ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間

水田歩

ほんとうのハネムーンまで二十二時間〜透也〜

 


 次の停泊地まで閉じ込めてやろうと思っていた。

 非常照明をオフにすれば深淵たる暗闇、不気味に軋む鉄塊の音。公女が一時間でも耐えられたら大したものだと。
 
『透也様、円佳様と令嬢が第七船倉に閉じ込められましたッ』

 船内電話からガードの報告があったとき、公女への仕置きは吹き飛んだ。

 円佳!

 即座に行動を指示した。
 
「医務室の人間を第七船倉前に待機させろ。船長、『マスターモード』スイッチは通常、『ローカル操作』だ」

 開閉システムの主導権はオーレリアから取り戻した。操舵室で操作できるはずだ。

「第七船倉のみ、反応しません!」
「またなにか仕掛けたか」

 円佳。
 発作を起こさないでくれ……!
 祈るような気持ちでノートパソコンを開くと、彼女の心拍数を映し出すモニターは『圏外』の表示。

 円佳。
 心臓が絞られたように痛い。
 お願いだ、耐えてくれ。

「透也、すまない。奥方を巻き添えにした」

 公爵が声を掛けてきた。
 この男が真剣な表情をしているのをはじめて見た。

「なにか私に出来ることは」
「邪魔だ」

 斬り捨てた僕の言葉に、マティアスは唇を噛みしめながら頼んできた。

「……妹を助けてくれ」

 ふざけるな。
 円佳が辛い目に遭ってるのは誰のせいだと思っているのか。

「彼女になにかあったら、貴君の妹も含めて国ごと滅ぼす」

 僕の言葉に公爵の体が揺れた。
 マティアスを監視の者に部屋まで送らせた。
 ついで、床を元に戻そうとしていたスタッフに声をかける。

「第七船倉の水密扉のシステムにとりかかってくれ。船長、配線図を」

 オーレリアは第七船倉に配線のどこかで細工した。突き止めて、水密扉のローカルモードを復活させる。
 僕のガード達が声をかけてきた。

「透也様、我々は」
「船倉に一緒に持ち込んでいるだろうが、公女の持ち物を洗い出せ」

 今回の全要図、パスワード。
 あの天才児が事前計画書を残してるとは思えないが、手がかりがほしい。

「は」

「船長、システム操作が不可だった場合に備えて水密扉を焼き切りたい。道具を用意してほしい」

 船長は口籠もった。

「……航行中に切断するとなると……」

 開口部が閉じられず、水密を成さなくなる。
 浸水もしくは火災した場合、第七船倉だけでは食い止められないことを意味する。

 わかっている。
 まだ、この難所を脱出できたわけではないのだ。

 だが、円佳が倒れていたら。

 ぎり。
 手のひらに爪が食い込む。
 円佳。
 君がいなければ、僕は生きていけない。

「構わない。船長、一人も死者を出さないと約束する」
「…………は……」

「透也様っ、直前の画像です!」

 監視カメラを解析していたスタッフの声に、皆が集まる。
 公女がなにかを落とした。扉が開く。オーレリアが扉から閉める前に円佳が飛び込んだ。彼女の足になにかがあたり、廊下を滑っていく。

「回収しろ」
「は」

 やがて公女のタブレットが発見されたと報告が入り、解析班とともに第七船倉へ急いだ。

「透也様、駄目です。解除には成功しましたがデバイスが必要なようです」

 公女のタブレットはいわば水密扉ロックの為の親機。そして子機で開閉扉のシステムで操作しているとのこと。

「子機はおそらく船倉内です」
「……無線は届かないか」

「最下層なだけあってここの厚みは、一メートル近くあるようです」

 決断した。

「破るしかない」

「……犯人と閉じ込められている円佳様が心配ですし、やむをえません。シンガポールで新しい水密扉を調達できればいいのですが」

 船長が同意した。

 船は最悪、ドック入りをさせなければならない。
 安全審査を通すとなると航海は中止だろう。
 円佳の体調に問題がなければ、シンガポールで一週間ほど静養して飛行機で動けばいい。
 処女航海でアクシデントとはケチがつくが、彼女が無事であれば問題はない。

「よし、始めてくれ」

 と。
 ぎ……、と扉が鳴った。
 はっとなって、扉にとびついた。あわててハンドルを回す。

 がこぉぉぉん。
 扉が開き、隙間からよろよろと円佳が姿を現した。

「円佳っ」

 無事でいてくれた!
 僕は夢中で彼女をかきいだいた。

「ハニーが……」

 つぶやくと、円佳は僕の腕の中で気を失った。

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