パラサイトマン
伊豆旅行3
「何よ、あのレストラン!」
智子も2人から責められていた。
「小川君がバラすとは思わなかったわ……」
「でもほんとに付き合ってないの?」エリカが確認した。
「うん、もう少し時間が欲しいんだって」
「時間って何のよ?」
「まあ、付き合うか付き合わないかの……」
「あんな素敵なレストランをごちそうしといて、じらすのって何よね」
「じゃあまだ私にも可能性あるわよね」
エリカの言葉に
「え? だめよ!」
「ダメも何も、選ぶのは小川君でしょ」
「そうかもしれないけど……」
「今から男性陣の部屋で飲みましょう! そこではっきりさせてもらうわ」
「エリカ! だめよ、もう寝ましょうよ、明日もあるし」
「何のために泊りがけで来たと思ってるのよ! 行くわよ!」
*****
「2人とも、やっぱり次付き合った人とは結婚を、って思ってるのか?」
「もちろん、俺はめぐみちゃんと結婚できればって思ってるけど」
そうなんだ? 付き合ってもいないのに、そう思えるんだ。
「そうだな、俺は痛い目にあったから、マジで結婚したいね」
「お前は実家からだから思わないんだよ!」
う……。広瀬、その言い方傷つくんだけど。間接的にパラサイトシングルだからって言われてることだろ。
ノックの音が聞こえた。まさか……もう12時だぞ。
「こんばんは、来ちゃいました」
ああ、やっぱり……
「さ、詳しく聞かせてもらわないと。小川君」
山本が隣に座った。
「何をだよ」
「智子とのことよ」
「だから、ディズニーシーとレストランには行ったけど、まだ付き合ってるわけじゃないって言っただろう」
ああ、まずい。二人のために動いたことでこっちがおかしくなってきた。
「じゃあ私にも可能性はまだあるんでしょ?」
「ないよ」
「どうしてないのよ?」
「ないものはない」
「じゃあさ、東京戻ったら、2回デートしてよ。智子とも2回したんだから」
「しない」
「なんでよ、そんなに私のことが嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど……」
ああ、もうだめだ。負けそう、誰か何とかして。青木も黙ってるし、安西は見てるだけだし。ほんとに好きなら、なんとか言え、安西。
「わかった。じゃあ明日、この辺りを2人で観光するか」
青木が悲しそうな顔をした。もうしょうがない。俺は安西をにらんだ。なんでまだ黙ってるんだよ?
「じゃあ1回はそれでカウントしてあげる」
「もう1回は免除して」
「だめ」
ああ、だから山本は苦手だ。
「じゃあ私とも2回デートよね」
前川まで!?
「めぐみちゃん、それはないよ」
「あるわよ。小川君はまだフリーなんだから」
広瀬は口にしただけましだが、無駄だった。
「話ついたんだから、もう寝るぞ! 部屋帰れ」
「おやすみなさい」
青木は何も言わなかった。
3人が去ったあと、
「何、黙ってみてるんだよ! 好きならなんとか言えよ!」俺は安西に怒鳴ってしまった。
「あそこで俺に何が言えるって言うんだよ? お前こそ、青木の顔みたか、悲しそうにしてたぞ」
わかってるよ!
「明日、お前が代わりに行けよ」
「それで山本が納得すると思うか!?」
「……思わないけど……」
明日どうしよう? でも土日に改めて会うよりはましだと思ったんだけど。
「めぐみちゃんとデートするのかよ?」怖い、広瀬……
「さっさと青木と付き合えばあきらめるだろうから、付き合えよ」
安西…… 他人事だと思って。
「それができればこっちだって苦労しないよ」
「青木は付き合いたがってるんだろ? 何が問題なんだよ?」
「まだ結婚したくないんだよ」
「青木が結婚したがってるか、わからないだろ」
そう言われてみれば、そうか。
「聞いたことないんだろう? 結婚したいかどうか」
「……確かにない」
「年頃の女がみんながみんな、結婚したいわけじゃないと思うよ」
なるほど。考えたことなかったな。
でもああいった手前、明日は山本と観光か。もう1回泳ぎたかったが、しょうがない。
しかし…… 広瀬のいびき、うるさい。寝られない。1人で海岸に出た。夜風が涼しい。青木の『真剣』が結婚とつながってないとはあんまり思わないが、安西の言ってることも一理ありか。俺が真剣に悩み過ぎただけならいいが……
*****
翌朝。食堂で朝ごはんだった。
「おはよう!」山本は明るかったが、青木は暗かった。
俺は黙って、青木の卵焼きを食べたが、反応も暗かった。
「今日、どこ行く?」山本が青木とは対照的に明るく聞いてきた。
「どこでもいいよ、だいたいこの辺知らないし」
「レンタカー借りる?」
「なら、ドライブしよう、4人で」安西がやっと言った。
「4人って誰よ?」山本の声が怖い。
「俺と青木を入れて4人」
「いいね、その案!」安西、天才!
