病夢(びょうむ)とあんぱん

ぢろ吉郎

病夢とあんぱん その34



『本日、やなゆうを殺しに参ります』
「・・・・は?」
うそうそ。私だよ。しんじょうじんだ』


 出発の少し前。
 氷田織さんとともに、指定の住所へ向けていざ出発しようというときになって、僕のガラケー(正しくは、沖さんのガラケーだが)に着信があった。
 知らない番号だ。
 一体、誰だろう?今度こそ僕を抹殺まっさつする、という敵からのメッセージだろうか?と思ったが・・・『シンデレラきょうかい』なんかより、よっぽど厄介やっかいな人からの電話だった。
 この人の「殺す」は、他の誰に言われるよりも、現実味がある。


「・・・何か用ですか?」
「用?ああ。お前たちへの用なら、たっぷりあるさ。さらわれたんだって?おきじいさんから聞いたぞ。何してんだよ、お前ら」
「何してんだと言われても・・・僕にはもともと、何もできませんでしたよ。そりゃ、心の読める信条さんがいれば、何とかなったかもしれませんけど・・・」


 『真空しんくうせいげんのうぜんやまい』。
 相手の心を、嫌でも知ることになる『やまい』。
 それがあれば、敵の本当の狙いをかんし、莉々ちゃんを攫われることもなかったのかもしれない。


『そりゃ、無理な相談だな。私、今、海外にいるし。さすがに、任された仕事を放棄して帰国するってのは、大人としちゃあ、常識に欠けてるだろ?』
「それはそうですけど・・・」


 つまり、信条さんの中では、仲間の命よりも仕事を優先するということか。
 冷たい人だ。
 人のことは言えないが。


『そもそも最初は、お前の命が狙われてるって話だったんだろう?』
「そうですね」
『それなら、たとえ聞いていたとしても、私は帰らなかっただろうよ。お前の命程度で、仕事を放り出すわけにはいかないからな』
「・・・・・」
『ん?何だ?「そこまではっきり言えるって、逆にすごいなと感心してました」とか言うんじゃないだろうな?』
「・・・電話しでも、相手の心が読めるんですか?」
『ふん。当たり前だろ。そうじゃなけりゃ、会話は全部、電話でしてるさ』
「そんなの、現実的には無理でしょう・・・・」
『うるせえよ。で?お前とおりのバカが、莉々を助けに行くんだって?ご苦労なこったな。せいぜい、死なないように頑張れよ』


 ・・・この人には、他人を心から応援する気持ちとか、ないのだろうか?


『応援する気持ちだぁ?そんなのがあったら、もう少しまともな大人になっていただろうさ。別に、お前や氷田織が死のうが、可哀想とは思わねえ。むしろ、死んで当然だとさえ思うな。お前らみたいな危ない奴らは。莉々が死んだなら、多少は可哀想だと思うが・・・』
「氷田織さんはともかく、僕も危ない奴扱いですか?」
『お前なんか、見る奴が見れば、氷田織よりよっぽど危ない奴だよ。・・・自覚がないわけじゃねえだろう?』
「・・・さぁ?僕は、普通の奴だと思いますけど」


 自分を危ない奴だなんて、到底とうてい思わない。
 もしくは、思いたくないだけかもしれないが・・・。


『そんで、そんな危ない柳瀬くんに朗報ろうほうだ。私から、良いものをくれてやるよ』
「良いもの?だるだるのジャージとかは、いりませんよ?」
『よし。帰ったら覚えてろよ。お前の鼻を、逆向きにしてやるからな』
「・・・・すみません」


 鼻を逆向きって。
 脅しが効きすぎている。
 そんな、福笑いみたいな顔にはなりたくない。


『土下座で許してやるよ。つっても、戦うための武器とか、生き残るためのアイテムとか、そういうのじゃねえ。まあ、お前を楽にするってことには、変わりねえけどな』
「・・・?」


 一体、信条さんは、僕に何を手渡そうとしているんだ?
 戦いの役には立たないが、僕を楽にするもの?


がいよう爆弾ばくだんだよ』
「・・・はい?」


 爆弾?
 自害用?


