パラサイトマン

ノベルバユーザー549222

これが実家? あり得ないだろ?

 土曜日。俺と青木は帯広空港行きの飛行機に乗っていた。本当は金曜を休んで3連休で行きたかったが、俺が休めなかった。中村課長は人使いが荒い。1泊2日の北海道。8月の盆休み前のチケットは思いのほか高かった。でも夏は帰らないつもりの青木が帰省できたし、良しとしよう。盆休みを北海道でと言われたが、兄貴が彼女を連れて帰省するだろうから、丁重にお断りをした。本当は今年の正月休みに連れて帰ってくるはずだったけど……。まあしょうがない。

「帯広から車で1時間くらいなの。お父さんが迎えに来てくれるから」

「え? 空港でもう会うって、なんて挨拶すれば……」

「普通に『小川幸雄』です、で良いじゃない」

 そうかもしれないけど、緊張する。おまけに家が広いからと泊まるのも、青木の実家。どうしよう。

 ああ、もう着陸する。もっとちゃんと考えてくればよかった。2課で補助とは言え、意外に忙しかったって言い訳にならない。それに荷物も預けてないから、飛行機降りたら、すぐ会うことになる。

「お父さん!」

 帯広空港ってそんなに大きくないから、速攻青木がお父さんを見つけた。

「小川です!」

 思わず90度挨拶をした。

「……それ、2課で習ったんでしょ?」

 体を起こしてから俺は言った。

「そう、『最敬礼』の挨拶……」

「お父さん、そんなの知らないから」


 あ、そういや、農業やってるって言ってたな。

「いやあ、智子がいつ連れてくるかと、楽しみにしてたんだよ」

 気さくなお父さんみたいで良かった。

 初めて来た、北海道。地平線があるってある意味すごい。東京はビルで終わってるもんな。

「お父さん、なんでトラックなのよ!」

 迎えの車……。トラックって、すごい新鮮。

「セダンは隆が乗ってったから、これと軽トラしかなかったんだよ」

「隆?」

「弟。お父さんの手伝いをしてるの」

 ああ、弟がいるのは本当だったんだ。

「私が真ん中座るから」

「幸雄くんは、都会育ちで洋行帰りなんだってな」

 ようこう帰り? 初めて聞いた。

「どういう意味ですか?」

「内地ではそう言わんのか?」

 内地? 俺の日本語力ってそんなに低くないと思ってたが……?

「ああ、道民は本州のことを『内地』って言うの」

「そうなんだ」

 青木の実家までの道のり、開拓された畑のようだがとにかく広大だった。青木とお父さんは何か話をしていたが、全く聞いてなかった。イギリスにいるときに多少はヨーロッパを旅行したが、こんな景色は見たことなかった。

「すごい景色だな」

「着いたわよ。どうぞ」

 え? ここが実家? 畑の中にぽつんと家が建ってるけど、まさかこれ全部青木んちの畑? 確かに家、でかい……。

「これ……」

「そう、うちの畑」

 青木の家って実は金持ち?

「メインはジャガイモなんだけど、他いろいろとやってて、あっちにビニールハウスがあるでしょ? あそこは前はトマトもやってたのよね」

 『ビニールハウスが』ってたくさんあるんだけど。

「まあまあ、いらっしゃい」

 青木のお母さんだ!

「90度挨拶しなくていいから」

 ああ、そうだろうけど

「小川です! 初めまして!」

 俺って、意外に営業向きなのかもしれない。また最敬礼で挨拶した。

「広いだけで片付いてないけど、どうぞ」

 そう言われて家に入ったが、めちゃくちゃ広い。これが北海道の標準? 敷地内にもう1件家があった。

「あっちは離れで、隆が結婚したら住む予定なの。私が小さい時もあっちに住んでて、おじいちゃんが引退した時に母屋に引っ越したの」

「離れ? 母屋? 意味は分かるけど、初めて聞いたな」

「東京にいたら聞くことないわよね」

 居間に通されたが、焼き鳥屋の座敷より広い。20畳くらいあるか? 呆然としている俺に、

「右手、大変でしたね」

 お母さんがお茶とケーキを持ってきた。

「あ、はい……」

「座って。六花亭のケーキ、美味しいの」

「ろっかてい?」

「帯広が本店で、東京ではホワイトチョコレートが有名だけど、ほんとはケーキが美味しいのよね」

「俺もお茶にするわ」

 お父さんも入ってきた。今言わないとだめか? 頑張れ、俺!

