ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間

水田歩

ほんとうのハネムーンまで三時間

 
 ふ、と意識が浮上した。

「円佳?」

 透也くんの声に目を開けようと試みる。と、言いつつ、まぶたは猛烈にくっつきたがっている。

 夢を見ていた。 
 透也くんと離れ離れになった気がする。叫んでるのに彼には届かない、そんな夢。

「まだ寝ていていいよ」

 でも起きたい。
 透也くんを見つめて、抱きつきたいのに体が言うことをきいてくれない。

「おかしいな、眠い……」

 沢山、寝た気がする。
 昨日はいつ寝ついたんだろう。まあ、透也くんとほにゃららしてるから、気をやっているうちに寝落ちがデフォルトになっている。

 笑みを含んだ声が私の耳を撫でる。

「ふふ。円佳、この旅はよく寝ているね?」

 私の手がもちあげられて、ちゅ……と手のひらにキスを与えられたあと、滑らかな頬に添えられた。

「発作が出た夢を見ちゃったの」

 私は寝ぼけたまま報告する。

「どんな状況で?」

 透也くんの声が柔らかくて、もそもそと傍に近寄る。

「ん……とね。寝落ちしちゃうまでエッチはしたけれど、その後の休息はたっぷりとったの。ご馳走を前にして目をギンギンにさせてた自覚がある。……変だな、広々した空間で閉所恐怖症なんか出ないはずなのに」

「それ、いつの話?」

 透也くんがくすくす笑いながら訊ねてくれる。

 変だな。自分で喋ってるのに、いつのことだったか思い出せない。
 熱を出したり、知らない人と踊っていた気もする。透也くん以外と? 有り得ない。

 チグハグだった。でも、夢ならそんなものかな……。
 うとうと……ともう一度眠りに落ちそうな私に、透也くんは静かに話しかけてきた。

「僕の言ったこと、憶えてる?」

 目をつむったまま、はっきりとうなずく。

「『発作は僕を愛してるからだよ』でしょ? 透也くん大好きって考えたら、余計ドキドキしちゃった」

 くふふ。
 透也くんのおかげで、真っ暗なところに押し込められた夢が最後には抱きしめられて桃色の夢になった。

「最後は透也くんにお姫様だっこされるの。いい夢だったぁ」

 目を殆ど閉じているけれど、透也くんが私のことを優しい目で見ているのがわかる。

「円佳はお姫様抱っこが好きなの?」

 声に光と微笑みが込められていた。私もつられて、ふにゃりと笑う。

「好き。透也くんにしてもらうのが大好き」
「じゃあ」

 ふわりと体が浮いた。

「ふふ、透也くん王子様みたい」
「僕は円佳の旦那様だよ」

 そっと唇に触れるようなキスをされた。
 濡れて温かい感覚に、急速に意識が覚醒しはじめる。

 目が覚めたら、異様な風景が広がっていた。
 私達の客室の、ダイニングルームに美丈夫達が集結している。

 なにごと?

「円佳、目が覚めた?」

 みじろぎする前に声をかけられた。ちゅ、と頬に優しいものが触れる。
 キョロキョロすると、私は透也くんに抱きかかえられ、彼はソファにゆったりと腰かけている。

  そして私の見た夢は現実だったと知らされた。

 ハニーブロンド……公女は医務室で手当てを受け、脳震盪だけだと判明。
 私も閉所恐怖症の発作を起こしたらしい。

 扉を開けて透也くんの腕に倒れ込んだのは夢じゃなかったんだ。
 彼の顔を見たら、緊張が一気に解けちゃったんだよね。

 旦那様は私にとって安定剤よりも素晴らしいお薬です。

 第七船倉の扉が開かなかった理由も教わった。

「端末……もしかしてアレかな」
「ん?」

  水密扉に取り付けられていた小さな機械をむしり取ってしまったら、センサーが異常な反応を示したことをカミングアウトした。

 くっくくく……。
 透也くんが肩を震わせている。
 ふと見ると美丈夫な皆様も忍び笑いをしている。

 デジャヴ?

「タイマーで開錠時刻をセットしていたらしいだが、端末が扉から外れると通常通りにリセットされる仕組みになっていたらしい」

 じゃあ閉じ込められてなかった、ってこと?

「私……、なにを必死に……」

 頬が熱い。

「カメラの映像で、円佳が公女のタブレットを蹴り飛ばしたのを見たときはどうしようと思ったが」

 恥ずかしい。
 穴がないので透也くんの胸に顔を埋めてしまう。

「無線はつながらないし、システムに接続してコードを打ち込んでも効かないし。水密扉を破る寸前だったんだ。まさか、端末を剥がしておいてくれているとは。さすが、僕の奥様だね」

 優しい口づけが髪に降ってきた。

「公爵が」

 透也くんが低い声でつぶやいた。

「え?」

「『奥方にくれぐれもよろしくと伝えてほしい』と。散々迷惑をかけた相手でありながら、公女の怪我の面倒を見てくれた円佳に感謝していたよ」

「そう……」

「僕の大事な奥様が『嘉島透也に二度はない』と宣言してくれたからね、あの兄妹もしばらくは悪さをしないだろう」

 ……しばらく、なのか。

 もうお腹いっぱいなんだけどなぁ。でもヨーロッパに行ったら会いそうな気もする。

「二人はシンガポールで降りたよ」

 透也くんが私を抱いたまま、ベランダに出ていく。 白銀の髪と白金の髪をした男女がボーディングブリッジを降りていくところだった。

「二人の本当の髪はあんな色だったのね」

 写真のとおり。

「二人から公国へ招待されたんだけど、円佳は受けるかい?」

 透也くんの首にぎゅ、と抱きついた。

「いやよ。私達は新婚さんなんだもの。誰にも邪魔されたくないの」

 私には透也くんが足りない。もっと、もっと欲しい。
 人目を気にせず、『大好き』って言いたい。
 ところ構わずキスして、抱きつきたい。
 今なら誰もいない孤島に二人っきりになってしまいたい。
 誰もいない場所で自由に奔放に愛し合いたい。
 耳を食まれた。

「僕もだよ」

 唇をついばみあいながら部屋の中に戻ってくると、いつのまにか美丈夫達は姿を消していた。

 ベッドにゆっくりとおし倒される。
 私は期待に満ちた目で彼を見上げた。
 彼の双眸が愛と欲で満ちている。きっと、私の瞳もそうだろう。

「円佳……」
「きて」

 私は両手を広げた。
 透也くんの体が私にのしかかる。

「好き」
「僕もだよ」

 何度体を重ねても欲しくなる。
 私に愛してるってささやいて。
 貴方の指も声もなにもかもが恋しい。
 肌を満遍なく重ねて、裡の虚に貴方を埋めて。

 透也くんの唇がナイトドレスの襟をどかしながらゆっくりと降りていく。

「愛してるよ、円佳」
「私も透也くんのことを愛してる」

 私達がキスしている間に、お騒がせの二人をシンガポールに下ろして、船はゆっくりと港を離れていく。

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