病夢(びょうむ)とあんぱん

ぢろ吉郎

病夢とあんぱん その35

 
 時刻は、午前四時。


 『シンデレラきょうかい』が指定してきた住所には、ボロボロの小さなはいビルがあった。
 本当にボロボロだ。
 一体、いつから使われていないのだろう?放置され、取り壊されもせず、管理もされていない建物は、ここまでボロボロになるのかと、少し感心してしまったくらいだ。


「こんなボロの建物に、本当に『シンデレラ教会』の連中がいるのかねぇ?どう思う?やなくん
「さぁ?場所を指定してきたのはあっちなんですから、いないということはないと思いますけど・・・」


 むしろ心配しなければならないのは、「いた場合にどうするか」ということだ。話し合いで解決すればいいが・・・そんなに都合良くは、事は運ばないだろう。


「さて、出発前にも言ったけれど、向こうにその気があるのなら、まず交渉から入る。向こうにその気がない場合、もしくは交渉が決裂した場合は、間違いないく戦闘になるだろうねぇ・・・。基本的には、君が交渉担当。僕が戦闘担当だ。何か質問はあるかな?」
「別に、僕は交渉が得意なタイプでもないんですけどね・・・」


 むしろ、人付き合いは苦手な方だ。
 交渉を有利に進めるスキルも、交渉材料も、僕にはない。


「じゃあ、君も戦闘担当になるかい?二人とも戦闘担当で、相手にいきなり奇襲をかける。こういう戦い方の方が、僕としては好きだけれどねぇ・・・」
「交渉担当でお願いします」


 即座に、僕は言う。
 「だろうねぇ・・・」と、おりさんが笑う。
 命懸けの殺し合いをするよりは、話し合いをする方がまだマシだ。こんなところで死にたくはない。
 いや、どんなところだろうと死にたくはないが・・・。
 だから究極的には、ちゃんを救えなかろうと、僕が殺されなければ良い。
 敵に殺されたり氷田織さんに殺されたりしなければ、ひとまずばんばんざいだ。


「一応、聞いておきますけど・・・交渉が成功した場合は良しとして、戦いになった場合は・・・どこまでやるんです?相手が情報を吐くまでですか?それとも、負けを認めるまで?」
「そんなの、殺すまでに決まっているじゃないか」


 楽しそうに、氷田織さんは言う。


「相手が負けを認めるまでとか、生ぬるいことを言っていちゃ駄目だねぇ。柳瀬君。僕らが死ぬか、奴らが死ぬまで、戦いは終わらないよ。気を抜かないことだねぇ。さもないと、あっさり死んじゃうよ?」


 ニヤニヤと、気分の悪い笑顔をこちらに向けてくる。
 まあ答えは若干、予想できていたことだ。
 この人が「容赦する」なんて日本語を、頭に入れているとは思えない。せいぜい、「苦しまないように殺してあげる」くらいだろう。


 そんな冗談にもならないようなことを考えながら、僕らは廃ビルに侵入する。
 一階はホールになっていた。が、もちろん何もない。
 せいぜい、建物を支える柱と二階へと続く階段、割れかけている窓があるくらいだ。
 受付もなければ、僕らを迎え入れる人間もいない。


 ・・・いや、いた。


 一階の奥の方に、二人の人間が立っているのが見えた。この廃ビルには、完全に場違いな二人組が。
 近づくにつれ、二人の容姿がますます場違いなそれであることが明らかになる。
 一人は、きっちりとしたスーツを着た男だ。ぴっしりとしたオールバック、にゅうな顔つき。とても真面目そうだが、優しい印象を受ける。この前まで僕が勤務していた会社にいたとしても不思議ではないくらい、普通のサラリーマン姿だ。
 いや、下手をしたら、その辺の新入社員よりもきっちりしているのではないだろうか?少なくとも僕は、あんなにスーツを着こなせていなかったと思う。
 対してもう一人は、とても軽い印象の男だ。逆立った金髪に、険しい顔。こちらもスーツを着てはいるものの、かなり着崩しており、夜の町に紛れてしまえばホストか何かと勘違いしてしまいそうだ。
 しかし、何より目を引くのはその身長だった。
 ものすごく高いのだ。
 190センチ・・・いや、下手をしたら、二メートルに到達しているんじゃないだろうか?とても、日本人とは思えない高身長だ。
 こんな男に目の前に立たれたら、誰だってしゅくしてしまうだろう。服装や髪型と相まって、威圧感がとてつもない。


「よぉ。『海沿かいえん保育園』のお二人さん」


 と、先に口を開いたのは金髪の巨大な男だ。


「こんにちは。『シンデレラ教会』のお二人」


 氷田織さんが挨拶あいさつを返す。


「ここでハロウィンパーティが開かれてるって聞いたんだけれど・・・聞き間違いだったかな?」
「ああ。そりゃ、完全に会場を間違えてるぜ。それに、今は六月だ。時期も大幅に間違えてるな」


 氷田織さんの変な冗談に、変な冗談で返す金髪男。
 ピリピリした雰囲気と、会話のギャップがありすぎる。


「そうだったそうだった。僕らはパーティに来たのではなかったよ。つい、うっかり」


 うっかり、ハロウィンパーティに来てしまうって・・・。
 そんな破天荒な奴がいるか。


「僕らは、僕らの大切な仲間を助けに来たんだった。機桐はたぎり莉々というんだけど・・・あなたたちは、何かご存知かな?」
「大切な仲間、ねぇ・・・。ふうん」


 僕らをジロジロと見ながら、金髪男は言う。


「そんな風に思っているようには、とても見えねぇけどな。仲間をさらわれたっていうのに、随分落ち着いてるじゃねぇか?あん?もっと慌てながらやって来ると思ったんだが・・・ちょっと期待外れだったな」
「そりゃ期待に添えず、申し訳なかったねぇ。実は、心の中は不安でいっぱいだよ。平静を装っているのさ。感情があんまり表に出ないって、友人にもよく言われるからねぇ」
「・・・ふん」


 せせら笑うように語る氷田織さんに対し、金髪男は不愉快そうに笑った。
 まあ確かに、こんなにあからさまな嘘をつかれれば、不愉快にもなるだろう。
 この人には多分、不安なんてないだろうし。
 友人もいないだろう。


「とにかくお前の言う通り、ここはパーティ会場じゃねぇよ。そんな楽しい場所じゃねぇ」


 金髪男は、天井を見上げながら言う。


「ここは戦場だ。そんでもって・・・・・殺人現場の予定地だ」


 ・・・どうやら。
 交渉する気は、ないようだ。





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