「智子さんを僕にください!」

 右腕はまだ吊ったままだったが、俺は土下座した。

「ふつつかな娘ですが、こちらこそよろしくお願いします」

 お父さんの声が聞こえて、身体を起こした。あ、最大の目的を果たした。思ったよりあっさりだったし、よ、良かった……。

「智子からは入社以来、ずっと幸雄くんのことを聞かされてたよ。同期に素敵な人がいるってね」

 ってことは、やっぱりずっと想ってもらってたってことなのか……。知らなかった。

「あ、おじいちゃん」

 青木の声で廊下を見ると、おじいちゃんが。あ、もうちょっと待てばよかった。もう1回言わないとだめか?

「やっと連れてきたか」

 おじいさんも座った。え? やっと……?

「連れてくるのに6年かかったが、そんなにうちの孫は魅力がなかったんか?」

「おじいちゃん!」

「ど、どういう意味ですか?」

「人生で一番綺麗な20代を、実らぬ片思いに費やすなと帰ってくるたびに言ってたんだが、ついに実らせたか」

 青木を見ると、顔が赤かった。

「そうよ、頑張ったんだから」

「智子が頑張ったんか。じゃあやっぱりそんなに魅力がなかったんか?」

 確かに、青木の方が積極的だったが……

「あ、と、とても魅力的ですけど、部署が違うのであんまり会う機会がなくて……」

 とっさに答える俺だったが、なに、このおじいちゃん。

「2人でアメリカに移住予定で、最初は1人で行くそうだが」

「あ、まだ決めてないんですけど、いきなり2人で行くのはどうかと……」

「わしらの先祖は、夫婦2人で入植してこの土地を耕してきた」

 にゅうしょく? どういう意味?

「夢の途中で死んだ者もたくさん出たが、この大地で生き抜いてきた」

 俺は青木を見た。青木は少し呆れ顔でおじいさんを見てた。

「す、すみません、にゅうしょくって何ですか?」

「洋行帰りはこれだから」

 また出た、ようこう帰り。

「おじいちゃん、いい加減にして!」

「小川君、気にしないで。内地から人が来ると、すぐこれよ」

 あ、俺だけじゃないってことか、ちょっと安心した。俺は小さい声で青木に聞いた。

「ようこう帰りって何?」

「あ、海外からの帰国者ってことよ」

「にゅうしょくは?」

「北海道に移民したことよ。明治時代だけどね」

 な、なるほど。

「2人で力を合わせてやっていけば、できんことはないだろう」

 そ、そうかもしれないけど、仮にも国内である北海道移住とは違うと思うんだけど……。

「ま、まだ決めたわけではないので……」

 やばい……。こんな怖いおじいちゃんがいるなんて、聞いてなかったぞ。

「それにあの写真。もう智子とそういう仲なんだから、責任はきっちり取ってもらう」

 あの写真? まさか俺が酔いつぶれたときの?

「おじいちゃん! あれは焼き鳥屋だって何度も言ってるでしょ!」

 身の潔白を証明しなくては。

「青木、お前の携帯貸せ。俺の写真を画面に出せよ」

 青木から携帯を受け取った。

「なんで5枚もあるんだよ!?」

「だって滅多にない機会だから……。エリカも撮ってたわよ」

 なにぃ……。東京戻ったら削除だ。

 俺は少しでも背景が映ってる写真を探した。

「ほら、これ、どう見ても店でしょ? 座敷にあがるところも一緒に写ってます!」

「どれどれ、ああ、目が悪くてな。よくわからん」

 このくそじじぃ……! と思ったが、仮にも青木の祖父だ。俺は再度、青木の方を向いて言った。

「山本が撮った写真を全部、俺の携帯に送るように言え、今すぐだ!」

 青木は急いで電話をした。電話を切ってから、すぐに送られてきた。

 確認すると、8枚!? 最初の5枚は青木が撮ったのとほとんど同じで、単に俺が酔いつぶれてるだけの写真だった。でも残りのうち2枚は、俺の目のアップとネクタイを緩めた首元、のどぼとけあたりの写真だった。どうやらそれが山本にとって感じる、俺の『色気』だったようだ。さらに最後のは、俺のはらわたが煮えくり返るふざけた写真だったが、これは証拠として使える。

