ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間

水田歩

本当のハネムーンまで98時間~ジョギング〜①

 
 朝七時。
 透也くんがシャワーを浴びている音で目が覚めた。 
 のそのそと起きだし、透也くんの脱ぎ捨ててあったシャツを借りる。
 わ、私のナイティ、レースでスケスケなものばかりなんだもの。

 齢二十七にもなると、レースフリフリは恥ずかしい。
 いや、うっとりするほど美しくて大好きなんだけど。外では溌剌活発に。
 夜は艶かしく、が私の目標。
 ベッドのなかで透也くんを誘惑したい私の趣味と実益を兼ねています。

 ……は、ともかく。
 透也くん御用達はTシャツでも最上級のコットンを絶妙ならカッティングで仕立てられていて、素肌に着こんでも心地いい。

 お行儀悪いけど、そのままの姿でベランダから下を眺めてみる。

 何層もあるデッキの下にプールがあって、船べりには一周できるジョギングコースがある。
 ……走ってこようかな。

 透也くんに言ったら『まだ、そんな元気あったんだ?』とか言われて、艶アンド真っ黒な笑みでベッドに引き込まれる。

 のぞむところだけど、退廃的ではなく健康な運動もしたい。

 クローゼットを開けてスポーツシューズに着替えた。GPS付き心拍計を腕に巻く。
 ガードさんからやかましく、ごほん、ご指導いただいてるサバイバルグッズ入りウエストポーチ。
 それと、船内でオプション以外はなんでも使えるリストバンド。

 チップすら内包されているオールインクルーシブだから、リストバンドをかざせばお財布なしで快適に過ごせる。

 うん、これで準備はOK。
 この船は透也くんの会社の人ばっかりだしね、安心なはず。

 ……昨日の二人は氷山の一角かもしれない。
 透也くんがカリスマ経営者であるほど、スタッフさん達の彼への信奉度は高くて、その分私への反感になっているのかもしれない。

 怖い。
 本当はこの部屋のなかで透也くんの腕の中で縮こまっていたい。

 でも、一回でも逃げ込んだりしたら、二回目はもっと心弱くなる。三回目は、立ち向かおうとも考えなくなるかもしれない。

 一生、外の世界を気にすることなく、透也くんだけを見つめられたら心地いいだろうな。
 彼に優しく微笑んでもらえたら、それで私の世界は満たされる。

 ――それでいいの?

 誘惑に傾こうとしている心にチクリとささる疑問。

 透也くんが私を好きな間は徹底的に甘やかしてくれるだろう。
 けれど、彼の気持ちが離れていったとき、透也くんだけで満たしてた私の世界は壊れてしまうんじゃないの?

 だめだ。
 私は彼の妻で恋人なんだ。

 世界が壊れるのはともかく、夫であり愛おしい人の関心をなくしてしまうようなことは出来ない。
 ううん、いつも彼が私に惚れてくれているように努力すべきなのよ。

 私は透也くんが美しくてお金持ちだから好きなんじゃないもの。

 優秀だけど努力の人であって、柔らかい部分を私に曝け出してくれる人。

 敵には冷酷、私には意地悪で私を甘やかすくせに鬼畜でどSで……あれ? と、ともかく彼の天使なところも魔王なところも私は大好きなんだもの。透也くんが好きな私でないといけないよね!

 心が決まった。

バンジージャンプ、一回目は一歩を踏み出すのが怖かった(今もだけど)
 でも、あの世界に放り出されるような感覚を味わうのには大事な一歩。

 知りたくないならそれでもいい、世界はそんなことで欠けたりはしない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、とは昔の人はよく言ったものだ。

「透也くんは虎でもないし、まして子供じゃない」

 私が欲しいのは、世界に向かって妖しく微笑む魔王様なのだ。

 ……自分の旦那様に向かって魔王呼ばわりもどうかと思うけど、伏魔殿のキングなんだもの。

 肚の決まった私はデスクからメモパッドと取り上げ、『一走りしてくるね』と残しておいた。
 勿論、ガードさんには声を掛ける。

 私が出ていくのを待ち構えたように透也くんがバスルームから姿を現したのを、私は知らなかった。

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