ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間

水田歩

結婚式まで012時間〜再会した二人〜 ④


 百パーセント彼を信じてしまいたいと感情は私を引っ張り、理性は疑えと私を引っ張りかえす。

 わからない。
 眼を逸らして俯いてしまった私を、彼はしばらく眺めていたようだった。
 そして。

「……迂闊だったよ」

 はあああ、と透也くんが深いため息をついたので、私はびくりと体を震わせた。

 精密な計算のもとで動く透也くんがなにをやらかしたの?
 固唾をのんで見守っていると、彼は自嘲気味に囁いた。

「こんなことなら、円佳のことを好きだって自覚してすぐに、君を無人島にでも閉じ込めておけばよかったんだ」

 ……今、なんて?
 信じられないことを言われたので、透也くんの顔を凝視する。
 すると、彼も見返してくる。

「別に僕の部屋の中に君を閉じ込めるのでもいいけど。円佳の眼には僕の姿しか映らず、君の耳には僕の言葉しか聞こえないようにしておけばよかったって話。君の世話は一切僕がやり、他人を近づけず。念のため、鎖に繋いだり暗示を使ってもね」


 ………………はい?

 さっきは百歩譲って、誰もいないリゾート地に二人で旅行、って意味でもいいと思う。
 け・ど!
 今の発言は犯罪そのものの薫りしかしないよ。

 思わず、彼の顔をまじまじと見てしまったら、透也くんの眼には仄暗い光が宿っていて、冗談を言っているとは思えない。

 背中に、ぞくぞくっとふるえが走った。

 透也くんにいだいた感情が恐怖だけじゃなくて、違う気持ちが混じっていることに気づいたから。
 私、そんなにも執着されていることに喜んでいる。

 ふ、と透也くんの表情が変わる。
 口元が和らぎ、優しい雰囲気になった。

 あの、色っぽい流し眼を寄越さないでもらえるかな。腰が砕けそうになるんだけど。

 猛毒注意。

 甘くてねっとりとした毒に体も脳も冒されたら、もう助からない。
 どうして、こんな危険な透也くんに気づけなかったんだろう。
 ……彼の瞳には、魔力でもこもっているのかな。私は透也くんから眼を逸らせない。
 魅せられる。
 膝まづいて、愛を乞うてしまいたくなる。
 だめぇ、私! 踏みとどまるのよおおお!

「透也くん、色仕掛けなんてずるい!」

 呪縛よ、解けろぉとばかりに絶叫すれば、透也くんは耳を押えながら呻いた。

「ち、しぶとい」

「あ、あったりまえでしょー! 透也くんと何年一緒に暮らしてきたと思ってんのよ! 簡単に墜ちてたまるもんですかっ」

 嘘です。
 いつも心臓ばっくばくです。

「言っただろう、『使えるものはなんでも使う』と」

 透也くんは私の抗議なんて聞いていないのか、髪をぐしゃぐしゃにして、サイドテーブルからショットグラスを取り上げた。
 中身をぐい、と一気に喉に流し込む。

  ……こんなやさぐれている透也くん、初めて見た。

「本音を言えば、君が僕と共に生きることを望んでいなくても手放したくない。円佳が嫌がって泣きわめいても、名実僕のものにしてしまいたい。憎まれてもいい、僕のことを考えてくれているのだから。恐怖のあまり、君が狂ってしまっても構わない。――そうしたら、いつでも僕の傍で笑っていてくれるよね?」

 淫蕩にすら見える笑みを浮かべられてしまう。

 い、言ってることがあまりにもデンジャラスなんですが。
 なのに私ったら、怖さより歓喜に体をふるわせているなんて。

 ……私。
 もしかしたら、『飛んで火にいる夏の虫』をしてしまったのだろうか。

 真実という宝物を目指して洞窟に訪れた。
 遭遇してしまった宝物の番人はイケメンで大好きな人だけれど、最上級の魑魅魍魎感がハンパない!

 透也くんは、はあああ、と何度目かのため息をついた。

「円佳が閉所恐怖症じゃなきゃね」

 透也くんは髪をぐしゃぐしゃにかきあげると、悩まし気な声で呟いた。

「へ」

 透也くんヤンデレの話をしていたのに。この場にそぐわない単語に、私は面喰う。ソレ、なんの関係があるの?

 話の転換についていけない。

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