病名(びょうめい)とめろんぱん

ぢろ吉郎

病名とめろんぱん その46



「・・・・・・・」
「・・・・・・・」


 気まずい。
 気まずいし、空気が重い。
 その空気に困っているというわけでもないし、目の前を歩く彼と仲良くなろうという気もないので、全然構わないのだけれど。
 あの後。つまり、風増かざましさんから、案内人・粒槍つぶやり伝治つたうじを紹介された後、僕は彼の後に続いて、寝室(寝室、でいいのか?)を出た。現在は、前を歩く粒槍と共に、長い廊下を歩いているところだ。
 廊下もあの寝室と同じく、真っ白で、清潔感に溢れていた。窓が一つも見当たらないのもあの部屋と同じだけれど・・・何か理由があるのか?ここが病院なら、窓の一つや二つ、あってもおかしくはないはずだ・・・いや、彼らのような組織の性質上、外部の人間の目に付いてしまうことから、なるべく避けようとしているのかもしれない。


(それにしても・・・・・)


 と、僕は、自分たちが向かおうとしている先へと、目を凝らした。


(一体、どこまで行くつもりなんだ?)


 廊下の両側には、一定区間で扉が設置されているけれど、どこかの部屋に入ろうとしているという感じでもない。まっすぐと前だけを見て、脇目も振らずにズンズンと突き進んでいるのだ。どこかで足を止めそうな気配は、今のところ、ない。


「・・・・・どこまで行くんです?」


 沈黙に耐えられなくなった、というわけではないが、僕は渋々、口を開いた。


「僕が所属することになる部署へと案内すると、風増さんは言っていましたけど・・・その部署は一体、どこにあるんです?」


 正直、この人と言葉を交わすのはあまり気が乗らないが、最低限の情報は仕入れておかなければならないだろう。得体の知れない場所へと連れて行かれてしまっては、堪ったものじゃない。


「・・・『白羽しらはね病院・第二きゅうめい室』」


 と、彼もまた、重々しく口を開いた。


「それが君の所属することになる、部署の名前だ。人の命を救う方の救命ではなくて、原因究明の方の究明。『白羽病院』の地下三階にある部署で、今はそこに向かっている」
「・・・そうですか」


 『第二究明室』という部署名からは、どういう役割を担っている部署なのかを察するのは難しい。救命ならまだしも、究明となると・・・・・『やまい』の研究でもするのだろうか?
 しかし、地下三階ね・・・。もしかすると、ここも地下なのかもしれないな、と僕は思った。それなら、窓がほんの一枚もないことにも納得がいく。


「・・・・・・・」
「・・・・・・・」


 またしても、沈黙が訪れる。どちらも口を開こうとせず、むしろ、沈黙を守ろうとさえしているように感じる。
 ・・・まあ、当然だ。風増さんがどういう意図で粒槍を案内人に任命したのかは知らないけれど、ぜひ、他の職員を任命してほしかったところだ。
 風増さんだって、知らなかった、ということはないだろう。
 僕と粒槍が以前、殺し合ったという事実を、まさか、知らなかったとは言わないだろう。一度目はエレベーター。二度目は火事。三度目は電動芝刈り機。
 今、考えてみると、それら三度の襲撃の中で僕が死ななかったのは、正直、奇跡だったと言っていい。単に、幸運だっただけ。それだけだ。
 そんな風に殺し合った人間たちを、こんな風に再開させたら、どうなるか?
 そりゃ、重苦しい雰囲気にもなるだろう。
 先ほどの会話が成立しただけでも、喜ばしい限りだ。


「・・・さてと、とりあえず、中間地点だ」


 気が付けば僕らは、少し開けた空間へと、足を踏み入れていた。
 エレベーターホール、である。
 正面に四台のエレベーターが横並びに並んでおり、その上で点滅している液晶パネルが、それぞれのエレベーターが正常に稼働していることを示していた。


「ここは地下六階だから、少し上に昇らなきゃならない・・・乗ってくれ」


 到着したエレベーターに乗り込みながら、粒槍は、そんな風に促した。
 ・・・促されたところで。
 僕は、彼に続いてエレベーターに乗り込むような真似は、しなかったけれど。