「・・・自分を殺すための爆弾ってことですか?」
『あぁ』
「何のために?」
『お前が、死にたくなったときのために』


 ・・・・そんな瞬間に備える一般人が、どこにいるんだ?
 そんなもの、持ち歩きたくない。
 第一、死にたくなる瞬間なんて、僕には来ないだろう。


『そうとも限らねえぞ。死にたくなる瞬間なんて、生きてりゃ何度も来るだろうさ』
「信条さんには・・・あるんですか?」
『あるさ。数え切れねえくらいにな』 


 きょうじんな精神力を持っていそうな信条さんでも、そんな瞬間があるのか。
 僕もいつか、そんな瞬間を味わってみたいものだ。
 多分、そんな機会は来ないが。


『今はじょうに預けてあるから、事情を説明して受け取っておけ。んで、戦うことにも、生き残ることにも嫌になったら、そいつで自殺しろ。敵に苦しめられながら死ぬよりは、そっちの方がマシだろう?』
「自殺は・・・勘弁してほしいですね。もっと、こう・・・生き残るチャンスをつかめるような武器はないんですか?たとえば、けんじゅうとか・・・」
『ない。私たちは軍人じゃねえんだぞ。そんなもん、持ってるわけねえだろ。その爆弾は、たまたま友人からもらっただけだ』


 爆弾をくれる友人って。
 一体、どんな友人なのだろう?
 でも、そうか・・・さすがに拳銃はないのか。そう都合良くは、いかないようだ。


『大体お前、拳銃を撃ったことなんかあんのか?』
「あるわけないでしょう。そんなの」
『なら、余計に持つべきじゃねえな。素人しろうとの射撃なんか、敵に当てられもせずに終わりだ』
「そうとも限らないんじゃないですか?ほら、数撃ちゃ当たるっていいますし」
『数を撃つ前に殺されてもいいのなら、そうしな』


 うーん・・・そう上手うまくはいかないのか。
 マンガやらゲームやらのように、容易たやすく扱える武器ではないのだろうか?


『とにかく、銃で戦えるなんて期待すんな。お前なんか、自害用の爆弾一つで充分だ』
「いや、それもどうかと思いますけど・・・」
『防犯ブザーみてーに、ストラップ部分を抜けば、数秒で爆発するからよ。上手いこと死ねよ。爆発の規模はそれほどデカくねえが、お前一人を殺すには充分だ』


 ・・・できれば、死にたくないのだが。
 しかし、そんなに簡単に扱えるなら、攻撃手段としても用いることができるんじゃ・・・。


『おい。しょうりもなく、攻撃手段に使おうとすんな』


 一瞬でバレた。


『銃と同じだ。あからさまに爆弾で攻撃しようとすりゃ、相手は簡単に見抜いちまうだろうさ。軽くかわされる。敵も殺せず、自分も死ねない、みたいな無駄使いはすんなよ?一個しかねえんだからよ』


 随分とケチなことを言う信条さんだった。
 そもそも、爆弾を一個持っている時点で大問題だと思うけれど・・・。


『自殺に敵を巻き込む、くらいなら出来るかもしれないけどな』
「しませんよ。そんなこと」
「まあ、そうだろうな。お前は、そういうことが出来る奴じゃないわな」


 せせら笑うように言う信条さん。
 確かに、そんな道連れみたいな作戦をとるつもりは、毛頭もうとうない。この戦いは、自分が生き残ることが大前提だ。自殺が前提の戦い方なんて、あり得ないのだ。


『さてと、用件はこれだけだ。そんじゃ、頑張れよ。戦いも、自殺も』


 一方的に喋り、一方的に電話を切ろうとする信条さん。
 社会人としては、大失格である。


「・・・一つだけ聞いてもいいですか?」
『何だよ?こっちは忙しいんだっての・・・』
「なぜ、ばたさんに爆弾を持たせていたんです?」


 そんな危険なもの、自分で持っていた方が安全だろうに。
 他人に預けておけるようなものじゃない。
 それも、女子高生に。


『あん?そりゃ、死ぬためだろ』
「え?」
『お前に預ける理由と同じ。自殺を完遂かんすいするためだよ』


 あっけらかんと、信条さんは言う。


『あいつ、前まで死にたがってたからよ。どうぞ、これでお手軽に。つって、渡してやったんだよ。結局、使わなかったみてーだけどな』
「・・・・・」


 昨今さっこんの若者は、怖い。





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