ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間

水田歩

ほんとうのハネムーンまで二十五時間〜丁々発止〜①

 
「円佳、船長からお呼ばれしたんだ。ブリッジに行かないか?」

 透也くんに声をかけられた。
 三日間も寝ていたから体力はすっかり戻った。

「ブリッジって、舵を取るところだよね?」
「そう」
「行きたい! ……でも」

 入港前で忙しいんじゃないのかな?
 私の考えていることががわかったようで、透也くんは優しく微笑む。

「本当に忙しいのは、乗客が乗り降りするボーディングブリッジを接続するときらしくてね」

「飛行機みたいだね。……そっか、こんなに大きな船だものね」

 乗船口はわりと高いデッキにある。それはそうか、出発前に波をかぶりたくないし。
 ということは桟橋が高く造ってあるのだろうけれど、様々な船のサイズに対応するために使われる、と。

「ああ。客船の操舵手だと、ボーディングブリッジを寄せる都合があるから、一〇センチからセンチの精度で着岸できる腕を持っているそうだ」

「すごい!」

 私が素直に感嘆すると、透也くんはにこりと笑う。

「狭い海峡を渡るんだけど、船に迫っているように見えてスリリングらしいよ」

 そんなテクニシャンがギリギリを攻める。チェッカーフラッグを求めるレーサーのような表現は不謹慎だけど、見てみたい。

「服を変えないと駄目かな?」 

 私はカットソーにホットパンツ、デッキシューズという自分の服装を見おろした。

「そのままでいい。非公式の、僕達だけへのお誘いだからね」

 そういう透也くんは、体の線を際立たせるようなTシャツとカーゴパンツにコンバットブーツだ。

「ふふ」

 私はつい、ニヤついてしまった。

「ん?」
「私の旦那様はかっこいいなあって」

 オーダーのスーツを着こなしているところはどこの西洋のプリンスかと思うし、着物姿は日本の貴族ではないかと錯覚してしまう。

 ……そういえば。
 高校の頃源氏物語を授業で習っていたとき、平安貴族の美しさに憧れた私は、透也くんに光源氏のモデルになった『源融』をやってほしいとお願いしたことがある。

 私も十二単を着させてもらったけれど、狩衣に烏帽子をつけた透也くんは、はっきりいってブロマイドを世界中に配信したいくらい美しかった。……もとい。 

 そういう姿も麗しいのだけど、こういう体型をあらわにするような恰好してくれると、バイオレンスとか雄とか粗野とか、いつもの彼と対局の荒々しいイメージがあってドギマギしてしまう。

 うん。スーツだと竹や柳のようになよやかな肢体を想像してしまうのだけれど、こういう恰好をすると、筋肉の形がくっきりとわかる。

 細マッチョさんて言うんだっけ、ムチのようにしなやかでいて強靭さがうかがえる。
 眼福、ご馳走様です。

「こら」

 きゅむ、と頬をつねられた。

「ふえ?」

「夫をそんな蕩けそうな目で見つめないの。今からベッドに逆戻りさせられて、僕に美味しく食べられてしまうよ?」

 どきん。
 色っぽい微笑みの中の、獰猛な光を秘めた双眸に見つめられて、心臓が跳ねた。

 それもいい。いや、それがいい。
 と思ってしまった私は悪くない。

 「…………ブリッジに行く」

 やっとの想いで呟いた。

「了解。本日のメインディッシュはブリッジ見学。円佳をデザートにいただくからね」

 腰を抱かれながら耳を食まれた。
 い、いまので腰がくだけた……っ。船内にカートが必要だと思う。

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