の話を聞きたがっていたからだ。
「良かったな。無事に認められて」安西が笑っていた。
「あのおじいちゃん、ほんとに怖かった」また1人ウーロン茶だが、ウーロンサワーより、ウーロン茶の方がうまい。
「私の写真のおかげだったんでしょ?」
山本は恩を売りたいようだった。
「そうだけど、今すぐ削除しろよ、あの写真」
「良いじゃない、同期初の宴会のいい思い出なんだし」
「良くないよ!」
「見せてよ、写真全部」青木が言った。
実は青木にはあの2枚は見せてなかったんだが、山本は全部見せた。
「何、この2枚……」ちょっと青木の声が怖いかも。
「これが私の感じる小川君の『色気』よ」
「見せて、小川の色気」
広瀬と安西が覗き込んだときは、もう遅かった。青木が山本の許可を得ずに、削除した!
「あ! 何するのよ!?」
「他は良いけど、これはだめ」
「喉仏とまつ毛フェチなのに!」山本が意外にも本気でがっかりしてた。
「なんで、そんなもんに色気を感じんだよ?」やっぱり山本はわからない。
「智子にとっての小川君の色気って何?」前川が余計なことを聞いた。
「さりげなく見える逞しさかな」
「わかる、それ!」山本も前川も同意した。
「そうそう、作業着を腕まくりした時に見える腕に、ちょっとドキドキしちゃったの」青木は笑顔で言った。
「見たことないくせに。イメージだろ、それ」
もし見たことがあったとしても、遠目とかであってそばではないはず。
「やっぱり覚えてない!」
「え?」
「新人研修が終わったあと、部署に配属されてすぐに、私が段ボール運ぶのを手伝ってくれたでしょ?」
そんなことあったっけ?
*****
6年前、5月。
資材部事務に配属された智子とエリカだったが、GW明けにエリカは体調を崩して休んでいた。前年度の書類を地下の倉庫に運ぶのは、新人の仕事だった。
「青木さん、今日じゃなくても良いからね」1年先輩に言われたが、
「でも今日、そんなにすることないんです」
そう言って智子は1個ずつ、エレベーターホールへ運び始めた。
「そんなに重くないので、往復すればできます」
そうは言ったものの、3つ目を過ぎてさすがに重く感じてきた。エレベーターホールに置きっぱなしにすることもできないため、最後の5個目を運んでいた。
「手伝いますよ、どこへ持っていけばいいんですか?」
たまたまそばを通った小川が声をかけた。
「小川君!」
小川は「誰?」という顔をした。
「同期の青木智子なんだけど、覚えてない?」
入社1週間は、営業所配属後に会社や営業所についての一般研修があって、6人で一緒に受けたが、小川は同期の顔すら覚えていなかった。
「ああ、そういえばいたね」
「同期6人しかいないんだから、覚えててよ!」
「ごめん、ごめん。それでどこに持ってくんだ?」
「地下の倉庫」
「女1人にさせるなんて、ひどい部署だな」
「違うの。ほんとは同期のエリカと一緒にするはずだったんだけど、今日病欠なの。今日、あんまりすることないから運び始めたけど、やっぱり重いわね」
「じゃあ、俺が3個もつから、お前1個持てる?」
小川は軽そうに3個、持ち上げた。
「すごい、力あるのね」
「そんなに重くないけど、4個はさすがに無理だな」
2人でエレベーターに乗ってB1を押した。
智子はまじまじと小川を見ていた。新人研修では小川の向かいに座っていたが、配布された紙を見るために少し伏し目がちになると、まつげが長いのがわかったが、そばで見ても長かった。そんなに筋肉質に見えなかったが、まくり上げた袖から見えてる腕は逞しかった。
エレベーターを降りて、右側の倉庫だった。智子は箱を置いてから、鍵を開けた。
「この部屋で、えっと……」
置くべき棚を探していた。
「ここに置いてくれる?」
小川は自分が持っていた3個置いて、1個を智子から受け取った。
「あと1つか。持ってこれるだろうけど、ここに置ける?」
智子の目線ほどの高さの棚だった。
「うーん、自信ないかも」
「じゃあやってやるよ」
そう言って2人は資材部事務のある2階まで戻った。
「ありがとう、でも忙しいんじゃないの?」
「暇じゃないけど、問題ないよ」
小川に手伝ってもらって、早く終わって助かったが、智子はこれを機にきっかけができてうれしかった。
「ありがとう、助かったわ」
「どういたしまして。またな」
*****
「ああ、あれ、お前だったのか」
「やっぱり覚えてなかったのね……」青木はちょっとムッとしていた。
「あの後、自販で会っても無視されるし、彼女いるんだと思ってた」
「また無視してた? ごめん」
「ほらな、同期に会っても無視してたんだから……」
