真夏生まれの召使い少年
パシリの僕、アイスを買いに①
「よーし、僕の勝ちー。はっはっは。粍、お前、やっぱゲームの才能ないな。兄ちゃんにゲームで勝とうなんざ、十年は早かったじゃねえのか?オセロで勝負した方が、まだ勝機があったってもんだな!首を洗って出直してこいっての!」
「くっそ・・・・・」
「ちっ」と、小さく舌打ちをする。
負けた弟に対するなんの遠慮もない態度はもちろんのこと、「首を洗って出直す」という、現実では聞いたこともない言い回しでこちらを馬鹿にしたことに関しても、かなりの苛立ちを覚える。
次の日。
というのはつまり、兄さんに圧倒的なネタ晴らしをされ、ソウと気まずい雰囲気になった、次の日。
八月二日。
アイス戦争が、勃発した。
「おい、粍」
「・・・なんだよ、兄さん」
「今日さ、すげー暑いよな?」
「・・・そうだね」
「こんな猛暑日にはさ、冷たいものが食べたくなんねーか?」
「・・・そうだね」
「たとえばよ、アイスとか食べたいよな?特に、ミルクたっぷりで、なめらかな口どけが堪らない、超濃厚リッチなバニラアイスとかどうよ?」
「・・・・・」
いやいや。
そんなネットリしたアイスじゃ、体は冷えないだろ?こういう暑い日は、爽快感が涼しさを醸し出す、ソーダ風味のさっぱりとしたアイスか、柑橘系の甘酸っぱいアイスが、最高に合っているんじゃないのか?
まったく。
昨日に引き続き、何を言っているのだろう。この兄貴は。
「そう思った兄ちゃんは、勢いよく冷凍庫を開けてみたわけだ。ところがどっこい、冷凍庫の中にゃ、アイスなんて姿かたちもねぇ。中に入っていたのは、お弁当の保存性を保つにはピッタリの、ミニサイズの保冷材ばっかりだ。いくら暑いからといって、保冷剤を食うわけにはいかねぇよな?そんなことをしたら、腹を壊しちまう」
「腹痛を起こしちゃえば、暑さくらい、簡単に忘れられるんじゃない?」
「僕が求めてんのは、そういう涼しさじゃねえんだよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・よし、粍、こういうのはどうだ?」
パン、と両手を合わせる兄さん。
こういうときって、ロクな展開にならないんだよな・・・。
「なんだよ。一体、どんな名案を思い付いたって言うんだよ」
「勝負をしようじゃねぇか、粍。僕とお前。兄と弟。一対一の真剣勝負だ」
まーたこの人、妙なことを言い出したよ。
アイス一つで勝負事を持ち出す兄弟が、一体、どこの世界にいるって言うんだ?
・・・ここにいるか。
「勝負って・・・別に、そんな面倒なこと、やらなくたっていいだろ?普通に外に出て、普通にスーパーに行って、普通にアイスを買って、普通に帰ってくれば、それで済む話じゃん」
「いや、それはちょいと難しい話だ」
「・・・なんでだよ」
「外が暑いから」
「・・・・・」
「はあ」と、心の中でため息をついてしまう。
弟に似て、暑いのが死ぬほど苦手な兄である・・・・・いや、僕が、兄さんに似てしまっただけなのか?
「そこでだ。勝負をして負けた方が、スーパーにアイスを買いに行くってのはどうだ?お前が負けた場合でも、お金は兄ちゃんが出してやるからよ。どうする?乗るか?」
「・・・乗らない」
「なーんでだよ。お前だって、アイス食いたいだろ?」
「そりゃ食べたいけど・・・そんな賭けをしてまで、食べたいってほどじゃない。夕方には、夕飯を買いに行くんだから、そのときに一緒に買えばいいだろ?」
「それじゃあ遅いんだよ。俺は、今、今このときに、アイスを食いたいんだよ」
あーもう・・・そんなの、ただの我儘じゃないか。
子どもか!
兄貴のくせに!
