真夏生まれの召使い少年

ぢろ吉郎

優しいあの子も、アイスを買いに①



「あ、えっと・・・ご、ごめん、袖内そでうちくん。急にこんな質問して・・・」
「いや、別にいいんだけど・・・」


 先ほどとはうって変わって恥ずかしそうな表情を浮かべる、牧華まきはなクラス委員長。
 顔、真っ赤。
 アイス売り場の近くだというのに、暑そうに顔を扇いでいる。


「牧華さん、アイス選びで悩んでたの?随分と真剣な顔だったけど・・・」
「う、うん。そうなんだ。悩み始めたら、止まんなくなっちゃって」


 「えへへ・・・」と、ますます恥ずかしそうに頭を掻く、牧華さん。
 ちょ、ちょっと可愛いな・・・・・もう少し困らせてみようか・・・?
 じゃなくって。


「そんなに悩むこともないんじゃない?たかがアイスじゃん」
「自分で食べるだけなら、こんなに悩んだりしないんだけど」
「?・・・誰かに頼まれたの?」
「そうなの。妹に頼まれちゃってね。『何でもいい』って言われたんだけど、いざアイスを目の前にすると、迷っちゃって・・・」


 それで、あんなに真剣な表情を浮かべていたのか・・・お優しいお姉さんである。
 妹にお遣いを頼まれたとなれば、兄のパシリにされた僕と、同じような境遇ということになる。もちろん僕は、兄さんのためにアイスの選択を迷ったりしないし、真剣になったりもしないけど。兄のために頭を悩ませるだなんて、時間の無駄使いにも程がある。


「僕も、兄さんに頼まれちゃってさ。この暑い中、はるばるスーパーまでアイスを買いに来たんだよ」
「そっか。じゃあ、私と同じだね」
「うん。まあ、頼まれたっていうか、パシられたって感じなんだけど・・・」
「パシられた・・・?袖内くんのお兄さんって、そんなに横暴な人なの?直接会ったことないから、よく知らないんだけど」
「いや、横暴・・・・・では、ないかな。自分勝手ではあるけど。実は、アイスを買いに行かせる権利を賭けたゲーム勝負に負けちゃってさ。こうして、辛酸を舐めてるってわけ」
「ゲーム勝負かぁ・・・なんか、仲良いんだね。袖内くんたち兄弟って」
「仲良くないんだよねー、これが。仲良く聞こえるかもしれないけどさ。気が合わない上に、話も上手く噛み合わないし・・・」
「でも、そういう兄弟関係って、結構理想的だと、私は思うけどなー」
「理想的?これが?」


 理想的どころか、理想とは程遠い兄弟関係の僕らだと思うけど。
 日本の兄弟姉妹が、皆こんな関係性だったなら・・・大変な事態だ。
 戦争が始まってしまう。
 アイス戦争ではなく、マジの戦争が。


「ほら、兄弟きょうだい姉妹しまいって・・・・・なんて言うか、かなり微妙な存在だと思わない?」
「微妙な存在?」
「うん。まず、友達ほど、距離感が遠いということはないよね?プライベートは、ほとんど丸見えになっちゃうわけだし。隠そうと思っても、私生活を隠すのは難しい」
「うんうん」


 理解度、九十八パーセント。


「そうは言っても、親や恋人とも違う。家族という意味合いでは、親は同じだけれど・・・年齢が全然違う。年齢が違うってことは、好みや趣味、何よりも、精神面での心の動きがまったく違う・・・と、私は思うんだよね」
「うんうん」


 理解度、九十パーセント。


「恋人との関係性とは、もはや真逆と言ってもいいかもしれない。恋人にはやっぱり、良いところを見せたいよね?格好いいところ、可愛いところ、賢いところ、綺麗なところ、頼り甲斐のあるところ、その他諸々。でも、身近な存在である兄弟姉妹には、そういうところばかりも見せてられない。むしろ、気が抜けるプライベートだからこそ、悪いところばかりが目立ってしまうかもしれない」
「う・・・うんうん」


 理解度、八十パーセント。


「だとすれば、兄弟は?友達よりは距離感が近く、親よりは精神年齢が近く、恋人と接するときほどには気を張れない。着かず離れず、近すぎず遠すぎず、仲が良過ぎず悪過ぎず・・・・・そういう微妙な距離感を保つ必要が、あるとは思わない?」
「うん?・・・・・うんうん」


 理解度、六十五パーセント。


「バランス。そう。それこそ、バランスなんだよ」


 と、牧華さんは人差し指を立てる。


かたむかず、揺るがず・・・均衡のとれた関係性。バランスのとれた関係。それこそが、兄弟姉妹に必要な関係だと、私は思うな」
「あー・・・なるほど。そういうこと。そういうことね。なるほどなるほど。スッキリしたぜ」
「・・・絶対、テキトーに返事してるでしょ、袖内くん」
「いや・・・まあ、半分くらいは理解できたよ。半分くらいは」


 バランス。
 それこそが、兄弟関係において大切なものなのだという結論は、牧華さんらしいとは言える。
 仲が良過ぎず悪過ぎず、か。
 そう言われると、何でもかんでも仲が良ければいいってわけでもないのかもしれない。均衡のとれた関係性っていうのも、時には重要なのかもしれないな。社会人になったら、他人との関係性って、もっと複雑になるとも言うし。
 牧華委員長にはホント、いろんなことを学ばされる。
 もっと頭の良い人なら、今の牧華さんの話から、さらにいろんな思考を進めることが出来るのだろうけど・・・・・残念ながらそこまでの知能は、僕は持ち合わせていない。


「そういうわけで・・・袖内くんたちの兄弟関係は、理想的だなって思ったの。どっちかがどっちかのパシリになるっていう賭けをしてしまうくらいには仲が悪いけど、それをゲーム勝負で落ち着かせてしまうっていう遊び心はある。本気の喧嘩には、発展していないわけでしょ?」
「うん・・・まあね」


 あんな短い会話で、よくぞそんなことまで考えられたなと、感心してしまったくらいだ。
 仲が良いと言える程ではないけれど。
 仲が最悪とも言えない。
 兄さんとの関係をそんなに真面目に考えたことなんて、これまで一度もなかった。牧華さんの講義を聞くまで、一度も。
 ・・・・・頭いいな、牧華さんは。
 本当に賢い人っていうのは、こういう人のことを言うのかもしれない。ただ単純に成績が良いだけではない、頭のキレが感じられるのだ。きっと、その頭のキレこそが、彼女を彼女たらしめているのだろう。
 おっとっと。
 アイス一つで、随分と真面目ぶった話になってしまった。


「袖内くん・・・納得してもらえたかな?私の話」
「そうだね。良い話をありがと、牧華さん」
「どういたしまして・・・本当、羨ましいよ。袖内くんたち兄弟」
「その感想は、ちょっと納得できないけど・・・」


 羨ましいと言うなら、ぜひプレゼントしたいものだ。
 ウチの馬鹿兄貴なんて。





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