ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間
結婚式の156時間前〜謎の女〜 ④
「早く誓約書に署名したらいいわ。名ばかりの妻としてこの屋敷に軟禁されちゃえばいいのよ」
どきんどきん。
聴きなれない単語に、心臓が激しく動く。
にもかかわらず、四肢から体温が奪われていく。
……私の心拍数ってモニターされてるんだっけ。
確か、照明や防犯カメラ、防災センターに連動している。
一刻も早くボディーガードさんが駆け付けてくれることを、ひたすら祈っていた。
もう、この女と対峙していたくない。
無意識に、手首にはめている心拍数をモニターする計器を触ろうとして、ぞわっとなった。
さっき試着した際、結婚式用のアクセサリーもつけることになってたから、一切合切を外してしまっている。
……そうだ!
『センサーはテーブルに置いておきますね』
誰かに言われたような?
てことは、この室内の異常を誰も感知できない? 私、絶対絶命⁈
どっきどきどき。
心臓がフルスピードで脈を打ちはじめる。
まずは、落ち着かないと。
『円佳。心臓がドキドキし始めたら、透也くん大好きって唱えてごらん』
いつだったか、緊張してしまった私に透也くんが言った言葉。
『なに言ってんの!』
内心ツッコミつつ、唱えてみたら嫌な脈拍が気持ちのいいものに変わった。
いつも通り、魔法の呪文を頭の中で唱えようとした。
出来ない。
透也くんに疑いを持ってしまった今、彼のことを考えるたび心拍数が激しくなるばかり。
私は彼女に起きていることを悟られないように、呼吸を繰り返す。
「そうだ、軟禁で済めばいいわよねえ」
……どういうこと。
「ここが墓場になんなきゃいいわね」
え?
それって、この女(仮)に殺されるってこと?
やだやだ、まだ結婚式もしていないのに!
「ここは陸の孤島だもの、『死因』はいくらでも作れる。散歩中の滑落に、水死もいいわね」
……透也くんに殺される。
あるいは、彼の命をうけた誰かに。
「ふふ。せいぜい上手く立ち回って軟禁で収まるといいわね? 悪くないわよ、こんな豪華な所で三食昼寝付きですもの」
私がかわらず寝息をたて続けたので、つまらないと思ったのか。
あるいは、毒を吐いて満足したのか、彼女は退室していった。
数秒後、私は眼をぱちりと開いた。
身体的物理的には傷つけられていないけど、心はズタズタになった。
寝間着が汗でぐっしょりと濡れている。
鳥肌がたち、震えが止まらないので自分の体を抱きしめた。
深呼吸を繰り返しながら、聞いたばかりの情報について検証してみる。
かなり長い時間だった気がするけど、この状況で誰もこないってことはセキュリティに細工したのかもしれない。
女(仮)は、かなりの腕前なんだと思う。
それとも、潜り込んでいる人数はもっと多いのかもしれない。
いつから入り込んでいたんだろう。
相手の正体がわからない以上、誰にも言えない。
執事さんは大丈夫だと思う。
でもスパイ小説だと、敵の眼をあざむくために長年にわたり潜入しているって書いてあった。
ああ。
アクション映画でよくみる孤立無援のヒーローの気持ちなんて、わからないままでよかったんだけどなー!
ん?
……嘉島家に危害をもたらそうとしている人物。
たとえばスパイだったら、玉の輿なんて発想はしないよね。
逆に今の女(仮)が単なる民間人だとしたら。
透也くんが私を好きではない、てことが世間の一般常識だとしたら?
 
私 だ け、事 実 を 知 ら な い。
 
自分の考えにぞっとした。
頭を振ってネガティブな考えを追い出した。
「だめ。どうすればいいのか考えるのよ、私!」
メソメソしても、状況は改善しない。
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