病夢(びょうむ)とあんぱん
病夢とあんぱん その26
何をきっかけに、彼女が話そうと思ったのかは分からない。
僕を信用してくれたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
しかし、彼女は自身の『病』を教えてくれた。
それは、僕にとっては大きな成果だったし。
彼女にとっては、小さな失敗だったかもしれない。
『治癒過剰』と、彼女は言った。
治癒。
簡単にいってしまえば、怪我や病気を治すこと。
そして、それが過剰、ということは。
なるほど。それならば、僕の左肩の傷がこの短時間で治っていることにも納得できる。彼女の「治療」というのは、つまりそういうことだったのだ。消毒したり、包帯を巻いたりするのではない。
彼女の『病』によって、僕の傷を強制的に治したのだ。
病気によって傷を治すとは、言い得て妙だが・・・。
「莉々ちゃんのその『病』は・・・どんな怪我も治せるの?出血だけじゃくて、骨折とか、腕を失ったとか、足を失ったとか、そういうものでも治せる?」
だが、再び彼女が口を開くことはなく、ただ静かにコクリと頷いた。
「自分の体の傷であっても?」
もう一度頷く。
いやいや。
そんなことができるなら、こんなところで、そんな風にプルプル震えている場合ではないと思うのだが。
「じゃあ、病気とかは?怪我だけじゃなく、病気でも治せるのかい?究極的には・・・死んだ人を蘇らせる、とかは?」
即座に、頭を横に振る莉々ちゃん。
さすがにそれは無理か。
それができるならば、この保育園の住民の『病』なんて、あっという間に解決するだろうし。
死んだ人間を生き返らせる、なんてことができるならば、それはもう神様にでもなった方がいいだろう。
しかし、それを差し引いても、彼女の『病』は極めて便利なのではないだろうか?
どんな怪我であろうと、外科医顔負けの速度で治すことが出来る。しかも、特にデメリットなしで、だ。
手術とも違うので、失敗することもないのだろうし、痛みも残っていないことから察するに、後遺症などが残ることもないのだろう。そんな『病』は、人の役に立つことこの上ないと思うのだが・・・むしろ、誇っていい才能だといえるだろう。
それでも、彼女はこんな風にしか生きられないのだろうか。どんなに人の役に立とうが、それが異端すぎる才能ならば、爪弾き者にされてしまうのだろうか。こうして、世間の隅っこに追いやられてしまう事情があるのだろうか。
数十秒間の沈黙が生じる。
僕は彼女の『病』のことを考えていたし、彼女は・・・何を考えていたのだろう?部屋を出て行こうともせず、俯いたまま、じっと何かを考えていた。
「あの・・・・」
と、沈黙を破ったのは、意外にも莉々ちゃんの方からだった。
小声過ぎて、危うく聞き逃してしまいそうだったが、「なに?」と僕は返事を返した。
「あなたの・・・柳瀬、さんの『病』って・・・・何なのですか?」
おどおどと、彼女は質問してきた。
え?僕の『病』?
僕が『病』を持っているだなんて、言ったっけ?
・・・・いや、言っていないはずだ。しかし、持ってない、とも言っていない。
二日目の朝会で自己紹介はしたし、僕がどういう経緯でここに保護されことになったのかも、この一週間で沖さんが説明してくれたが、『病持ち』ではない、と明言したことはなかった気がする。
つまり莉々ちゃんは、僕が『病持ち』であると、この一週間、誤解していたのか。
話の流れから、予想できそうな気もするが・・・そこはやはり、小学生だから。ということなのだろう。さすがに、沖さんたちが、そこを誤解しているとも考えられないし。
「僕は『病』なんて持ってないよ。君みたいに怪我を治すこともできないし、信条さんみたいに心を読むこともできない・・・・どこにでもいる、普通の奴だよ」
と、僕としては当たり前の回答を彼女に返した。
しかし。
彼女は、その回答に驚愕したかのように、目を見開いた。
信じられない、という風に。
そんなに驚くことだっただろうか?知らなかったとはいえ、考えられない可能性ではないと思うのだけれど。事実、空炊さんは『病持ち』ではないわけだし・・・・。
と、彼女はそれ以上、言葉を発することはなく、驚きの表情を顔に張り付けたまま、部屋を出て行ってしまった。いや、正確には、小走りで逃げて行った、といった方が正しいかもしれない。
畳部屋には、僕が一人残される。
「・・・・・」
変な子だな、と僕は思った。
僕も周りからは「変な奴」扱いされることが多いけれど、彼女は彼女で、かなり「変な奴」なのではないだろうか。
彼女の気も知らずに、そんな風に、彼女を「変わった子」でまとめてしまった。
彼女が、僕のことをどれくらい「変な奴」だと思っているのか、その気も知らずに。
莉々ちゃんのそんな気持ちを知るのは、今よりもずっと後のことなる。
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