「え? デートじゃないじゃない!」
「行った先で別行動にすればいいだろう」
安西がついに動いた、良かった。
「私は広瀬君と留守番ってこと?」
「ゆっくりしようよ、めぐみちゃん」
前川は何も答えずに、朝食を食べていた。
「じゃあ、安西君の運転で、助手席は智子ね」
*****
気が進まないが、ダブルデートになってちょっとましか。
「で、どこに行く?」
車に乗ってから安西が聞いた。
「アンティークジュエリーミュージアム!」
山本の声に
「あ、私もそこ、行ってみたかった」
「でしょ? めぐみには悪いけど、ダブルデートなら智子も行きたかったところにしようと思って」
仮にも2人は仲が良いんだから、確かに俺と付き合ってることになれば、身は引くはずだよな。
*****
なかなかかわいい感じの建物だった。ビクトリア朝らしい。そういやロンドンにいるときにビクトリア&アルバート美術館に学校から行ったな。それの小さいバージョンか。庭もオシャレだったけど、暑くて庭でお茶はなさそうだった。
「じゃあここからは別行動で」
山本が腕を組んできた。
「そういうの、しないから」俺は山本の腕を振り払った。
「なんでよ? 智子とも組んだんでしょ?」
「組んでないよ」
館内は静かにすべきだったが、もめながら見学し始めた。
*****
「山本は強引だなあ」安西の言葉に
「ほんとよね、あれだけ小川君が断っても強引だし」
「俺が相手じゃつまらないと思うけど」
「そんなことないけど、安西君もほんとはエリカが良かったんでしょ?」
「そうだけど、本人は小川が良いんだし」
「そうね……」
2人は館内を小川たちと反対方向から歩き始めた。
「青木は結婚願望とかあるのか?」
「もちろんよ! 普通はあると思うけど?」
「もし小川に結婚願望がなかったがどうする? あきらめる?」
「……あきらめない」
「プロポーズしてくれるまで待つってこと?」
「……わからないけど、何とかする」
*****
「素敵よね……」山本はアンティーク調が好きなようだった。
「そうだな、アンティークジュエリーも悪くないな」
「婚約指輪とか、こういうのって素敵じゃない?」
そう言って山本が指さしたのは、ルビーで花をかたどったものだった。
「かわいいけど、高そう……」
「一生に一回なんだから」
「そうだけど、俺に言うなよ」
「じゃあ誰に言うのよ?」
「安西とか」
「安西君?」
「そうだよ、良い奴だし、安西の色気の話、覚えてるぞ」
「そうだけど……」
「小川君は結婚したい?」
「いずれはな」
「まだしたくないってこと?」
「20代はいいかな。30代になったら考える」
「そうなの!?」
「そうだよ。なんで?」
「私も智子も早く結婚したいし、それじゃあ小川君の相手は年下の方が良いのかもね」
やっぱり、青木も早く結婚したいんだ。聞いといてよかった。
*****
「じゃあ小川に結婚願望が出てくるまで待つってこと?」
「……待ちたいけど……」
「けど?」
「なんとかする」
「じゃあでき婚目指すってこと?」
「それもありかもね」
「……真剣なんだな」
「あきらめたくないの」
安西にそう言われても、今の調子ではでき婚さえもあり得ないことが智子にはわかっていた。何度誘っても智子のマンションには来ないし、この旅行以降、来てくれればと思っているが……
「私も安西君のこと応援するから、安西君も応援して」
「わかった」
*****
狭いミュージアムだったから、さっさと見終わって、ショップを見ていた。
「かわいい! 買って」
リングを指して山本が言った。
「買うわけないだろ」それも結構高い。さっきのルビーの指輪と同じデザインだった。
「かわいいぬいぐるみを買ってあげたんでしょ?」
「ぬいぐるみと指輪は違うから」
正確に言うと、射的の景品だし。でもそれを言うとまたややこしくなる。ショップに安西と青木も来た。
「安西、交代」
「ああ、わかった」
俺は青木のそばに行った。
「中で会わなかったわね」
「そうだな。狭いわりにな」
安西と山本を見ると、リングの話はしてないようだった。
「気に入ったのとかあったのか?」
「あ、うん、ブレスレットだけどね」
「どんなやつ?」
