真夏生まれの召使い少年
下校と小説②
「んじゃ、俺は漫画コーナーの方、行ってくるわー。買うにせよ買わないにせよ、俺は漫画コーナー以外、用がないからな。本屋って、漫画だけ売ってればよくね?」
ふざけんな。
そんなことされたら、堪ったもんじゃない。たまには小説も読め。こいつ、頭は良いくせに、なんで文章を読むのは嫌いなんだ・・・・・それも偏見か?
僕とソウは別れ、それぞれ目的のコーナーへと向かった。僕は新刊小説のコーナーへ。ソウは漫画コーナーへ。
大きな本屋の多くがそうであるように(僕は大きな書店をここしか知らないので、「多分」だが)、この本屋の新刊小説のコーナーも、入ってすぐのところにある。書店に足を踏み入れてすぐの本棚にズラリと、最近発売されたばかりの小説が並べられているのだ。。
本棚の一角は、「話題の小説」が占めているが、ここはスルー。名前が有名なだけの「話題の小説」には、僕は見向きもしない・・・・・なんて言うつもりはないけれど、基本的に僕は自分の興味がある本以外は手に取らないのだ。
いろんなジャンル、いろんな作家の本を読むべき、とウチのクラス担任は言うけれど、所詮、読書は娯楽だ。少なくとも僕にとって読書は、その程度のものでしかない。何かを学ぼうとか、何かを知ろうといった、知識欲を持って読書に臨んだことは、思い出せる限りでは、ない。
教科書を読むとき、勉強するときは別として。
好きなアーティストの音楽ばかりを聞くように、好きなものばかりを食べるように、好きな作家が書く小説を、好きなように楽しむだけだ。食事と違って、どれだけバランスの悪い読書をしたところで、体を壊したり病気になったりするわけでもないし・・・・・まあ、読む本の、そのこだわりにもよるけれど。
さて、そんな風に筋金入りの読書家を気取りながら、本の読み方にこだわりがあるような奴のフリをしながら、新刊小説のコーナーをグルリと見て回った結果。
あれ?
ないぞ?
新刊の発売日は、確かに今日だったはず。記憶力に絶対の自信があるわけではないけれど、これはしっかりと覚えている。新刊の発売が待ち遠しくて、毎日、発売日を確認していたくらいだ。しかし、二周、三周したところで、目的の新刊は見つからなかった。これだけ探してもないとなると・・・・・やはり、僕の記憶違いだろうか?
いや・・・ちょっと待てよ。
発売日は、本が世の中に出回る日、というだけであって、どこの本屋でもその日に本が並ぶとは限らないのだ。ましてや、ここは田舎の書店だ。新刊が発売日当日に売っていなかったとしても、おかしくはない。僕の探し方が雑だったということでなければ、ありそうな線ではある。
だとすれば、新刊を手に入れるためには、明日以降まで待たなければならないのか・・・・・楽しみにしていただけ、ちょっとショックだ。
(一応、既刊の小説のコーナーも見ておくか・・・。新刊が、既刊の小説の近くに並んでいたこともあるし。それでもなければ、完全にお手上げかな)
そんなことを考えながら、僕は新刊のコーナーを離れ、既刊の小説のコーナーへと足を向けた。
(あー・・・やっぱり、ここにもないな・・・・・)
何度も見直したが、目に入ってくるのは、お馴染みのタイトルの小説ばかりだ。新刊は、どこにも見当たらない。
残念だけど、諦めるしかないかな・・・。往生際悪く、最後に店員に聞いておくか。
「あれ・・・粍か?よう、お疲れ」
「・・・・・」
「おーい?粍?ミリさーん?」
「・・・・・」
「おいこら!反応しろっての!」
「いたたたた!」
右腕を、思いっきりねじられた。
本来曲がってはいけない方向に、割と全力で。
「痛いって!・・・・・あのさ、兄さん。弟が、ちょっとした悪ふざけで無視したくらいで、右腕を折ろうとしないでくれるかな?」
「そりゃ悪かったな。だけどな粍、今のは、悪ふざけをしたお前が悪い。無視なんて決め込まれたら、腕を折ろうって思考が働いても仕方がないってもんだろ」
「どんな思考回路だよ・・・・・」
「はぁ・・・」と短い溜息と共に、ねじられた右腕を撫でる。
本当に、折れるかと思った。
いや、マジで。
僕の腕を折ろうとした男は、書店の店員なんかではなく、ソウでもなく、もちろん、その辺のチンピラとかでもない。
袖内満。
僕の兄だ。
「みつる」と誤読されることが多いらしいけれど、正しい読み方は「みち」。僕の「粍」もそうだけれど、僕らの両親のネーミングセンスはなかなかに尖っていると、子どもながらに苦々しく思ってしまう。
「兄さんさ、そんなに暇なの?暇なら、大学とか行ったらいいんじゃない?」