「これ、見てください。同期の山本の自撮りで俺を背景にしています。こんな写真、会社の宴会以外、あり得ないでしょ!」

 いくら目が悪くても、自分のかわいい孫娘を見間違えることはないだろう。

 おじいちゃんはしばらく黙って見ていた。

「そうだな。確かにこれは店だな」

 やっと信じてくれた!

「とにかくはよ結婚せい。婚約だけで1人でアメリカに行くのは、わしが許さん」

「おじいちゃん!」

 青木も困ってるようだ。一難去ってまた一難。

「で、でも、アメリカ移住は智子さんの夢だったので、なんとか叶えたいと思ってるんですが……」

「智子? そうなんか?」

 お父さんの反応に、俺が驚いた。確かに親に秘密で出すよな。

「……だって毎年帰るたびに、見合いしろって言うじゃない」

 見合い?

「だからグリーンカードに当たって、アメリカに行けばそんなに帰国も出来ないし……」

「それがグリーンカードに応募してた理由か?」俺は驚きを隠せなかった。

「そうよ、だって年内に婚約者を連れてこなかったら、会社辞めさせられてお見合いだったんだもん。小川君以外は考えられなかったし……」

 だから急に声をかけてきたり、誘ってきたのか。確かにこんな土地持ちのお嬢さんだったら、お見合い相手いくらでもいるよな。

「じゃあ、別にアメリカで暮らさなくても良いってことか?」

「そうよ。でも小川君は行きたいんでしょ?」

「いや、半分は冷やかしだったから……」

「じゃあ、渡米せず結婚せい!」

 おじいちゃんの鶴の一声だった。

「わ、わかりました」

「式は東京であげるのか」

 式のことまで、口出しするおじいちゃんっていったい……。

「当然よ、会社の人を呼ばないといけないんだから」

「ああ、そうか」

 納得した。良かった。

「智子のこと、頼んだぞ」

「は、はい」

 そう言っておじいちゃんは席を立った。よ、良かった。

「ごめんなさいね。今でもおじいちゃんが家長だから、みんな口応えできないのよね」

 お母さんがお茶を淹れなおしてくれた。

「でも智子がかわいくてしょうがないのよね。できれば結婚後、近くに住んで欲しいようだけど、仕事もあるから無理よね」

「あ、はい……」

「あのおじいちゃんに、初対面であそこまで言えて納得させれたのは、幸雄くんが初めてかもな」お父さんが言った。

「そうなんですか?」

「都合が悪いとすぐ『目が悪くてよく見えない』とか『よく聞こえない』とかいうのよね」青木が言った。

「畑のことで来た業者もみんなやられてるし、隆も彼女を連れてこれないしな」

「隆に彼女ができたのね!」

「でも、おじいちゃんがあの調子だとね……」

 確かにかなり怖い。そして俺の義祖父になるのか……。東京に住んでてよかったかも。

「あ、晴彦」

 見ると誰かがこっちを覗いている。

「末っ子の晴彦。高2なの」

「3人兄弟?」

「そう。私が一番上」

 俺に軽く会釈してから、青木の耳元で何か言ってる。

「ああ、自分で聞いてみたら?」

 そう青木が答えても、弟くんは何も言わなかった。

「英語を見て欲しいんだって。センター試験があるからね」

「ああ、いいよ」

***** 

「いい青年じゃないか、安心したよ」智子の父が言った。

「でしょ?」

「次は両親同士の顔合わせね」

「お父さんは早くに亡くなってるの」

「そう、じゃあ渡米しないことにしてよかったわね」

「そうね……」

***** 

「どうやったら英語ができるようになるんですか?」

 晴彦君の部屋も広かった。この家、何部屋あるんだろ?