「えっとね……」
買ってあげるつもりはないが、興味はあった。
「これ」
大小の花がついてる可愛い感じのものだった。
「確かに可愛いな」青木に似合いそうだった。青木が俺を見つめていた。まずい、買ってもらえると思ったかも。
「4時過ぎか。帰るか。広瀬と前川も心配だし」
「そうね、仲良くやってると良いけど」
「帰りは俺が運転するよ」
助手席は山本が座って、始終話しかけてきてたが俺は全く聞いてなかった。あのブレスレット、買ってあげたかったが結婚願望が強いなら、余計期待をさせたくなかった。でも俺ってなんで結婚したくないんだろ? パラサイトシングルだから? やっぱりマザコンだから? 1人暮らしを始めるべきか……
ミラーで後部座席を見ると、安西と青木は黙って座っていた。2人でミユージアム内を回って何の話をしてたんだろ。嫉妬じゃないけど、気になった。
「聞いてるの?」
「聞いてない」
「もう!」
もう1回東京で山本とデートか。憂鬱だった。なんとか逃れる方法はないものか。安西にも悪いし、いっそ青木と付き合うことにするか、悩む……
*****
部屋に戻ると、広瀬が部屋で1人で携帯ゲームをしていた。
「どうしたんだよ、やっぱりうまくいかなかったのか?」
「違うよ、めぐみちゃんがくらげに刺されたから部屋で休んでるんだ」
「くらげ? 7月で出るんだ?」 安西が驚いていた。
「盆過ぎに多いだけで1年中出るよ」
そうなんだ? 知らなかった。
「女性陣戻ってるなら、様子を確認しないと」
広瀬が立ち上がった。一緒に女性陣の部屋へ向かった。
*****
「どうしたの? 気分でも悪くなったの?」智子は声をかけながら横になってるめぐみのそばに座った。
「くらげに刺されちゃって」
「どこを?」
「お腹」
「大丈夫? 痛い?」エリカも驚いている。
「うん、ひりひりしてる」
「旅館の人に言った?」
「言ったけど、広瀬君の応急処置が良かったから大丈夫だって」
「めぐみちゃん、入っても良いよね?」
「あ、広瀬君、良いよ」
「ごめん、見せたくないと思うけど、もう1回見せて」
「ありがとう」
そう言って前川は、広瀬に腹部を見せた。
「男性陣、見ない!」広瀬に怒られた。
「ああ、ごめん」
「青木、悪いけど携帯でめぐみちゃんの腹を照らしてくれる?」
「あ、うん、わかった」
遠目で見ると、広瀬が顔を近づけて刺されたところを再度確認しているようだった。
「何をしてるの?」山本が聞いてくれた。
「針が残ってないか、もう1回見てるんだよ。たぶん海で全部取ったと思うんだけど」
「詳しいんだな」安西が言った。確かに。
「海育ちだからな」
「広瀬君、ピンセットも持ってたから、1本ずつ針を取ってくれたの」
「そうなんだ!」九州出身としか、聞いてなかったな。
「ごめん、服の上からだけどちょっと触るよ」
「うん、大丈夫……」
「チクっとするとか、痛みが強くなるとかないよね?」
「うん、ない」
「まだひりひりしてるよな? みみずばれがひどくなってきてるし」
「うん」
「痛い範囲は広がってない?」
「たぶん大丈夫」
「念のため、東京戻ったら病院に行く方が良いな。くらげもなめてかかるとひどい目に遭うからな。俺も何度も刺されたけど、せっかくのきれいな腹に傷跡が残ると、かわいい水着も着れなくなるからな」
「ありがとう」
どうやらこの1件で、前川は広瀬を見る目は変わったようだ。
「それで、ダブルデートは楽しかったのかよ?」
「まあ、な。安西」
「まあね」
「もうすぐ夕食よね?」
「ああ、そうだな。その前に大浴場に行くか?」
安西の言葉でそうすることにしたが、俺は正直めっちゃ疲れた。
智子も2人から責められていた。
「小川君がバラすとは思わなかったわ……」
「でもほんとに付き合ってないの?」エリカが確認した。
「うん、もう少し時間が欲しいんだって」
「時間って何のよ?」
「まあ、付き合うか付き合わないかの……」
「あんな素敵なレストランをごちそうしといて、じらすのって何よね」
「じゃあまだ私にも可能性あるわよね」
エリカの言葉に
「え? だめよ!」
「ダメも何も、選ぶのは小川君でしょ」
「そうかもしれないけど……」