「阿呆。大学ってのはな、暇な奴が行くところじゃねえのさ。勉強したい奴が、勉強したいときに行くところなのさ。んで、その大学も、今は夏休み。つまり、僕は暇してていいってわけだ」
「ふーん。暇で羨ましいね、ホント。夏休みが二か月半もあってさ」
「おう。羨め、羨め。いやあ、毎日が楽で楽でしょーがねーよ」
皮肉は通じなかったみたいだ。別にいいけど。
兄さんは隣町の大学に通う、大学二年生。とはいっても、僕の中学校と同じく、兄さんの大学もまた、現在は夏休み期間だ。毎日毎日、暇を持て余しているようなので、一度、アルバイトでもしたらどうなのかと勧めてみたのだが。
「アルバイト?夏休みに遊ぶ分の金は貯まってるから、やんねー」
とのことだった。
あっそ。
大学生って実際、よく分からない生き物だよな、と僕は思う。
僕たち中学生と違って、単位さえ取れれば、好きに授業に出て、好きに授業を休めるらしいし。そんなの一年中休みなのと、大差ないんじゃないのか?その上、長期休暇もあるって・・・・・一体、どんな天国だよ。
大学、か。
まったく、よく分からない世界だ。ほんの5、6年先の未来だというのに、僕には、自分が大学生になっている姿がまったく思い浮かばない。中学生の僕には、縁遠い世界だ。
「で?お前、書店で何やってんの?かくれんぼか?」
「いや、書店にいるんだから、本を買いに来たに決まってるじゃん」
書店でかくれんぼって。
いくらなんでも、発想が飛びすぎだろ。かくれんぼに最も縁がある保育園児でも、そんなことは思い付かないはずだ。
おっと。
こんな冗談にまともに応じていたら、いつまでたっても会話が終わらないな。
「今日、新刊の発売日でさ。僕のお気に入りの作家の小説なんだけど・・・」
「小説の新刊?それって・・・もしかして、この作者か?」
と、兄さんは、僕が先ほどまで眺めていた小説の辺りを指差す。
「なんだ・・・兄さんも読んでんの?」
「ああ。おもしれぇよな、この作者の文章。なんつーか、言葉の選び方が巧みでさ・・・・・ところで粍、お前、読書のペースってどんな感じ?速いか?遅いか?」
「なんだよ急に・・・・・まあ、一日中読んでいたら、一冊読み切れるかな。けど、大抵は、一週間で一冊読み切れるくらいのペース。兄さんと違って、夏休み期間じゃない平日だったら、毎日学校があるからね。一日に読める文章なんて、たかが知れてる」
「かははは。言うじゃねーか。悪かったな、怠け者で。とはいえ、僕の読書のペースだって、同じようなもんだ。でもよ、世の中にはとんでもない速読をする奴がいてな・・・・・約三百ページの小説を、わずか半日で読む奴もいるわけだよ」
「?・・・まあ、そりゃ、いるだろうね。それよりもハイスピードで読む人だって、いるだろうし」
「だよな。んで、そういう奴が小説の発売日当日に、読んだ感想をブログに上げてたりするわけだ」
「・・・うん?」
「そいつのブログによると、今日発売の新刊は、ちょいとクオリティが下がってるらしくてな?前作の最後に出てきた、謎の女の子が実は・・・」
「ちょっと!ストップストップ!」
「ん?なんだよ?」
「なにさらっと、ネタバレしようとしてるんだよ!」
「?・・・なんか、問題あるか?」
「大ありだよ!」
ああ、そうだ、忘れてた・・・この馬鹿兄貴は、ネタバレとか気にしないタイプの人間だった・・・・・。ネタバレされても、読書を心の底から楽しめるタイプの人間だった・・・・・。くっそ、余計なことを聞いてしまった。
クオリティが下がってるって。
ある意味、オチを聞くよりも最悪なネタバレじゃないか。
ああ、もう・・・読むモチベーションが、どんどん下がっていく。
「おいおい、そんなに落ち込むこたぁねぇだろ?謎の女の子が実は、主人公の妹だったって言っただけだろうが」
「言ってない!そして言うな!」
最悪だ・・・この一瞬で、新刊に対する期待が半分以下になってしまった。
まったく。
まったくまったくまったく。
・・・・・にしても。
(謎の女の子、ね・・・)
謎の女の子。謎の少女。
小学生くらいの、謎の・・・。
「・・・!」
「ん?どうした?そんなに目を見開いて」
「今、あの女の子が・・・・・」
「ああ・・・やっぱり聞きたくなったのか?そうそう、その謎の女の子、実の実は女装男子でな?妹だと思ったら弟だったってオチだ。はっはっは・・・・。笑えるよな?」
笑えねえよ。
そのオチに対しても。
今、書店を出ていった、見覚えのある女の子に対しても。
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