「うーん、そうだな。たくさん英語に接することかな」

「北大狙ってるんですけど、英語もだめだし、他もだめで落ち込んでます」

「北大?」

「北海道大学です」

 ああ、国立か。

「受験はいつ?」

「再来年1月です。今高2なので」

「塾は行ってるんだろ?」

「はい、でも英語がなかなか伸びなくて」

 困ったなあ。俺も日本語伸びなくて苦労したけど、日本に住んでたからなんとかなったが。

「どうすればいいか、ちょっと考えてみるから、待ってくれる?」

「お願いします!」

 将来の義弟か。急に家族が増えるな。

***** 

 夜はどうみても大宴会だった。どこからこんなに人が来たんだろ? 青木の実家の周りに家はなかったのに。車に決まってるが、結構時間かけて来たはず。

「ついに智子も結婚ね、おめでとう」

 子連れの女性が言った。

「ありがとう。まゆみも3人目生まれるんだよね?」

「そうよ、毎日忙しいわ」

 俺の方を見て青木が言った。

「結婚してないのって私だけなの」

「みんなそんなに早いのか?」それにこのまゆみさんも3人目?

「田舎だし、みんな高校出てすぐ就職してたしね」

 なるほどな。突然、あのおじいちゃんが俺の横に座った。

「幸雄くんは長男か?」

「次男です」

「養子にならんか?」

 え? 養子? 次々と聞いてなかったことは起きるんだが……

「おじいちゃん! もう跡継ぎはいるでしょ!」青木が横から諫めてる。

「男手はいくらでも欲しいからな」

 そう言って、ビールを注いでくれた。

「すみません、まだ怪我が良くなってないので、飲めないんです」

 怪我してなくても飲まないけど、一応医者からは抜糸以降も傷口が安定するまで飲まないように言われていた。

「ああ、そうか、残念だな」

 おじいちゃんは手酌で飲み始めた。

「わしらが入植してきたときはな……」

 とくとくと話が始まった。青木家の歴史か……。

「また始まった、おじいちゃんの入植の話」

 青木がため息交じりで言った。日本史はあまり覚えてないし、ありがたく聞くか。

 しばらくおじいちゃんの話を聞いてると、若い男性が俺のそばに来た。

「すぐ下の弟の隆」青木が紹介してくれた。ちょっと目元が青木に似てるかも。

「初めまして」

 横に座ってビールを飲み始めた。おじいちゃんの話が終わるのを、待ってるようだった。

「幸雄くん、わかったか。これは道民の誇りなんだ」

「あ、はい」

 話し終わっておじいちゃんは、座敷から出て行った。

「まだボケてはいないと思うけど、内地から人が来ると絶対話すのよね」青木が言った。

「そうなんだ」

「特におばあちゃんが亡くなってから、ひどくなったかな」

「いつ亡くなったんだ?」

「3年前かな。寂しいんだと思うけど、来た人全員にするからね……」

「おじいちゃんに口応えして説得したところ、見たかったです」

 隆君が話しかけてきた。

「ああ、必死だったから……」

「俺も彼女連れて来たいけど、怖くて……」

「大丈夫よ。何か問題でもあるの?」

「バツイチで子供いるから……」

 え?

「相手の人、いくつ?」思わず俺が聞いた。

「32です」

「隆君、何歳?」

「26です」

 なるほど……。

「幸雄さん、明日連れてくるから同席してもらっていいですか?」

 な、なんでこんなお願いをされるのか……

「飛行機が11時なの。今回は無理だと思うわ。次回でも良い?」

「え? 青木、何言ってるんだよ? 俺に説得なんてできるわけないだろ」

「小川君ならできるわよ」

 無責任な奴だな、と思わず言いかけたが、隆君の必死の顔を見ると……。

「努力はするけど、自信ないから……」

「ありがとうございます!」

 俺、青木の家族とうまくやっていけるだろうか? 心配になってきた。



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