「今から男性陣の部屋で飲みましょう! そこではっきりさせてもらうわ」
「エリカ! だめよ、もう寝ましょうよ、明日もあるし」
「何のために泊りがけで来たと思ってるのよ! 行くわよ!」
*****
「2人とも、やっぱり次付き合った人とは結婚を、って思ってるのか?」
「もちろん、俺はめぐみちゃんと結婚できればって思ってるけど」
そうなんだ? 付き合ってもいないのに、そう思えるんだ。
「そうだな、俺は痛い目にあったから、マジで結婚したいね」
「お前は実家からだから思わないんだよ!」
う……。広瀬、その言い方傷つくんだけど。間接的にパラサイトシングルだからって言われてることだろ。
ノックの音が聞こえた。まさか……もう12時だぞ。
「こんばんは、来ちゃいました」
ああ、やっぱり……
「さ、詳しく聞かせてもらわないと。小川君」
山本が隣に座った。
「何をだよ」
「智子とのことよ」
「だから、ディズニーシーとレストランには行ったけど、まだ付き合ってるわけじゃないって言っただろう」
ああ、まずい。二人のために動いたことでこっちがおかしくなってきた。
「じゃあ私にも可能性はまだあるんでしょ?」
「ないよ」
「どうしてないのよ?」
「ないものはない」
「じゃあさ、東京戻ったら、2回デートしてよ。智子とも2回したんだから」
「しない」
「なんでよ、そんなに私のことが嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど……」
ああ、もうだめだ。負けそう、誰か何とかして。青木も黙ってるし、安西は見てるだけだし。ほんとに好きなら、なんとか言え、安西。
「わかった。じゃあ明日、この辺りを2人で観光するか」
青木が悲しそうな顔をした。もうしょうがない。俺は安西をにらんだ。なんでまだ黙ってるんだよ?
「じゃあ1回はそれでカウントしてあげる」
「もう1回は免除して」
「だめ」
ああ、だから山本は苦手だ。
「じゃあ私とも2回デートよね」
前川まで!?
「めぐみちゃん、それはないよ」
「あるわよ。小川君はまだフリーなんだから」
広瀬は口にしただけましだが、無駄だった。
「話ついたんだから、もう寝るぞ! 部屋帰れ」
「おやすみなさい」
青木は何も言わなかった。
3人が去ったあと、
「何、黙ってみてるんだよ! 好きならなんとか言えよ!」俺は安西に怒鳴ってしまった。
「あそこで俺に何が言えるって言うんだよ? お前こそ、青木の顔みたか、悲しそうにしてたぞ」
わかってるよ!
「明日、お前が代わりに行けよ」
「それで山本が納得すると思うか!?」
「……思わないけど……」
明日どうしよう? でも土日に改めて会うよりはましだと思ったんだけど。
「めぐみちゃんとデートするのかよ?」怖い、広瀬……
「さっさと青木と付き合えばあきらめるだろうから、付き合えよ」
安西…… 他人事だと思って。
「それができればこっちだって苦労しないよ」
「青木は付き合いたがってるんだろ? 何が問題なんだよ?」
「まだ結婚したくないんだよ」
「青木が結婚したがってるか、わからないだろ」
そう言われてみれば、そうか。
「聞いたことないんだろう? 結婚したいかどうか」
「……確かにない」
「年頃の女がみんながみんな、結婚したいわけじゃないと思うよ」
なるほど。考えたことなかったな。
でもああいった手前、明日は山本と観光か。もう1回泳ぎたかったが、しょうがない。
しかし…… 広瀬のいびき、うるさい。寝られない。1人で海岸に出た。夜風が涼しい。青木の『真剣』が結婚とつながってないとはあんまり思わないが、安西の言ってることも一理ありか。俺が真剣に悩み過ぎただけならいいが……
*****
翌朝。食堂で朝ごはんだった。
「おはよう!」山本は明るかったが、青木は暗かった。
俺は黙って、青木の卵焼きを食べたが、反応も暗かった。
「今日、どこ行く?」山本が青木とは対照的に明るく聞いてきた。
「どこでもいいよ、だいたいこの辺知らないし」
「レンタカー借りる?」
「なら、ドライブしよう、4人で」安西がやっと言った。
「4人って誰よ?」山本の声が怖い。
「俺と青木を入れて4人」
「いいね、その案!」安西、天才!