「・・・どうした?乗らないのかい?」
「いや、乗るわけがないでしょう。あなたと一緒にエレベーターに乗るなんて、出来るわけがない」


 粒槍伝治と・・・『感電かんでんの病』の男と共に、エレベーターに乗るなんて。
 ゾッとする。


「僕の言いたいこと、分かりますよね?」
「・・・・・」


 少し眉をひそめたのち、彼は静かにエレベーターを降りた。
 誰も乗せないまま、エレベーターは上の階へと昇っていく。


「・・・ハッキリさせておきたいんだけれど」


 眼鏡を手の甲で少しだけ押し上げて、彼は言った。


「俺にはもう、君を殺そうという気はない。これから一緒に働こうという人間を、殺そうとするわけがないだろう?」
「それを、そのまま鵜呑みにしろって言うんですか?殺そうとしてきた人間の話を、一も二もなく呑み込めって?」


 そんなこと、僕には出来ない。そんな楽観的な行動、僕には、起こせるはずもないのだ。
 たとえ彼が、僕の安全性を、『白縫しらぬいグループ』の上の人たちに報告してくれていたのだとしても、それだけで全てをチャラに出来るほどの器量は、僕は持ち合わせていない。


「そうは言わない。君をこの業界に引きずり込んでしまったことは、申し訳なく思っている。殺そうとしたことも、もちろん。許してもらえるとは思っていないし、罪滅ぼしが出来るとも思っていない。・・・・・だから、これはお願いだ」


 と、粒槍は、深々と頭を下げた。
 それこそ、一も二もなく、といった感じに。


「頭を下げてお願いするよ、やなくん。俺についてきてくれないかな?君を無事に『第二究明室』まで連れて行くのが、今日の最重要任務だ。俺に課された、大切な仕事だ。君のためにこの仕事を、達成させてくれ」


 頭を下げたまま、静かに、粒槍は言った。
 ・・・そんな風に頭を下げられると、こちらも、複雑な気分になってしまう。殺そうとしてきた相手を、命を奪おうと狙ってきた敵を、許してしまえそうな気分になってしまう。
 でも。
 許せない。
 許せるはずも、ない。


「・・・許されないと、分かっているのなら」


 と、複雑な気分を抱えたまま、僕は口を開いた。


「それを理解してるなら、わざわざ頭を下げる必要はないでしょう?あなたには、謝らなければいけないことも、頼まなければいけないこともない」


 知ったような口調で。
 自分のことしか考えていない、空っぽの心で。


「間違ったとは、思っていないんでしょう?僕を殺すことは、あなたにとって、正しい行動だったんでしょう?」


 知ったようなことを、僕は言った。
 粒槍伝治の気持ちなんて、『病持ち』の人間の気持ちなんて、僕は知らない。
 こんなもの、ただの雑談だ。


「・・・ああ」


 と、粒槍は顔を上げた。
 眼鏡の奥からまっすぐと、僕を見据えた。
 笑ってはおらず、悲しんでもおらず・・・・・もちろん、迷ってもいない。
 そんな、視線。


「俺は、間違っていない」


 揺るぎない口調で、粒槍は言った。空っぽの僕の言葉とは真逆の、中身の詰まった、これでもかと重みを持たせた言葉。


「俺は、俺たちのために、出来ることをやった。正しいことをやった」
「・・・そうでしょうね」


 僕は肩をすくめた。
 それならば僕たちは。
 永遠に、和解することなんて出来っこないだろう。お互いがお互いの命を懸けて、お互いの守りたいものを守るしかないのだろう。
 僕は、自分の身以外、守るつもりはない。
 彼はきっと、『病持ち』の人間たちを守り続けるのだろう。
 利害が一致しない限り、僕たちはずっと、戦い続ける。  


「なら、それで妥協しましょうよ。あなたはあなたたちのために、出来ることをすればいい。僕は僕のために、出来ることをします」


 僕は彼を許さない。それは、僕の勝手だ。
 だから彼は、彼の勝手にすればいい。


 
 こうして、柳瀬優と粒槍伝治は。
 何も許さず、まったく和解することもなく。
 敵同士であり続けるのだった。
 

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