ちなみに夕飯を買いに行かなければならないのは、僕たちの家には現在、父と母がいないからである。
とは言っても、物心つく前に両親が亡くなったとか、行方不明になっているとか、そういうドラマチックな話ではない。ただ単に、夫婦水入らずの旅行に出かけているだけの話だ。旅行先は沖縄で(結婚前にも一緒に観光したことがあるらしく、思い出の旅行先だそうだ)、一週間近くは帰ってこないつもりらしい。出発したのが一昨日の夜で、まだ四日間近くは帰ってこないため、食事は僕たち兄弟で準備しなければならないのだ。
・・・正直に言うと、僕たちも誘われたのだが、丁重にお断りした。その理由さえ、兄弟そろって同じである。
「いや、沖縄って・・・滅茶苦茶暑いじゃん。僕はパス」
基本的にインドアで、体を動かすのが嫌いな僕たちである。
・・・将来、体力のない大人になりそうだ。
「じゃあ、お前にもっと得があれば、この勝負を引き受けるってことだな?このアイス戦争に、満を持して身を投じるってことでいいんだな?」
「まあ・・・納得できる得があるならね」
「五千円」
「!」
「お前が勝ったら、アイスの代金に上乗せして、五千円のお小遣いをくれてやるよ。これならどうだ?中学生にとっちゃ、五千円だって、結構な大金だろ?」
「・・・・・」
なんだか、中学生を馬鹿にされている気がするけど・・・・・しかし、露骨に「!」と反応してしまったことからも分かるように、僕にとって五千円は大金だ。小説、ゲーム、服、靴・・・・・中学生だって、欲しいものはたくさんある。この勝負に勝って、それらの軍資金が手に入ると考えれば、アイスを買いに行くというリスクくらい・・・。
「・・・分かった。やるよ。その約束、きちんと守りなよ」
「よし、良い返事じゃねぇか。安心しとけ。兄ちゃんは誓って、約束を破ったりするような男じゃねぇよ。優しい優しい、情に厚い兄ちゃんさ」
ニヤリ、という効果音がピッタリと似合いそうな、怪しい笑い方を披露してくる兄さん。
情に厚い兄は、弟をパシリにしようとは考えないと思うけど。
「勝負方法は、お前が決めていいぜ。お前の得意なオセロでも、ジェンガでも・・・なんなら、全てを運に任せて、ジャンケンでもいいぜ」
うーん・・・どうしようか。
決めていいと言われると、少しばかり悩んでしまう。なにせ、五千円が懸かっているのだ。テキトーに勝負方法を決めてあっさりと負けてしまったら、目も当てられない。
オセロにジェンガ・・・確かに、僕の得意とするジャンルではあるけれど、兄さんの方から提案してきているくらいだから、何か作戦を企んでいると考えた方がいい。安易にその提案に食いつくのは、あまりにも危険だ。運にしか頼れないジャンケンは、もちろん却下。運任せのゲームではなく、兄さんの不意を突くことができ、尚且つ、僕が勝てる見込みのある勝負方法・・・。
ちらりと、テレビの方に目をやる。
テレビの前には、今流行りの最新テレビゲーム機が設置されている。兄さんも僕もドハマりしており、暇があれば、このゲーム機で対戦やら何やらをしているのだけど・・・それ故に、このゲーム機に入っているソフトでは、僕が勝てる見込みは薄い。
でも。
あれならどうだ?
家には、このゲーム機のほかにもう一台、ゲーム機が存在するのだ。五年ほど前に流行ったゲームハードで、最新のゲーム機が家にやってくるまでは、僕と兄さんを虜にしていたものだ。今でこそ、テレビ台の収納スペースの奥に眠ってしまっているが・・・・・。
実は最近、改めてあの旧ゲーム機の楽しさに気付き、こっそりとやり込んでいるのだ。あの頃のような華麗なプレイングは出来ないかもしれないけど、最新ゲームに魅了されてしまった兄さんにならば、勝つことができるかもしれない。
よし。
これだ。
「久し振りにさ」
「うん?」
「こっちのゲームの魅力、思い出させてあげるよ」
「お、いいねぇ。受けて立とうじゃねぇか」
余裕の笑みを見せる兄さん。
ふん、そんな余裕ぶっていられるのも、今のうちだ。
近年稀に見る大勝利ってやつを、収めてやるぜ!
結果。
近年稀に見る大惨敗を収めたのは、言うまでもない。
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