「え? デートじゃないじゃない!」
「行った先で別行動にすればいいだろう」
安西がついに動いた、良かった。
「私は広瀬君と留守番ってこと?」
「ゆっくりしようよ、めぐみちゃん」
前川は何も答えずに、朝食を食べていた。
「じゃあ、安西君の運転で、助手席は智子ね」
*****
気が進まないが、ダブルデートになってちょっとましか。
「で、どこに行く?」
車に乗ってから安西が聞いた。
「アンティークジュエリーミュージアム!」
山本の声に
「あ、私もそこ、行ってみたかった」
「でしょ? めぐみには悪いけど、ダブルデートなら智子も行きたかったところにしようと思って」
仮にも2人は仲が良いんだから、確かに俺と付き合ってることになれば、身は引くはずだよな。
*****
なかなかかわいい感じの建物だった。ビクトリア朝らしい。そういやロンドンにいるときにビクトリア&アルバート美術館に学校から行ったな。それの小さいバージョンか。庭もオシャレだったけど、暑くて庭でお茶はなさそうだった。
「じゃあここからは別行動で」
山本が腕を組んできた。
「そういうの、しないから」俺は山本の腕を振り払った。
「なんでよ? 智子とも組んだんでしょ?」
「組んでないよ」
館内は静かにすべきだったが、もめながら見学し始めた。
*****
「山本は強引だなあ」安西の言葉に
「ほんとよね、あれだけ小川君が断っても強引だし」
「俺が相手じゃつまらないと思うけど」
「そんなことないけど、安西君もほんとはエリカが良かったんでしょ?」
「そうだけど、本人は小川が良いんだし」
「そうね……」
2人は館内を小川たちと反対方向から歩き始めた。
「青木は結婚願望とかあるのか?」
「もちろんよ! 普通はあると思うけど?」
「もし小川に結婚願望がなかったがどうする? あきらめる?」
「……あきらめない」
「プロポーズしてくれるまで待つってこと?」
「……わからないけど、何とかする」
*****
「素敵よね……」山本はアンティーク調が好きなようだった。
「そうだな、アンティークジュエリーも悪くないな」
「婚約指輪とか、こういうのって素敵じゃない?」
そう言って山本が指さしたのは、ルビーで花をかたどったものだった。
「かわいいけど、高そう……」
「一生に一回なんだから」
「そうだけど、俺に言うなよ」
「じゃあ誰に言うのよ?」
「安西とか」
「安西君?」
「そうだよ、良い奴だし、安西の色気の話、覚えてるぞ」
「そうだけど……」
「小川君は結婚したい?」
「いずれはな」
「まだしたくないってこと?」
「20代はいいかな。30代になったら考える」
「そうなの!?」
「そうだよ。なんで?」
「私も智子も早く結婚したいし、それじゃあ小川君の相手は年下の方が良いのかもね」
やっぱり、青木も早く結婚したいんだ。聞いといてよかった。
*****
「じゃあ小川に結婚願望が出てくるまで待つってこと?」
「……待ちたいけど……」
「けど?」
「なんとかする」
「じゃあでき婚目指すってこと?」
「それもありかもね」
「……真剣なんだな」
「あきらめたくないの」
安西にそう言われても、今の調子ではでき婚さえもあり得ないことが智子にはわかっていた。何度誘っても智子のマンションには来ないし、この旅行以降、来てくれればと思っているが……
「私も安西君のこと応援するから、安西君も応援して」
「わかった」
*****
狭いミュージアムだったから、さっさと見終わって、ショップを見ていた。
「かわいい! 買って」
リングを指して山本が言った。
「買うわけないだろ」それも結構高い。さっきのルビーの指輪と同じデザインだった。
「かわいいぬいぐるみを買ってあげたんでしょ?」
「ぬいぐるみと指輪は違うから」
正確に言うと、射的の景品だし。でもそれを言うとまたややこしくなる。ショップに安西と青木も来た。
「安西、交代」
「ああ、わかった」
俺は青木のそばに行った。
「中で会わなかったわね」
