ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間

水田歩

ほんとうのハネムーンまで二十三時間②


 おそるおそる足を踏み出す。
 どうしよう、映画ではこういう場所ってモンスターや真犯人が潜んでるんだけど。

「いないよね?」

 あれはフィクションと言い聞かせつつ、一人で探索する気になる登場人物達はすごい。
 非常時じゃなきゃ、私はしたくない。

「ハニー? ハニーブロンド、平気?」

 声が震えてしまうが、自分を励ましながら周りを見る。

 第七船倉は予備のテーブルとか、ソファベッドが置かれている倉庫みたい。
 荷崩れしないように固定されているけれど……、これにぶつかったとしたら結構痛い。

「ひっ」

 足が見えた。
 いや、探してたんだし気絶してたら床に投げ出された足があるかも……とは思っていたよ?
 でも、こんな死体っぽいの、いやだってばああ!

「わ、私はオカルトやホラーは苦手……スプラッタもいやだぁ……。ハニーよね?」

 おそるおそる見れば、やっぱりハニーブロンドだった。

「ハニーっ、ハニー?」

 呼びかけても反応しない。私がつけた仇名だものね、そりゃそうか。

 叩く前に、彼女の全身をざっとチェックする。
 首に手を添えれば脈に触れた。
 息はある。ほう、っと大きな息を吐き出した。

 落ち着いて彼女を見ると、額に流血がある。ペットボトルから水を流して傷を綺麗にした。

「まだジュクジュク滲んでるけど、傷は浅いかな」

 これくらい、乳児院の子供達ならしょっちゅうやっている。

「私が応急処置出来るの、感謝していいからね」

 ウエストバッグから消毒薬や絆創膏、三角巾を取り出した。

 うん。
 もうガードさんに持たされる荷物について文句を言うのやめよう。
 本当に役に立っちゃうとは思ってもみなかった。

 一応、腹部を触ってから四肢を確認する。
 どこも折れていないみたい。
 怖いのは頭を打っていないかと、あとは転倒したときに、どこを強打したかだな。

「こればっかりは運び出されてからだなあ。寝心地は悪いだろうけど我慢してね」

 エマージェンシーシートを取り出して、彼女をくるんだ。船倉はひんやりしているし、体温はキープしておいたほうがいい。

「さては困ったものだ」

 どくり。
 まずい。
 思いのほか出した声が大きかったのに、船倉に吸い取られたことに恐怖を覚えてしまった。

 デラレナイ。

 どっくんどっくん、という自分の心臓の音が聞こえるにつけ、呼吸が荒くなってくる。

 くらり。
 めまいがする。
 は、は。
 獣じみた呼吸音が強迫観念に拍車をかける。

「落ち着け、私」

 恐怖に捕まってしまうわけにいかないんだ。
 フー、フー。
 震える体を抱きしめながら、私は深呼吸を繰り返す。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ……」

 呪文のように言い聞かせながら、ゆっくりと息を吸う。ゆっくりと吐く。

『円佳。心臓がドキドキしたら、僕を思い出すといい』

 透也くんの言葉が唐突に思い出された。

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