ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間
結婚式まえ彼との15年間③
小学校高学年になったばかりの私は、親愛と恋愛の違いについてなんとなく理解していたものの、歳下だけど明らかに自分より聡明な相手にうまく説明出来ず。
丸め込まれて、私が小学六年生になるまで一緒にお風呂に入って一つのベッドに寝たのだった。
生理になったころ胸もふくらみはじめ、恥ずかしくなった私は透也くんと別々の部屋で暮らすようになった。
……嘉島家に来た日から私専用の個室を与えられていたのだけど、初めて自分の部屋で寝るのは落ち着かなかった。
何度か透也くんのベッドに潜り込みたいなと思ったけど、涙を浮かべていた彼を断ったのだから我慢した。
一緒の部屋で眠らなくはなったけど、食事をして勉強が終わったあと透也くんは私の部屋まで送ってくれるようになった。
「おやすみ、僕の円佳ちゃん。今日も大好きだったよ。十八になったら結婚してね」
手の甲にキスまでがワンセット。
朝は透也くんが私の部屋のドアをノックする音で始まる。
支度を整えた私の両頬にキスすると、小さなブーケを渡してくれた。
「おはよう、円佳ちゃん。昨日より大好きだよ」
挨拶されて食堂にエスコートされる。
そんな生活をずうぅっと続けた結果。
十四歳のある日、言われなかったら一日中落ち込んでしまった。
習慣って恐ろしい。
次の日。
「円佳ちゃん、愛してる。いつ結婚してくれるの」
言われたときは、泣いてしまった。
「円佳ちゃん、なんで泣いてるの?」
「わからない……」
ただ、嬉しくて切なくて苦しくて、ほっとして。
キラキラしている双眸でのぞきこまれた。
「円佳ちゃん。ごめんね、昨日言えなくて。大好きだよ。おねがいだから、泣き止んで」
彼はこの日、両方のまぶたと唇の両端ぎりぎりなところにキスしてくれた。
「昨日の分も。……涙、止まったね」
ドキドキしてしまった。
透也くんの手を添えられた頬が熱い。
天使かってくらい美しい彼の顔が、いつもの千倍は麗しく見えてしまい、恥ずかしくて透也くんの顔がまともに見れない。
体をざわめかせる甘い疼きを誤魔化すべく、訊いてみた。
「どうして私なの。なんで透也くんはモテるのに、デートしないの?」
透也くんは写真家や画家に『神から与えられた究極の美をとどめておきたい』と熱望されてきた超絶美形。
加えて利発。
しかもお金持ちの一人息子。
というわけで、小さい頃からモテ男子。
透也くんが籍を置いており、私も通わせてもらっている名門学校の女の子たちから、彼は毎日プレゼントをもらったり告白も沢山されている。
パーティでも、人の輪の中心にいる。
学校では、〇〇家が交際を申し込んだ、△△家は婚約を申し込んできた、との噂が駆け巡っている。
でも、なぜか彼が他の女の子とデートしているところを見たことはない。
逆に聞き返された。
「どうして円佳ちゃんがいるのに、他の子とデートしなくちゃいけないの?」
そんなこと言わないで。
透也くんがまっすぐに私の心に矢を射かけてくるので、理性はあっけなく討ち死にしそうになる。
「だって……、おうち同士の付き合いとかあるでしょ?」
二人の間に横たわる格差に、私は気がつきはじめていた。
嘉島家と並ぶには宝くじ一等賞と前後賞、何回当たらなければならないのだろう。
あるいは油田や金鉱、ダイヤモンドの鉱脈を掘り当てるか。
もしくはとんでもない特許。
アイドルになって印税ガバガバになるか。
百歩譲って金銭的に追いつけたとしても、古文書やときの権力者から下賜された御物。
嘉島という家は、名家の子女しか通ってない学校のなかでも一・二をあらそう名家なのだ。
シンデレラストーリーに憧れてはいるけど、さすがに高校受験を控えている年齢で、そんな幸運が自分に訪れるとは百%とは信じていない。
透也くんの気持ちは単なる刷り込みとか、一時の気の迷いと自分に言い聞かせる。
――好きになってしまったら、きっと後悔する。
成長してしまいそうな恋心の尻尾を掴んで、『否定』という名の檻に閉じ込めようとしてみる。
透也くんは肩をすくめた。
「僕は他の子たちと遊ぶより、円佳ちゃんの手伝いをしてたほうが楽しいし。第一、僕がデートしたいのは円佳ちゃんだ」
胸が甘くトゥンク、と鳴った気がした。
ああ、堕ちちゃったな。
私が透也くんを好きだと認めた瞬間だった。
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