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ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間

水田歩

結婚式147時間前から乳児院での五・三日間④


「子供たちが、怪獣みたいな唸り声がきこえるって言いにきたものだから。食べすぎでお腹壊した? 胃薬持ってこようか」

 宿直室はトイレの近くだから、声を殺したつもりだったけど怖がらせてしまったらしい。
 明日は怪獣ごっこしてみようかな。

「いえ」

 私は急いで起き上がった。

 彼女は制止しても、突破してくる人だ。
 諦めて室内の照明をつけた。

「あらあら、お眼々が真っ赤」

 院長の手が、熱をもった私の頬を撫でてくれる。ひんやりとした彼女の手が気持ちいい。

「……透也くんと、別れようと思うんです」

 つるんと言葉が出た。

 連れ戻されたあと結婚式をさせられても、院長には私の表情から祝福された結婚ではないことに気がついてしまうだろう。

 しばらく頭を撫でてくれたあと、院長は独り言のように話しかけてきた。

「円佳ちゃんの婚約者さんね。いっつも電話くれるのよ」 

 院長は、彼女にとっても息子に等しい彼に対して、わざとそんな言い方をした。
 彼女の言葉に、私は眼を見開いた。
 あの、忙しい透也くんが?

「『なにか不自由はありませんか、問題はないですか』って」

 嘉島家は、福祉にかなり力を入れている。
 透也くんはこの乳児院の理事だ。
 彼のお母さまの『実家』だし、意識が高い彼なら、まめに連絡を寄越しても不思議じゃない。

「……彼はこの院の筆頭理事ですから」

 私がボソボソ呟けば、院長は思わせぶりに笑う。

「ふふ、院内の様子はボディーガードさんからの報告や、監視カメラでわかってるくせにねえ」

 透也くんは自分がかかわる建物に対して、セキュリティを徹底している。
 近年の子どもを狙った犯罪の増加に伴い、乳児院の周囲にもボディーガードを配置しているのだ。

「……心配症なだけじゃないでしょうか」

 身をもって知っているので、実感がこもってしまった。

「そうね、誰かさんのことをとっても心配しているけれど、真面目な子だから職務を忘れることはないわね。でも業務連絡にかこつけては、貴女が転ばなかったか、子供たちや同僚から辛い眼に遭わされてないか聞き出そうとするの」

 ずきん。
 透也くんは、どうしてそんなことを気にするの。私が貴方の手の上にいれば痛くもかゆくもないはずでしょ?

「最後に必ず聞くの。『円佳は笑って仕事をしていますか』って」
「……なんで……、そんなこと……」

 透也くんが、私のことを気にしている?

 ――それは、そうなんだろう。
 彼は思惑があって私を妻にしようとしている。
 いくらボディーガードに監視させているからといって、私に何かあったら彼の目的は果たせないのだから。

「貴女の婚約者さんの言葉を聞いて、しみじみ思ったわ。『辛いことの多い仕事だからこそ、職員が心から笑える職場でなくてはならないんだな』って」 

 私が勤めている、この乳児院は嘉島家がバックについているから予算の心配はしなくていい。
 そのぶん子供たちの健康や教育、子らに暗い影を落としている肉親に心をくだくことが出来る。
 大変な職場だけど、やり甲斐はあってスタッフは和気あいあいとして、得難い場所だと思う。

 この院の居心地の良さは、眼の前の院長が作りだしたものだと思っていた。
 だけど、院長は透也くんから感化されたのだという。
 ……彼は、私のために。

 違う!
 透也くんがこの院を気にしているのは、嘉島家が福祉に力を入れているというアピールに過ぎない。

「婚約者さんはこっそり乳児院を見に来てるの。でも、仕事中の貴女に触れるのを我慢しているみたい。わりとしょっちゅう、赤ずきんちゃんをものほしそうに眺めている狼さんを見かけるわよ」

「……どうして」

 私のこと、好きでもなんでもないんでしょ?

 欲しいものを堂々と欲しがり、必ず手にいれてきた透也くんが我慢しているわけがない。
 呆然と呟けば、院長は大人の女の笑顔を浮かべた。

「勿論、円佳ちゃんのために決まってるじゃない。あの子は大事な物はしまいこんでおきたいタイプ。けれど、円佳ちゃんは自分のペースで生きたい人。透也くんは自分の意思を曲げてまで、貴女を自由にさせてあげたいの。それだけ円佳ちゃんのことが好きなのよ」

 瞬間、透也君の声が耳によみがえる。

『好きだよ、円佳』
『このまま、君をとじこめておけたら』
『愛してるんだ。僕には君以上に大事な物なんて、ない』
『いつか円佳が、僕の愛に傷つくことがあっても。僕が君を愛してるってことを憶えていて』

 抱かれているあいだ、あるいは彼の腕の中でまどろんでいるときに、何度もささやかれた言葉。
 透也くんは、私が彼を疑うってわかっていた?
 私が貴方を諦めちゃっても仕方ないと思ってる?
 なのに、好きだと言ってくれるのね。
 私をあ、愛してるって。

 ……透也くん。透也くん透也くん透也くん――――――!

 せっかく止まっていた涙と一緒に気持があふれ出す。
 だめだ。
 透也くんに逢って、直接話を聞こう。
 でないと、私は前に進めない。
 院長を見ると、私をきらきらとした眼で見つめている。
 この反応は。

「……院長。ざっぎまで乙女小説を読んでまじだね?」

 私は院長と眼が合うなり、断言した。

「そう! イケメンハイスペックヤンデレ御曹司がなびかない貧乏OLを監禁まがいに同棲させて溺愛するお話だったのよー」

 胸の前で手を組んだ院長は、うっとりした眼を空中に彷徨わせた。

 ……まただ。
 院長は手近にいる私たち二人を乙女小説のシチュエーションに当てはめては、一喜一憂するのが好きなのである。
 今はきっと最高にワクワクドキドキしているはず。
 で・す・が!

「私は監禁されてないし、貧乏OLは余計ですー」

 それに独り暮らし出来るくらいにはお給料をもらっている、由緒正しいマジョリティなんですからねっ。 私は独りで立っている。
 一人の人間として、嘉島透也さんの目の前に立ち、話し合おう。

「戻ります」
「それがいいわね」

 私が低い声で呟くと、院長は慈愛たっぶりの笑みを浮かべて送りだしてくれた。

「今日は眠って、明日帰りなさいな」
「はい」

 翌日もめいっぱい子供達と過ごした。
 晩ご飯の「いただきます」を聴きながら、私は乳児院の外に出ると、私は待機していたボディーガードさんに声をかける。

「嘉島邸に向かう前に、美容院に連れていってください」

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