また安西に言われてしまった。
「その時、彼女いたの?」山本が聞いた。
「いや、いなかったけど、あんまり彼女欲しいとも思ってなかったし、むしろいらなかったな」
「なんで? 俺なんて『いらない』なんて思ったこと、一度もないな」広瀬が驚いていた。
「……痛い目に遭ったというか、入社時は前の彼女と別れて1年弱くらい経ってたけど、もう女とかうっとうしかったしな」
「痛い目って何!?」
女性陣が反応した。
「高校の卒業式に『学ランの第2ボタンが欲しい』って言われて付き合い出したけど、もうめんどくさいというか」
「そんなこと、俺も言ってみたいよ」広瀬が言ったが俺は無視した。
「だって、朝起きたら『おはよう』のライン、昼もなんかのラインで、夜は『おやすみなさい』のラインなんて、バカらしくてやってられないよ」
「それはちょっと多いかもな」安西が同意した。
「おまけに俺の服が気に入らないのか、『服選んであげる』とかってブランド物とか勧めるし、冗談じゃないよ」
「自分好みの男にしたかったのね!」山本が言った。
「そうかもな。極めつけは専門学校で2年になってから、実技が多くなって手が汚れてることが多くなったんだけど、それが気に入らなかったのか、文句言われて」
「なんだよ、それ?」広瀬がムッとして言った。
「だろ? 手が汚いのは整備士の勲章だよ。そう言って別れた」
「彼女、びっくりしたんじゃない?」青木が言った。
「泣きながら追いかけてきたけど、無視。ラインも無視、電話も無視、待ち伏せされたけど、それも無視」
「……徹底したのね」前川がある意味感心していた。
「当たり前だよ。どうせまた何か言われると思ったし、よりを戻す気なんて全くないのに、そんな素ぶりを見せる方が酷だろ」
「それってどれくらい続いたの?」
「さあ、あんまり覚えてないけど、就職活動し始めたときはもうなかったから、たぶん3か月くらいか?」
「かわいそう……」山本が言った。
「そうかもしれないけど、どっちかが我慢してる関係なんて長く続かないよ。もう当時は怒り狂ってて『絶対彼女なんていらない』って思ってたからな」
そう言って俺は自分の手を見た。怪我以降、営業補助だから手はきれいだ。なんだか寂しい。
「整備に戻らないのか?」広瀬が聞いた。
「ああ、戻りたい気持ちはあるけど、わかんないな、まだ。ただ整備に戻れば朝霞に転勤になると思う。社内結婚だしな」
「そうだったな。じゃあ営業で良いじゃん」
「まあな。朝霞にも同期はいるんだろうけど、全然知らないしな」
青木の方を向いて言った。
「だから、意図的に無視はしてなかったと思うけど、愛想は悪かったかもな、ごめん」
青木はにっこりと笑った。
「小川は青木のどこが色っぽいと思う?」
安西、そんなことなんで聞くんだよ? 俺はとっさに赤くなった(と思う)
「でも、この手の質問は、結婚式2次会用に置いとくか」
「2次会!?」安西の言葉に動揺した。2次会なんてしなくていい。
「当たり前じゃん、整備も営業2課も資材部事務も全員結婚式に呼べないんだから」広瀬にそう言われた。
「その通りだけど、2次会なんていじられるだけだろ!」
「まあラブラブをみんなに分けてあげると思えば、大丈夫だろう」
安西がそう言ったが、2次会ってそういうもんだったけ?
「色気か。男の色気とか考えたことなかったな」
そう言った広瀬の言葉を聞いて、俺は焦った。もし広瀬が『俺の色気ってなんだと思う?』と言ったらどうしよう。広瀬と前川の関係は以前よりは進んだが、そこから進まないと広瀬から相談を受けていた。
「今からカラオケ行くか?」
俺の提案に、5人が俺を黙って見つめた。
「小川君がカラオケを提案するときって、何かよろしくないときよね……」山本が言った。
「そ、そんなことないよ、結構好きだって言っただろ」
「この間、初めてだったんでしょ? 歌詞の色が変わって歌うタイミングを見せてるって知らなかったんじゃないの?」
あ、そうなんだ。歌詞は覚えてたし、全く画面を見てなかった。
「ずれまくってたもんな。歌を知らないわけはないから、カラオケをわかってなかったんだろう」
安西に言われて、ますます立場がやばくなってきた。
「そんなに色気ネタが嫌なの?」山本が聞いてきた。
「そうそう、ちょっと恥ずかしいというか」
「2次会、楽しみね」前川が言った。
「みんな酒も入ってるしな」安西がにやりと笑った。
ああ、意図しない方向へ話が進んでいるが、広瀬が傷つかなかったらいいか。
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