「そうだな。狭いわりにな」
安西と山本を見ると、リングの話はしてないようだった。
「気に入ったのとかあったのか?」
「あ、うん、ブレスレットだけどね」
「どんなやつ?」
「えっとね……」
買ってあげるつもりはないが、興味はあった。
「これ」
大小の花がついてる可愛い感じのものだった。
「確かに可愛いな」青木に似合いそうだった。青木が俺を見つめていた。まずい、買ってもらえると思ったかも。
「4時過ぎか。帰るか。広瀬と前川も心配だし」
「そうね、仲良くやってると良いけど」
「帰りは俺が運転するよ」
助手席は山本が座って、始終話しかけてきてたが俺は全く聞いてなかった。あのブレスレット、買ってあげたかったが結婚願望が強いなら、余計期待をさせたくなかった。でも俺ってなんで結婚したくないんだろ? パラサイトシングルだから? やっぱりマザコンだから? 1人暮らしを始めるべきか……
ミラーで後部座席を見ると、安西と青木は黙って座っていた。2人でミユージアム内を回って何の話をしてたんだろ。嫉妬じゃないけど、気になった。
「聞いてるの?」
「聞いてない」
「もう!」
もう1回東京で山本とデートか。憂鬱だった。なんとか逃れる方法はないものか。安西にも悪いし、いっそ青木と付き合うことにするか、悩む……
*****
部屋に戻ると、広瀬が部屋で1人で携帯ゲームをしていた。
「どうしたんだよ、やっぱりうまくいかなかったのか?」
「違うよ、めぐみちゃんがくらげに刺されたから部屋で休んでるんだ」
「くらげ? 7月で出るんだ?」 安西が驚いていた。
「盆過ぎに多いだけで1年中出るよ」
そうなんだ? 知らなかった。
「女性陣戻ってるなら、様子を確認しないと」
広瀬が立ち上がった。一緒に女性陣の部屋へ向かった。
*****
「どうしたの? 気分でも悪くなったの?」智子は声をかけながら横になってるめぐみのそばに座った。
「くらげに刺されちゃって」
「どこを?」
「お腹」
「大丈夫? 痛い?」エリカも驚いている。
「うん、ひりひりしてる」
「旅館の人に言った?」
「言ったけど、広瀬君の応急処置が良かったから大丈夫だって」
「めぐみちゃん、入っても良いよね?」
「あ、広瀬君、良いよ」
「ごめん、見せたくないと思うけど、もう1回見せて」
「ありがとう」
そう言って前川は、広瀬に腹部を見せた。
「男性陣、見ない!」広瀬に怒られた。
「ああ、ごめん」
「青木、悪いけど携帯でめぐみちゃんの腹を照らしてくれる?」
「あ、うん、わかった」
遠目で見ると、広瀬が顔を近づけて刺されたところを再度確認しているようだった。
「何をしてるの?」山本が聞いてくれた。
「針が残ってないか、もう1回見てるんだよ。たぶん海で全部取ったと思うんだけど」
「詳しいんだな」安西が言った。確かに。
「海育ちだからな」
「広瀬君、ピンセットも持ってたから、1本ずつ針を取ってくれたの」
「そうなんだ!」九州出身としか、聞いてなかったな。
「ごめん、服の上からだけどちょっと触るよ」
「うん、大丈夫……」
「チクっとするとか、痛みが強くなるとかないよね?」
「うん、ない」
「まだひりひりしてるよな? みみずばれがひどくなってきてるし」
「うん」
「痛い範囲は広がってない?」
「たぶん大丈夫」
「念のため、東京戻ったら病院に行く方が良いな。くらげもなめてかかるとひどい目に遭うからな。俺も何度も刺されたけど、せっかくのきれいな腹に傷跡が残ると、かわいい水着も着れなくなるからな」
「ありがとう」
どうやらこの1件で、前川は広瀬を見る目は変わったようだ。
「それで、ダブルデートは楽しかったのかよ?」
「まあ、な。安西」
「まあね」
「もうすぐ夕食よね?」
「ああ、そうだな。その前に大浴場に行くか?」
安西の言葉でそうすることにしたが、俺は正直めっちゃ疲れた。
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